-520558005_300_300_1_15_010年前の4月6日日本、木曽に戻って来ました。そして7月28日にちからを始めました。この10年振り返ってどうやったかな〜?って思いました。
 宣伝はしやんとひっそりと始めたんですが、うわさか最初から沢山のお客様がご来店くださいました。今思いかえすとタイムマシーンがあって今の自分がやったらもっとよくできたかな?って思ってご迷惑おかけしたお客様の顔を思いだし、ジョギング中とか苦い顔になったりします。
 シアトルはトータルで7年、木曽に帰ってきた10年、シアトルよりも長くもう木曽にいてるんやなって思います。そんな自分はかなりアメリカナイズしてましてカウンター席のお客様に端から切れられました。自分の意見を言ってしまうもんで。今思うとお客様は話がしたい、聞いてほしいだけやのに。
 よく今の師匠に相談に行きました。自分の話を聞いてくれて、認めてくれて、気づかされて、エンプティーチェアとかいろんなことを学びました。特に印象に残っているのは「最高のカウンセリングはカウンセラーが聞いて、聞いて、聞いて、最後にクライエントが(やっぱこうしやなな〜。)って自分で答えを見つけて帰っていくことだよ。答えはもうすでに自分の中にあるから。」たぶんこんな感じやったと思います。(そっか〜。居酒屋もいっしょやなカウンターってカウンセリングといっしょやな。)って思いました。そしてチャレンジしてみました。あるとき来たお客様が自分の家族のお話をしてくださいました。たしか息子がずっと家にいっぱなしで仕事しやん。みたいなことでした。ほしたらその方は「やっぱ、こうしやなな〜。」って言って涙して帰ってくれました。(ちった〜できたかや〜。)と思って自分の小さな変化を喜びました。
 開業して1年半は弟と母ちゃんと3人で営業してましたから、初めての家族経営にまた悩みました。
 そして弟が卒業してバイトがの仲間達といっしょにやる時代が始まりました。その時は最初の真新しさ、初めてのことでのいたらなさでお客様が徐々に減って行き、平日スローな日がけっこうありました。その時のスタッフたちには今思うと自分の未熟さで物足らなさを作らせてしまって申し訳ないです。
 そしてもがきました。良かれと思ったことはとりあえずやってみる。ひまなときでもそのお客様を大切にしてまた来てもらえるようにできることを精一杯やってみる。何が良かったのかわかりませんが、毎月のチラシだけはご好評いただいてました。「毎月楽しみにしてるよ。」「おもしろいね。」「今度行ってみたい。」などなど。そのような声はほんまに励ましになりました。そしてそんななかでも師匠は常に自分を認め続けてくれてました。そして3年前絶妙なタイミングで来た今のちからになくてはならない、自分はちからの女神さまと呼んでる仲間が来てから何かが変わり始めました。
 そっからは少しずつですけど良くなって行って週末レベルのお客様が平日にも来ていただけるようになりました。その時もその前のスタッフがやめるとなって(どうしよう?誰かええ人おらんかな?)ってなってました。今のスタッフ(女神様と以降よびます。)女神様はどうかな?って話はでていたのですが東京に行くという噂もでてました。(やっぱあかんか〜?)募集かけても申込みが来ず、あるとき女神様の父と今の嫁が昔から仲が良く二人で飲みに行く機会がありました。その話になり女神様はどうか?という話になり聞いてみていただいたところ東京いかんとちから来るということになり前のスタッフが卒業した次の週に絶妙なタイミングで来てくれるようになりました。今では女神様に会いたくて、話を聞いてもらいたくて来ていただけるお客様が沢山います。
 女神様のええとこは目の前のことを精一杯やることによってお役目が生まれる(天命追及型)なところです。自分はどちらか言うと夢、目標をばっちりノート書いて行動していく(目標達成型)なほうです。
 そして新しい仲間達が少しずつ増え、居酒屋を通して木曽を元気にできたらなって思いながら、個人の夢を応援しながら毎日意識して営業してます。やっぱ仲間って大切だなって最近つくづく感じ始めました。「宝」と書いて「なかま」と読みたいです。「宝」たちが経済的にも充実できるようにというのが今の僕の課題です。そのために沢山のお客様が楽しんで頂ける店、そしてまた来て頂ける店作りを精一杯やっていきたいと思っています。今年は新しいステップに行くための1年になりそうです。10年前の昨日木曽に帰ってきました。これからもちからをよろしくお願いします。