『今日はテレビが白黒からカラーになった頃のお話』

 オープニング、徹子(満島ひかり)が司会をしていた『はてな劇場』でも
パンダの特集をしていましたが、徹子さんと言えばパンダですよね〜
TVを見続けている人ならパンダの画像を見ていると自動的にに徹子さんが思い浮かぶぐらい刷り込まれてる。
ドラマで再現しているように、TVで初めてパンダを紹介したのも徹子さんなのかしら・・?

 ネット情報(@『しらべぇ』)によると徹子さんが初めてパンダを知ったのは小学校に上がる前。
カメラマンだった叔父さんのアメリカ土産にもらったぬいぐるみだったそうな。
熊だか猫だかよくわかんない生き物に惹かれて以来、徹子さんにとってパンダは
ずっとアイドルであり、お守りのような存在でもあったのかな。
だから、この番組の語りをしているのもパンダ(声・小泉今日子)。

 今回は徹子が出会った大好きな人達のエピソードも満載ですぞ。
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 昭和38年(1964年)、31歳になった徹子はTVの中で相変わらず忙しい日々を送っていた。

『東京オリンピックをきっかけにカラーテレビは爆発的に普及した。
民放各局も次々と開局。ドラマの仕事は山のように増えた。
テレビドラマは、やっと生放送から収録になり撮影時間はすごく延びた』


 そっか〜
生放送ならリハーサルと本番だけだけど、撮り直しができるようになったからTV局にいる時間はさらに伸びたのね〜


 王さん(松重豊)のお店もカラーテレビ導入。
相変わらず店の中心にテレビがあります。

『沢村さんとは共演が多かったので、トットちゃんは
ふだんから母さんと呼ぶようになった』


 ドラマ収録中に布団に寝ている沢村貞子さん(岸本加世子)の顔に和室用の照明の枠みたいのが落下。
結構な衝撃だったからスタッフが大慌てして救急車呼ぼうとしたんだけど・・・

「ちょっと、待って待って!
そんな事より(顔が)腫れてくる前に今日の分撮りましょう。
何モタモタしてんの!早く早く!ほらほら、早くして!」
沢村

 かっけえ〜!さすがプロ。
そういえば沢村貞子さんを主人公にした朝ドラもあったねぇ・・・
『おていちゃん』・・・見てたよ〜


 収録が終わったら、沢村さんは楽屋で自分のレシピノート(日付と作ったものと材料が書いてあるもの)を見ながら、今晩のメニューを考えていた。

「毎晩、帰ってからご飯作ってるの?」徹子
「私にはとうさんがいるでしょ。
だからね、家の事70%、仕事30%でやってんのよ。それでいいの」沢村
「ふ〜ん・・・」
「もしかしたらさ、女優はいつかやめるかもしれないけど
とうさんの妻である事はやめないって決めてるから。
そっちの方が大事だから」

 女優という仕事をプロフェッショナルにやり遂げながらも
夫との暮らしを大切にする生活人としての沢村さんを尊敬するうちに
徹子も自分の生活というものを考えるようになったのかもしれませんなぁ・・・


トットチャンネル (新潮文庫 く 7-2)トットひとり
『そんなある日、トットちゃんに思わぬ仕事が舞い込んだ』

「黒柳さん、是非あなたのヌード写真を撮らせて下さい!」篠山紀信(青木崇高)

 草々兄さん!いや、万吉やないかぁ〜〜!(´;ω;`)ブワッ
まさかのキャスティング・・・(笑
この時撮ったのが原作の『トットひとり』の表紙にもなっている写真かな?
美しい〜!他にどんな写真があったのかすごく見たい!
でも、コレNHK専属女優ってことでいろいろ言われたりしなかったのかね?
と思ったら、この時はもうフリーになっていたんだね。

 篠山が写真を撮る時の『自分らしく。自分らしく』という言葉は
シャッターの音と共に徹子の心に刺さってきた。
NHKに入社以来、テレビと共に楽しみながらも走り続けてきた徹子でしたが
TVに映っている自分自身をゆっくり見つめてみたくなったのかもしれません。


「自分の内面を見る。ゆっくりのぞいてって」篠山

『そのころ、トットちゃんは向田邦子さんと毎日会っていた。
毎日のようにじゃなく、本当に毎日会っていた』


 徹子のヌードは大きな反響を呼んだ。
向田邦子(ミムラ)ももちろん見ましたョ〜

「どう思った?」徹子
「徹子さんらしくてとってもいい写真だわ」向田
「そうかしら。私らしいってどういう事かしら?」
「え?」
「何かね、自分で自分の事が分かんなくなっちゃった」
「どうしたの?ちょっと疲れてるんじゃない?」

「あのね、一度くらい休んでね「明日、どうしようかな」とかね
「明日の予定が決まってないな」なんて生活してみたいなとか思うのよ」
「休めばいいじゃない。
徹子さん、早く おばあさんになっちゃいなさいよ」
「え!?」
「フフフフッ・・・私ね、徹子さんみたいなおばあさんのお話が
書きたくて楽しみにしてるの。
だから休んでもいいから、ちゃんと戻ってきてね。
早く面白いおばあさんになってちょうだい」

 向田さんの脚本からは女性や人間に対するまっすぐな視線からくる辛辣さと
悩みの中でも生まれてしまう人間の間抜けな状態への愛おしさが伝わってきた。
厳しさと同時にふわっと力が抜けたような距離感・・・
真面目で丁寧、しっかりと対象を見つめながらも追い詰めない優しさがあった。
あの時代を超えて、さらにまろやかになったであろう向田さんが
徹子さんを主役にどんな脚本を書いただろう・・・
もしかしたら、えっ?!これが向田さんの本?というような新鮮な驚きと喜びをくれる作品になっていたかもしれないねぇ・・

 そうそう、向田さんと言えば愛猫家としても有名でした。
マミオと一緒の写真が印象深いですが、ドラマに出て来た伽里伽という猫は向田さんが一人暮らしを始めた時に実家から連れてきたらしい。

 料理上手だった向田さんが、きっといつものように、作った料理を鍋からよそい
お皿に盛って徹子に出す場面が良かったなぁ・・・


『テレビ女優になって15年。
ここら辺で一度汽車がレールから外れて引き込み線へ入ったような時間を持ちたかった。トットちゃんはテレビの仕事をしばらく休む事に決めた』


 そんな徹子に伊集院(濱田岳)が朝ドラの仕事を持ってきた。

 第一話からさりげな〜く徹子のテレビ人生に関わっている伊集院・・・
毎回、セリフはそんなに多くないんだけどさすがの存在感で登場が楽しみなのです。
で、少しづつ出世していってるみたいなのが、また嬉しい。
徹子にとっては戦友のような存在かな。


 伊集院が差し出した脚本は『繭子ひとり』というもの。
このドラマで彼はチーフディレクターを務めることになり、服装もソレっぽくなっております。
徹子の役は青森から東京に出稼ぎで出てきた家政婦・田口ケイ。

 休養する予定が伊集院の押しに負けて引き受けることにした。
それは徹子にとっても大きな挑戦だった。

 実家は朝はずっとNHKだったから、流れで『繭子ひとり』も見ていたけど、
徹子さんが出ていたとは・・
内容はぼんやりとしか覚えてないけど、なんかえらく暗い話だったような・・


 徹子は研究と試行錯誤を重ね、クランクインまでに『田口ケイ』をビジュアル的にも創り上げた。
モデルにしたのは、徹子が疎開先の青森で出会った親切にしてくれたおばちゃん。
伊集院には『やり過ぎ』とダメ出しされたが徹子は自分のやり方を通した。

『「繭子ひとり」は随分好評で最高視聴率が55%を超え田口ケイは大人気となった』

 ほえ〜〜?!( ノ゚Д゚)ノ 55%って、すごすぎるべ。
時代だよねぇ・・・あの頃は『朝ドラ』見るのが当たり前。
生活に組み込まれていたもんなぁ・・


 王さんも中華飯店のお客さんも見ながらみんな泣いてる〜
いつもの席に居た向田も画面を見て拍手。
伊集院も大きな手ごたえを感じております。

 しかし徹子は最初の約束通り、半年で終えてニューヨークに旅立った。
田口ケイを最終回まで出して欲しいという視聴者の要望が強く、伊集院も残って出演してほしいと頼んできたけどね。

『ニューヨークに渡った時、トットちゃんは38歳になっていた』

 もちろん、あのパンダのぬいぐるみも一緒です。

『沢村貞子様母さん お元気ですか?
私は毎朝インスタントじゃないコーヒーを飲んで昼間は公園でぼんやり
過ごすっていう生活を初めて経験しています。
この街で普通の人と同じように笑ったり泣いたり怒ったりしながら
自分の人生をきちんと作っていこうと思います』


『ブロードウェイの演劇スタジオにも通い始め
すてきな先生や仲間たちにも出会えました』


 徹子からの手紙を読む沢村さんと森繁(吉田鋼太郎)、
そして遠い空の下のお嬢さんを心配する渥美さん(中村獅童)・・・
離れていても徹子はやっぱり、みんなのかわいい娘なんだね。


 四ヶ月後、
ニューヨークでの生活を謳歌している徹子の元に伊集院から荷物が届き、
中には『田口ケイ』の鬘と視聴者からの手紙が入っていた。
なんでもドラマの田口ケイに会いたいという視聴者の声が高まったもんだから
是非とも出演して欲しいというのさ〜
実は田口ケイはニューヨークに行ったという設定にしてドラマから消えたらしい。

「最後のお願いだからさ。
みんな、ニューヨークにいる君の姿を見たいんだよ」伊集院

 テレビから離れても、徹子はやっぱりテレビに愛されていた。
「ニューヨークにいる田口ケイ」としてテレビに出演した徹子を視聴者は大喜びで迎えた。


 やっぱりテレビに徹子がいないと物足りない。
そして徹子が居るテレビは元気なテレビ。
ニューヨークで田口ケイを演じたことで徹子も
改めてテレビと共に生きる自分を見出したんじゃないでしょうか。


『思えば15年間テレビ女優をやってきたけど、
私にそもそも女優の才能があるのかずっと迷い続けていました。
でも、この街に来てそんな迷いは吹っ切れました!
人生に必要なものは修練と勇気。
あとは全てゴミなのかもしれません。
日本に帰ったら私にしかできない、これまでとは全く違う事を
やりたいと思っています。
向田さん、この街で得たものや失ったものは
とても書き尽くす事ができないけど、ただ一つ分かった事は
女が一人で生きていくのは大変!
いつかね、向田さんが書きたいようないいおばあさんになれるよう頑張ります』


 人間として女性として生きている自由な自分を実感できた徹子は
新しい遊び場を見つけたような新鮮な気持ちでテレビに戻ってきたのかしら・・・
あのおなじみの玉ねぎヘアーの徹子が誕生しました。
エンディング、『ニューヨーク ニューヨーク』を歌い踊る満島さんが
最高にキュートだった。
お相手はチャップリン姿の三浦大知さん。
粋なキャスティングでした。


 第1話 テレビ女優第一号・黒柳徹子の笑いと涙の青春
 第2話 上を向いて歩こう!
 第3話 生放送は波乱の連続!
 第5話 向田邦子と徹子・友情の物語
 第6話 私の兄ちゃん・渥美清 
 第7話(最終話) 徹子、森繁を叱る  
 
ねこちゃん