昭和54年(1979年)、『徹子の部屋』新春放談からスタート。
ゲストは兄ちゃんこと渥美清(中村獅童)。
駄菓子屋のおばあちゃん(黒柳徹子)も神妙な顔でテレビを見つめておりますョ〜。

 二人の出会いは24年前(1955年)。
徹子(満島ひかり)がNHKの専属女優になってから2年後のことだね。
ストリップ劇場の芸人だった渥美はテレビ局の勝手がわからない。
靴を脱いでスタジオに入り、徹子に驚かれていたぞ。

『下町出身の渥美さんは山の手ふうに育ったトットちゃんとは正反対。
でも、テレビの世界では同級生だった。
今日はトットちゃんが兄ちゃんと呼んでいた渥美清さんのお話』


 大好きな渥美清さん。
彼は仕事とプライベートとを厳格に分けていた。
何十年も共演した「とらや」のメンバーはもちろん、
数少ない芸能界の友人である徹子やストリップ小屋時代からの仲間関敬六にすら
自宅も連絡先も教えなかったらしい。
彼の死が発表されたのは家族だけの密葬を終えたあと。

 喜劇俳優は画面の印象とは正反対に物静かで孤独を好む人が多いという。
演じている自分と本来の自分、その距離をコントロールし、自分なりに納得のいく仕事を続けていくために選んだ方法だったのでしょう。

 渥美清が全うした『車寅次郎』という役、最初は演じることに葛藤もあったようですが、
彼はこの人物を最期まで守ろうとした。
その思いは彼より外に知る人はいないでしょうが、車寅次郎を守る中で捨ててこなければならなかったものへの思い、生まれてしまった苦しみが『車寅次郎』をさらに魅力的に味わい深い男へと変えていったと思うのです。

 冗談ばかり言って人を笑わせるのが大好きで、人懐っこくて、困っている人をほっとけないのに自分の面倒も見られない。
身内に迷惑ばかりかけている、どうしようもない男。
恋に落ちても、いつも勘違いの末失恋。いつも同じことの繰り返し。

 観客はバカだねぇ・・と呆れ、笑いながら車寅次郎を心から愛した。
時代が流れ、テキヤという商売も、全国を転々としながら人々と触れ合い思い出を残して行くという生き方が時代とかけ離れてしまっても、人々は「車寅次郎」を求めたし、彼も応えようとした。

 渥美清さんの病気のことは知りませんでしたが、「男はつらいよ」は徐々に満男の話がメインとなり、画面の中の「寅さん」は明らかに痩せてパワーを失って行った。
見るのが辛かったし悲しかった。
渥美さんの死が発表された時、いろんな事情があったにせよ、そんな彼を映画に引き留め続けた山田洋次監督を私は憎んだ。

 でも、それは渥美清さん自身も望んだことだったのでしょう。
「男はつらいよ」は50作まで創られる予定だった。
最終作のマドンナは幼稚園の園長役の徹子さんで、そこの用務員をしている寅さんが 園児たちと遊んでいるうちに死んでしまう。
その後、町の人達が寅さんを偲んで地蔵を建てるという話だったそうな。

 ちゃんと映画の中で寅を死なせてやりたい。
それまでは死んでも死ねない、そう思って病の中でも渥美さんは
次回作の準備をしていたのかもしれません。
幻の第50作目、見たかったなぁ・・・
HPはこちら


トットチャンネル (新潮文庫 く 7-2)トットひとり
 昭和35年(1960年)、二人は『お父さんの季節』で共演。
渥美はまだテレビに慣れておらず、舞台と同じように声を張り上げたり、
カメラに寄って行くため、リハーサルが度々中断していた。
ディレクターの伊集院(濱田岳)に注意されたら、いちいちケンカ腰。

 悪気はないけど言葉が荒い・・・(* ̄m ̄)プッ
も〜この人なんなのかしら・・何とかしてあげなきゃ・・と思ったのか、
徹子は彼に本を差し出した。


「ねぇ、ちょっと・・・こんなきれいな物語があるのよ。
ね!こんなきれいな物語があるの!
あのね、現場ですぐに「このやろう!」なんて言ってないで
読んでごらんなさいな!」
徹子
「え?」渥美
「読んでごらんなさいな!」

 それはサン・テグジュペリの『星の王子さま』。
ぐいっと手渡すと徹子は行ってしまいました。

「・・・んあぁ?!・・・・小学5・6年?(・д・)チッ ・・・ばかやろう・・」

 なんて言いながらも素直に読む渥美さん。
もしかしたら、一見荒っぽい渥美に面と向かって注意してくれる人はおらず
テレビ界でできた初めての友達だったのかもしれないね。


 ある日、番組リハーサル中の渥美の元に徹子が怒鳴り込んできた。
渥美は待ち合わせ時間に遅れた彼女を待たずにとっととどっかへ消えたらしい。

あなたダメ!あなた一生結婚できないわよ!!
いい?!あなただけよ。待ってないでスッと行っちゃったのは!
のり平さんだってエリックだってみんなみーんな待ってたのに!
あなたはダメ!!
あなたについて行く女はなし!!

「・・・・え・・・ちょっとぉ・・・」渥美
「いい?!今日は絶対待っててよ!」
「ちょっとどっちなんだよ・・待ってるの、先行って・・・」
「わかんないねぇ・・・女心は」伊集院
「わかんねぇ」渥美

 こえぇ・・・( ̄∇ ̄;)
言いたいことだけ言うと徹子は去っていきました。
でも、そういうとこが気持ち良かったのかね。
多分、後を引きずらず明るく無邪気な徹子は、いい仲間だった。
徹子は渥美の大切な「お嬢さん」
渥美は徹子にとって「兄ちゃん」と呼べるただ一人の人。


 王さん(松重豊)の店でいつものように食事。
でもまだみんな若くてお金がない。北京ダック頼んでも野菜のみ。

「今に俺が森繁みたいなスターになってタック抜きじゃない北京ダック
腹いっぱいお嬢さんに食わしてやるよ」渥美
「ありがとう!お兄ちゃん!」徹子

『現場で苦労を共にするうちに、いつからか兄ちゃんと呼ぶくらい仲良くなった』

 仲が良すぎて芸能ネタになったこともあった。
でも、週刊誌に乗った兄ちゃんの写真はチンドン屋さん。
森繁(吉田鋼太郎)も呆れとります。
ホントにねぇ・・・なんでまた・・・(* ̄m ̄)プッ

『それからしばらくして、兄ちゃんはあの役で国民的スターになった』

 映画の看板が名刺の時と同じように微妙に渥美さんと中村獅童さんをミックスしていてナイス!
毎度のことながらすばらしい仕事だす。


 我が家はお正月とお盆には家族で『男はつらいよ』を見るのが恒例行事でした。
大学生になり家を離れても寅さんに会いに映画館に行ったもんです。


 昭和52年(1977年)、正月、徹子は渥美と待ち合わせて『男はつらいよ』を見に行った。第18作目だね〜

 って、バリバリ芸能人なのに普通に映画館に入って行く徹子・・・ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ
お兄ちゃんはマスクとキャップで気配消しているというのに。
そこには『もぎりよ今夜もありがとう』の片桐はいりさんが・・・
粋なキャスティングだぁねぇ。


 結局映画館は大騒ぎになってしまった。

『毎年正月には『男はつらいよ』を兄ちゃんと一緒に映画館で見るようになった』

 大笑いして映画を楽しんでいる徹子の隣でお客さんの反応を冷静に観察する渥美。
彼は客層の違ういろんな映画館で『男はつらいよ』を見て、お客さんの反応の違いを確認し次の作品に生かそうとしていた。

『兄ちゃんは小さな目で世の中と人生を誰よりも深くしっかりと見つめていたのだ』

 渥美は約束を守って、王さんの店でタック入りの北京ダックを徹子にごちそうしてくれた。
渥美は徹子が思いっきり頬張る姿を嬉しそうに見つめていた。

 帰りは徹子が運転する車で渥美を送って行った。
しかし彼はいつも「この辺りで止めてくれるかい」と車を降りるため、
徹子は彼の家がどこにあるのか知らなかった。

「お兄ちゃんの秘密主義者!」徹子
「・・・・お嬢さんはいつも元気ですねぇ。元気が一番!じゃ・・」渥美
「おうちぐらい教えてくれたっていいじゃない・・・秘密主義者・・・」

 そんな二人の付き合いはずっと続いた。
家を知らなくても電話番号を知らなくても、徹子にとって渥美は大好きなお兄ちゃんだった。


 平成6年(1994年)、徹子は初めて「男はつらいよ」47作目撮影中の渥美の陣中見舞いに行った。
渥美は1991年に肝臓癌が見つかり、1994年には肺に転移しているのがわかった。
この47作目出演も主治医からは無理だと言われていたらしい(ウィキペディアより)。

 蕎麦を食べる徹子に天ぷら蕎麦を追加してあげた渥美は彼女が食べるのを
いつものように嬉しそうに見つめていた。

「昔のお兄ちゃんと変わらないわね。
いっつも腹いっぱい食わせてやるからなって言ってたもの。ね!」徹子
「・・・・・『僕はあのひとつの星に住むんだ。
そのひとつの星の中で笑うんだ。
きみはいまに悲しくなくなったら、僕と知り合いになってよかったと思うよ。
きみはどんな時にもぼくの友達なんだから』
・・・・」

 照れたように渥美は微笑んだ。
それは『星の王子さま』の別れの言葉でした。

 渥美に本をあげたことを徹子は忘れていましたが、渥美にとって徹子との出会いと
彼女と過ごした日々は美しくて大切な時間だったように思います。
いずれ知るであろう自分の死、その時の徹子を思い、
そして徹子への感謝の気持ちを伝えたかったのかもしれません。


 実はこの2ヶ月、徹子は電話やはがきで渥美に連絡を入れていたが
彼からの返事はなかった。
多分、入院していたと思うが、その理由を言わない渥美に徹子は
『奥さんにも内緒で女連れて温泉行ってたんでしょ!』と怒って責めたてた。
それを聞いた渥美は涙を流しながら笑った。

「お嬢さん、あなたはホントにバカですね」
「どうして?」
「温泉なんか行ってませんよ」
「じゃどこへ行ってたのよ?外国へは行ってないはずだから、絶対温泉よ!
女連れて。ねぇ!女いるんでしょ?ねぇ・・!」
「アッハッハッハッハ!!ハハハハハ・・・」

『何で兄ちゃんがあんなに笑ったのか・・・後になってわかった』

 撮影の準備ができて渥美はセットに向かった。
歩き出した渥美が、ふと振り返った。

「な〜に?お兄ちゃん!」
「お嬢さんは、いつも元気ですね」渥美
「はい・・ふふっ」
「元気が一番」
「ふっふふふ・・・」

 泣きそうな顔で兄ちゃんは手を振った。
徹子は笑顔で手を振って兄ちゃんを見送った。

『あれが兄ちゃんと会った最後だった』

『僕はあのひとつの星に住むんだ。
そのひとつの星の中で笑うんだ。
だから君が夜、空をながめたら、星がみんな笑っているように見えるだろう。
すると君だけが笑い上戸の星を見るわけさ。
それにきみはいまに悲しくなくなったら、僕と知り合いになってよかったと思うよ。』


 それは車寅次郎を愛してくれた人達への別れのメッセージでもありました。
田所康雄という男はこの世界から消えてしまうけど、
フィルムの中で車寅次郎は生き続ける。
そのことは死と向き合っていた渥美さんにとっても救いになったのかもしれません。


 徹子の留守番電話に渥美からのメッセージが残っていた。

『お嬢さん、元気ですか。
僕はもうダメですけど、お嬢さんは元気でいてください』


 お別れの会で徹子は初めて渥美の妻・正子に会った。
徹子が最後に会ったあの頃、渥美は家では寝たきりの状態で
仕事場でも笑って話すことはなかったそうな。

「きっと涙が出るぐらい嬉しい瞬間だったと思います。
主人をそんなに笑わせてくださってありがとうございました」

 エンディングはウェディングドレスのようなワンピースを身に着けた徹子。
あの時の渥美のように靴を脱いで、兄ちゃんのいないスタジオにいると・・・
ちんどん屋姿の渥美が現れました。


「こんなに長い付き合いなのに、これっぽっちも
俺の病気に気がつかなかったのかい?」
「・・・・・(うなづく)」徹子
「これほど見事に騙されてくれたのはお嬢さんだけだ。
本当にバカだねぇ・・・お嬢さんは
「お兄ちゃん・・・」
「ハハハハハ!」

 ちんどん屋が伴奏する中、お兄ちゃんは『男はつらいよ』の主題歌を歌いながら
徹子の腕を取り、ゆっくりとは商店街を歩いて行きました。
そして一人で行ってしまった。

『兄ちゃんは本当に最後までずっとトットちゃんのお兄ちゃんだった』

 椅子に座り、口上を述べる徹子。

「私、テレビジョンで渥美清と出会いました黒柳徹子と申します。
一家に一台、ちょいとうるさいけれど丈夫で長持ち。
そのうち使いてくても使えねぇ女になりますぞ!
どうです?どうです?みなさん!・・・・
泣いてたまるか!」


 『泣いてたまるか』は渥美のテレビドラマ人気シリーズのタイトル。
大好きな人達を見送りながら、今も徹子はテレビジョンの中にいる。
変わらず、元気に、まっすぐな目で。
そのことが嬉しかった。
でも、徹子さん、今のテレビジョンは好きですか?
おもしろいと思ってくれていますか?と聞きたくもなった。

 俳句をたしなんでいた渥美清さんは尾崎放哉の生涯をドラマ化するために
親友の脚本家・早坂暁さんと準備を進めていたが諸事情で流れてしまった。
その後、種田山頭火に変えて脚本も完成したが渥美の辞退で主演は実現はしなかったそうな。

 俳号でも「風天」と名乗っていた渥美さんの「車寅次郎」を守るための選択だったのだろうか。
でも、私は渥美さんが演じる山頭火を見てみたかった。
「田舎刑事」も大好きだったし、「拝啓天皇陛下様」で見せてくれた実直でバカな男にも惚れた。
何より徹子んさんと共演する寅さんが見てみたかったな。


 第1話 テレビ女優第一号・黒柳徹子の笑いと涙の青春
 第2話 上を向いて歩こう!
 第3話 生放送は波乱の連続!
 第4話 徹子、変身!玉ねぎヘア誕生 
 第5話 向田邦子と徹子・友情の物語 
 第7話(最終話) 徹子、森繁を叱る  
 
ねこちゃん