「あなたがお書きになった『坊ちゃん』・・・
あの中に清というばあやが出てきますでしょ?
性格は生一本で、男っぽいところがあるけど、優しくて。
四国に行った坊ちゃんに恋文のようなながーい手紙を書いて、
ああしろこうしろってお説教して・・・
・・・ふふっ・・アレ・・・・私でしょ・・?」

 鏡子の本当の名前は鏡と書いて『キヨ』と読むそうな。

「清はばあやだけど性格は私によく似てる。
死ぬ間際に同じ墓地に入りたいと頼むでしょ?
そこで坊ちゃんを待っていたいって。
あそこを読んで、コレ私だって・・・そう思ったんです。
アレは坊ちゃんの理想の女の人でしょ?きっとそうよね?」鏡子
「・・・・・・・・・だから清さんは私だって・・?」金之助
「・・・・・(大きくうなづく)」
「君はどこまでも君だね」
「え?」
「そういうことにしておこう。清さんは君だ」

 本当のところはどうだったのか・・・真実を問うのは野暮というものでしょう。
でも、その思い込みは鏡子を幸せな思いにし、
そういう鏡子を見ることで金之助も幸せな気持ちになれたはず。

 鏡子の思い込みは時に金之助を圧迫し苦しめるてきたかもかもしれないが
この大いなる楽天的な思い込みがあったればこそ金之助は『漱石』になれたし、
誰もが匙を投げるような気難しい男は人生の戦いの中で溺れることなく生きてこられたのかもしれない。

 人間関係はいろんな誤解で成り立っている。
大切なのは真実じゃない。
失望を繰り返してきた鏡子が、自分は坊ちゃんの理想の女性である清だと確信できた。それだけでいい。
その思いはきっと、鏡子が今後このうちを守る支えとなったでしょう。
そしてその誤解は鏡子がこの世を去る時まで続いたのだと信じたい。


『この旅は鏡子さんと金之助さんが結婚して15年目の
初めての波風のない安らぎに満ちた時間でした。
このあと金之助さんは『行人』『こころ』『道草』『明暗』などの名作を書かれ
明治の文豪と称えられました。
それらの作品は鏡子さんと共に戦った記録でもあると、私には思えます。
明治という熱い時代は終わりをつげようとしていました』


 そんな「明治の男と女」の奇妙だけれど、人間らしく生きた夫婦の物語。
二人の時間は、このあとも回りの人たちをも巻き込みながらも続き、
きっちりとエンドマークがついたのでしょう。

 漱石が死ぬ場面を描かなかったのも良かった。
夏目漱石の妻・鏡子を主役にしたことで常に軽やかでありながら
時に苦く、切なく、おかしく、閉塞感の中にも力強い光が感じられた。
HPはこちら


 さて、ちょこっとだけ振り返ってみますかのぅ・・・
小説のネタを提供した足尾銅山の元坑夫・荒井(満島真之介)は夏目家に
頻繁に顔を出すようになっていた。
鏡子(尾野真千子)はおもしろくない。

 そして穏やかに見えて突然大荒れになる夏目家。
自分の出張中にかわいがっていた文鳥が死んだのを見つけた金之助(長谷川博己)は
鏡子を責め、文鳥の葬式をすると騒いだ。
相手にせず「たかが鳥のために」と言った鏡子に手を上げた。
「無神経女め!!」

漱石の思ひ出――附 漱石年譜道草 (新潮文庫)吾輩は猫である (宝島社文庫)
 そんな取りこみ中に新聞社から金之助に書けない作家の穴を埋めるよう要請があった。
書くものがないと困惑する金之助に鏡子は荒井から聞いた足尾銅山のことを書けばいいと提案し、金之助は『坑夫』という小説を短期間で書き上げた。

 金之助の言動に激しいショックを受けながらも、作家としての金之助を習慣的に支える鏡子。
「生活」を守ることで大切な何かがすり減って行く。
怒りとやるせなさが胸の中に静かに確実にたまっていく。


 小説の描写を監修するために荒井は毎日のように夏目家を訪れ、すっかり家族になじんでいた。
そんな時、金之助の書斎で勝手に新作の小説を読んでいる荒井を発見した鏡子は叱責したが逆にいなされてしまった。

 ちょっと前まで一生懸命愛想ふりまいて下でに出ていたのに、いつのまにか「僕と先生の仲ですから」とずうずうしい態度になっとる・・・
満島真之介さんは文豪と親しくなることで自意識を支えようとする青年の心ををうまく見せてくれました。


 その『文鳥』というタイトルの小説は荒井によると金之助の心情がよく現れているそうな。
さらに文鳥は昔好きだった女性を思わせる存在であり、過去の秘密が覗ける内容だと。

「相手は物憂い、首筋のほっそりした浮世絵的美人です。
文鳥はその美人を思い起こさせる美し〜い生きものなんですよ」荒井

 新婚当時知った「大塚楠緒子」という名前が蘇る。
金之助は彼女のことを『理想の人だった』と言っていた。

「奥さんもいずれお読みになればわかりますよ。
先生の書かれた美人はいずれもよく似ている。
作家の本音や好みは書かれているものの中に転がっているんだ。
そう思いません?ハハハッ・・・」

 鏡子の胸の中に嫌なシミを残して荒井は出て行った。
そのちょっと前に女中から作品を現実と混同するって話を聞いたばかりだったから、シミはますます濃く広がって行く。


 そこにタイミング良くというか悪くというか書生の小宮(柄本時生)が、にゃんと大塚楠緒子(壇蜜)を連れて来た。なんでも近くで女流作家を囲む会があり、挨拶に寄ってくれたそうな。

 初めて見る「大塚楠緒子」はいかにも女性らしい、しっとりたおやかな美女。
鏡子とはまるっきり違うタイプ。
男にとっての夢の女かしら〜?ぴったりのキャスティング。
彼女に合わせて声を小さく丸くしようとする鏡子だが不自然すぎて変な事になっちゃった( ̄∇ ̄;)


 彼女が金之助の紹介で朝日新聞で書くことが決まったと知り、小宮を問いただすと金之助はしょっちゅう彼女と食事をしたりしているらしい。
おしゃべりな小宮は他にも情報をくれた。
荒井は足尾銅山の仲間と商売をするといって金之助が開催している『木曜会』のメンバーから金を借りている。そして房子(黒島結菜)からも。

 あんなに頻繁に顔を見せていた荒井が現れなくなり、不安に思っている房子を気遣った鏡子は一緒に荒井がおでん屋を出したという四谷に探しに行った。
しかしそんな店も荒井がいる気配もなかった。
房子は荒井に8円も貸していた。

「嘘をつくような人じゃないんです。
人と人がお互いに傷つけあうことのない社会になるといいって、よくおっしゃってて。
すいません・・・・ご心配おかけして」房子
「いいのよ。・・・・でも、あの人、うちの猫みたいな人ね。
どこから来て、誰に育てられて、どうやって生きてきたのか、さっぱりわからない。
それなのに猫もあの人も小説の題材になって、うちに住み着いて・・」鏡子
「みんなに好かれて。筆ちゃんなんか大好きみたいですよ。お勉強教わって」
「お勉強教わるのはいい。
でも、大好きになるのはどうかしら・・・
猫のようにどこへ行ったかわからなくなることもあるでしょう。
そしたら・・・辛いですもの」

 日々戦いに暮れている鏡子は房子には穏やかな人生を送って欲しいと思ったのか。
荒井が金之助と同じように毒を持っていることを敏感に感じていたのかもしれない。
 

 荒井は足尾銅山の騒乱事件に関わった坑夫を匿った疑いで警察に捕らえられていた。
荒井から身元引受人に指定された金之助は警察に迎えに行った。
房子の貸した金は全部飲食代に消えたらしい。
警察に心身ともに痛めつけられ仲間の名前を言ってしまった荒井は自己嫌悪に苦しんでいた。

 金之助はそんな荒井を許さなかった。
荒井が小説の『坑夫』は自分が話したことを書いているだけだし、その謝礼もよこさないズルくてひどい作家だと新聞社で訴えていたことを聞きこんだらしい。

「不満があるなら、なぜ私に直接言わない。
金が欲しいなら欲しいといえばいい」金之助
「金のことはどうでもいいんです。
あなたは僕の父とよく似ている。それが嫌だったんです。
あなたの名誉を傷つけてやりたかった。それだけです!


 荒井の父は戦争で儲けることにしか関心がなく、戦死した兄のことまで自分のために正当化したと訴えた。
母は去り、自分も家を出て、家庭は崩壊したと。
『吾輩は猫である』を読んだ時、荒井はその世界観に光を見たらしい。

「普通のうちの、にぎやかで、ちょっとほろ苦くて温かい・・・
夫婦と子供と猫と、それをとりまく人たちと・・・
そういう家族があるんだなって感動したんです。
でも違ってた。
筆子ちゃんが先生のことを何て呼んでるかご存じですか?
怖い!ただそれだけです。
恒子ちゃんも先生のそばには寄りたがらない。
機嫌が悪けりゃ殴られるかもしれない・・そう思っている!
奥さん・・・そうでしょ?」

「・・・・・・・」鏡子
「このうちだって壊れてる。みんなバラバラだ!
それに気づいてないのは先生だけです!
荒井
「大きなお世話だ!!」金之助
「父もそう言いました。
僕が父に『母を愛してますか?大切に思ったことがありますか?!』
そう聞いた時に言われました。
『大きなお世話だっ!!』
この家がバラバラでないとおっしゃるならお伺いします。
先生は奥さんを愛してらっしゃいますか?!」

「・・・・・・・」金之助
「・・・・・・・」鏡子

 それは鏡子がずっと聞いてみたいと思っていたことだった。
そして言って欲しい言葉だった。
その言葉があればやっていける・・
しかし・・金之助は無言で煙草を吸っていた。
今まで目をつぶってきた現実を荒井が突ききつけてしまった。


「・・・・・・ふっ・・・・ふっふっふ・・・・・
主人がそんな事答えられる訳ないでしょ・・・ふふふ・・・
小説のことしか頭にない人ですよ」
鏡子
「もういい。これ以上君に関わるのは御免だ。
金が必要なら家内に言ってくれ」
金之助

 父親の問題で苦しんできた金之助が同じように葛藤を抱え、自分と父親を重ねる荒井から糾弾される。
荒井は自分の父親から得られなかった言葉を金之助から聞きたかったのでしょう。
でも、それがわかっていたとしても、そんな事にのる金之助ではなかった。


 鏡子は書斎に逃げ込んだ金之助の元へ。

「あいつに10円やって返せ。二度と来させるな。話にならん」金之助
「そうします・・・・
・・・・その前に、お願いがあります。
最近、お書きになった作品がありますね。どこにもお出しになっていない」鏡子
「それがどうした」
「私に読ませて頂けませんか?」

 鏡子は荒井から内容を聞いたことを伝えた。

「どういう女の方を書かれているのか興味があります。
人の目に触れる前に読んでおきたいんです」
「断る!まだ手を入れている最中だ」
「小宮さんはできあがって大阪の朝日に載せるはずだと言っていましたよ。
・・・・それでしょ?」
「触るな!!」
「・・・・・・・・」

「今までも読ませたことないだろう?!何を急に言いだすんだ。
これはダメだ!!」
「文鳥のことであなたは私に手をお上げになった。
私はあなたにとって何なんでしょうか?
文鳥以下の値打ちですか?!」
「バカなことを!」
「バカなことかどうか読めばわかるじゃありませんか!
私はあなたの妻です!
これぐらいのお願い聞いてくださってもいいはずです!」


 金之助の手にある原稿を奪おうとしたら、思いっきり突き飛ばされてしまったわ・・・

「よせ!!」
「・・・・・・・」
「夫が嫌だというものをお前は力ずくで取るつもりか?!」
「そんなにお嫌ですか?!」
「嫌だ!!」
「じゃあ、お聞きします。
その中に出てくる女の人を愛したように、私も愛されてきたでしょうか?!」
「・・・・・・・・」
「答えてください!!」
「・・・・・・・・」
「私、一度聞きたかったんです。これまで・・・愛されたでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・さっき君は答えてたじゃないか。
『主人にそんなことは答えられない。小説のことしか頭にない人だ』って」
「・・・・それで、よろしいのですか?」
「いい答えだと思うがね」
「このうちは・・・どこか壊れていますよ。荒井さんが言ったとおり」

 それでも諦めきれずに金之助を見つめ続ける鏡子の目からはいろんな思いが溢れていて・・・(ノω・、)
小説を読ませてくれたら、嘘でも愛していると言ってくれたら、すべて水に流してやっていけるのに・・・
でも、これが金之助という男なんだよね。
結婚って諦めて受け入れることなのかもしれない。
この人は絶対に変わらない、そういう人なんだってことを。
永遠に交わらないそれぞれの道を満たされないものを抱えながらお互いに一人で歩いているんだってことを。


 荒井は房子になけなしのお金を渡し、父に会うと言って去って行った。

『その後、荒井さんからお貸ししたお金の残りが送られてきました。
でも、お会いすることは二度とありませんでした。

その年の秋、猫が死にました。
名前のないまま逝ってしまいました。
私たちは猫の墓を裏庭に作り、その死を悼みました』


 それから二年過ぎた明治43年、幸徳秋水が天皇陛下暗殺を企て捕まった。
揺れ動く世間とは距離をおき、金之助は執筆に専念していたが胃の調子は悪化し、痛みにのたうち回るようになっていた。
胃腸病院に入院した金之助は重い胃潰瘍と診断された。
病気のせいで金之助の厭世観はさらにひどくなり、家族からはっきり距離を置こうとしていた。

「筆も恒子も君によく似ている。正直だが不愛想だ。
将来旦那になる男は気の毒だな。
君と結婚した時はそういうところが自然でいいと思ったりしたんだがね」
「後悔してらっしゃるの?」鏡子
「・・・・・君はどうだい?」
「・・・・私は・・・占いを信じていますから。
あなたと結婚すると幸せになれるって」
「前にも聞いたよ。もう信じちゃいないだろ?!そんな占い
「・・・・・・・」
「正直に言ってみろ!今はもう、信じちゃいないだろう?!」

「・・・・・・時々・・・迷います。
でも、今まで信じてきましたから」
「・・・・・・俺は神も占いも信じない。
親に捨てられて、子供の頃にそう決めたんだ」
「残念ね」
「だから・・・・・俺達は・・・もういい・・・疲れた・・・」

 細い紐を掴んだと思っても、すぐにその紐は消えて奈落の底に落とされる。
確かなものなんてなにもない。
金之助が望んでいたものを自分は作ることができなかった。


 退院した金之助はそのまま修善寺で療養することにし、ついていくと言った鏡子には「来るな!」と告げた。

 その後、金之助の病状は悪化し重体になったという電報が鏡子の元に届いた。
鏡子が修善寺の金之助の部屋に着いた時は安定していたが、4,5日後には大量の血を吐き危篤状態になった。
医者は次に吐血したら助からないと告げ、鏡子もそれを受け入れようとしていたら・・
明け方になり金之助は目を覚ましてつぶやいた。

「妻は・・・?妻は・・・?!」
「なに?」鏡子
大丈夫だ・・・・大丈夫だよ・・・・心配するな・・・」
「うんうん・・・大丈夫ですよ」
「鏡子・・・うちへ帰ろう・・・」
「はい」

 これが金之助の本当の思い。
「うちへ帰ろう」・・・それだけで鏡子には十分だったよね。
二人だけに見える景色は確かにあった。


 奇跡的に回復した金之助は長野に講演に行くことになり、
鏡子は強引について行くことに決めた。

 長野での二人の姿が余計なものが無くなってすごく軽やかな感じで・・・
まさに主題曲にぴったりの雰囲気。
新たな時代の風が二人にも届き、新しい季節が始まったようでした。

 夫婦って何だろう・・・一緒に生きていくってどういうことだろう・・痛みと共に考えさせられたドラマでした。
人生と同じように夫婦の道も途切れてしまったように見えて、いつのまにか繋がっていた。
夫婦の数だけその形がある。
このあまりにも個性的な夫婦も、長い時間をかけて彼ららしい姿をやっと見出したのでしょうか。
清々しいラストに救われました。

 役者さん一人一人の存在感が生きている力強い画面から目が離せませんでした。
苦くて、おかしくて、みっともなくて、それでも美しい人間の姿がそこにありました。
全四回。充実した時間に心から感謝したいドラマでした。
 

 第一回 夢見る夫婦
 第二回 吾輩は猫である
 第三回 やっかいな客

br_banner_risu