楽しみにしていたドラマがまた始まりましたョ〜
いや〜いいもん見せてもらいました。
まず山本耕史さんの創り上げた植木等の完成度の高さに驚いた!
佇まいはもちろん話すトーン(ドラマや映画に関してしか知らんけど)が植木等そのもの。
映画見ている時と同じように『ウッヒャッヒャッヒャ』という植木等の
笑い声に一緒に笑っちゃったよ。
そして歌の部分はさすがに難しいからふき替えにしたんだな〜と
思ったんだけど、にゃんとヤマコーが歌っていた!神かよ?!( ̄∇ ̄;)

 でも、勘違いしちゃいけないのはこのドラマがすばらしいのは
ヤマコーが植木等そっくりだからじゃない。
私的には実在の人物を描いたドラマでの再現率はそれほど重要ではありません。
顔の雰囲気も身長も体格も全く違う俳優が設定と脚本という枠の中で
その人をどう解釈し表現するのか。そこにわくわくする。

 ヤマコーの植木等からはキャストの皆さんとのバランスを保ちながら
「植木等」という人間の存在感と魅力がしっかり伝わってきた。
そして彼のその奥にあるものを知りたいと思わせてくれた。
なにより、そのスピリットを感じさせてくれた。
「植木等のスピリット」って何ぞや・・?
私もうまいこと説明できないけど妻の登美子さん(優香)の言葉に詰まっているように思いました。

「真面目に無責任やってください」

 テレビの画面やスクリーンに映る軽くて無責任で運まかせのイージーな男。
でも、その「無責任」は「適当」じゃない。
植木等という人間の信念がしっかり根っこにあるからこそ
あそこまで自我を消してどこまでも軽やかに力強く演じることができた。

 平均(たいらひとし)に代表されるキャラクターにそんなバカな・・と驚きつつも、
その圧倒的な自己肯定感を笑いつつも引っ張られ、
もっとやってくれというエールを送らざるを得ない、
そしてその期待を遥かに超えてくれる男。
バカバカしくて、スマートで、うまく立ち回っても憎めない、
どこにも支配されない自由で魅力的な唯一無二の存在。
まさに日本中が彼を求めていただろうし、彼にしか創れないキャラクターだったんでしょう。

 このドラマはそんな「植木等」になるために支えてくれた人達の存在、
その中でも「付き人」という立場だった小松政夫から見た「人間・植木等」を
時代の勢いと共に描いてくれるようです。
HPはこちら


 ドラマは昭和36年、植木等(山本耕史)が父・徹誠(伊東四朗)に
歌手として歌うことになった『ひどい歌詞』についてボヤく場面から始まる。

「『チョイト一杯のつもりで飲んで いつのまにやらハシゴ酒
気が付きゃ ホームのベンチでゴロ寝
これじゃ体にいい訳ないよ
わかっちゃいるけど やめられねぇ』・・・なぁ?」植木
「・・・・すばらしいじゃないか。
『わかっちゃいるけどやめられない』・・・
これは親鸞聖人の生きざまに通づるものがある」徹誠
「それは大げさってもんじゃないのぉ?」

「親鸞聖人はもがき苦しんで90歳まで生きられた。
その年月を振り返った時、やっちゃいけないことばっかりやって・・・
まさに『わかっちゃいるけどやめられない』・・・だったと。
等、この歌は大変な歌だぞ
「・・・・(;-_-) =3 ったく・・・冗談じゃないよ。34にもなってこんな歌歌うの!」
「坊主を継がなかった罪滅ぼしに、歌ってこ〜い・・」

 徹誠さんは元僧侶。
この親子がここに至るまでにもいろんなドラマがあったでしょうが今回は省略。
修羅場を乗り越えて来たらしい飄々とした穏やかな佇まいは、まさに『植木等』。

 父親の言葉に説得された訳ではないが、多分、植木等と言う芸人は
与えられたものを「受け止める」ことで成長してきたんじゃないか・・
彼の中には「こんな歌がヒットするようじゃ日本はおしまいだよ!」という
思いが消えなかったようだけど、ある意味ドライにも見えるこだわりのなさが
「植木等」を作ったのかもね。


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