マツの周り:横浜F・マリノス新聞系ニュース

横浜F・マリノスの非オフィシャル・新聞系ニュースをまとめています

横浜M・山中亮輔、代表DF初デビュー弾狙う

横浜M・山中亮輔、代表DF初デビュー弾狙う
https://www.hochi.co.jp/soccer/japan/20181112-OHT1T50315.html
 ◆国際親善試合 日本―ベネズエラ(16日・大分銀行ドーム) 日本―キルギス(20日・豊田スタジアム)

 12日から大分で代表合宿がスタート。初招集の横浜M・山中が、自慢の左足でDFとしては初となる代表デビュー戦ゴールを狙う。

 雨の中での初練習を終えたJ屈指の攻撃的左サイドバックは「求められているのは攻撃のところだと思う。ゴール、アシストという結果を残して、生き残れるようにしたい」ときっぱり。過去に代表デビュー戦ゴールは30人がマークしているが、DFとしてはまだ誰も成し遂げていない偉業を目標に掲げた。「僕にとってはチャンスだし、ものにできるように明日からの練習でアピールしたい」と力強かった。

 シントトロイデンの冨安がベネズエラ相手に“リベンジ”を誓った。昨年のU―20W杯で対戦した際に、延長後半にCKから自分のマークしていた選手に決勝点を許した。当時のメンバーが8人も含まれていることもあり「もちろん普通の相手とは違うものがあります。ピッチに立てないと意味がないので、練習でアピールしていきたい」と闘志を燃やした。

 ハノーバーの原口は勢いのある若手とのポジション争いを「競争を楽しんでやっていきたい」と歓迎した。10月のウルグアイ戦などで結果を出したMF南野、堂安、中島が注目を集める状況にも「彼らが脚光を浴びているのは、すごく良いことだと思っている。僕は粘り強く、日本代表のためにやれればいい」。“大人のプレー”で、チームへの貢献を誓っていた。

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横浜M、何度も好機演出 ポステコグルー監督「勝ちに値する」

横浜M、何度も好機演出 ポステコグルー監督「勝ちに値する」
https://www.sanspo.com/soccer/news/20181110/jle18111019470038-n1.html
 明治安田J1第32節最終日(10日、長崎0−1横浜M、トラス)横浜Mは素早いパス回しから何度も好機をつくった。シュート12本で得点は1点のみだったが、ポステコグルー監督は「勝ちに値するパフォーマンスだった」と満足げだった。

 伊藤は前半にPKを決められないなど何度もシュートを外したが、後半29分、ドゥシャンが流し、意図せず足に当たったボールがゴール隅に転がり決勝点。「なんちゅう日だ」と苦笑いした。ルヴァン杯決勝を含めてチーム3連敗の苦境を脱し「嫌な流れを払拭できるチャンスだった。勝てて良かった」とほっとした様子だった。


横浜M・山中(7日に日本代表DF初選出、シュート4本を放ち)
「枠にいっていれば入っていた。そこは力不足」


横浜M・天野
「あれだけチャンスをつくっても入らなかったので、どうなるかと思った」

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横浜GK飯倉「革命」衝撃受けた川口のパントキック

横浜GK飯倉「革命」衝撃受けた川口のパントキック
https://www.nikkansports.com/soccer/news/201811050000480.html
J1横浜F・マリノスのGK飯倉大樹(32)が5日、かつて横浜でもプレーした元日本代表GK川口能活(43)の引退を惜しんだ。

小学生の頃から横浜の下部組織でプレーし、中学時からGKに転向した飯倉にとって、同じポジションの大先輩でもある川口は「憧れの存在」だった。身長はGKとしては決して大柄ではない180センチの川口とほぼ同じ181センチ。そのプレーを常に参考にしていた。「マリノスの育成、下部組織にいて、日本代表の川口能活選手はすごく憧れだったし、目指すべき人というのはずっと思っていました。マリノスというクラブでプレーして、海外に挑戦してという生き方というのがすごく印象に残っている。川口能活さんという色の強い選手が引退してしまう寂しさはすごくあります」。

川口のプレーで最も参考にしたものに飯倉は「パントキック」を挙げた。パントキックとはGKが手で保持したボールを地面に落とさずにキックする技術のこと。ボールをワンバウンドさせ、その上がり際を蹴るドロップキックと違い、低い弾道で狙った場所にボールを送りやすい蹴り方だ。現在のGKにはボールを6秒以上保持すると相手に間接FKが与えられる“6秒ルール”というものがあるが、川口が横浜で頭角を示した90年代には、ボールを保持したまま4歩以上歩いてはいけない(00年のルール改正で廃止)というルールもあり、ボールを保持した場所からあまり動かずにボールを蹴るGKが多かった。

飯倉は「あの人(川口)は中間距離のキックの精度がすごく高かった」といい、「昔のGKってドロップキックとか前蹴りみたいなのが多かったけど、横向きのブーメランキックみたいなのを始めたのは、俺は能活さんかなと思っている。あの人のキックの仕方とか、精度をまねてすごく練習した。GKになって一番練習したのはそこかもしれない。そういう革命的な、今までになかったGKの概念を変えてくれた人」と話した。

今の横浜ではGKからパスをつないでビルドアップするサッカーに取り組んでいるが、守護神としてそのサッカーを支える飯倉の頭の中には今でも川口の姿が残っている。基本的には短いパスでDFへとつなぐが、たまにパントキックなどで裏のスペースを狙って蹴ることもあるといい「能活さんのパントキックのうまさ、あの人が変えたところから自分もそういう練習をしているから、カウンターで裏を狙ったりしている。今、パントキックのうまい全ての選手のルーツは能活さんにあると思うし、それを当たり前にしていった先駆的な人だと思う」。

飯倉は05年にトップチームに昇格。当時、川口は5年間の海外生活を終え、国内復帰の地としてジュビロ磐田を選んだ頃で、同じチームで共にプレーすることはなかった。それでも飯倉は少し笑みを浮かべながら「憧れの人ってそういう方がいいじゃん。GKだからこそ交わらなくてよかったというか。選手としてライバルとしてよりも、憧れの選手という位置付けで、すごくきれいに能活さんが見えるから、それでいいのかなと思います」と話した。
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