俊輔、W杯で「ギャルも感動させる」…横浜M
http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/jleague/news/20100318-OHT1T00286.htm
日本代表MF中村俊輔(31)=横浜M=が18日、横浜・桜木町に19日にオープンするアディダス大型直営店で、木村和司監督(51)とトークショーを行い、新旧の日本代表背番号10がW杯への思いを語った。

 指揮官が「ワシらのときは(W杯は)雲の上にあった」と振り返り、「今の選手が頑張って、大きな感動を与えてくれれば」とエール。これを受け、俊輔も「岡田監督になって『(ベスト4に)本気でトライしてみないか』と聞かされたときは正直びっくりした。120(%)ぐらいの出来じゃないとそこまでいけない」と強い覚悟を示した。

 イベントにはサポーター代表として人気モデルの小森純(24)も参加。本大会も応援に行く予定で「一生懸命声出して応援するんで、頑張ってください」と激励し、俊輔も「ギャルの方々にもっとサッカーを分かってもらえるように、いいプレーしたい」と話した。


名門復活へ!横浜M・俊輔、勝利にこだわる
http://www.sanspo.com/soccer/news/100319/sca1003190510000-n1.htm
J1横浜Mの日本代表MF中村俊輔(31)は18日、次節の川崎戦(20日、日産ス)に「勝てばいろんなことが見えてくる」と必勝を宣言した。同じく今季からJリーグに復帰した川崎の日本代表MF稲本潤一(30)が9年ぶりの直接対決に燃える中、あくまでチームの勝利を追求する。練習後にはアディダスのイベントで、木村和司監督(51)と軽妙トークを繰り広げた。

 名門復活へ、俊輔は01年3月以来3290日ぶりとなるMF稲本との対決よりも、勝利に強いこだわりを見せた。

 「対決といっても1対1でやるわけじゃない。お互い、いいプレーをして試合を盛り上げたい」

 クールな言葉の一方で勝利に向けては「フロンターレの方がここ数年は順位がいい。オレらの方が挑戦者の気持ち。勝てば、いろんなことが見えてくる。そのためにも自分がいいプレーをしないと」と熱弁した。

 近年は中位に甘んじる横浜M。優勝経験者は減ってきており、木村監督も「優勝争いに絡む目標があるわけだから、勝っていかないと。チームも自信になる」。優勝争いの常連撃破こそ、“勝ちグセ”復活につながるというわけだ。「試合でベストにするために」と珍しく居残り練習も早々に切り上げた俊輔が、2連勝という結果を追い求める。


俊輔 長男&次男「自分超えなければいいけど」
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2010/03/19/06.html
横浜の木村監督と日本代表MF中村が18日、横浜・桜木町駅前にあるアディダスショップでトークショーを行った。

 10日に第3子となる三男が誕生した中村が、長男と次男が既にサッカーを始めたことを明かし「代表入り?自分を超えなければいいですけど」と冗談交じりに話すと、指揮官は「ワシが(代表の)監督やってたら全員(代表に)入れちゃるよ」とやって周囲を笑わせた。


Jリーグの横浜F・マリノスの中村俊輔選手、木村和司監督とトークセッション
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00173801.html
8年ぶりにJリーグの横浜F・マリノスに復帰した中村俊輔選手(31)が、木村和司監督(51)とイベントに登場し、新旧日本代表司令塔の2人がトークセッションを行った。
3カ月後に迫ったワールドカップで、ベスト4を目指す岡田ジャパン。
司令塔の中村俊輔選手が気合の一言と思いきや、「(岡田監督から)本気でベスト4にトライしてみないかと聞かされた時、僕自身も正直、びっくりしましたけど」と話した。
18日、神奈川・横浜市で行われたトークセッション、お相手は横浜F・マリノスの木村和司監督だった。
木村監督といえば、かつて日本代表の司令塔として活躍し、メキシコワールドカップのアジア予選で見せた伝説のフリーキックは、語り草となっている。
マリノスでも10番を背負うなど、2人の共通点は多い。
中村選手は「代表の10番もそうですけど、僕はマリノスの10番が重かった」と話した。
先日、3人目の子が誕生し、3兄弟の父親となった中村選手、木村監督からは「わしがその時に監督をやっていたら、(3人)全部入れちゃる。日本代表に」とうれしい一言もあった。


真の地域密着型クラブへ-横浜F・マリノスの挑戦
「この街には、横浜F・マリノスがある。」(1)

http://www.hamakei.com/column/212/
18年目を迎えたJリーグの2010年度のシーズンが開幕した。木村和司新監督率いる横浜F・マリノスには、中村俊輔選手が7年半ぶりに復帰し期待が集まっている。今回は、Jリーグが掲げる「100年構想」の実現を目指す地域密着型のクラブづくりが着実に成果として表れはじめた横浜F・マリノスの地域活動について特集する。

■木村和司監督体制の横浜F・マリノスに中村俊輔選手が復帰
今シーズンから前身の日産時代から活躍し、Jリーグ黎明期を支えた木村和司氏が監督に就任。2002年の日韓ワールドカップ後からヨーロッパでプレーしていた日本代表MF中村俊輔選手も、スペイン・バルセロナに本拠を置くサッカークラブ「エスパニョール」からマリノスに完全移籍して復活した。中村選手は、2月28日に日産スタジアムで行われた入団会見で、「マリノスがもっと大きく、強くなることに貢献していきたい」と話し、ファンの間からも彼の活躍に期待が集まっている。

 マリノスは、地元商店街などと連動した活動や若手の育成などのホームタウン密着への取り組みに力を入れている。ここ数年、横浜F・マリノスの観客動員数は年々上昇傾向にある。これを裏付けるかのように、ファン・サポーターとの連携により、街中にポスターやフラッグが掲げられ、ホームタウン・横浜の「トリコロール化」も着実に進んできている。

 今回は、クラブとしての地域密着活動について、横浜マリノス株式会社ホームタウン・ふれあい本部部長の木村昌実さんにお話を伺った。

■「地域の人々に心から愛されるクラブを目指す」
―ここ数年、観客動員数が安定していますが、低迷していた時と比べ、何かチームとしての意識に変化があったのでしょうか。

 93年にJリーグが開幕してから、地域の方々に愛されるような活動をしてきたかというと、当時はチームを強くすることに重点を置いて活動をしていたので、必ずしも満足にできていませんでした。しかし、何年か経ち、このままではいけないということに気づき、地域の方々と一緒に盛り上げていくことを第一に考えるようになりました。

―木村さん自身が地域活動を強く意識するようになったきっかけは。

 自分が現職に就いた2006年に、まず、現状を知るために、横浜市内の商店街の方々にお話を伺いに行きました。ところが、そこで返ってきた言葉には、「マリノスさんもこういうところに来てくれるんだね」、「マリノスは別にオラが町のクラブっていう意識はないね」というものもありました。覚悟はしていましたが、実際に言われてみて大変ショックを受けました。ただ、ここで初めて現状を知ることができ、マリノスが地域に根差していくためには、生半可な取組みではどうにもならないという危機感を覚えました。

―そこから、どのような取組みを始めていったのですか。

 まずホームタウン活動を本格的に始めるにあたり、商店街や町内会にごあいさつさせていただき、地域のお祭りなど、イベントの大小を問わず、協力させてくださいということでお願いしていきました。そこで一つ二つ、承諾を得て、イベントに参加させていただくうちに一つ、また一つと、徐々に声をいただく数が増えるようになりました。商店街にチームのトリコロールの旗を掲げていただくなど、少しずつではありますが認めてもらえるようになり、距離を縮めていけるようになっていきました。

■「サッカーを通じて地域に貢献していく」
―サッカー振興の活動にも力を入れていらっしゃいますね。

 当然ではありますが、私たちの特徴として、サッカーを教えることができる人材が豊富にいます。そこを生かし、地域の子どもたちにサッカーに親しめる場を提供しようと、「マリノスフットボールアカデミー」という、サッカースクールを設けています。スクール自体は1985年に発足しました。現在は、みなとみらい、追浜、NAS二俣川、大和、港北の5校で展開しています。幼児から小学校6年生までを対象に(みなとみらい校は中学3年生まで)、サッカーの楽しさはもちろん、プロのコーチが教える技術、あいさつなどの礼儀も教えることで、生徒数は約3,500名に及んでいます。

―子どもたちにとっては、プロのコーチに教えてもらえることができる、この上ない環境ですね。

 ほかにも、このサッカースクールとは別に、営利を伴わずスポンサーや法人会をはじめとした方々に支えられて活動している「ふれあいサッカープロジェクト」があります。これは、小学校の体育の授業にコーチを派遣し、子どもたちにサッカーと食に関する指導を行う「サッカー食育キャラバン」、各区のスポーツセンターで親子や初心者、女性まで、あらゆる人を対象に、それぞれのカリキュラムに沿った指導やフットサル教室を行う「ふれあいサッカー教室」などを行っています。このプロジェクトで、サッカーを通じて一人ひとりの健康増進を促し、人間的に成長できる環境を提供することで地域に貢献しています。

「ふれあいサッカープロジェクト」の一つに、Jクラブで唯一となる知的障がい者のサッカーチーム、「Futuro(フトゥーロ)」の活動支援がある。この活動は1999年に横浜市の障がい者スポーツ文化センター「横浜ラポール」が、障がい者サッカーの発展のためにマリノスへ協力を仰ぎ、スタートした。マリノスのコーチが技術、戦術などを丁寧に指導するだけでなく、選手の自主性も育てている。練習に参加する選手の中には、積極性が芽生え、知的障がい者が苦手としているコミュニケーション能力の向上が見られる選手もいる。

―障がい者のサッカーチーム「フトゥーロ」の活動は、さまざまなメディアに取り上げられるなど注目されています。

 障がいの有る無しに関係なく楽しくプレーできるのがサッカーの魅力です。フトゥーロのほかにも、電動車椅子サッカーもサポートさせていただいています。ふれあいサッカー教室にしろ、障がい者サッカーにしろ、現場に行き、心の底から楽しそうにプレーしている彼らの姿を見ると、こういう活動をして本当に良かったなと、心から思います。そういう活動の積み重ねが、多くの方にマリノスを好きになっていただく上で大切にしないといけない事だと改めて分かりました。

―行政との連携について教えてください。

 横浜市体育協会に「横浜熱闘倶楽部」という私たちマリノス、横浜FC、横浜ベイスターズを支援してくださる組織があって、そこが大きな柱になります。この組織の他に、横浜市市民活力推進局のスポーツ振興課が窓口となり、案件によっては教育委員会や、交通局、経済観光局、資源循環局などとも連携をとっています。また、区役所やほかの局とも、啓発活動に協力するといった形でお互い交流を図っています。その中でも、よりローカルな地域密着活動の窓口として、現在は横浜市18区の地域振興課との関係を密にしています。

―昨年、マリノスの育成組織、横浜F・マリノスユース(18歳以下)が高円宮杯(全国の高校、クラブチームを含めた高校年代の全国大会)で優勝しましたね。

 選手育成の成功は、地域に根差していく上でも有意義です。というのは、育成組織の選手のほとんどは、ホームタウンである横浜・横須賀が地元の選手ですので、彼らがトップチームに入り活躍することで、選手の地元の方々にマリノスを応援していただける機会が増えます。育成組織の強化で、すそ野を広げていくことも我々が目指す地域密着の一つの方向です。

―最後に、チームが新たな船出を迎える今年、地域の活動に関しては、どのような取組みを行っていくお考えですか。

 マリノス本拠地の日産スタジアムのある港北区は、横浜市で最も人口が多く、地方のクラブでは、一つのホームタウンとして立派に形成できる区域です。ところが、スタジアムに足を運んでくれる方の統計を見てみると、港北区の来客者の割合は、相対的に多くはなく、それでは本当の意味で地域に根付いているとはいえません。ですから、今考えているのは、大きな人口を抱える港北区の方々に、もっともっとマリノスを身近に感じてもらえるような活動に力を入れて、マリノスをより認知してもらえるような取組みを考えています。ただ、短期的な取組みも大事ですが、大前提として、我々にとって何より必要なのは、今までに地道に行ってきた活動を継続することで、地域の方々との信頼関係をより深めていくことです。

―ありがとうございました。


※港北区人口
港北区の人口は325,659人。横浜市の人口3,672,789人中で最大区となっている。(2010年1月1日現在)


※横浜F・マリノスデータ
ホームタウンは横浜市と横須賀市。「マリノス」は、スペイン語で「船乗り」を意味する。チームカラーは「青・白・赤」のトリコロール。前身となる「日産自動車FC」は1972年に設立され、1988-89年度には、JSL(日本サッカーリーグ)、JSL杯、天皇杯と、当時の日本サッカー主要大会三冠を達成した。金田喜稔や水沼貴史、木村和司(現監督)、井原正巳といった日本を代表する名選手を輩出してきた。

 1993年のJリーグ開幕からヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)との対決は日産、読売時代から続く名門対決として、Jリーグでも人気カードとして愛されてきた。1995年にはリーグ初優勝を果たした。1999年のシーズンから、同じ横浜市をホームタウンとしていた横浜フリューゲルスと合併し、フリューゲルスの頭文字「F」を取って現在の名称となった。

 2003年 から2006年は現日本代表監督である岡田武史氏が監督を務め、2003年、2004年にリーグ連覇を達成している。現在、その岡田武史氏が率いる南アフリカW杯に向けた日本代表に、マリノスが世界に誇るミッドフィルダー中村俊輔、ディフェンダー中澤佑二を送り出している。

 2008年シーズンからは「俺たちのF・マリノス」プロジェクトがスタート。「この街には、横浜F・マリノスがある。」というスローガンのもと、ファン・サポーター、地元商店街などと連動したホームタウン密着への取り組みを進めている。今シーズンは、ホームタウンでの6試合を「俺マリ強化試合」として、多くの観客に日産スタジアムへ来てもらうことを目的に、試合前の大型ビジョンでのスペシャル映像を放映するなどの企画を用意している。

 2010俺マリ強化試合:3月13日湘南戦、3月20日川崎戦、4月24日鹿島戦、7月24日G大阪戦、11月23日浦和戦、12月4日大宮戦



川崎・稲本、開幕3連勝へ「俊輔つぶす」
http://www.sanspo.com/soccer/news/100319/sca1003190510001-n1.htm
J1横浜Mの日本代表MF中村俊輔(31)は18日、次節の川崎戦(20日、日産ス)に「勝てばいろんなことが見えてくる」と必勝を宣言した。同じく今季からJリーグに復帰した川崎の日本代表MF稲本潤一(30)が9年ぶりの直接対決に燃える中、あくまでチームの勝利を追求する。

 稲本は俊輔との9年ぶりの直接対決に「楽しみだが、自由にはやらせない。逆サイドをフリーにしてでも激しくプレッシャーをかける」と“俊輔つぶし宣言”。前日の17日までは右内転筋の違和感のため別メニューだったが、この日は麻生グラウンドでの全体練習に合流。紅白戦で主力組のボランチにも入り、チーム初の開幕3連勝へ引っ張る。


稲本復活!“俊輔つぶし”で3連勝だ!
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2010/03/19/07.html
右内転筋違和感のため別メニュー調整を続けていた川崎FのMF稲本潤一(30)が、18日の全体練習に合流した。1月20日の始動からチームと代表のスケジュールに追われ、オフはわずか3日。だましだましプレーを続け、ここにきてようやく状態が回復した。

 「足は大丈夫。問題ないです」。自らと同様に欧州から戻ったMF中村俊輔(31)との“J復帰対決”となる20日のアウェー横浜戦を前に復活を宣言した。

 2人が最後に対戦したのは01年3月17日のG大阪―横浜戦。その時は稲本が所属していたG大阪が3―2で勝利した。約9年ぶりの対決へ、この日は練習前のミーティングで横浜の映像をチェック。「サイドチェンジが起点になって、ボールをはたいている」と中村のプレーを分析し「激しいプレッシャーでできるだけ前を向かせないようにしたい」と“俊輔つぶし”を徹底する意向を示した。「サイドをフリーにさせてでも(俊輔のところに)詰めていく…あ、こんなにしゃべっちゃダメですね」とそれ以上はノーコメント。中村封じで、J1ではチーム初の開幕3連勝を狙う。
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