2007年09月27日

満開の彼岸花と六万寺に遊ぶコース 終了〜

9月23日「満開の彼岸花と六万寺に遊ぶ」コースが催行されました。

参加したマロン隊員よりメールが届きました。


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konndou

9月も後半とは思えない23日、牟礼のイブシ銀コンビの近藤
さんと十河さんお二人がガイドという夢のようなキャスティン
グで予定どおりツアーが始まりました。私が申込んだ理由は、
昨年から近藤さんの暖かいお人柄に触れると同時に、近藤さん
と十河さんの蓄積された歴史データのただごとじゃない量を想
像できる機会がありまして、機会があればどっぷりと近藤十河
ワールドに浸ってみたいと願っていたところ、漫遊帖パンフレ
ットにお二人のツアーを発見してチャンスだと思ったからです


写真は冒頭のご挨拶中の名ガイド近藤さんです。
この後コトデン六萬寺駅からそぞろ歩きながら六萬寺に向かい
ました。

六萬寺駅から見える五剣山はいわゆる「裏五剣山」で、西から
見るよりなだらかに見えます。富士山の噴火に起因する「宝永
(←漢字あってるかな)の大地震」の際に向かって右端の山が
崩れてしまい、正確には4.5剣山となったんだそうです。

源平ゆかりの地に囲まれ、緑濃い風景の中にたたずむ六萬寺は
、1183年に三種の神器を奉じて身を寄せた安徳天皇の行在所と
して知られています。聖武年間に国の安泰を願い「国宝寺」と
して行基によって開山されたそうです。往時は7つの伽藍堂に
42の末寺を持ち、平家の砦として多くの人が寝起きをしてい
た大きなお寺だったとのこと、現在ののどかな風景からは想像
できません。
 第二次大戦後の農地改革で寺領の田畑を失い、急速に衰退し
、90年代の約十年間は無住になったそうです。

というようなレクチャーを田んぼの真ん中で聞きながらお寺へ

sumou
(写真は、神相撲の「かたち」に入る子供達)

偶然にも年に一度の寺の年中行事である「神相撲」が催されて
いました。電話で聞いたときには「紙相撲」かと思って、折り
紙で折って台の上でとんとんやるあれを想像していましたが、
どうしてどうして、真っ白い褌に立派な舞わしをつけた生きた
子供達が主役の由緒正しい行事でした。

一通り神相撲「かたち」を鑑賞させていただきいた後、茶室へ
と案内されました。


matiai


偶然なことに、今日は「腰掛け待合」の屋根がボランティアの
力で修復されたことに感謝する記念茶会の日で、ラッキーが続
きます。一行は茶会の準備をしていなかったのでちょいhesitate
しましたが、せっかくのお心ですので、恥を忍んで無手勝流で
小間ににじらせていただき、美味しいお茶を頂戴しました。亭
主は中山さん。住職を助けて六萬寺の茶室復興に心血を注がれ
たボランティア精神の塊のようなお茶の先生です。待合の掛け
物からオリジナルの上用まで「月」をテーマにデザインされた
心づくしのお茶を、池を通る気持ちのいい風を感じながらいた
だくことができ、本当に癒されました。

お茶室を後にしたら、待望の今雪住職の法話の時間です。今雪
さんは南米移民の父といわれた今雪真一氏を父に持つ偉大で謙
虚な方です。詳しいプロフィールはこちらをご覧下さい。
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/tuiseki/154/

法話の中心は六萬寺の本尊である阿弥陀如来のことでした。六
萬寺の阿弥陀さまは印字が人差し指と親指で印字を切るタイプ
(?)の「格上」の切り方をしているそうで、これは「あなた
がたを浄土へ救ってあげるよ」というサインなのだそうです。
座っている如来より立っている如来がより「緊急性」を表して
いるそうで、こうなると「あなたがたを『いますぐ』浄土へ救
ってあげるよ」になるとのこと。

また、「如来は飾る必要がない」ほどに悟っておられるので身
につけるものは衣のみなのに対し、「今はあえて如来にはなら
ない」とお決めになっている菩薩さまはブレスレットやネック
レスや冠などの装飾品を付けておられること。そして、明王は
顔は怖いけれども、「力づくでもおまえらを救ってやるぞ」と
いう暖かい心根からあのようなお顔立ちになっているので恐れ
ることはない、ということなど、目から鱗の興味深いお話を伺
い大満足の一行です。

彼岸花は暑さのため芽も出ていませんでしたが、1000円でここ
まで楽しませてもらっていいのでしょうか?と問いたくなるほ
ど充実した濃いツアーでした。

文責:まろ。

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