2007年01月22日

こうちゃん!の巻き

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人の”縁”とは不思議だ。

こうちゃんと出合ったのは今から11年前。

鍼灸学校を卒業し、国家資格を合格した平成8年3月頃。

早稲田医療専門学校を卒業した次の日だったかな?

テンション高く卒業してクラスメイトと飲みに行き、白衣を学校に置き忘れた松井。

面倒だが新品だったので午後、学校まで取りに行った。

春休みに入っていたので教室には誰も居ない。

白衣を取った後、なんとなくノドが乾いたので地下のジュース販売所で飲み物を買った。

その販売機の前は図書室。

オレンジジュースを飲んでいると

「ガチャ」

図書室からモス・グリーンのキャップを被り、紺色のトレーナーを着た若い男が出てきた。

「春休みで図書室にいる。補講かな?」

そう思った松井は軽く会釈した。

その男も会釈を返した。

松井はまたジュースを飲む。

その男はタバコを吹かす。

沈黙が流れた。

気まずかったので

「あれなの、1年なの?」

松井から話しかけた。

その若い男は爽やかな笑顔で

「はい。昼間の部の1年生です。成績が悪かったので補講してます」

と答えた。

一言二言喋っているうちに何となく”馬が合った”

5分後には

「息抜きにちょっと飲み行かない?」

と誘い、午後から空いている居酒屋、高田馬場の”すずめのおやど”に行って盛り上がり、そのまま何軒か梯子して朝まで飲み明かした。

その”男”というのがこうちゃん。

松井が22歳、こうちゃんが23歳の頃の話だ。

後日、こうちゃんは補講をさぼって進級が危なかったという・・・・・


それ以来、松井とこうちゃんは仲良しになった。

いつも一緒に遊んだ。

出合って4年間は一緒に遊んでばかりいた。

歌舞伎町で暴れたり、渋谷の怪しげなクラブでイベントをやったり、バカなことばかりしていた。

毎日がお祭り騒ぎだった。

そんな4年間が経過し、いつしか祭りにも終焉が来た。

気がつくと、こうちゃんは”社長さん”になっていた。


「まっちゃん、俺、学校創るから手伝ってくれない?」

ある日いきなりそう言われた。

何をどう手伝えるのかわからなかった。

当時、松井には何も”武器”がなかった。

でも頼りにされて嬉しかった。

期待に応えたかった。

その頃、松井は池袋の場末のマッサージセンターで金のためにヘッポコしながら働いていた。

1年間、嫌々働いていたが、それなりに貯金は貯まっていた。

丁度、三軸修正法とも出会っていた。

これは自分を変えるチャンスかもしれない。

こうちゃんに力を貸すことで何か得られるものがあるかもしれない。

貯金を食いつぶしながら勉強しよう。

本気で勉強を始めよう。

そう決心し、ヘッポコマッサージセンターを辞め、こうちゃんの学校創りを手伝った。

全くやったことがない教材も一緒に作った。

勢いで講師として雇われ、リフレクソロジストや全くの素人に僅か数ヶ月で開業または店舗で働けるぐらいのスキルを身につけさせた。

治療ではない。

お客様を満足させる慰安的なマッサージ。

しかも資格的なことからマッサージという言葉は使えない。

つい先日までヘッポコ治療師だった松井がいきなり主任講師。

誰も何も教えてくれない。

常識すらない松井。

かなり苦悩した。

だが、こうちゃんはもっと苦悩していた。

相当なお金をかけて宣伝しても生徒がほとんど来ない。

半端じゃない金額で広告をかけても、学校説明会をしても、全然集客ができない現実。


講師とは名ばかり。

生徒が居ない為、講義が潰れる日が多くなった。

講師料を当てにしてたわけではないが、不規則な時間帯で講師を頼まれるのでバイトも出来ない。

本を買ったり、勉強会に出ているうちに貯金はどんどん少なくなっていった。

”このままでは生活ができない”


その頃、こうちゃんは笑顔が少なくなっていた。

やつれ果て顔色もどす黒かった。

無理もない。

雇われ社長で社員からの苦情と上司からの軋轢で相当ストレスがあったのだ。

その一番辛い時期に松井は力になれなかった。

自分のことしか考えられなかったが、明日から食べていけないという現実。

切羽詰った状況。

”どうしてこんなことになったのだろう?”

お互い夢を持ち、夢を語り合い

「俺達ならできる!」

熱く気炎を上げた。

努力した。

頑張った。

しかし、惨敗・・・・・

友情にもひびが入り、関係がギクシャクしてしまった・・・・


学校を手伝い始めて10ヶ月目。

12月のある寒い日。

上野の居酒屋で俯きながら松井はこうちゃんに講師を辞める話をした。

こうちゃんはタバコを吸いながら何か言いかけ、そのまま口を閉ざして下を向いて黙った。

タバコを持つ手が振るえていた・・・・・


何も言えなかった。

ただ悲しかった。

無力だった。

力になれない自分が情けなかった。

予想以上に小さい自分がそこにいた・・・・・


鍼灸学校時代の同級生で

「鍼灸では食べていけない」

そう言って他種業に移った人も多い。

治療院が潰れ、借金を負い、24時間営業のマッサージ院で一日16時間ぐらい働いていた人もいる。

ドン底が見えない。

下を見れば限がないほど最悪な業界。

その最下層で松井は蠢いていた。


「このまま終われない」


”力が欲しい”

本気で欲した。

勉強の為の勉強ではなく、絶対的に通用する”力”が欲しい。


松井はまたヘッポコなマッサージサロンでコメツキバッタのように頭を下げながらお金を貯めた。

貯めたお金で必死に勉強した。

泥の中を這いずりながら、それでも少しづつ光が見えてきた。

その光を目指し、一歩一歩進んだ。

辛くても引き返さなかった。

引き返したくても戻る場所なんて何処にもなかった。

辛くても進むしかなかった。


この数年、本当に色々あった。

辛いことも楽しいことも沢山あった。

こうちゃんはその中で良い所も悪い所も知っていながら

松井のことを”親友”と言ってくれた。

そんな奴が”こうちゃん”なのだ。

こうちゃん自身も色々あった。(その話はまたセミナーで!)

色々あったが今、昔の笑顔が復活している。

お互いまた協力し合える仲に復活している。


もう、下は向かない。


前を向いて一緒に進もう。

縁ある全ての仲間達と共に進もう。

前に前に進んで行こう・・・・・・






以上!
忍押!(すお!)

matsui_balance at 23:41│Comments(7)TrackBack(0) 漢(おとこ)日記! 

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この記事へのコメント

1. Posted by 昨日はありがとう!!!   2007年01月23日 10:45
昨日は本当に有意義でした。
実に楽しかったよ。
また、ご馳走様でした。

胸が熱くなるような内容だね♪
思い起こせばいろんなことがあったな・・
こうやって一緒にできることに感謝・感謝
もう下を見ることはない!
「出すぎた杭は打たれず!!」
どんどん突き進もうーぜ

PS セミナーが終わったら、三輪さんと3人で上野に招待するからね♪
   韓国料理食べに行こうぜ! 
   「お前、俺の後輩に似てる!! 腕相撲しよ!!」(笑)
   にまた会えるかも・・・・(^^) 

2. Posted by 松井真一郎   2007年01月23日 17:38
懐かしいな〜
上野の狭くて二階に上がった韓国料理屋。
いいね。
是非今度行きましょう!
3. Posted by 武富   2007年01月23日 17:45
松井先生
社会的地位も定まってなく、大概は雇用保険も無いこの業界は生き残るには至難だと思っております。
しかし田舎から上京し、漢(おとこ)としてこの道を志したからには尻尾を巻いて逃げるわけにはいけません。
2005年に自分の力不足により資金が無くなり、1年間我慢して働いた中で知った『M.Bスクール』。
とてもありがたい縁に感謝しています。
4. Posted by 松井真一郎   2007年01月23日 19:41
ありがとう武富先生。
僕もスクール生との縁を本当に感謝しています。
5. Posted by RIKIYA   2007年01月28日 02:34
懐かしい名前が出てきたよ、
あのころ真剣にマニュアル作っていた松ちゃんを思い出すよ、
その後の経理的なことは今はじめて知ったけど。

2人とも努力家だし動いていれば何とかなるものだよ、
そしてその経験が後で生きて来ると。

さて次は自分の番かな?
6. Posted by RIKIYA   2007年01月28日 02:36
懐かしい名前が出てきたよ、
あのころ真剣にマニュアル作っていた松ちゃんを思い出すよ、
その後の経理的なことは今はじめて知ったけど。

2人とも努力家だし動いていれば何とかなるものだよ、
そしてその経験が後で生きて来ると。

さて次は自分の番かな?
7. Posted by 松井真一郎   2007年01月29日 14:38
リキちゃんもファイトだ!
また遊びにいくね〜

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