「まつもとあずさ」が3番線にまいります!

電車が好き、駅が好き、機関車が好き、地下鉄が好き、はやぶさといえば寝台特急。 「まつもとあずさ」がナビゲート! 鉄道車両・路線・駅施設・路線バス! 鉄分とレジン豊富な交通総合案内ブログです!!

「スペーシア」は東武鉄道の車両です。スズキのクルマじゃありません! 
「帝都高速度交通営団」って悪の地下組織みたいな名前でカコイイ!
「京王帝都電鉄」って厨二病こじらせたみたいな会社名でイイ!
「○○交通」って社名の私鉄って、ローカルっぽくってイイ!

では、鉄道の奥深い世界を“まつもと”の浅い知識でご案内します。
ご乗車のままでお待ちください。

埼玉県北部を横断し、ローカル戦士センガタンを擁する
秩父鉄道の駅のお話です。

親鼻駅にやって来ましたよ。
名前は皆野町の地名に由来するらしいんですが、
親の鼻って何じゃいな?

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屋根の傾斜角が途中で変わっているのが特徴の、欧風駅舎です。
マンサード屋根っていうんですね。
側面が切妻で2方向の屋根の傾斜角が違うのがギャンブレル屋根って
区別するんですって。

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マンサード屋根の向こう側には駅員の事務スペースが
接続されています。
柱もわざわざ外に見せるハーフティンバー式の壁です。

駅開業は、長瀞(当時は宝登山駅)-秩父間延伸開業の
1914(大正3.)年10月なんですが、
この駅舎、そのころから建ってるのかな。

と思ったら、昭和50年代の写真では普通の平屋建ての
木造駅舎でしたわ。
いつこのギャンブレル屋根に代わったのかな?

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みてくださいよ、このローカルな雰囲気の駅舎内の待合室。
例によって例による壁際の長ベンチ。
マンサード屋根の下が客用スペース、平屋部分が駅務員スペースですね。
最近になって、各駅に発車案内のLCDモニターがつけられて
そこだけは令和ですが、駅全体の雰囲気は昭和なローカルよね。

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駅舎側に1番ホーム、構内踏切を挟んで島式の2・3番ホームが
千鳥配置でレイアウトされています。

で、この構内踏切なんですが・・・

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「ちょっと、通過するんだからどいてて!」

っと、SLパレオで隠れちゃいましたね。

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こちらが親鼻駅の構内踏切です。
よく見ると・・・右側の道路とつながっていませんか?

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そうなんです。
この構内踏切は、線路の両側をつなぐ歩行者・自転車専用の
公道も兼ねちゃっているんですよ。
っつーことは、改札を通らなくても2番線の秩父・三峰口方面の
ホームに行けちゃうってコトです。

はうっ、秩父鉄道、なんという性善説といいますか太っ腹。

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親鼻駅の駅名標。
秩父鉄道は、自光式の駅名標を積極的に採用して残していますよね。
かつては隣駅の段の真ん中に「秩父郡/皆野町」と
二段書きで所在地が書かれていたのですが、いつのまにか
消えちゃったみたいですね。

下り方向と上り方向で文字色が異なるのは、
秩父鉄道の伝統です!

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1番線の柱に巻き付く縦型駅名標、番線表示が、まさしく秩父鉄道!
窓口とか駅長事務室の窓口が、あれですよ、味がありますよねぇ。

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こちらは2・3番ホーム上の待合室と縦型駅名標。
縦型の下の広告欄を見るのが好きでして。
秩父鉄道の常連の広告主といえば、
秩父錦、行田自動車教習所、八木橋デパートってトコでしょうか。

あ、奥にヲキフ君がいます!
3番線は貨物列車の退避用に使われるようです。
ですので、3番線には方面表示の番線案内標がありません。
待合室も完全に2番線を向いていますし。

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この待合室、相当な年代モノのようで、
上屋と全く一体化していません。

さて、左側の3番線に停まっているヲキフ君とヲキたちですが、
完全に構内踏切をふさいでいますね。
なので、ふさがってる時間帯の時刻表が踏切に設置されていたりするんです。

貨物輸送は、秩父鉄道の要ですのでご了承ください!

国鉄特急といえば、はだ色に赤い縁取りの車両です!
いわゆる国鉄色です。
分割民営化後、国鉄色はどんどん姿を消していきました。
新型車両は言うに及ばず、です。

“まつもと”の過去帳にも国鉄形特急の写真がありましたので
その中から鼻の長いボンネット型特急を、ちょっと採り上げてみます。

古い写真なので、ヘタクソなのはご容赦のほどお願いするですよ。

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いつでもどこでも見られた、特急型の103系こと485系。
大阪駅で出会った特急「白鳥」です。
青函トンネルをくぐっていた「スーパー白鳥」とは別ですよ!

現在の昼行特急としては考えられない長距離を走っていまして、
大阪-青森間を北陸・羽越本線経由の日本海ルートで
1日1往復が走っていました。
「サンダーバード」「北陸新幹線」「しらゆき」「いなほ」「つがる」で
だいたい同じルートを回れます(いや、かなり違いますね)。

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日本海ルートで忘れちゃいけないのが、エル特急「雷鳥」。
お隣にブルートレインの車両が停まっているところに
時代を感じます。
大阪と金沢、富山を結んでいた特急です。
「白鳥」とは異なり、バンバン1時間や30分おきに走っていて、
北陸本線は普通列車より特急列車の方がはるかに本数が多かったものです。

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ボンネット両サイドの赤ひげがないけど、これも485系かな? 
架線柱がかかって失敗例のような写真でごめんなさい。

上野駅に停まっていたエル特急「ひたち」です。
常磐線の特急は「ひたち」、急行が「ときわ」だったころですね。

でもって、常磐線経由の仙台行きが「ひたち」、
東北本線経由の仙台行きが「ひばり」だったころのコトですね。

東北新幹線の開業で「ひばり」は「やまばと」もろとも
絶滅しちゃいまして。
東北本線の時刻表が、細字ばっかりになっちゃったんですよね。

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電気釜485系と並ぶ特急「北越」です。
金沢-新潟間を結んでいましたが、北陸新幹線に吹っ飛ばされました。
写真はちょうど直江津駅ですれ違うところです。

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高崎線・上越線・信越本線も特急街道でした。
在りし日のエル特急「白山」です。
上野から金沢まで走り抜ける489系はカッコよかったんですよ。

そうそう、国鉄時代は上野の次が高崎、なんていう
埼玉の駅にひとつも停車しない特急もあったんですよ。
高崎線、立場なし!

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「白山」と同じく高崎線~信越本線を走っていた
エル特急「あさま」です。
こちらはなぜか切妻形の電気釜が多く充てられていたように思います。

「白山」も「あさま」も碓氷峠越えのために、横川-軽井沢間で
けっこう時間を食っていました。
峠の釜めしを食べながらの旅行は楽しいものでしたよ。

余談ですが、碓氷峠越えでは坂の下側に機関車を連結するため、
普通列車は軽井沢-高崎間を走る列車が2時間に1本しかなかったんですよ。
時刻表を見て、横川止まり・軽井沢止まりを避けて
信越本線を乗り通すのもまた楽しみの一つでして。


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急行「能登」にもボンネットの489系が充てられていました。
もともと長野経由で上野-金沢(福井)を走っていましたが、
長野新幹線に横川-軽井沢間をブッたぎられてしまったため
上越線から長岡経由に経路変更があった、珍しい列車でした。

長野経由だったころは切妻電気釜さんで走っていたような気がしますが、
あれ、ボックスシートの169系だったかな?
うーん、思い出せないのコトでごめんなさい。

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大宮の鉄道博物館にも、ボンネットの「ひばり」と
「とき」が展示されています。
コロナウィルスの感染拡大で4月から休館しています。
終息後はぜひ見に行きましょう!
車内にも入れますよ!

前回に引き続き、川越線の兄弟駅舎・的場駅をご紹介のコトですよ!
1920(昭和15)年に開業した当時からの駅舎が残っているんです。

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県道から横道に入ったところに、ちまっと建っている駅です。
構造がお隣の笠幡駅とそっくりなんですよ。

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ひさし上の瓦屋根が残っている、ちょっと古い写真です。
屋根瓦は色違いですが、的場駅とそっくりですよね。

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駅入口から歩道の終わりまで、赤い通路がひかれていて、
気分はレッドカーペット! って、そんなことはないか!

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古墳があったり、弓の射的場があったり(射的場→的場)、
縁起物のきっぷだったり(的場→的破・魔突破)したことが
駅前広場の看板からわかります。

駅前の弘和不動産株式会社様、ありがとうございます!

そんな的場駅の待合室に入ってみましょう。

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うん、笠幡駅と大して変わらないですね。
駅舎の壁沿いにベンチがあるのは、
ご存じのとおり、古い木造駅舎の特徴です。

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窓口はふさがれており、改札部分の窓だけが開いています。
時間帯によっては無人になるようです。

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笠幡駅と造りが似てるよねっ、と天井を見上げれば、
やっぱり的場駅も丸太ドーン、むき出しの天井バーンの
ワイルドな造りでしたわ。

昭和15年に突貫工事で開業した軍事路線の川越線。
駅舎のデザイン共通化は、早期開業のキモだったのかな。

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的場駅では改札を抜けると、金網に囲まれた通路を歩いて
ホームに向かいます。
通路の先には、構内踏切!

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ホームから見た構内踏切と駅舎です。
構内踏切のホーム側入り口には、バリアフリー設計の
スロープが設けられたため、
電車が間近を通るのが見られます。

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的場駅は、島式ホームを備えた1面2線構造。
1番線(高麗川方面)と大宮・川越方面ではラインカラーが
違っているの、わかりますか?

川越線は薄いグレー、八高線は濃いグレーなんですね。

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国鉄からJRにかけての時代は、大宮-高麗川間
全線通しの列車も運行されていましたが、
現在は川越を境に、埼京線方面、八高線方面と
運行が分断されています。

柱にあった所要時間表では、川越乗換えにもかかわらず、
新木場、羽沢横浜国大までの所要時間が貼られていました。

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上屋があるのに、なぜか自立式駅名標があるのが、
ローカル線っぽいというかなんというか。
この駅名標、
たしかもともとは国鉄レイアウトの駅名標だったはずですが・・・

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ちょっと珍しいアイテムを見つけました。
丸い柱にぐるっと巻き付けるプラ板の縦型駅名標です。

というわけで、ちょい田舎を楽しめる川越線の駅舎を
ご紹介しました。

コロナが終息したら、ぜひ一度来てみてくださいね。
都落ち電車のE231系がお出迎えに上がりますからね!

10両編成から4両編成に乗り換えさせる川越駅ではご注意のコトですよ!


こんにちは。
東京オリンピックのゴルフ会場となる霞ケ関カンツリーの最寄り駅、
川越線の笠幡駅のご紹介です。

1940(昭和15)年の川越線全線開業時に、後からできた
西大宮駅を除く各駅と当時に開業しました。

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戦時体制の中突貫工事で開業した川越線。
川越駅の名称を西武鉄道から奪ったり(現在の本川越駅)、
駅舎の仕様が共通で、兄弟駅といわれたり。

日進駅、指扇駅、南古谷駅の3兄弟に加え、
的場駅、笠幡駅も設計がよく似ている川越線ブラザーズ駅舎です。

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オリンピックを見据えた改良工事前の駅舎がこちら。
駅舎前の変な柵がなくて、入口上のひさしに瓦屋根が付いています。
リニューアルしたときにどっかに持ってっちゃったのかな?

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以前は、県道から分岐した狭い道のどんつきに駅があったのですが、
オリンピックを見据えてか、立派なロータリーができています。

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笠幡駅は霞ケ関カンツリーの最寄り駅といいながら、
簡易型のSuica読み取り機がある、のどかな駅です。
乗車証明書の赤いハコがあるというコトは、
駅員さんのいない時間帯があるのね、たぶん。

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ふと見上げれば、天井がワイルド!
むき出しの木屋根がそのまんまあるかと思えば、
丸太の梁が大胆にもどどーんとぶち抜けています。
山小屋かよ。

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笠幡駅は交換設備のない単式ホーム1面1線の駅ですよ。
4両編成の都落ちE231系が行ったり来たりしています。

川越線は、大宮-川越間が20分間隔、川越-高麗川間が30分間隔。
川越を境にE233系の10両編成から、4両編成のE231系に代わり
ちょい田舎感を味わえます。

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ちょい田舎であって、1時間に1本のローカル線ほどの
田舎ではありませんよ。
駅設備は都内と共通のパーツが使われていますから。

駅名標とか・・・ね。

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駅リニューアルで、細長いタイプの吊り下げ式駅名標が付きました。
簡体字と韓国語も表記してある最新の仕様ですね。
ただ、これ、光らないヤツです。

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そういえば、川越線名物の緑の縁取りがついた
自立式駅名標(国鉄レイアウトのアレ)があったはずなんですが。

見当たらなくなっちゃったようです。

というわけで、次回は隣の駅にして笠幡の兄弟駅舎、
的場駅をご紹介のコトですよ!
 

こんにちは。
”まつもとあずさ”のページへようこそ。

今回は戦時中に建設された駅舎が残る、
千葉県は東金線の東金駅にやって来ました。

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想像していた木造駅舎より、なんだか縦の尺が違うような。
でもって、駅名標が異常に小さいような。

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駅前のタクシーと比べると、屋根の高さがわかりますか?

東金線は、もともと大網駅から成東駅を結ぶ路線として、
1900(明治33)年に開業。
当初は大網から東金までの開業で、当駅は終着駅でした。
1907(明治40)年の国有化を経て、1911(明治44)年に
成東駅まで延伸し、現在の東金線となります。

ちなみに成東駅は1897(明治30)年に開業していますよ。

現在の東金駅の駅舎は、おそらくですが、1940(昭和15)年と
思われます(駅舎と一体化した乗務員休憩所の建物財産標による)。

駅舎の大きさが他の木造駅舎と違うので、
さぞにぎやかで売店なんかがないってて・・・と思うと
意表を突かれます。

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無駄な面積の多い駅舎向かって右側の待合室です。
うん? ベンチが端っこにしかなくて、妙に土地が余っていますね。
バスケの3on3くらいならできそうです。
天井も高いし。

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自動改札と壁ベンチの配列は、もっと小規模な駅舎に似合いそう。
そういえば、横須賀線の久里浜駅も無駄にでかい駅舎がありました。
あちらは戦時中真っ只中の1944(昭和19)年開業。

何か天井の高さとでかさを求めた何かがあったんでしょうか?

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データイムは上下とも1時間に1本ずつです。
大網方面は千葉駅まで直通します。
夕方の帰宅ラッシュ帯には、京葉線通勤快速が4+6の10両編成を
生かして、成東・勝浦発着を走らせていますので、
便利といえば便利。

ただ、乗降客の割には本数が少ないなとも思ったりします。
通学需要がけっこう大きいみたいですから。

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駅舎右端のカベから事務室のある向かって左側を眺めてみます。
券売機が2基と、窓口が・・・閉まっていますですねこれは。

というわけでホームに戻りますね。

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当然駅舎側には自光式の駅名標が設置されています。
東金駅は対面型2面2線の交換可能駅です。

が、謎の線路とホームが1番線側にあります。

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駅舎の向かって右がわです。
2本の線路と、左の線路のどんつきには切り欠きホーム。
線路上の草の生え方から、切り欠きホーム側の線路は
現役のようです。
手前の線路は、現在の1番線を何かに使っていたのかな?

駅全景を見てみましょうか。

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向かって飛騨露側のホームが1番線、対面の向こう側が
2番線です。

かつて東金駅と上総片貝駅を結ぶ九十九里鉄道が走っていたころは、
2番ホームを島式ホームにして、
3番線から列車が発着していたと思われます。

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ところで、この上屋に違和感を感じませんか?

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2番線から見た1番線です。
あーこれは!。
むかしの商店街の軒先にあったアレだ!
もしくはたばこの自販機の「毎度有難う御座います」のあのノレンだ!

何という昭和なコラボ!

昭和といえば、
2番ホームには「アレ」がこっそり残っていましたよ。

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2番線の番線案内は、ホーロー引きの青いヤツ!
以前は1番線側にもあったそうなのですが、
ちょっと見つけられませんでした。撤去されたかな?

東金駅は、行き違いがない限りは上下線とも
1番線からの発車です。
2番線を使わない時間帯って、けっこう長いのよね。

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そのせいかどうかはわかりませんが、石積みの五重塔と
ミニサイズの石灯篭が置いてある、簡易日本庭園が
つくられちゃっています。

さて、順番は前後するのですが、東金駅前の景色を
眺めながら歩いてみましょうか。

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「ようこそ東金商店街へ」という看板の向こうはシャッター街でないの?
左側にはもはやアーケードの屋根も存在しませんが。

実は国道126号東金BPの方にイオンができちゃいまして、
そっちの方が品揃えも便利さも駅前商店街をかる~く吹き飛ばしちゃったんですよね。

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でたー
「パチンコ百万弗」!!

弗は「フツ」と読むんですが、形が似ていることから「ドル」とも読むんですよね。
まあ、なんというか、昭和のまま時間が止まっていますわ。

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東金駅は駅西側に駅舎はあるのですが、
構外の跨線橋で東側と結ばれているんですよね。

東側の方は市街地が広がり市役所も東側。
ショッピングモールなどが東側にできちゃったことや
中心部から線路をまたいでいたことから、
衰退すべくして衰退した西側の「東金商店街」なのでした。



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