私はこの業界に相当長くいるのでよいのですが、そうでない方には、昨今の無線通信技術や業界標準についての報道は、随分分かりにくいのではないかと思います。或る程度の紙数を使える雑誌類の場合はまだよいのですが、新聞の場合は、書かれる方も大変だと思います。限られた紙面で読者の注意を引こうと思えば、「何か凄いことが起っている」という印象を与えたくなるのは人情で、そうなると、どうしても誇張された表現にならざるを得ないと思うからです。


しかし、現実はそんなにエクサイティングなものではありません。先月、スペインのバルセロナで、世界の携帯通信の関係者が一堂に会する一大イベントがあったのですが、あるパネルで、BlackberryのCEOがこういうことを言っていました。「無線通信の世界はシャノンの法則に支配されており、ここではムーアの法則は働かない。」これはどういうことなのでしょうか?


電波というものは物理現象ですから、一定の制限がどうしても付き纏います。シャノンの法則は、「無線通信においては、周波数幅に対応した一定のビット送信能力しか得られない」ということを言っています。つまり、「技術が進めば、ビット送信能力はどんどん増えていく」というわけには行かないのです。一方、携帯通信で使える周波数は、せいぜい5GHz帯が上限で、しかも、この範囲内にある周波数の多くは、既に色々な通信や放送のサービス用に使われている為、残っているものがあまりありません。そして、この限られた「使える周波数」を、その地域にいる多くの人達が、「分け合って使う」しかないのです。


結果として、日夜進歩を重ねている無線通信技術ではありますが、実現できるデータスピードは、所詮は限られたものにしかなり得なません。ムーアの法則が働く、つまり「時間の経過と共に、能力が幾何学級数的に増大していく」CPUやMemoryの世界とは、相当違うのだということです。


一方では、無線通信に使われる要素技術は、現時点でほぼ見えてきています。これからは、全く新しい技術が生まれてくるというよりは、Modulation(TDMA CDMA OFDM等)、Scheduling、Diversity、Equalizing、Interference Cancellation、MIMO、Beam Forming、等々といった要素技術が、どのように成熟し、どのように統合されていくかが、最終的な勝者を決めることになります。従って、将来の見通しは、比較的容易になってきていると言えます。


にもかかわらず、多くの報道記事が一般の人に分かりにくいのは、多くの用語が交じり合って、その相互の関連性が分かりにくくなっているからだと思います。


例えば、3G(第三世代)とか4G(第4世代)といった言葉は、国によっても人によっても、定義が異なります。概ねは使われている技術の種類を意味しますが、時には使われる周波数を意味することもあります。日本では、KDDIが現在使っているCDMA 1xという技術は、ITUの定義通りに「3G」と理解されていますが、韓国や中国、その他のいくつかの国では、これは「2G」だということになっています。


現在のWCDMAや HSDPAの延長線上にあるLTE (ドコモは、この「先行バージョン」を「Super 3G」と呼んでいます)を、「4G」と呼ぶ人もいますが、現時点では、「4Gに限りなく近い3G」という意味で「3.9G」と呼ぶほうが一般的です。何故なら、「4G」と呼んでしまうと、「国際的に取り決められた4G用の周波数(例えば3.4-3.6GHz)でしか使えない」とされてしまう恐れも、なきにしもあらずだからです。


「4G」については、現時点では、周波数の議論だけが先行してなされていますが、これがどういう技術を念頭においているのか、どういう市場価値の実現を目標としているのかは、あまり聞こえてきません。私の持論は、「3Gとか 4Gとかいう呼び方はもうやめて、『市場の要請』と『それに対する技術的最適解』の2点のみに絞って、全てを議論するようにしてはどうか」ということなのですが、世界の通信事業者と監督官庁に一旦ついてしまった「癖」は、そう簡単には直らないのかもしれません。


技術のレベルについて話す時に、いつもピーク時のデータスピードだけが語られることも、私の懸念事項の一つです。一番重要なのは、「ユーザーが実感するスピード」と「コスト」なのですが、これを決めるのは、「一定周波数あたりのデータスループット」であり、ピーク時のデータスピードなどはあまり意味がないからです。ピーク時のデータスピードとは、「一つのセルの中で、ユーザーが極めて少人数である時に、たまたま基地局の近くにいるユーザーが享受できるスピード」のことですが、実際には、一つセル内で多くのユーザーが同じ周波数を同時に使っているので、このデータスピードは殆ど実現できないのです。


一方、「コスト」を決めるのは、先ずは「一つのセル内で一定時間内にどれだけのデータ量が処理できるのか(データスループット)」ということです。これによってビットあたりの伝送単価が決まるからです。また、このデータ量が高くなるということは、「同じセル内で同時にサービスを提供できるユーザーの数」が多くなることを意味します。サービスを受けたいと思うユーザーの数は多いのに、処理可能なデータ量がさして大きくないと、各ユーザーの実感スピードは低くなり、やがて不満が噴出してきますから、事業者は、使用する周波数や設備を増やさなければならなくなるのです。従って、この「データスループット」こそが、通信事業者が技術を選ぶ場合に、最も気にしなければならない数値なのです。


一つ卑近な例を挙げると、現在、ドコモやソフトバンク、イーアクセスなどが使っているHSDPAと呼ばれる3Gシステムには、ピークデータレートが3.6Mbpsのもの、7.2Mbpsのもの、14.4Mbpsのものがありますが、ピークデータレートが倍々で増えても、データスループットはせいぜい2割程度の比率でしか増えていきません。3.6Mbps用のチップと7.2Mbps用のチップでは、開発が完成する時期に若干の差はありましたが、値段は殆ど変わりませんから、今後のHSDPA端末は次第に7.2 Mbpsに対応したものが主流になっていくでしょう。しかし、14.4Mbpsに対応したチップは、少し高くつく可能性があるので、結局、多くの事業者から敬遠されることになるかもしれません。


もっとしばしば起こっていることは、「周波数幅が広くなれば、ピークデータレートもデータスループットも高くなって当たり前」という「当然のこと」が見落とされ、ピークデータレートが高い技術は、あたかもそれだけ進んだ技術だと誤解されるということです。例えば、30MHzの帯域幅を使うWiMAXのデータスループットは、5MHzの帯域幅を使う3Gの6倍のデータスループットが出て当然なのですが、その辺のことの分からない人は、データスピードの話だけを聞いて、「WiMAXというのは3Gをはるかに超える凄い技術だ」と思ってしまうのです。


以上、色々申し上げましたが、このように解説すると、どんな方でも、「あ、そういうことだったのか」と、簡単にご理解頂けることなのですが、一般の報道を見ていると、訳が分からなくなってしまうことが多いのは何故でしょうか? それは、新しい技術を売り込もうとする人達が、解説抜きで、「格好の良い数字」だけを誇らしげに語る傾向があるからです。また、それを採用しようと考えている通信事業者も、これに同調する傾向があるからです。


まあ、そんなことはどうでもよいと言えば、どうでもよいのですが、実は、回り回って、それは事業者に不要な負担をかけることにもなります。技術者の多くが、例え腹の中で、「そんなものに投資しても、それに見合うメリットは出ない」と考えていても、「しかし、マーケティングの観点から言うと、我社もやらざるを得ないじゃあないか」と言われると、結局は、そのまま進めてしまうことが多いようです。無駄なことをやれば、結局コストアップにつながり、ユーザーの為にもならないのに、「マーケティング」の観点、つまり「一般の人に『進んだ技術を導入した』と思って貰いたい」という観点から、ついついやってしまうのです。


分かりにくい報道や、誤解を生み易い報道について、ジャーナリストを非難するのは筋違いだと思います。よく分かっているメーカーや事業者の技術者自身が、淡々と、且つ分かり易く、事実を語っていくことこそが肝要だと思います。