遠藤農相の辞任は不可避らしいですね.日本の政治家は何がしたいんでしょう.何が目的なんでしょうか.ちょっとしたお金の不正云々より,農相が各利権の抵抗無く日本の食料自給率を上げられる方法を考えて欲しいもんです.

それはさておき,奈良県で反核医師の会が結成されたそうです.目的は,核戦争の防止と核兵器の廃絶を訴えること.被団協の今後に危機感を感じた医師10人が、県内の医師約260人に参加を呼び掛けたそうです.

なんで「医師の会」なんですかね?自分の患者に呼びかければ10倍20倍はすぐに集まると思いますが.

しかも,あの奈良県.

妊婦が救急車で運ばれたら,たらい回しにされたあげく,遠く大阪の吹田まで搬送される県ですよ.去年も同じようなことがありました.受け入れを打診された18病院がすべて拒否し,吹田まで搬送されたものの結局,妊婦は死亡.

ありえないですね.悲しすぎますよ.

奈良県の医師が260人集まったらブッシュ大統領は核兵器を手放すんでしょうか?

ありえないですね.医師と政治は関係ありません.関係があってはいけません.

では,奈良県の医師が260人集まって奈良県の医療制度の改善を訴えれば,奈良県の医療制度の崩壊は食い止めらるんでしょうか?

できますね.本気で医師が立ち上がればどうにでもなるはずです.なんてったって,最前線の当事者なんですから.もし医療制度崩壊の根本の原因が資金不足なら,病院の経費の半分以上は人件費なので,医者が自分の給料を返納すればなんとかなりそうです.もし医療制度崩壊の根本の原因が医師不足なら,医師が反核医師の会のように,全国の医師に呼びかければ少しはマシになるんじゃないでしょうか.

実際には各プレイヤーの利権も複雑に絡んでいそうなので,そう簡単には解決しないでしょうが,核兵器根絶よりもはるかに医師の力が具体的に効果的に及ぶことは間違いありません.

奈良県で医師が医療制度問題にどう取り組んでいるかの事情は知りませんが,核兵器どうのこうのとやってる暇があったら,その時間と手間を自県の医療制度どうのこうのに回して欲しいもんです.


少し話しはズレますが,核兵器といえば広島・長崎.久間元防衛相が「しょうがない」と発言してえらいことになりましたが,1975年にこの方がこう発言しています.2:10から2:50に注目.



話を戻して医です.

今,医療は地方を中心に破綻しつつある.医学部を卒業しても誰も地方には行かない.また,苦労して医学部に入学し,かなりのハードワークの割に給料が高くない.医学部生の処遇はあまりに”割に合わない”のが現状だろう.

医療制度の問題がよく言われるが,私は医療制度以前に,医学部の構造があまりに古すぎることを根本の問題と指摘したい.隠れ聖域であるこの構造を変えない限り,医療の健全化は難しいと思う.

医学の構造の問題点は二つ.一つは医師の権威が大学入学時点から高すぎる=現状と合っていないこと.もう一つは,医学生が大量の医学の勉強に追われ,医学以外のことを学ぶ余裕がないこと.

一つ目はこういうことだ.食料も住環境も格段に良くなり,100年前と比べて医師の権威は相対的に下がっている.つまり,命を守る医師から,健康を守る医師へと役割が変わっている.にもかかわらず,明治維新以降,医学部に始まる医師の権威はまったく変わっていない.これはおかしい.

二つ目は,医学生が忙しすぎて(それだけが原因ではないが)他学部の学生との交流が無いので,医学生のほとんどが医学村の村民になっている,ということ.隔離された集団は必然的に時代から取り残される.

以前にも書いたかもしれないが,これの一つの解決方法は医療の分業だと思う.命を守る医師と,健康を守る医師を分けるのだ.

今は医師が分野毎で分かれているが,そうではなく,医師と看護師の間に「診察師」のようなものを設ける.

高給な医師の数を減らし,低給な「診察師」を大量に動員する.割合は2:8程度か.どう考えたって,高度医療が中心の大学病院の先生と,町医者が同じ資格というのはおかしい.実際に,医療制度は初診を町医者にし,そこで高度医療が必要と診断された時に大学病院のような大病院に回す仕組みになりつつある.

つまり,もっとも数が必要なのは医療の窓口となる町医者,つまり,簡単な病気は治療でき重病を”見落とさない”技術を持った”健康を守る医師”である.

このような”医師”を「診察師」のような別資格にし,定員を大きく取る.

同時に,医学部を一般医学科と高度医学科に分け,前者を工学部レベルの難易度とし,後者を今の「医学部医学科」に相当するものにする.現状の医学部生の”学ぶべき事”があまりに多すぎる.医者を志す者全員に,それだけのナレッジが必要なのか?と.町医者要員には町医者にふさわしい能力を教育すべきだ.難しい疾患を治療するスキルではなく,”見逃さない”スキルを.


そもそも,今の医学部内の難易度の分布が不自然の極みである.簡単のためにおおざっぱな数字で比較するが,旧帝國大学の医学部医学科の偏差値が72前後とすれば,同医学部看護学科は55前後,一方で工学部は65前後である.

なぜ医療に偏差値65前後の人材を活用しないのか!

偏差値65前後とは,そこそこ頭も良くて人口もそこそこ多く,なんといってもプライドもそんなに高くない実用的に非常に使い易いゾーンである.


私自身,医学部医学科と看護学科で学んだことがあるので内情を知っているが,医学科と看護学科の差は大きい.さらに言えば,工学部と看護学科の差も大きい.同じ敷地にありながら看護だけ違う学校なんじゃないか??という華やかさ違いっぷり.

普通に考えて,工学部の連中に医学の教育をして準医師のような形で医療をやらせた方が役に立つんじゃないか?と思う.手先も器用だし.


医療制度の根本的な解決を考えるなら,まず一つに人件費の削減と,医療ができる人材の確保である.この両方を実現する方策は,偏差値65前後のバリューゾーンの効果的な活用だ.

そのためには,まず医学部の連中自身の”特別意識”を無くすこと.この方策は,医学部の権威を落とすことになるので,医学部連中の特別意識を無くさない限り実現しない.そりゃね,”医学部”のメインストリームが隣の工学部と同列になるなんて,医学部的には嫌ですよね.特に地方医大の場合,ほとんどを”普通医学科”にしたほうがいいと思うので,医が取り柄のオカタクにとっては死活問題ですよ.滋賀医大が滋賀大に統合される,というだけでもうるさく文句が出るわけで・・・.

そして,”普通医学科”を導入すると,各医学部に存在する「医学部生専用クラブ」が無くなる.みんな偏差値65前後の普通の人なので,わざわざ特別集団を作らなくても気は合う.個人的には「医学部専用クラブ」の方が気が合うので好きだが,一般的にはアレの存在は不愉快である.

これによって,医学部生の他学部生との交流はかなり流動的になる.現状のように,医学部生が医学部生だけで集まっているような超閉鎖的社会の形成は希薄になる.

この効果は非常に重要.今,これだけ世界が変化しているのに,医の人は完全に取り残されている.発想が何も変わってない.古すぎる.しかもそのことに気づいていないどころか,医だからしかたがない,的なことを堂々と言う人までいる.その根本の原因は,医が医だけしか交わっていないから.

実際,医療関係のビジネスをしてる人はこう言う.「結局,何を言っても無駄なんですよ.医者の先生はプライドが高くて,言うこと聴いてくれないんですよ.」と.同じことを数人から聞いているので間違いあるまい.

一種の村意識である.

医学部の友人はこう言う.「なんだかんだ年取って開業すると,余計なことはしたくなくなる.自分の病院が流行っていればそれ以上攻める気力はなくなるみたい.」と.

だったら,最初からそれなりの人材にそれなりの教育をして,そのかわりそこそこの給料で大量に医師を排出した方が社会的には利益なはずだ.


どうでしょう,この”普通医学科”方策.

今,優秀な工学部生が外資系投資銀行や不動産ファンドに行く傾向にある.同時に,世の中を変えたい!というアツい気持ちを持って,ベンチャービジネスを始める人もたくさんいる.こういう優秀な人材が,いくら本人がやりたくても医には直接携われない.これは大きな社会的損失であろう.

あと,こういうことを言うと,医療は人の生死に直接関わるのでちゃんとした教育が必要云々なんていう話が出るが,そんなの医療だけじゃない.丸一日銀行のシステムが止まったらどうなるか.電車の制御システムが混乱したらどうなるか.今の世の中,心臓の動きだけが人の生死を握ってるわけじゃない.医療も他の社会インフラと同列と考えるべきではないか?今の医療に一番近いのは・・・農林水産業でしょ.

医は偏差値70オーバーの天才君しかできないんですかね?数々の高度な医療機器を世に出してる工学部生,どう考えたって役に立つと思います.


医の門戸を大きく開くことで,日本の人材をより有効に活用するよりよい医療制度を実現して欲しいもんです.