March 11, 2008

Where the boys are

長いこと更新も滞るこの日記。
だってオーストラリアの思い出を綴るためのものだもの・・・。
お箸の国の人だもの・・・。

しかし、オーストラリアの出会いや思い出は日本に帰ってきた
からといってなくなってしまう訳ではない。
今の流行は全国行脚だ。これしかない。

ということで、
第一弾は「大阪→高知→東京弾丸ツアー」。から始めてみた。

12月19日、
新太郎と激安夜行バスに乗り込み、大阪へ。
このバス通常料金の半額程度なのはいいが、4列シートで、
足の長いMASHには少々厳しいものがある。
乗務員の態度も悪く、旅客業法違反で訴えたいほどだ。
(ゴミは途中のPAで捨ててくださいね。だとよ。)
が、安いので文句は言わず、言えず、我慢我慢。

大阪にたどり着いたのは早朝。
なぜに大阪まで来たかといえば、親友KENJIに会うためだ。

が、KENJI。「風邪引いたから大阪城でも見ててや・・」と、
遠方から来た客人に平手打ちをかますようなやり口。
これだから大阪民国の奴は・・・

仕方ないので、近くのうどん屋でうどんを食った後、
大阪城を目指す。ここまで数人の大阪人と会話したが、
どいつもこいつも冷たい。東京人だから・・・?

大阪ジョー







たこ焼きを食べ、天守閣に登り、野郎二人で楽しむ。
「攻めづらいな。」「あぁ、攻めづらい。」つまらん会話。
周りは韓国人ばかり。でも韓国人って秀吉嫌いだよな・・?
過去のことでグジグジごねないタイプの奴らなのか?
そんな人たちもいる事をどこかで信じつつ、城を降りる。
「文化財だ。火をつけるのだけはやめてくれよ・・・」

残念石












(「新太郎、お前の石だ。」「なんでやねん。」)

通天閣タワーにのり、ビリケンさんを拝み、
(「アメリカのもんかい!!」という流行語が生まれ、)

通天閣ビリケン













ようやくKENJIと合流。大阪名物串揚げとやらを食べる。
ソース2度付け禁止、とのことだが、細かいことは気にしない。
サービス精神のかけらもないKENJIの大阪案内はひどく、
時間つぶしにカラオケに入ったりする始末。

海老ちゃん












(写真は海老キャッチャー。あと一歩だった!)


ぐりこ







あまりにも時間を持て余しすぎたので、その日の夕方に、
関空に帰還するDAISEIへのドッキリ企画を決行。

わざわざ金と時間をかけて関空へ行き、出口で待ち伏せ。
三手に別れ、極秘ドッキリmissionを行う。
30分も待ったそのとき、足早に通り過ぎる一人の男。
「DAISEIだ!」必死で追いかける。が、歩くのが早い。
飛行機で我慢していたタバコを吸いに一目散に外へ歩く。
やっとのことで気づかせることに成功。

DAISEI







その後、居酒屋で一杯飲み、思わぬ?再会を祝う。

宴のあと、大阪から高知行きの夜行バスへ乗り込む3人。
みんな焼酎ボトルを空け、だいぶいい気分・・・
その時、KENJIがシートをグッと後ろに倒すと、
「ちょっと!痛いんですけどぉ!」後ろの女性が怒鳴る。
そんな言い方はないだろう?と優しく諭すMASH。
泥酔爆睡の3人はあっと言う間に高知に到着した。

早朝でまだ暗いため、サウナで時間を潰し、
高知城へと向かう。城巡りは男のロマンだ。

高知城







山内家の居城として名高い高知城は、先日見た大阪城とは、
規模が全く異なるものの、落ち着いた雰囲気でいい城だ。

そういえば、途中、立ち寄った「ひろめ市場」とやらで、
土佐のおいしいものをたくさん食べた。
かつをのたたき、酒盗、そして鯨料理の数々・・・

ひらめたたき







悪名高きシー・シェパードに見せてやりたいこの勇姿。
文化破壊は断じて許さんぞ。かたく決意する。

そして昼過ぎ、AKIちゃんと合流する。
そう、AKI&RISAは俺らの永遠の妹分。
彼女たちに会いに行くため、わざわざ新太郎とか誘って、
高知くんだりまで来たのだ。

特に変わった様子はなく、相変わらず元気そうでホッとする。
「なんで新太郎いるわけ?」不満そうにつぶやくAKIちゃん。
あ、こいつが来ること言うの忘れてたわ。テヘ

播磨矢橋絵馬







(「噂のはりまや橋」と「残念な絵馬」)

ぼんさんかんざし







その後、DAISEIもすぐに合流し、懐かしい顔ぶれがそろう。

DAISEI建設







が、AKIちゃんは補習があるため一時抜ける。
補習か・・・懐かしい響き。

夜になり、AKI&RISAと合流。RISAちゃんがなぜか
大人びて見え、少し寂しくなる。時の流れは早い・・・

ひろめいちば







新太郎は0泊3日のため、また夜行バスで帰京。
さよなら・・・・新太郎。

邪魔者も消え、焼肉屋で夕食。久々の再会を祝う。

翌日、桂浜まで行き、坂本竜馬像の下で写真を撮り・・

かつらはま







りょうま












なにせ食う以外やることのない高知県の旅。

食いながら時間を潰す。美味しいけど味気ない旅。

バスの時間の早いKENJIを送り出す。
さよなら・・・・KENJI。

その後、妹ちゃんたちと一緒にカラオケへ。
倖田來未やらアニメソングやら、非常に新鮮・・・
どうみても援交です。ありがとうございました・・・

顔隠し







(東スポに載ってる風俗嬢か!!)

そんなこんなでバスの時間。

こうして再会ができるのもホント幸せなことで。
4月から高校卒業してそれぞれの道。
がんばってくれよ。と、ニートのMASHが想う。

君たちが東京に来たときは完璧なプランでもてなします。

家で少女







 (家出少女ふたり)

December 18, 2007

BABY BABY

町はイルミネーション

日本はクリスマスが近づき、町は徐々に色づき始めている。

君たちが住む町は、今、どういう色をしているのだろう?

君はイリュージョン


あの頃、いつでも見られた天使のような微笑は、もういない。


オーストラリアを離れて、もう2ヶ月が経とうとしている。
あれから一日たりとも、君たちを思い出さない日はない。




10月16日、
アリススプリングスからブリスベンへ降り立ち、
残された時間はあと僅か。
去り行くのはMASH、KENJI、のりさん。
何の因果か、1日ズレての帰国。
「これは一波乱あるぜ・・・」
夜な夜な開かれそうな宴の予感に心躍る。

予感は的中。
むしろ催促してしまったような形で、party&party。
そういえばここAurora Towerの148号室で、僕は、
どれだけのビールを飲んだのだろう?
そしてどれだけの馬鹿話をしたのだろうか?
朝まで怖い話をしたり、ケシカラン話をしたり、
思い出はつきない。

double taekenji and daisuke






(左:ダブルタエからの熱い接吻)
(右:さわやかやくざ 研二&大介)

chintadaiseishu and mash






(左:セロハンテー・・いや、新太郎とMASH)
(中:ダイセイ&MASH 勉強しろ!)
(右:泣いてんじゃねえよ!SHUとMASH)

chiaki kenny and mash











(なぜかミコシに乗っているチィチィ)


みんながくれたネーム入りのTシャツ、
メッセージ入りのカレンダー、
正直、今、どこにあるのかもわからない。
捨てちゃったかも?でもうれしかった。

keny nory mashback shot






(帰国三人組:研二、のりさん、MASH)


Partyは連日盛り上がり、帰国の日を迎える。
夜9時半ごろにAuroraを発ち、タイへと向かう。
その前に最後の宴。

marie asukamisamisa and mash






(左:まりえ&あすか、若いっていいね。エヘ。)
(右:無類の無礼者ミサミサと橋を架ける。)

kazuki and mashkb and mashken and mash






(左:パパ、いつもお邪魔してスマンノゥ・・)
(中:わざわざファームから戻ってきたKBと。)
(右:頭悪い以外は最高のケンちゃん。)


前日に大きく祝ってもらったので、
軽いお食事、と思っていたが、ビールも買い、
みんなも集まってくれたので結局、party。

shu akibasensei ver











(2代目代打教師、アキバ本気です。)

148 members






(148の仲間たちと)




日暮れて四方はくらく

別れの時は刻々と近づいてくる。
ひとところにとどまることも出来ず、
意味なし一気を繰り返すMASH(自発的)。
もはやこれは『一気』ではなくて『一揆』だ。
先祖代々、由緒正しき農民のMASH、
最後の抵抗と言わんばかりに飲む。

Abide with me

誰かの背中がそう呟く。

だが、時は無情にただ過ぎ行く。

MASH 「そろそろ行くわ・・・・。」



空港まで見送りに来てくれた仲間たちと、
最後の杯を交わす。
思い出を語り、個々に熱くメッセージを贈る。
結局、堪えきれずに涙を流してしまうMASH。
いや、むしろ号泣。号泣以外の表現はない。

こんなに自分の気持ちを、人前で、
さらけだすことが出来る。
それがこの旅の答えなのかもしれない。

ゲートをくぐり、最後の別れ。
遠くなっていく、友の声。
何度でも振り返っちゃうからね。俺は。
かっこよく去っていかないからね。



手荷物検査で、liquidの有無を聞かれ、
「別に・・・・」と淡々と答えるMASH。
検査官「その涙、十分、liquidに値するぜ。」



長いようで短かった、人生の夏休み。
どうしようもなく、不安で、孤独で、
でも振り返れば、いつも誰かに支えられていた。
夢を見ているような、そんな時間だった。

目が覚めて、僕は泣いた




「マシューーーー、マシューーーー」

遠くから聞こえる、僕を呼ぶ声。

搭乗ゲートから見上げると、あいつらの姿。



泣き殺す気か・・・・イモヤロウ!!





BABY BABY

抱きしめてくれ

かけがえのない愛しいひとよ



godd bye my friends







You don’t know how many time missed out could hold you

You don’t know how many time missed out could mold you

If you someone could chase me as much as cherish you



my name on the dish

November 02, 2007

Good bye Alice in wonderland

旅行編

どうにかウルル登頂に成功したMASHとKENJI。
しかし、本当に辛いのはこれから。
下りは登りよりも足元が滑りやすく、危険性が高い。
それでも何かを悟ったMASH。
外人相手にジョークをいう余裕も出てきていた。

MATT「それにしてもどうしてラグビーシューズなんだい?」
MASH「それはね・・・、トライしたいからさ!!」
さわやかに言い放つMASH。
しかし華麗にスルーしたMATT。

シカトする外人。






足元だけでなく、ギャグも滑る帰り道。

・・・でもいいんだ。だって俺、もう悟っちゃってるから。

途中、最初にあきらめかけた休憩ポイントで再休憩。
男三人、体を横たえ、空を見上げる。

ひとやすみ






「辛かった、けど、ここへ来る事ができて良かった。」
「っつーか、これからの道が一番怖いんですけど。」
そう、この先、また鎖を伝って降りていかねばならぬのだ。
思い切り、下を見ながら。・・・・この靴で。

案の定、その先の道程は険しいもので、
何度、滑って生命の危険を感じたことか・・・

途中、日本人のおばあさんを追い抜くことになる。
おばあさん、推定80歳。
きちんと頂上に登り、そしてその帰り道。
その年で、この厳しい岩山を制覇した。・・・すげえ。
まだまだ三十路前の自分が「もう駄目だ。」とか、
「私、もうすぐ死ぬと思う・・」などと言っていたことが、
とても恥ずかしいことに思う。
「お気をつけて。」
軽く声をかけ、先を行かせてもらう。

往復3時間程度のウルル登岩。
その短い時間の中で、たくさんのものを感じ、見てきた。
本当に貴重な経験ができたと思う。

無事に麓に辿り着いた時、はぐれメタルを倒した時並みの
経験値(10500P)を手に入れることができた。


午後は次のキャンプ地に向けて移動。
目的地はキングスキャニオンリゾート。
キャンプ地は前日と似たようなところであったが、
今回はキャンプファイヤー有り。ムードは否が応にも高まる。

焚き火






「これはもう、外で寝るしかないぜ!!」
満天の星空、七色に色を変える謎の死兆星、天の川。
こんなにきれいな夜空ははじめて見た。
寝袋の中から見上げた空を俺たちは一生忘れないだろう。


翌日はキングスキャニオン散策。
キングスキャニオンは270mの断崖からなる峡谷で、
全行程3時間にも渡るトレッキングコースを歩みながら、
その壮大な景色を楽しむことができる。
無論、その道程は険しく、前日の疲れも響く足には、
少々、厳しいものがあった。

「断崖は危険なので2m以上近づかないこと。」とWIL。
ガイドとして死者、怪我人が出ると始末書ものらしい。
そういえば、このWIL。ラグビーシューズに対して敏感で、
事あるごとに突っ込みを入れてきていた。
・・・・・やっぱり気になるのか?
「決まりを破ったらベジマイトスプーン1杯食わす。」
厳罰を定め、我々を厳しく律する。

アップダウン激しい山道をひた進む。
断崖から眺める景色は素晴らしかったが、2m以上近くに
行くことができないため、写真と撮るのが難しい・・・

峡谷谷






ベジマイトだけは食べマイト心に決めているのだ。
ちなみにこのギャグも日本人女子に軽くかわされた。
でも別に気にしてはいない。悟っちゃってるから。

ロストシティ、エデンの園・・・

谷・・・エデンの園







こんな危険なところで立ってみたり。

オンステージ






途中、見所もたくさんあり、疲れた足腰には辛かったが、
退屈せず、楽しむことができた。

谷・・ロストシティ






バスに戻り、アリススプリングスを目指す。
今日でツアーは終了なのだ。
みんな疲れ果て、バスの中で泥のように眠る。
3時間も4時間も走っただろうか。
バスはアリススプリングスに到着した。

アリススプリングス






WILは言う。
伝説を創りあげた男がいる、と。
そして、今後、ツアーの注意書きに
「スパイク付シューズでの参加禁止」と書き加える、と。

今夜8時から「JUNGLE」というPUBでツアーの打上げ。
そんなもの・・・もちろん参加するに決まってるジャン。

WIL「でもサッカーシューズでのPUB入店は不可能です。」

その夜、思い切りスパイクに日本代表のユニフォーム姿で
PUBを訪れるMASH。強引なドリブルが身上。

ジャングル 外観







ガイドのWILと。シューズ指差されてます。
シューズ











イタリアン夫婦、スロベニアのムンムン女医モイツァらと、
会話を楽しむ。根っからのイングリッシュスピーカーより、
こういう人たちのほうがやっぱり会話しやすい。
無料のピーナッツを食い散らかしながら飲む、飲む。
ちなみにオーダーした食べ物は・・・これ。

アウトバックスペシアル






手前:バッファロー
中右:クロコダイル(白いの)
中左:カンガルー
奥串:キャメル(ラクダ)

カンガルーは何度か食べているし、バッファローは牛。
クロコダイルは鶏肉のツミレみたいな感じ?
キャメルは・・・筋っぽくて臭いかな。
しかし、こういうものを食べるのもいい経験だ。
KENJIに『イモムシ』食わせられなくて残念だったが。
(KENJIはイモムシが大好きで、食べたかったらしい。)

パブ






夜も深まり、ダンスを踊り始めるガイジン達。
程よく酔いも回っているMASH。
「ここで踊らなきゃ、死んでも死に切れないゼ!」
天性のリズム感とラテンの血、そして「勇気」。
手持ちのダンスは3種類。
それで西洋人とどこまで渡り合えるか?
ちなみに手持ちのダンスとは、
・偽阿波踊り
・氣死團
・志村(変なおじさん)
インターネットで世界に配信されている店内。
サムライブルーを身にまとい踊り狂う男の姿を、
目の当たりにした人はいるのだろうか?

KENJIの冷たい視線をよそに、刺激的なダンスは
日付が変わるまで続いた・・・
「DANCEでCHANCE(シォンセ)を抱きしめて。」


翌朝、飛行機が午後発のため、午前中はフリー。
洗濯を済ませ、町を散策することに。

道端に座り込むアボリジニの姿は相変わらずだが、
今、それも風景のひとつと思うようになり、
近代的な建物の向こうにむき出しの岩山が見え、
肌を突き刺す日差しの中にも、心地よさを感じる。
アリススプリングスはそういう町なのだ、と思う。

ジャカランタ











咲き誇るジャカランタの花。

「これはなんていう花だろう?」
去年、オーストラリアに着いたばかりの頃、聞いた事がある。
「南国の桜」と呼ばれ、この花が咲くとき、人々は春を思う。
この国に来て二度目の春が、長い春が来たということ。
それはつまり、そういうことだ。

東京へ






TOKYO 6,578km



飛行機はアリススプリング空港を発ち、
たくさんの友人が待つブリスベンへと飛び立った。



「いい旅になったな。」






白いウサギを追いかけて、迷い込んだ不思議の国。
そこで大きくなったり、小さくなったり。
彷徨い。涙のプールに溺れ。
いつまでも終わらないお茶会に参加したり、
たくさんの、気の狂ったような、不思議なものに出会い。
そして、目を覚ますのだろう、
大きな木の下で。
一本木

October 29, 2007

Crying out love, in the centre of the world

旅行編

10月13日、どうしてかな・・・
眠れないの。明日が来るのが怖くて眠れないの。
私・・・・、もうすぐ、死ぬと思う。


10月12日、早朝にメルボルンを発ち、アリススプリングスへ。
アリススプリングスはオーストラリア大陸中央に位置する、
交通の要衝。他の都市と比べアボリジニの人口が多い。
人口の多くは観光業に従事しており、この町を拠点として、
ウルル(エアーズロック)へのツアーが発着する。

飛行機から見下ろすオーストラリアの大地は本当に真っ赤。
見事なまでに何もなく、ただ赤土が広がるのみ。
アリススプリングス空港に着くと、バッパーの人が迎えに
来てくれていた。
ここのバックパッカーはリゾートホテルのような外観で、
こじんまりとしているものの、快適そうだ。
今日、一泊し、翌日早朝発のツアーに備えるわけだ。

アリススプリングスの町を歩く。
ビルもなく、決して大きい町ではないが、位置を考えると、
よくここまで発展したものだと感心する。
やはりアボリジニが多く、道端に座り込んでは話し込んでいる。
夜の一人歩きは危険だと思われるので注意されたし。

その日は疲れもあり、バッパーで昼食を食べ、ビールを飲み、
ゆっくりと過ごす事にした。プールで休んだり。
夕食はやはりケンタのチキンをつまみにビール&ビール・・・
翌日からはキャンプツアーが待っている。
ちゃんとした布団で眠れなくなるためだ。少し怖い。

10月13日、
ツアーバスが早朝6時半にホテルにお迎え。早すぎる・・・
総勢20名ちょっとだろうか、ツアーメンバーは殆どが欧米人。
日本人はほか女の子3名。
「英語で会話するのメンドクセー。」と、留学生として言っては
いけない言葉を発する我々。
ただでさえシャイな二人、若干の不安を抱きつつ出発。

だだっ広い荒野を、ひたすら走るバス。
ツアーガイドはWIL。日本で少し英会話教師をしていた。
スラング多用で時々よくわからないが、いい感じの奴だ。
All rightyとかToo easyを連発する。働き者の男前だ。

バスは止まり、CAMEL FARMへ。
ここではラクダに乗れるということで、早速、トライ。

らくだ






ラクダが立ち上がると、意外に高い。そしてその乗り心地。
ものすごく不快な揺れ。決してラクだとは言い切れない。

バスに戻り、みんなの名前を覚えるため?
各自、自分の横の窓にペンで名前&似顔絵を描く。

KENJITETSURO






似顔絵は自分以外の人に描いてもらうことに。
俺はKENJIの、KENJIは俺の似顔絵を描く。
出来上がりはお見せするほどではないので省略。
真っ直ぐな荒野を走り抜ける俺たちのバス。

♪デー デデー デッデッデデッデー♪

突如、バスの中に「ワイルドで行こう」が流れる。
KENJI「ムード出しすぎや。」

その後もバスはぐんぐんと進み、今夜の宿泊先へ。
このツアー、「満天の星空の下、寝袋で夢の中へ・・」が売り。
一応、コテージはあるものの、外寝推奨。不安だ。
そこで一旦昼食をとった後、カタジュタ・オルガ岩郡へ。

カタジュタ






ここには大小たくさんの巨岩が集まっており、
「風の谷」と呼ばれる場所も存在する。

風の谷






(風の谷のMASH)

ナウシカの舞台とか、そうじゃないとか色々言われている。
ここからは山歩き、岩歩きという過酷な試練が待っている。
実は私、MASH、スニーカーを持っていないため、
ラグビーシューズでの参加。なにしろよく滑る。
運動不足の自分には少々辛い道のりであったが、
風の谷にたどり着き、一休み。目の前に広がる大自然に、
心が癒される。すばらしい景色だ。
それにしても歩きづらいな、この靴・・・
この時、命を脅かそうというこの靴の魔性に気づいていれば。

その後、この旅のメインイベントのひとつ、
「サンセット ウルル」へ。
これはシャンパンを飲みながら、夕陽の沈み行く中、
徐々に色を変えていくウルルを鑑賞する、というもの。
絶好のポジションにバスを停め、その時を待つ。
暑すぎもせず、寒くもない、今が絶好のシーズンであり、
他の観光客も多い。
これがウルル。

ウルル1ウルル2






アボリジニの聖地と言われるだけあって神秘的なその姿。
この留学、いや、旅の目的地として、ずっと憧れてきた。
安っぽいプラスチックのカップに入ったシャンパンを、
渇いた喉に流し込み、沈む夕陽とウルルを眺める。
あまりにも壮大で美しいその姿にしばし時を忘れる。

ウルル3






天候にも恵まれ、気の合う仲間とこうしてここにいる。
それだけで本当に幸せなことだ。
これで足元もっとしっかりした靴を履いてさえいれば・・
このときはそんなこと少しも思わなかったのだけど・・。

夜はキャンプに戻り、バーベキューディナー。
このツアー、食事が心配だったが、どれも結構豪勢で、
みんなで作って、食べる、という過程も楽しかった。
夜は寝袋で外寝、はせず、あえてコテージを使った。
まだ翌日もあるからね。

10月14日、
早朝、5時に目を覚まし、シャワーを浴びる。
「なんでこんなに早いの?」って、早朝ウルルを見るためさ。
朝日の中のウルルは、サンセットとはまた違った美しさ。
ベジマイトを塗ったパンを腹に詰め込み、いざ出発。
まだ日も昇りきらない時間帯。

朝ウルル






昼間は灼熱だが、朝はグッと冷え込むこのアウトバック。
若干の腹痛を訴えつつも、日の出を待つ。
徐々に太陽が昇り、オレンジ色に輝くウルル。
昨日とは形も色も違うが、こちらも美しかった。

朝ウルル2朝ウルル3






まさかこの時は、あんな恐怖が待っているなんて、
ちっとも考えちゃいなかったのさ・・・

バスに戻り、ウルルの麓まで向かう。
そう、この旅最大のイベント、
「エアーズロック登山、もとい登岩」のためだ。
ウルルはアボリジニの聖地で、人が登ることを良しとしない。
気温が高かったり、風が強かったり、アボリジニの機嫌が悪いと
登ることができない、まさに運頼みのこの登岩。
今日は運よく(?)、登ることができるそうだ。

しかし、ツアー参加者のヨーロピアンの多くは登ることを拒否。
それはアボリジニの宗教上の理由、と口ではいっているが・・・
日本人はたくましく全員参加。あとはハネムーンのイタリアン、
そして日本通のMATT。おめーら、気合は入っているだろうな?
険しく聳え立つ、ウルルの迫力に負けそうになるが、出発。
麓にはこんな看板もあり、恐怖を誘う。
ちなみに今まで計38名、昨年は2名がここで命を落としている。
「39人目はお前だぜ!」さわやかに言い放つKENJI、
洒落になっていないことはこの後、すぐにわかることだったんだ。

登らないでください






(「登るな、死ぬぞ。」と。)

麓から見上げるウルル。
「急だな・・・」と思いつつも、あえて口は開かず、一歩。
「意外といけるんじゃないか?」
スパイクの滑り具合を確認し、GOサインを出すMASH。
最初は軽快に進んでいった。前だけを見ていたあの時までは。

途中、急坂になり、チェーンを掴みながら登ることに。
足元も不安なMASH、チェーンに頼り、腕の力に頼り、登る。
だが、それがいけなかった。
鍛え上げられていないこの肉体、筋肉を使うとすぐに堪える。
上腕部に疲れを感じ、一休み・・・ふと下を見下ろすと・・・
「た、高い・・・・・そしてこの急さ・・・・」

急傾斜






自分が置かれている現実に突然、恐怖を覚える。
「そういえば俺、高所恐怖症だったんだ・・・」
そんな俺をおいてどんどん登るKENJI。
「もう辞めたい・・でももう戻るに戻れない。」
足元は徐々に不安定になり、力が入る。落ちたら死ぬ。
なんとなくこれまでの人生が走馬灯のように駆け巡る。
「私・・・もうすぐ死ぬと思う。」
・・・・・いや、死ねない。
ここで人生を終わらせるのもかなりのインパクトだが、
今はギャグ的な意味でのおいしさを追求するときではない。
力を振り絞り、みんなの待つ休憩地点へとたどり着く。
「はぁ、はぁ、あとどれくらいだ?もう少しだろ?」
「いや、まだ半分も来ていないみたいよ?」
絶望・・・、女に振られたとか受験に失敗したとか、
そんなことで絶望しちゃいけませんよ。なんせこっち、
「命、かかってますから。」
もう腕も上がらない、呼吸もできない。
高校時代、何のためにスポーツやって鍛えていたんだろう?
三十路前、あぁ、俺、来年三十路だ。
なにをやっているんだろう?こんなところで。
しぶしぶ歩き出す、もうその体に力などは残っていない。
それにしても危険すぎる・・・

ぽっきり注意











そんな時、先を歩いていたKENJIの叫び声が、
「うわっ!!」
突然、ウルルが音を立てて崩れだしたのだ!!
必死に岩にしがみつくKENJI。牙をむく自然の猛威。

必死なKENJI






「助けなくては!」、しかし体は思うように動かない・・・
「俺のことはいいから・・・、先に行け!」とKENJI。
KENJIを助けようとすれば二人とも命を落とすかもしれない。
それを知っているのだ、なんと言う男だ・・・、KENJIよ。

KENJI・・・・
初めて会ったとき、お前はシャイであまり話さなかったな。
それから仲良くなって、アキリサといつも一緒に笑っていた。
俺がゴールドコーストに行ってからも、毎週のように遊んだな。
お前に会えて、俺のオーストラリア生活は本当に楽しかった。


「先、行かせてもらうわ、KENJI。See you next life・・・。」
俺は俺の人生を歩く。このスパイクでな・・・
KENJIの遺体(もうすぐ)に背を向け、歩き出すMASH。

「助けてください!」
わかったよKENJI。
これがやりたかったんだろ?

せーの、
「ファイトー!」「いっぱぁーーーーーーーーーーつ!」

ファイト一発






一命を取り留めたKENJI。

その後、なんとか力を取り戻し、ひたすら登る。
そして・・・・登頂成功!!

ウルルの上から眺める景色は、これまでに見たなによりも
素晴らしかった。本当に命を懸けて何かをしたということ。

山頂風景






そして、その果てにたどり着いたこの場所。

集合写真






There is something special in the air

どこかで誰かが言った。いや、そこらのKENJIが着ている
Tシャツに書いてあったような言葉を思い出す(写真参照)。
元来、神など持たない神の国日本生まれのMASH。
それでもここではなにか神聖なものを感じることができた。
今、そこに自分が立っているということの意味を、
そして、これから先も生きていくということの意味を。

『折り返し』

日本に帰る時が来たんだ。と、ふと思った。
そしてこれから先、現実の社会で生きていかねばならぬ事を。
「レースは折り返してからが勝負。」
この国で色々な人に出会い、学び、感じることができた。
そして、世界の中心で、気付いたなにか。

愛をさけぶ











「潮時かね・・・・」、さけぶ事もなく、小さくつぶやいた。

「ウルルは帰り道が辛いんだ。」

踏み出した一歩は、これまでよりも力強く、
もう迷いや恐れは感じられなかった。


さよなら







「もうすぐ帰るから。」

※本稿は臨場感、緊迫感並びにおもしろさ感を
 引き出すため、多分に嘘及びセカチューが
 盛り込まれております。


October 28, 2007

Bridge Over Troubled Water

旅行編

10月10日、早朝の便に乗りメルボルンを目指す。
そこでは相棒KENJIが待ち受けているのだ。

メルボルンはオーストラリア2番目の都市で、
移民が多く、ヨーロッパ風の街並みを形成している。
位置的にはオーストラリアの大都市の中では一番南。
南といえば暖かい、というイメージがあるとしたら間違い。
オーストラリアは南へ行けば行くほど寒いのだ。
そんな中、夏先取りの爽やかファッションで登場したMASH。
「なんだ、そんなに寒くないじゃん?」
軽く笑い飛ばすMASHとKENJI。
この時はその先に待ち受ける苦難を知る由もなかったのだ。

早速、宿泊先のバックパッカーを目指す。
町の中心からは少し外れるものの、設備がよく、
快適なステイが出来そうだ。
荷物を置き、市内散策へと出かける二人。
フロントの姉ちゃんおススメのオシャレストリートを目指す。
シティ中心部には無料トラムが巡回しており、
物珍しい光景に目をとられながら歩く、歩く。

トラムメルボルンの町






が、道程は思ったよりも長く、道中不安に・・・
疲れを癒すため、サイケな椅子で休憩。

椅子1椅子2






ようやくそれらしき町に到着。
様々な国籍のレストランが立ち並ぶ。

花屋






レバノン、ギリシャ、アフリカ、アフ、アフリカ!?
少し変わったものに挑戦してみようかと二人。
しかし、口に入るものに奇妙なものは不要。
とばかり、無難にギリシャ料理店でスブラキを食す。

その後、市内の要所を次々と回る。
聖パトリック大聖堂、キャプテンクックの家などなど。

パトリック縦











ただ、実際、市内にはそれほど見るものもないかな・・と。
中一日しかなく、時間が足りなかったのが残念。

フラワーボーイ







夕食はベトナム料理を食べ、バッパーの食堂でケンタつまみに
ビールを飲み、翌日に備える。
そう、我々は翌日、グレートオーシャンロードを目指すのだ。

10月11日
早朝、バッパー近くの「Queen Victoria Market」へ。

マーケット






ツアーのバスが到着するまでの時間を効率よく使う。
市場は野菜、生肉、魚、チーズ等、様々な店があり、
見ていて楽しい。
我々はチキンカツっぽいサンドイッチと、野菜ロール?を購入。
少しリッチな朝食を楽しむ。

7時半過ぎからツアーが始まり、いよいよグレオシ(略)へ。
バスは少し小さめ、左1列、右2列シート。
グレオシは進行方向左側に見える、という狙いの元、
左側の席を確保。これは大当たり。絶景は我が手の元に。

バスは有名なサーフポイントであるBELL BEACH。
なにやらよくわからないが灯台などを回って行く。

寒い中サーファー灯台







基本的にこの旅についての知識、情報に乏しい二人。
どこからグレオシなわけ?と不安に駆られる。
が、グレオシ入口というゲートでバスは止まり、
写真撮影。これからグレオシ・・・気合い十分だ。

グレオシ入口






ここでKENJI、
「オイ、ジョージクルーニーおるやん!」
「まさか・・・ジョ、ジョージやん!!」
同じツアーバスにジョージクルーニーを発見。

ジョージクルーニー






(まさかこんなところで出会えるとは・・・)

オーシャンだから?
俄然テンションが上がったのは言うまでもない。

途中、野生のコアラを見られるスポットに止まり、
顔出しを発見。すかさず1枚頂きました。
野生のコアラは、野生といえば野生だったが、
飼われている感もありありで、なんとなく興ざめ。

こあら






しかしいいのだ・・・いい顔出しができたから・・・

この頃、空は少し曇り始め、風が強くなり、気温が下がる。
初夏を迎えたブリスベンから来た野郎二人。
メルボルンの気候をなめきっていた二人。
むしろKENJI。Tシャツ一枚で来やがったこの男。
周りはみんな薄手のコートくらい着ているというのに・・・
「寒くて死にそうや・・・俺の火、もう消えかかってるわ。」

それでもそこで死ねるわけも無く、ツアーは進行。
グレオシの美しい風景が広がり、見所を次々と見て回る。

グレオシ1グレオシ2






バスが止まるたびに嫌な顔をするKENJI。
外を歩かされるのを露骨に嫌がっている様子。
そんな馬鹿みたいな恰好で歩いている奴、他にはいないぜ。
「なるべく寒そうな顔はするな。同情されたらかなわん。」
メルボルンの気候よりも冷たい一言を浴びせかける。

グレオシ3グレオシ4







徐々に日は暮れはじめ、海の景色もより情感を増す。
バスはグレオシ最後の見所、「LONDON BRIDGE」へ。
海水の侵食を受けた岩々が作り上げる自然の名勝。
そして沈む夕陽の美しさにしばし心を奪われる。

ブリッジ






「LONDON BRIDGE」をバックに「橋を架ける」のポーズ。

ゴールドコーストのあたりでみられる海とはまた違う、
険しい海。そしてだからこそ手付かずで美しい海。
自然の作用で出来上がった奇岩の数々。
もしかしたら明日には崩れてしまうかもしれない儚さ。

CHAGE






吹きすさぶ風と凍える寒さに身をすくめつつ、
俺達(特にKENJI)はグレオシを後にした。


バッパーに戻り、またビールを飲みながら語る。
メルボルン二日目の夜は、したたかに酔い、
遥かアウトバックに思いを馳せるのであった・・・


次回、極寒から灼熱へ。
広がるアウトバックに消える最後の一言。
俺達は世界の中心で一体何を思うのか?


アウトバック








乞うご期待。


October 09, 2007

Against The Wind

先日のブログにも記したとおり、現在、完全オフ。

仲間達と一緒に、牛タン焼いたり、角煮食べたり、
ホントにだらだらと残りの時間を過ごしている。
会いたい人にも少しずつ会いながら・・・

そんな生活も楽しくていいのだが、やはりどうしても、
時間を持て余してしまう。

そこで、同じように学校を修了し、時間を持て余す男数人、
声を掛け合って、「男数人夏物語」を企画。
いや、企画、というよりドッキリ並みに唐突に決定。
行き先はNOOSA HEADS。ブリスベンの北側に位置する
SUNSHINE COAST最北端。ゴールドコーストよりも
落ち着いた大人のリゾート地。


まずはファームに出荷されたものの『不良品』のレッテルを
貼られ出戻ってきたKENちゃんのバイトの休みを確認。
これで一人。

そして学校を終えたばかりの弟分、SHUに電話し、
「明日、NOOSA行くから。朝ちゃんと起きろよ。」
「え?どうすればいいんだろう、俺・・・。」
「じゃあ明日な。寝坊するなよ。」
「あ、ちょっと待っ・・・・ツー・・・ツー・・・。」
これで二人。

帰国が決まり、それまでの時間を同じように過ごしている
のりさんを誘ってみると、飄々とした感じで、
「いいよー!行こっかー!!」
これで三人。

これだけの人数が集まればレンタカー代も安くなるというもの。
運転手も二人確保(MASH含む。)された為、期待は高まる。

当日、朝になってDAISEIを誘う。
コイツ、最初は金の心配をしたが、結局、ノリで行く事に。

七人の侍ならぬ五人の暇人。

計画性なしのため、当日、朝11時になって車を手配。
用意された車はHYUNDAIのセダンタイプ。
安いランクの車の割にはなかなかだった。
しかし、まさかこの私が韓国車を運転するとはね・・・

車は順調にCITYを抜け、ハイウェイに乗り込み、
ひたすらに北を目指す。
横に従えるナビ役はSHU。
頼りない事この上ないワケだが、自ら助手席を志願した。
まさか怒鳴りつけられる事になろうとも知らずに。
「ぁ、次ぃ、左側・・・かな??」
「あ!?聞こえねえよ!!ハッキリ言えごるぁぁあ!!」
「あぁ、どうしたらいいんだろ?俺・・・」

途中、COOLUMという小さな町に立ち寄る。
そしてビーチ近くの遊具で無邪気に遊び、童心に帰る。

馬鹿4人






(一緒に旅した馬鹿4人)

surfing






net






(見よ!この無邪気さ!!)

そのあと、SEA FOODの店にてランチ。
白身魚のグリルとチップス、そして生ガキ半ダースを食す。
量が半端じゃなかった。

fish and chips






一休みを終え、また北へ向かって走り出す暇人様御一行。
車内も男旅独特の不思議スメルとテンションが漂う・・

car1car2






ブリスベンからおよそ2時間。
ようやくNOOSAへと到着。
高級ビーチリゾートとしての景観を守るためパームツリー(4F)
以上の高さの建物は建てられないという、落ち着いた町。

noosa1noosa2






美しいビーチが広がり、オージーにとっては憧れの避暑地だ。
早速、ビーチを歩き回る暇人5人衆。
何の目的も無く、ただビーチを歩く。
途中、まさに男塾を地で行くような男を発見。

kingofbeach






先ほど、自分達が見せた「幼な心」を遥かに上回っている。
「ボーイッシュチャーム」、そんな言葉が良く似合う。
上には上がいる、ということを知ると同時に、
何事にも程々というものがあるんだぜ、という現実を知った。

皆、初めてのNOOSAにそれなりに満足したようだった。

帰りはKENちゃんの運転にてブリスベンに戻る。
男5人、一つの車の中に集まれば、話の内容の殆どは、
当然、ケシカランものである。
が、まさにこれこそ男旅の醍醐味。
酒を飲むのも、遊びに行くのも、いつの時代でも、
気の知れた男同士が一番楽しい、そう思うのだ。


車はブリスベンに着き、とりあえず夕食を食べる。
そして、その後、再び車に乗って外出。
行き先はマウントクーサ。
ブリスベン郊外にある山、というか丘であり、
こちらに彼女の一人でもいようものなら、必ず訪れなくては
ならない夜景スポット。
人々の評判は聞いていたものの、交通手段が無い事と、
そもそも彼女がいないという事で足が遠のいていたMASH。
今回、せっかくレンタカーがあるということで、
「是非、行ってみたいのです。」と仲間達に懇願。
そして見事成就。

mt cootha1mt cootha2






山頂から眺めるブリスベン市街は本当に美しく、
宝石のように輝く光の粒にしばし見とれるMASHであった。
ブリスベンから最も身近で、有名なスポット。
最後の最後で来ることができて本当に良かった。

オーストラリア生活も残すところあと1週間ちょい。

こんなに自由で充実した生活はもうないかもしれない。

遅れてきた学生生活のような、人生の夏休み。

今、MASHの横ではダメな留学生達が麻雀をしている。

「あー、ホントにダメだなぁこいつら」、と思いながら、

不思議な居心地の良さを感じている。

たとえ何も残らず、いつか別れる時が来るとしても、

ここで出会えたたくさんの仲間達は、自分の宝物だ。

kage







僕達の残した足跡は 誰にも気付かれる事なく
きっと時間の波に飲まれて 消えてしまうだろう

だけどそれでも僕達は 今は確かにここに居て
何度も胸を締め付ける 君への想いがあるから

この足跡が消えてしまっても 僕らの想いが薄れてしまっても
この歌がつないでくれる 時を越えて伝わるように
願うよ

「思い出ソング」
作詞・作曲/のりさん


October 07, 2007

Please forgive me

ハードロック








今後、最後のシメとなる旅に出る訳で、
ブログの更新も困難となる、というか、帰国迄出来ない。
ということで、前もって感謝の言葉を残しておきたかった。
それで前回の日記を書き記す事と相成りました。

大丈夫。僕はまだまだ書き続けるよ。


前々回に書いた旅行&帰国の日程について、
概ね、予定通り。というか、ほぼ変化はありません。
よって、24日以降、MASHの笑顔を日本からお届け
できるかと思われます。
・・・・・無事に帰れればね。

さて、そんな帰国前の生活。

ゴールドコーストを離れる前日、
サーフィンのメッカで、国際規模の大会が開かれる、
Burley Headsを訪れた。
あいにく、風が強く、コンディションが良くないため、
サーファーの姿はあまり見られなかったが、
一度は訪れたいと思っていた場所だったので、
最後に来られて良かった。

レジェンド






(伝説のサーファー)

バーレー






(Burley Headsから見たSurfers)

その後、ブリスベン時代からの友人であるKeiko&Yukiと
合流。使っていた調味料や食材の余りを託す。
Surfersにあるブラジル料理の店で食事。
豆を使った料理がブラジルの典型的な料理、ということで、
店員のおススメをオーダー。
味も良く、店員のノリもラテン系で思ったより楽しめた。

ブラジル






(オーダーしたブラジル料理。美味しかった。)

さらにその後、TAFEでのクラスメイト、
Mitsuru&Felipeと軽く飲みに行く。
Mitsuruの頭の悪さにあきれつつ、話は盛り上がる。

ゴールドコースト最後の夜は、今までに無いほどに忙しく、
楽しいものとなった。


最終日、部屋の片付け、荷物のパッキングを終え、
シェアメイトへの挨拶も済ませ、3ヶ月住んだ家を離れた。
家自体の豪華さ、快適さはここが一番だったと思う。

若干の寂しさを噛み締めつつ、バスに乗り込む。

行き先はもちろんブリスベン。

毎週金曜日に開かれるパーティー。
今回は可愛い弟分のHarukiがファームに旅立つため、
そのお別れ会的な意味合いもあった。
いつものメンツに加え、Harukiの友達も参加し、
総勢20名近くの大人数での飲み会となった。

自分ももうすぐ旅立つが、人との別れは何度あっても、
やはり寂しいものだ。
頑張ってやってきて欲しい。

はるき






(どうしようもない顔で熱唱中のHaruki)

その前の週はKBもファームに行っちゃったし。

kb






(元・横浜のカリスマホスト・KB)

のりさんもMASHの次の日、帰ることに。

のりさん






(手品、ギター等器用かつ穏やかな男。のりさん。)

19日、MASH
20日、のりさん
21日、KENJI
と3日連続の帰国ラッシュ。
パーティーに何らかの変化が訪れる事でしょう。
ガンバレ!残された人たち。
先に去り行く俺達を許せよ。

クレージーたえ











(すっかりヒゲが定着したMASH。Crazy TAEと共に。※)
※悪徳不動産屋とチーママではございません。


最後まで、元気に走り続けます!!

げんき

October 04, 2007

Wake me up when September ends


ゴールドコーストの朝は早い。


Surfer達は最良の波を求め、Beachへ向かう。

Beachでは健康志向のオージーがwalkingを楽しんでいる。

決して健康志向ではないが、MASHも時折、早朝に訪れる。




Surfers Paradise




この場所で気付いた、生きるためのかけがえの無い孤独。

何かを手に入れる場所か、それとも捨てる場所か。

この旅の答えはどこにあるのか。


一人ぼっちだったからこそ、自分を見つめる時間があり、

そのために眠れない夜を過ごす事もあった。

言葉には出さなかったが、ここでの生活は辛かった。



10月5日、夢にまで見た地・ゴールドコーストを離れる。

そして、帰国するまでの時間はあっという間に過ぎるだろう。

夢から醒めて、一日の営みを始めるように。

hinode1hinode2hinode4






hinode3hinode5hinode6







真っ赤に灼けた鉄の塊のようなゴールドコーストの朝日。



目覚める時が来たみたいだ、MASH、いや・・・・





不○産鑑定士・○原哲朗。





『不動産○定士 豪州に生きる』
は今回をもって最終回とさせていただきます。
これまでのご愛読、皆様の書き込み、激励、
心より感謝感激雨A・RA・SHI申し上げます。

決して若くもなく、また、これからだ、という時に、
暖かく送り出してくれた仕事関係の友人、同僚、上司。
空港まで見送りに来てくれた経堂の仲間達。
なにも言わず、好きにやらせてくれた家族、親戚。
最後まで健康を気遣ってくれたじいちゃん。
この国で出会った、全ての人たちに、


アイ ラブ ユー!!


September 23, 2007

Another Perfect Day


先日の日記でも触れた通り、
海外生活も残すところあと1ヶ月。


9月21日
ゴールドコーストTAFEのEAPコースを修了した。
EAPは進学準備用のコースで、修了すれば、自動的に
TAFE(職業訓練校)任意コースへの入学資格が得られる。
そのためには21の課題をクリアしなくてはならず、
近道であるとはいえ、決して簡単な道程ではない。

特にOral PresentationとReport Writingは量が多く、
ここで挫折をする生徒も多い。

自分も挫折しそうになった一人であり、
「将来に必要ないからやらないかも。進学しないし。」
などと、自分に口当たりのいい言い訳をのたまっては、
逃れようとしていた。
そんな時、先生が「ソレハモッタイナァーイ!」と、
日本語で励ましてくれ、やる気になった。
むしろ少し笑えた。

Writingは自分の積み重ねてきた文法を再確認するため、
Presentationは人前で英語を話す勇気を身につけるため、
終わってみれば、経験してみて本当に良かったと思う。

そして、一応、この国の「語学」留学生としては、
最も難易度の高いコースを修了することが出来たという点で、
少なからずホッとしている。来た意味があったかな、と。
勿論、会話等においてまだまだ全く満足していないが。


思えば、ゴールドコーストの学校では不平不満が多かった自分。
ブリスベンの学校と比べ、友達を作る機会が格段に少なく、
クラスメイトも下のクラスから上がってくる為、出来合い。
アジア人ばかりで多様性の無いクラスメイト。
休み時間になるとコンピューターに向かって、時間を潰した。

でもそれではいけなかったのだろう。
自分から歩み寄る努力をしないで、「つまらないから」と諦める。
今までは自分を馬鹿に見せてでも友達を作ってきたはずなのに。
なんでかそれが出来なくなっていた。

ブリスベンで出会った友達は多国籍で良かった。
それがどうした。場所が変われば人も変わる。
そもそも自分で好き好んでゴールドコーストに来ている以上、
文句を言う資格はないんじゃないか。
「ゴールドコーストは全体的にユルイから、
学校はしっかりしたところに通わないといけない。」
そう思ってTAFEを選んだのは自分だった筈じゃないか。


こんな風に自己批判をしちゃう自分って結構マトモ?
なんて思ってみたりして。


でも、思い返してみれば、この学校でもみんなに支えられ、
こうして卒業を迎えることが出来たんだと気付いた。

つまらなそうにしていた時、結構、みんな声かけてくれたな。
休んだり、遅刻したりすると心配してくれた。
先生だって、いつもやる気の無い自分を気にかけてくれた。
こいつの場合はただ軽いだけだろうけど、Mitsuruなんかは、
しょっちゅう相手して欲しそうに絡んできた。
おかげで少しずつ心を開いていく事ができた。
まるで汚い犬を扱うように相手してきたけど。

こう書いていると、相当ブンむくれた野郎だったのか?と、
あらぬ誤解をうけてしまいそうですが、なんというか、
「孤高の天才」とか「クールな転入生」的な感じを気取ってまして、
いや、まあ実際は「やけに無口なでかい男」だったんです。ハイ。


兎に角、英語の勉強はこれで終わりじゃなく、
むしろこれから先、どう伸ばして、どう生かすかが大切。
せっかくやり始めたことだから、一生付き合っていきたい。
ビジネスで使うか使わないかは別にしても。
あと1ヶ月、学校はなくなるけど、出来る限りの努力をし、
胸を張って日本に帰れるようにしたい。

certification











【気になりませんか?MASHの今後の予定】

10月5日をもって、現在の家を引き払い、ホームレスに。

10月10日より、ブリスベン空港からメルボルンへ向かう。
KENJIと合流後、バックパッカーに2泊。

10月12日より、メルボルンからアリススプリングへ。
1泊した後、2泊3日の「エアーズロックツアー」に参加。
その後、アリススプリングへ戻り、1泊。

10月16日、ブリスベンへ帰還。

10月19日、多分、タイに向けて出発。

10月24日、日本帰国

※上記はすべて予定であり、気分で変わるかも知れません。


September 19, 2007

Every Breath You Take

ブリスベン花火






花火2






花火3






(ブリスベンの花火大会より)

忘れられない光景がある。

目に焼き付けておきたい景色がある。

それはある日突然訪れた、夏の日の誘惑。

トップレス・・・・


(MASH氏の談話)
いやね、本を読んでいたんですよ。
家の近くのビーチで。水曜日が休みなので。
あれです、綾小路きみまろの本。
「こんな夫婦に誰がした」でしたっけ?
叔母が置いていったものなんですけど。
別に暇だった訳じゃないです。ただ、なんとなく。

はじめは人のいないところだったんです。
でもふと気付くと、目の前にブロンドの女性が。
「ああパツキンがいるなぁ」、その程度で、
しばらくはあまり意識しないで本に集中していました。

でもね、ふと目を上げると、
おもむろにBikiniを脱ぐその女が目に入ったんです。
「ブルンッ」って言っていました。口じゃないです。胸がです。
ただ事ではない事態が起きている、それはわかりました。
大きさですか?そうですね、大体・・・
ハンドボールってあるじゃないですか?アレくらいです。
大きすぎやしないかって?嘘ついてどうするんですか?
こっちだって必死です。
目が合ったら、日本人の顔に泥を塗るような気がして・・
兎に角・・・苦労しましたよ。
写真?ある訳無いじゃないですか!さすがにそこまでは。
大変でした。普通にしていないといけないから。
立ち去ればいいって?・・・そんなこと出来ますか!?
そんなこんなで彼此1時間も経ったでしょうか、
ふと気が付くと、周りにはエロい人たちがいっぱいでした。
そのトップレス女性が帰っていくと、それと同時に、
エロい人たちも帰って行きました。

僕も帰りました。



オーストラリア生活、あと1ヶ月です。



牛タンが美味しくて美味しくて・・・・
いきなり何を言い出すか?とお思いでしょうが、
安いんです牛タン。1本4砲らいでしょうか?
但し、舌まるごとで見た目が相当グロイですが、
処理次第では5〜6人前くらいの上タンが食べられるのです。
コレが最初の状態↓
牛たん






実際は、もっとデロデロですが、冷凍して、その後、
熱湯をかけて表面を溶かした状態ですね。
包丁を入れやすくするために。
それをちょっと厚めの輪切りにして、周りに残った皮を
キッチンバサミでちょきちょきと取り除き、
ようやく↓の状態になるわけです。
牛タン2






で、実際に焼いて食べてみました。
結論:こんなに美味い牛タンは食べた事がない。
柔らかくて、ジューシーで、感動的な味。
処理の面倒臭さを我慢できるならおススメです。


話は明後日の方向にぶっ飛んで、9月8日。
友達のKENちゃんがファームに出荷されて行きました。

ドナドナ











ドナドナドーナードーナー♪
元気でやれよー。



話はさらに劇的な飛躍を見せ、9月9日。

ブリスベンの友人、ミサ、ユカ、カズキの3人が、
はるばるゴールドコーストに遊びに来た。
和食の店で久々に「うなぎ」を食し、英気を養う。

はしゃぐユカ。翌週帰国を控えているため、最初で最後の
ゴールドコーストだからだ。

・・・だが、見るものの目を覆わしめる悲劇が彼女を襲う。

海へ繰り出す4人。カメラ片手に走り出すユカ。
その時、悲劇は起こってしまった。
突然押し寄せる波、足元をさらわれるユカ。
あろうことかカメラを持っている手を地面に着く馬鹿女。

「カメラ、OUT〜!」(「ガキ使」罰ゲーム風に)

そして転んだ拍子に片方のサンダルが脱げる。
なんとか取り戻そうと必死で駆け出すMASH(紳士〜)!!
が・・・波は荒らぶり、その力を増す。
「しまった!これは孔明の罠か!!」
迫り来る波濤に為す術無く、気付いたときには水計に飲まれ、
「サンダル、アウ・・・」と、その瞬間、気のいいオージーが
なんとか拾ってくれた。
残されたずぶ濡れのMASHに、最早かける言葉もなかった。

その後、ハーバータウンに行き、各自買い物。
CANTERBURYでスニーカー(RUGBY SHOES?)を購入。
これがカッコいいのに掘り出し物でなんと20法

靴






いい買い物をしました。


さて、さらに翌日、9月10日。
ゴールドコーストに引っ越してきたケイコに誘われ、
バイロンベイに行ってきた。
なんでも韓国人ヒューとその彼女と一緒にレンタカーを
借りて行くとの事で。
実はバイロンベイには親友のKENJIとSHUと一緒に
行く約束をしており、とりあえず下見、ということで。

ゴールドコーストHWYをひたすら南下し、約1時間で、
オーストラリア本島の最東端・バイロンベイに着く。
ふもとにはビーチが広がり、サーファー達が技を競う。

波乗り1波乗り2波乗り3






湾になっているせいか、一定のリズムで程よい波が来ており、
メローな時間の中、波乗りを楽しむ大人で賑わっていた。

バイロン灯台






その後、灯台、そして最東端の岬へ。


どこまでも広がる海を臨み、
波と戯れるイルカの群れ、

いるか






ああ、俺は確かにオーストラリアにいるんだと。


西の果て、パースから、今、こうして東の果てまで。
決して平坦ではなかったが、確かに歩んで来た道程。


残された1ヶ月。

出来るだけ心を開いて、沢山のものに触れ、
少しでも多くのものを吸収し、
いい笑顔で、「ただいま」と言えるように。

終り方キレイにしてみたものの、始まり方がアレじゃ・・・

駄目だこりゃ!!



罪滅ぼしの癒し画像
走る子供

September 04, 2007

It’s so hard to say good bye to yesterday

電話が鳴る。シドニーの夜。
「石川ちゃーん?俺、俺、プロデューサーのマツバラ!」
「あ、マツバラさん?お世話になってますぅー。」
「こないだのさ、あの子、ゆかりちゃん?いいじゃないー。」
「ありがとうございますぅー、今ね、あの子、うちのイチオシ
なんですよー、お目が高いんだからー。」
「今度さ、くりぃむのバラエティでさ、アシスタントの子
探しているんだけどさぁ、誰かいないかなーって。」
「それならゆかりを是非お願いしますよー、あの子ね、
トークも結構いけるんですよ。」
「考えとくよ。でさ、ゆかりちゃんの事、もっと知りたい
んだけど、なんかこう、セッティングできないかな?」
「いつものお店でいいですか?すぐ押さえますよ。」
「全く、石川ちゃんは仕事できるからねぇー。
その後はさ、わかってるよね、ちゃんと言っておいて。」
「大丈夫ですよ。そっちの方も言っておきますからー!」
「あちゃー、こりゃ第2の上戸彩誕生かなぁ〜?」
「ゆかりをよろしくおねがいしますね。」

こんなエロプロデューサーとプロダクション敏腕女社長の
ギロッポンなトークから始まるテルストラタイム。
(夜8時から0時まで、10分間無料なのだ!!)
電話の出だしは、いわゆる「つかみ」。
そこでつまづかないこの女、ただ者ではない。

「PIKA」こと石川はパース時代のクラスメイト。
と、言っても学校では殆ど接点が無かった二人。
彼女は大号泣の卒業式のあと、シドニーに向かった。

卒業式






友人のいない新しい土地で苦闘する石川。
同じ頃、パースでシェアハウスに移ったMASHは、
同居のコリアンにイラつく日々を送っていた。

毎日のように電話をし、10分経つ前に切り、またかける。
(なんと10分以内なら何度でも話し放題なのだ。)
そんな事を繰り返していた、あの頃。

不思議と馬の合う奴だった。
どんなに難解なギャグにも遅れずについてきた。

初めてのシェアハウス暮らしで、料理のイロハも知らぬ頃、
栄養士という目線から色々と電話アドバイスを貰った。


パースでの生活を終え、ブリスベンへと移り住んだMASH。

丁度その頃、石川もシドニーからブリスベンへやってきた。
タイミングよく、隣室のマカオガールが引っ越したため、
本当に運よく、同じシェアハウスで生活する事になった。

ブリスベン、セントラル駅のマックで久々の再会。

そして不思議な共同生活。

石川⇒飯作る。 MASH⇒サポート&食器洗い。
絶妙なバランスで毎日の食生活は充実していた。

その頃、パース時代の友人も続々ブリスベンを訪れた。

サウスバンクtatoo






ミユキが遊びに来た時は、一緒にビーチに行ったり、
CASINOへ行ったり、チャイナタウンで食事したり。
あいつの残していったメッセージカードに感動したっけ。

エアポート部屋






ユカリがパースからこっちに来たとき、
一緒にバニーちゃんの恰好をして空港まで迎えに行った。
お手製のスゴロクを作って、ユカリをもてなした(??)。
パースではありえなかった3人組で、なんだか不思議だった。

俺がHOWARDと街で偶然再会し、内緒で連れて帰ったあの日。
「今日、俺の大事な子連れて行くから。」
「え?もしかして?」
「飯も食べて行きたいらしいからよろしく頼むよ。」
「もっと早く言ってよ!何作ろうかな・・・」
そして夕暮れのシェアハウス。
「これ、俺の○○ちゃん。」
「はじめまし・・・うえぇぇぇえええ!!」
「ワタシ、○○チャンデス!!」(←HOWARD)
超サプライズの再会。
その後、まだ事情を知らないユカリもちゃっかり驚かせた。

そんなくだらない事ばかりやっていた、WEST END時代。

デッキ






夜な夜な、人がネットしているときに邪魔しに来たりして、
今だから言うけど、アレ、
ホンットにウザかったよ!

でもそんな生活も長くは続かず、オーナーの事情で退去。

俺は別のシェアハウスへ、石川はゴールドコーストへ。

せっかくみんな集まったのにまた離れ離れになってしまった。

7月に入り、俺がゴールドコーストに移ってきたとき、
ブロードビーチの石川家に1週間お世話になった。
そこではなんと同室だったが、生活のリズムも違い、
お互いに多忙だったからあまり話せなかった。
俺の歯ぎしりだけが唯一の記憶だと思う。

ゴールドコーストではあまりたくさん会えなかった。

そんな石川が8月の末にビザ切れで帰国。

帰国3日前、ブリスベンから集まる仲間達。
ユカリ、HOWARD・・・。
もう二度とみんなが一緒に会うことはないと思っていた。

親が遊びに来ていたため、少し遅れて合流。

今更、特にやることなんかない。
OKショップで買い物したり(巨泉の店ヘビーユーザーです)、
お茶を飲んだり(HOWARDはひたすら小説を読んでいた)。
ビーチを見に行ったり。

okok2






HOWARDももうすぐ台湾に帰国するらしい。

馬鹿3人






それこそ、もうこの4人が一度にこうして会うことなんか
二度とないのかもしれない。

だからこそ、
涙涙のお別れとか、カッコいい激励の言葉なんかなく、
ただ淡々と一緒にいる時間を楽しみたかった。

exile






クラスメイトとして過ごした時間。
テルストラタイムで話した時間。
同じ家で、過ごした時間。



俺達はオーストラリアでたくさんの時間を共有した。



いつも助け合い、それでいてさりげなかった。
隣にいても、遠くに離れていても、同じ距離感。
俺は男でもなく、石川は女でもなかった。
素で、人間として、向き合っていたと思う。
(それは俺達の長所であり、短所だ。色気がねえ。)

サーファーズ いす







お前がいてくれてよかった。

ありがとう。

別にいちいち言わなかったけど、メシ、うまかったぜ。
サーファーズ入り口


September 03, 2007

Hip Talking

月日が流れるのは早いですね。
みなさんお元気ですか!?僕の事忘れていませんか?
いい年こいて、兄にお小遣いを貰ってしまったMASHです。
(まもなく29になります。)
みじめな気持ちでいっぱいです・・・・

先週末、母、叔母、そして兄夫婦が私を訪ね、
はるばるゴールドコーストくんだりまでやってきました。
いや、季節も季節だし・・・、特に何もないっすよ?
ちょうど夏休みだし、こんな事がないとオーストラリア
なんて来ることないから、とのことですが。


それにしても天気。
前にNZ編、シドニー編で申し上げましたとおり、
私めは雨男でございまして、まさかとは思っていたのですが、
・・・そのまさかです!

ARASHI






雨、そして風!それも前の週末から1週間続くとは・・・

くもり






日本の記録的な暑さから雨風吹きすさぶ豪州に降り立った家族、
「なんだかすみません・・・」
豪州観光局の代わりに謝罪をさせていただきまする。


初日は軽くショッピングに出かけた後、タイ料理の店へ。
ホテル近くにある、ガイドブックにも良く出ている店だ。
こちらではタイ料理はかなりポピュラーで、金曜の夜という
事もあり、店内はドレスアップした人たちで賑わう。
メニューを見てみるもなんらイメージが沸かないため、
適当に注文。・・・・だが、それがいけなかった。
いけなかったというよりは料理全般が口に合わない。
日本であまり食べないのでどこがどう悪いのかわからないが、
タイ料理って辛いものですよね?あんなに甘いの?
要するに全般においてスウィートチリソースが大活躍。
なに食っても甘〜いテイストが口に広がって・・・
甘さに鈍感なオージー仕様なのか? である事を願う。
なんとなく消化不良のままディナー終了。


翌日、天気もだいぶ持ち直してきて一安心。
母、叔母を連れて「Harbor Town」に向かう。
ここは巨大なアウトレット施設で、一日中楽しめる。
買い物が大好きな母、叔母、目がギラつく。
ちなみに我が家族、外国に行ってもスポーツとか、
アクティビティーとかあまり興味なし。基本、買い物。
その点、今回の様な天気でもあまり問題なしといえばなし。
思い思いの買い物を済ませ、その後、ご丁寧にも別の
ショッピングセンターにも足を運び買い物三昧。
一番疲れていたのはワタシでした。

食事は何故か「一番星」(ラーメン屋)。
理由は、「他の国のものは口に合わないから」。
昨日のタイ料理の甘さが未だトラウマ。
意外と・・・というか、かなり美味しかったです・・・

夕日






(ゴールドコーストの夕景)

さて、3日目はやっとやっとの事で快晴!!
本当はゴルフでもやりたいところだったのだが、
昨日までの事もあり、「コースがグジャグジャでしょう」、
という事で断念。そうなるとやはりショッピング。
で、オーストラリア最大のショッピングセンター、
「PACIFIC FAIR」へ。ホント、買い物好きねぇ。

午後からは、パース時代の友人がサーファーズに集結する為、
家族から離れて、そちらの方に遊びに行く。
(この件の詳細は次回の日記にて)

さて3日目の夕食。
口に合わないタイ料理、ラーメンと続いた食生活。
このままで終るわけがない!終ってたまるか!
ということで、行ってきました。

「パラッツォ・ヴェルサーチ」

ベルサーチプール






ゴールドコーストで一番、オーストラリアでも最高峰の
高級ホテル。調度品やらソファーやら、みんなヴェルサーチ。

ベルサーチシャンデリア











(もう恥も外聞もない!ホテルのロビーにて。)

実は初日に見学に来て、そのままディナービュッフェを予約。
ちょっとお高いが、これといった名物料理のないこの国。
こういうスタイルが一番賢明かも知れません。

置いてある料理はどれも普段お目にかかる物より
1ランクも2ランクも上。

シーフード食べる






姉母叔母






食べたいと切望していたオイスターやらえびちゃん、
ステーキetc・・・・一つ一つの質が高い。
「やっぱりヴェルサーチだよネ。」
「雰囲気を食べているようなものサ。」
「あまりガツガツしている人って、かっこ悪いよネ。」
えびを剥いた手のやり場に困りつつ、そんな事を言い放つ。

ブリスベンのSizzlerで皿一杯に卑しく食べ物を盛り、
デザートコーナーのジェリービーンズをたっぷりと
胸ポケットに忍ばせていたあの頃の俺は、もう、いない。

こういうときに限って、ちゃっかりデザートも食し、
(普段は甘いものは食べません。)

デザート






程よい満腹感のままCASINOへ。
人生の厳しさを再確認。

翌日は実質最終日、兄夫婦は「Green Mountain」へ行き、
我々はサーファーズ周辺を散策。
ビーチを歩き、今の住処に案内。
その後、またサーファーズに戻り、食事と買い物。

サーファーズ昼






なんと無計画な旅行なのか、と思うが、なにせ
買い物をしているだけで楽しいようなので良いとしよう。
定番のOKギフトに行ってカンガルージャーキーを試食。
WoolworthでTim Tamを購入、とお土産も完璧。

その時、ゴールドコースト最大の見せ場が目の前に訪れる。

「Golden Bikini Girls」(勝手に命名)

サーファーズを彩るwild&wetな美女達だ。
一緒に写真を撮ると5膨Ъされるらしいが盗撮は無料
これまで何度となく目撃してきたが、一人歩きのサーファーズ、
さすがにカメラを構える勇気は無かった、が、今回は別。
あからさまな観光ルックの母、叔母を従える俺の目に、
もはや理性の光は残されていなかった・・・

撮影にふけるMASH、それも何食わぬ顔で撮る。
狙うはもちろんHot Hip!
なかなか難しいな、歩きながら撮るのは。
それでも仕事で培った、「さりげなく一枚」の技術が唸る!

hotohip






激写の末、すれ違うオージーの冷視線に気が付く。
「・・・お、俺、俺ってば何やっているんだろう!?」
ふと我に帰り、カメラのレンズを納める。
見苦しい姿をお見せしました。

夕食はステーキ。
なんだかこういうものしか食べるもの無いのね、この国。
そこで兄にお小遣いを頂いてしまう。
なんかすいません・・・
そりゃ、1日3砲農犬ていると聞けばくれたくもなるか。
残り2ヶ月、この国で生き抜く勇気(現金)が生まれた。

兄






(似ていない兄)

さて、最終日は朝5時に宿泊先ロビー集合。
まだ暗い中、バスで空港へと帰っていく我が家族。

みんなが来てくれたおかげで、初めてゴールドコーストを
客観的に楽しむことが出来ました。
実際に住んでいると外食もしないし、買い物もしないし。
逆に色々とお世話になりました。
楽しかったです。

でも、やはりここは観光地、長く暮らすところではないな・・
日本人でここに根付いている奴等は、こう言っちゃ何だが、
汚い商売をしている奴等ばかりだし。(見た目もドス黒い。)
俺には出来ない。

サーファーズ夜






でも「滞在」するにはいいところ。
今回は出来なかったけどゴルフとかマリンスポーツとか、
楽しみ方は色々あるのだろう。
と、言う訳でさりげなく父と叔父を誘致してみる。

「こんなパツキンギャルがあなたを待っている!!」

ゴールデンビキニ

August 21, 2007

Can’t Stop This Thing We Started

この数日、ゴールドコーストには珍しく雨、雨、雨・・・
水不足に悩むクイーンズランド州のことを考えれば、
多少の雨はむしろ喜ばしい事だ。
と、土砂降りの雨の中、バス停まで歩く。
ふと、普通に傘をさす気のない自分に気が付く。
東京は今、晴れだろうか、雨だろうか。

8月17日
学校のExcursion、日本語で言うと恥ずかしいが「遠足」で、
ブリスベンで最大のイベント「EKKA」に向かう。
さらにお恥ずかしい事に前日の夜、興奮して眠れなかった。

EKKAはなにやら「収穫祭」のようなもので、
農作物や製品のExhibitionが立ち並ぶブース、
Show bag、いわゆる福袋が並ぶブース、
遊園地のアトラクションが並ぶエリア、と、広大な敷地に
所狭しと様々なイベントが散りばめられている。
10日間に渡り開催されるため、先週、友人が訪れており、
なかなか楽しい場所だと聞かされていたのだ。

トビーミツル






(左:香港人のToby、右:日台ハーフのMitsuru)

学校ではいまいち自分を発揮していないMASH。
波風立たぬ生き方を実践している今、クラスメイトとそれ程
親しくはしておらず、そんな俺が楽しめるのか!?と。

そんな時、左サイドバックからオーバーラップしてくる音が!
QCEの朴智星こと、Kenjiが駆けつけたのだ。
心強い味方を得たMASH、EKKA会場を颯爽と歩く。

序盤は香港人Tobyの密着マークに悩まされるも、
なんとか振り切り、自由にイベントを楽しむ。
チャイニーズ訛りの英語は聞き取りづらい・・・

消防車






クイーンズランド州の消防車。なにかと出場回数が多い。
消防士が自分達の裸カレンダーを配布し、サインをしていた。
(興味を持つも、10ドルとられるらしく、諦めました・・・)

牛






牛舎の上に牛!!牛の上に牛でギュウギュウか!と。

ゲーム1ゲーム2






こんな感じの搾取系アトラクションもたくさんあり、
いたいけな少年達は社会の厳しさを覚えていくのだろう。
マ「悪どいのぅ・・・」
ケ「これ、簡単じゃねぇ?」
マ「ちょっ、おま、待てょぉ!!(キムタク風に)」
5法ΑΑΑ
ケ「ボール軽すぎやわ。」

アメリカ的






マ「亜米利加!!」
ケ「ここ濠太剌利!!」

顔出し






顔出しを見たら、一応、顔を出すのが俺のJUSTICE!

ライフセーバー






マ「Life saverの皆さんのお陰で、安心して海に入れるのぅ。」
ケ「そうじゃのぅ。感謝せにゃいけんのぅ。」

観覧車






マ「観覧車早いのぅ。」
ケ「おちおち観覧もできんのぅ。」

一通り見終わった後で、ランチをとる。
午後から一気に乗り物に乗り、Show bagを購入する予定だ。

どのアトラクションに乗るか、揉めに揉めるが、
絶叫系支持者のKenjiとホラー系支持者のMASH、
お互いの一番乗りたい乗り物ひとつずつという事で手打ち。

まずはホラー系。
ホラー系の乗り物は2つあり、悩む。
入口の豪華さでは「Haunted Mansion」(ん!?)だが、
もう一つの方が1ドルほど安いのでそちらに。(←決め方!)

ホーンテッドIT






(見よ!この恐怖の館の外観!てゆーか、その奥行き!!)

入口でまごまごしていると、二人の中国人らしき女子が
声をかけてくる。一緒に乗らないか?と。
「20法。person」(←1ドル安くなる。)
大体の予想はついていたぜ。

悪魔の椅子(仮)に座り、出発の時が近づく。
たとえそんな姿をクラスメイトに目撃されてもキニシナイ。
マ「どんなめくるめく恐怖が俺達を襲うのかな?Kenny?」
ケ「襲われねーと思うよ。」

悪魔のいす






悪魔の椅子(仮)は扉をくぐり、闇へと・・・

「WA!!」

いきなり人の驚かす声。てか、人じゃねえか!
入口にTシャツ姿のオージーが隠れており、
普通に驚かされる。お前、仕事中に笑うな。
てか、それっぽい服装くらいしろよ。

その後、2回の驚かしポイントがあり、
どちらも人の声。そりゃ、もう驚かねーわ。

要するに暗いところをガタガタの悪魔の椅子(仮)で走り、
人が、明らかに人が、「ワッ!」ってやってくる恐怖の館。
怖い、という定義を再考させられるそんな哲学の館。
妖怪を哲学した東洋大学創設者の井上円了氏監修か!!
「幽霊の 正体見たり 枯尾花」か!!

マ「なんか、その・・・すまんな。わがまま言って。」
ケ「全然怖くなかったわ。」
マ「もう二度と乗りたいなんて言わねえよ。」

Kenjiチョイスは「Bad Ass Zipper」。その名前!
これは狭っ苦しい鉄製の檻に入って、グルグル回る。
そんな単純な乗り物だ。が、降りてきた人の疲労感は
半端じゃない。

バッドアスジッパー











安全性、快適性、共に最低ランクであり、しかも長い。
顔面を柵にぶつける等、なんともやりきれない乗り物。
無事、地上に辿り着いたとき、神の存在を信じた。

絶叫の後はやはりビール、いや、ビールはいかんだろ。
それでもビール。XXXX(フォーエックスビター)。

ビア






そして最後のお楽しみShow bagパビリオンへ。
ここは古今東西のくだらないものを集めた福袋屋が並ぶ、
何気に一番期待膨らむイベントだ。
覗いてみると、あるある、くだらない福袋。

ショウバッグ






それでも掘り出し物もあり、何点か購入。
サーフィン雑誌の袋は2枚のDVDとTシャツが入っていて、
かなりお買い得だった。


一日中歩き、重いShow bagを抱え、なんとかブリスベンに
辿り着いた二人。もう動く気力もなく、スタバで休憩。
夜はいつもどおり、オーロラタワーでPARTY。
週1回のこのPARTYのために退屈な授業をこなしている。
毎度毎度、えらいお世話になってますわ。
今週は手巻き寿司。納豆最高!!

パーテー






(Kenji、シェフ、ミサミサ)

怖い人






(人より先に寝るとこういう人が現れて悪さをします。)

翌日はビリヤードやったり・・・

どくろハスラービリヤード






(謎のドクロハスラーと、熱いバトルを繰り広げる俺達)

こんな休日の過ごし方・・・・

突っ込みどころ満載でお送りしました。

EKKA

August 14, 2007

You Justify My Life

いやぁ、夏が来たんだなぁ。ええ、夏がね。
オーストラリアってぇと、日本と季節が逆だもんで、
きっと寒いよ寒いよぉ〜、なんて言っていると思って、
ところがね、違うんだ。違うんですねぇ〜、ホントに。
ブリスベンに居たときは、
「コレがこっちの冬って奴か、嫌だなぁ、寒いなぁ」って、
「早く居なくなれ冬、早く居なくなれ冬・・」って、
布団に包まりながら、唱えていたんですねぇ。
でもね、それからしばらくして、どれくらいかなぁ〜・・・
2ヶ月も経ったんでしょうかねぇ、えぇ、気が付くと、
太陽が昇ってたもんで、「ああ、もう大丈夫だ。」なんてね、
そしたら何か聞き覚えのある声が耳元で囁くんだ。
「夏だよ!夏休みだよ!遊びに行くよ・・・」って、
それ聞いた途端に意識がフゥ〜っと・・・


夏でもって、気分が盛り上がってきたってもんで、アタシね、
思わず稲川口調になっちまったんだなぁ、ええ、でもね、
「おいおいよせやぁ〜い」「いい年して馬鹿やっちゃいけないよ」
なんて言われそうで、「ウワー、まずいなぁー、いやだなー、」
って、要するに、夏なんだ。夏なんです、えぇ・・・。
あまり書くようなネタがないんですねぇ〜・・・


と、いう訳で、ゴールドコーストもだいぶ暖かくなってきて、
サーフィンやるにはもってこいの季節になりました。
相変わらず波と戯れるだけで時間は過ぎていくけど、
海に入っているだけでなんとなく幸せ。

学校にも慣れてきたし、とりあえずは順調にやっています。
暇さえあれば学校を抜け出して一人ひなたぼっこ。

ブロードウォーター






(学校近くのビーチ、奥に見えるのはシーワールド。)

毎週末はブリスベンに戻って友人宅でパーティー。
学割がきくので、割と自由に行き来してたり・・・
やっぱり気の知れた友達といるのが一番楽しいな。
しかし、
アイツら俺がゴールドコーストにいること忘れてないか?

パーチー




 

(帰国したBOBOちゃんと、箸にも棒にも掛からない面々。)

学校もあと6週間。あっという間だ・・・
卒論的なものも書かないといけないのだが、テーマ未定。
そろそろ決めないとヤバイ・・・
別にディプロマに上がるつもりもないので要らないのだが、
一応、やっておこうかな、と思っている。
語学学校通っていて、長いレポート書くことってないし。

テーマとして、「不動産」関係の話を選ぼうと思うが、
そのプレゼンも20分程度しなくてはならないため、
あまり独りよがりなテーマもどうかな・・・と。
みんなを白けさせてしまっても困るので、結局、
「東京の歴史」とかになりそうな予感・・・
テーマ募集。

クラスは、アジア人ばかりになってきたため、会話があまり
楽しくない。元々、ブリスベンにいた頃から、アジア人とは
会話が成立していなかったし。
(なんか嫌なんです。教科書みたいな会話。)
ブラジル、コロンビア、東ヨーロッパ系のラフな会話が
今の自分には必要だ。 
ブリスベンにいるガイジンの友達を訪ねて回ろうかと、
密かに計画中。



と、まぁ、色々有りそうで無さそうなこんな生活。


10月の末にはビザも切れるし、日本に帰国します。
その先の予定は今のところわからないけど、
多分、外国で生活するのはコレが最後でしょう。


勉強もそれなりにしてきた。
遊びもしてきた。
残された時間、どうやって過ごしていこうか?
もうそんな事を考える時期になって来てしまった。


でも考えても仕方ないので、
目の前の課題をしっかりとこなして、
家の前の海にちょくちょく入って、
楽しいお誘いがあれば遊びに行く。


シンプル・イズ・ベスト


ここに来ている、
それだけでやりたいことの殆どはやっている。
あとは悔いを残さないように毎日を楽しむ。



なんといっても、夏だしね。

もくもくわんこbbq ブロードウォータ

July 31, 2007

Going Where The Wind Blows

The North Swell
北のうねり


太平洋のどこかで発生した低気圧は、大きなうねりを生み、
幾多の海流、屈折を越え、その長い旅を終える。
波はその旅の意義などを考えたりはしない。
ただ無心に岸を目指し、地形に任せ、風に任せ、
やがてブレイクの瞬間を迎える。

朝焼け







7月25日(水) 天気:快晴

この日、一人の日本人が波打ち際で打ちのめされていた。
そうです、それ・・・・俺です!


サーフボードが出来たんですってねぇ〜。

あら、お聞きになりましたの?

どんなボードかって?

バルコニー











Board Yoshi (GOLD COAST)
Wetsuits Holly(IBARAKI)

これもゴールドコーストという土地柄か、クラスメイトに
シェイパー(ボード職人)がいて、安価にてオーダー。
日本の1/3の価格でGET WET!

shaper











(シェイパーのヨシさん。もう6年くらいこちらにいる。)


そして運命のオーストラリア初サーフィンを迎えた訳で・・

当日、波はいつも通り(高い・・・)、丹念にwax upし、
ストレッチ、そして、水着ギャルをチェック。
冬とはいえ、やはり日中はかなり日差しが強く、
海水浴を楽しむ人々もチラホラ見受けられる。


波が落ち着いた頃合いを見計らって、静かな着水式。
一人で海に入るのは初めてだ。
思ったよりも水は温かい。そして透き通っている。

小波を乗り越え、ある程度の深みに達したところで、
ボードを海面に横たえ、ゆっくりとパドルを開始。


1かき、2かき、3かき・・・・もう・・・限界です


そういえば最後にサーフィンやったのって1年以上前、
そしてその前はさらにその1年前。つまりほぼ2年ぶり。

「サーフィンはそんなに甘くないっぺさ。」

いいボード、いい波があればサーフィンは出来る。
でも当たり前のことながら、波に乗るためには、
必死にパドルアウトし、波を待ち、その間もバランスを
取りながら、やっと来た波に合わせて鬼パドル。
それをこなすのは自分の体ひとつな訳で、
ちょっと足を上げただけで筋を違えて、
ちょっと走っただけで息が上がるこの体。

「オイ、俺。俺はもう16や17じゃぁ、ないんだぜ!?」

それでもようやっとの事で沖に出る。
この時点でバテバテ。腕も上がらない。
体を休めようと、しばらく不恰好な波待ちをする。
打ち寄せる波に簡単に流され、ひっくり返され、
鼻水を流しながら、うねりの来る方向を見据える。


本当に綺麗な海だ。
いつ見てもそう思う。
この海に憧れ、目指し、そして、今、ここにいる。
神様の掌の中で、ゆっくりと時間を刻んでいる。
誰かと競う事もない。
すべてが自然を基準に動いている。



沖に出ながらもなかなか波にトライしないですねぇ。
いい位置にいるのに。
これ、明らかな遅延行為ですよ。
ビビッてるんですねー。完全に。わかりますよ。
物思いにふけった雰囲気を出しながら、逃げてるんです
解説:松木安太郎(元ヴェルディ川崎監督)

「ちっ!バレたか・・・」
なんとなく松木さんの解説が「言い得て妙」な感じがし、
渋々、パドルを開始する。
それ、俺の人生の事を皮肉っているんですかね?

ブレイクしそうな波を見つけ、タイミングを合わせる。
嗚呼、辛い・・・・。
足先に波の感触、と共に鬼パドル開始。
来た来たーーーーっ!
ボードが一瞬にして持ち上げられ、
体が覚えているこのタイミングで!
海に突き刺さる俺。

「当たり前だろ。」

波打ち際に逃げ帰り、途方に暮れる。
何故か体育座り。
「こりゃぁ〜、時間がかかるぜ。」
ハードボイルド風に弱気な発言。

温かくて美しいゴールドコーストの海は、
どこまでも厳しく俺を迎えてくれた。
これがサーフィン初日。
筋トレの必要性、継続して海に入る必要性を思う俺。


「サーファーとして生きる」


そのために今、自分が出来る事はなにか?



「とりあえず・・・日焼けでもしてみるか・・・」

海10海11海13


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