mattsun00

まつんのブログ

1986年生まれの若者が、いつか産まれるこどもに対し、父親の生き様を伝えるためのブログです。

11 Feb

始末に困る人とは

ここ数ヶ月間仕込み続けている、某プロジェクト。動き始めれば10年続く事業に。
流れがき始めている。あと大きな壁を2つ乗り越えることができれば、具体的に事が動き出すかな。

 2010_12_28_01 
 
課題は山積みだが、この企画の実現に向けて、本当に素晴らしいメンバーが集まり始めている。

このチームの東京側のまとめ役として動いてくださっている、某CSRコンサルティング会社で所長を努めている50代のおじさま。僕のような生意気な若者にも寛容に接して下さる、本当に心の広い形。20代の若者と50代のベテランが、常にスカイプのオンラインチャット等で状況シェアしては、スカイプ通話で議論する。 面白い時代になったものです。 

さて、本題。今日この方が教えて頂いた言葉。

--------------------------------------------------------------------------------------------------

西郷隆盛 : 

命もいらず名もいらず
官位も金もいらぬ人は
始末に困るもの也。

この始末に困る人ならでは
苦難を共にして国家の大業はなし得られぬなり。

--------------------------------------------------------------------------------------------------

この言葉を頂き、思い出した言葉が。

「無私の野心」
(Stay Passionate:NPO法人クロスフィールズ代表 小沼大地さんのブログ
http://girgis.blog93.fc2.com/blog-entry-89.html より)


命は欲しい、
名は欲しくない、
官位もいらないけど、
家族を幸せにする位のお金は欲しい

無私とかいうと、私自身はとてもエゴイスティック。
野心があるかというと、今まではできることからのみ発想していた。しかし、この発想はやめた。必要だと思うことを必要だと言い続けたいし、実力不足でできないかも、と言われても関係ない。

日々勉強です。

8 Feb

何事も why が大切だよ、とね

「何事もwhyが大切だよ」と。

437


「 あなたは、なぜいまここにいるの? 」
「 なぜ、これをやっているのか? 」

自分自身に問いかけたとき、
自分でも不思議なほど、自然と答えが湧き出てきます。

目の前にたくさんの壁が現れても
行うべきことが明確だから頑張れる。

今日、実力がないくせに調子にのるな、的なことをメンター的な方に言われた。
それが結局、人に迷惑をかけることになりうる、とのメッセージ。

仰る通りです。

ぼくはばかものです。
ぼくはわかものです。
ぼくはよそものです。

でも、頑張りたい。

難しいよ、無理だよ、と言われても
町内の方を中心に、町外の皆さんのお力もお借りし、みなでひとつのことを達成していく。

僕が惚れている亘理町の事業者さんの10年以上積み重ねてきた想いから始まったプロジェクト。
気付けば素晴らしいメンバーが出来始めている。

本気でこのプロジェクトを実現したい、と思っているメンバーが集まる。
一人目のフォロワー」という立ち位置の私としては、非常に嬉しいこと。

今日もみちのく仕事の先週のイベントで知り合った方と打ち合わせを実施。
今まで課題だった部分に関して、必要な知識と実績をお持ちの方。
素晴らしいフィードバックを頂き、次のアクションも明確になった。

ひとつずつ、ひとつずつ、実現に向けてのピースが揃い始めていると思う。
課題は山積みだけども、でも少しずつ、少しずつ、確実に前に進んでいる。

みんなで夢を見ようよ。

2 Feb

覚悟とか責任とか腹括るとかコミットメントとか

1月29日(日)、仙台のとある密室にてなんとも怪しい会が開催された。仙台駅から徒歩15分。人知れずたたずむ会議室。壁にはおおきな花の絵が書いてある。参加者は14名。その場では沈黙が1分近く続いたり、目をつぶっている人もいる。しかし、静かに、静かに、ひとりひとりが心の声と向き合いながらも、他の人の声に耳を傾けている。

その名も、「SEN DIALOGUE」

復興支援に関わっている仲間たちが集まり、月1回集まっている場。非常に居心地がよく、いつも何かしらおもしろいことがおこるので、僕は1回目から参加している。 自由に参加できる会なので、興味ある方はご連絡下さいませ。主催者がFacebook group を準備してくださっているのでそちらに招待いたします(多分)。
ここで先日の会での内容について整理してみる。

■ 志とか覚悟とか責任とか腹括るとかコミットメントとか

周りを見渡すとこの人には勝てないよなー、と思わされるぶっとんだ人がいる。
 ・ 野球等に文字通り命をかけて、何十年も練習を続けている人
・ 学生運動のときから、今まで何十年も社会運動を続けている人
 ...etc 

どうしてこの人達は「志」がぶれず、継続して努力し続けられるのだろう?ただこういった人は周りから見てぶれていないだけで、実際は葛藤の中で進んでいることがほとんど。しかし、情熱を失わず、諦めず続けていることも事実。
 
こういう人って、
・ 覚悟がすごい
・ 責任感が強い
・ 志を持っている
・ コミットメントが強い
・ 腹くくってる
・ 志が高い
等表現される(日本語に不安が、、)。

ただ、このあたりの言葉が曖昧に使われすぎていて、結局何を言っているのかがわからなくなった。そこで自分なりに整理してみた。

■ 志とは?

志とは、「士」と「心」で成り立っている。そこで、一見すると、「士(武士)が持っている心」という意味で「武士道」のようなものをイメージする。しかし、語源由来辞典によると違うようだ。「こころざす」の語源は、「心指す」。「心がある方向を目指す」、という意味。漢字の「志」の志印は、「進み行く足」の形が変形したもので、「之(いく)」と同じだそう。

■ 覚悟とか、責任とか、コミットメントとか

これらは、「何か」を実施する際の「約束」として定義付けられるのではないか?下記は離島時代の上司から頂いた言葉。

-----------------------------------------------------------------------------------------------
自分で自分の人生を切り拓くためには、
「覚悟」と「責任」が大切になってくる。
・ 覚悟とは、自分に対する約束事
・ 責任とは、他者に対する約束事
-----------------------------------------------------------------------------------------------

なるほどな、と。結局、決めたことをやる、それだけなんだな。その決め事ってのが「志」なんかね。

あと一つ整理しきれていないのが、コミットメントの概念。コミットメント(Commitment)の言葉の語源は、「Com = すべて」を「 mittere = 送る 」だそうで、ここからゆだねること・委託・委任という意味が出てきたそう。宗教的ない見で、神様に誓う、みたいな意味もあるみたい。だから、コミットメントとは、ざくっと、他者に対する約束事、と近いと思う。ただし、宗教的な意味を鑑みると、ちょっと違ってくるのかな?

ここがいまいちわからん。詳しい方、教えてください。 
 
と言葉を自分の中で整理しようとしたが、結局言葉に囚われてもしょうがない。 言葉にとらわれないように、言葉の定義付けをした、という感じ。
26 Jan

茫然自失な出会い

1854_kurofune

1854年黒船来航 wikipediaより 

今日は夕方で仕事を切り上げ、夜は先週から見始めた大河ドラマ「龍馬伝」を観賞。司馬遼太郎の原作「竜馬がゆく」は僕にとって海士町移住を決定づけた本なのでこのドラマも前から見たかったのである。 

第5話での出来事。
坂本龍馬は、土佐藩を出て江戸に向かい、「剣を極める」ために千葉道場で稽古を積んでいた。ここでアメリカからやってきた黒船。龍馬は、想像を越えたできさの黒船を見て、「剣」では到底勝てないことを悟る。そして「剣を極めること」の意義がわからなくなり、目の前の稽古にも熱中できなくなってしまう。

このシーンをみてふと思い浮かんだ言葉。

■ 茫然自失 

茫然自失とは、「あっけにとられて、我を忘れてしまうさま。(デジタル大和泉より)」だそうだ。茫然自失になる場合は色々あるのだろうが、僕も下記状態になったことが3回ある。

・ 今まで信じていたものが根底から揺るがされる
・ 寝ても覚めても数カ月間はそのことばかり考えてしまう
・ どうしていいか分からず、ただずーっと考え続ける

■ 私が茫然自失になったとき

 1.Newton 「ゼロから始める宇宙」との出会い

忘れもしない高校2年生の夏、たまたま図書室で目に入った赤い雑誌。科学ジャーナル Newton。タイトルは確か「ゼロからはじまる宇宙」。

・ 宇宙はゼロからはじまった?
・ 宇宙は拡大している?
・ 宇宙には果てがない?
...etc

意味の分からないことの羅列で僕の頭は混乱するとともに、この意味不明さに完全に魅了されていた。この後、ひたすら宇宙論に関する本を買い集め数ヶ月間はむさぼるように読んでいた。全く理解できていなかったと思うが。。今考えると、完全にくるってたと思う。

2.韓国人の親友との出会い

18歳のときにカナダトロントに6週間滞在した。人生初、日本語の喋れない外国人の親友ができた。韓国人だった。僕が日本帰国目前にして、この韓国人から言われた言葉がその後半年間くらい頭から離れなかった。

「おれはお前のことが好きだよ。でもね、おれを含めたお前の知っている韓国人はみんな日本が好きじゃない。いや、正直憎んでさえいるんだ。」

衝撃だった。当時、上の世代は戦争を体験しているからやむをえないが、僕たち世代がお互いのことを認め合わなければ、更に数十年間は隣の国でありながら憎み合い続けるのに何で?、、と思った。

3.イラン人とアメリカ人のハーフの親友ができて

彼は元イスラム教徒。しかし、現在無神論者。理由は9.11.僕が中学2年生くらいのときに起きた9.11.当時はこのテロの深い意味が理解できていなかった。「宗教」は、高校の倫理の授業で習ったが、当日の僕にとってはただの「言葉」でしかなかった。この「宗教」が原因で、深い、深い、葛藤や悩みを抱えている人がいるとは全くわかっていなかった。

■ 最近、茫然自失な経験はあったか?


僕は上記3つの出来事によって、高校・大学生活が規定されたな、と思う。その位大きな出来事だった。今まで信じていたことが根底から覆される感じ。全く新しい何かに触れた感じ。龍馬伝を見て思った。 同じ出来事が起きたとしても、人によって反応が全く違う。黒船が来航しても、受け入れることができる人、否定する人、ただただ茫然自失とする人。

いい悪いは別にして、僕はこういった体験や感性を大切にしたいと思う。しかし、ここ数年、呆然自失する出会いがない気がする(東日本大震災は、何か上の出来事とは質が違う気がしている。全く新しい価値観との出会い、ではない)。

・自分自身の心が固くなっているのではないだろうか?
・心地よい空間に自分の身を置いているのではだろうか?
・新しい環境に飛び込む勇気がなくなっているのではないか?

目の前の事象に驚き続ける好奇心と、常に現在の自分を否定し変化し続ける向上心、これが足りない。
20才でも25才でも50才でも70才でも、ずーっと、好奇心と向上心を持ち続けよう。
人生は長い。いかに「継続して」好奇心と向上心を持てるかが勝負だ。





3 Jan

2011年を振り返る

新年あけましておめでとうございます。宮城県白石市の実家より松島です。

今年の年始年末は、今までで最も新年らしさを感じない年始年末でした。大晦日も、近所のマクドナルドでずっと仕事しておりました。新年があけても私は初詣にもいかず、家族と外食をした程度です。

■ 2011年を振り返る。

1.connecting the dots

昨年は、apple 創業者のスティーブ・ジョブズがなくなりましたね。彼の商品発表時のプレゼンテーションの中でも、僕は iphone の商品発表のプレゼンテーションが大好きでした。彼の、スタンフォード大学での講演より: 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

Again, you can't connect the dots looking forward. 
You can only connect them looking backwards, 
so you have to trust that the dots will somehow connect in your future.   

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 

この言葉の意味を、深く、深く実感した年でした。2011年3月11日に東日本大震災が勃発。震災当日に海士町を出て翌日には東京で待機。3月19日に宮城県入りして以来現場で動き続けました。初めの2ヶ月程度はボランティアとして現地に滞在し、その後は、仕事で東北に関わっております。

・ まちづくり、に全く興味ない中で、まちづくり会社(株)巡の環で丁稚奉公したこと
・ 地域ファンを作ることにおいて全国的に有数のノウハウを有する、島根県隠岐郡海士町に移住したこと
・ 2011年1月に会社の有給と正月休みで車の免許を取得したこと 
 ...etc 

今振り返ると、挫折ばかりのここ数年間は、震災復興に関わるための準備期間だったのではと思うほどです。もう一度。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 

Again, you can't connect the dots looking forward. 
You can only connect them looking backwards, 
so you have to trust that the dots will somehow connect in your future.   
 
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 
 
2.数多くの新しいことに挑戦し、多くの失敗を積み重ねた年

震災以後、本当に色々なことがありました。辛くて辛くてしょうがないこともたくさんありました。周りの方から、「松島が倒れるのでは?」と心配されることも多かったです。

僕は物事を真正面から受け止めてしまうことが多く、辛い時にうまくいなすことができませんでした。「しなやかな強さ」を身につけることが今後のテーマです。また、僕は世間的には社会人2年目の若造。はっきりいって武器など何も持っていませんでした。

東日本大震災で起きたことの多くは、国民みなにとって初めてのことばかり。

僕は本当に多くの挑戦をしました。
見切り発射もたくさんしました。
 
その分、多くの失敗をしました。
たくさんの人に迷惑をかけました。

■ これから大切にしていきたいこと

「1日1日を大切に、そのとき大切にしたいことを、大切にしたい人を、大切にする」 

僕の親父は、僕が1歳半のときに、27才の若さで末期ガンでなくなっています。 僕は25才ですから、父が亡くなった年まで、あとわずか2年。「いつ、何が起こるかわからない」この当たり前のことを思い出させてくれた東日本大震災。

2012年に自分が大切にしたい行動指針について。

0.大切にしたい人を大切にすることから

普段仕事のことばかり考えていますが、大切にしたい人を大切にする。これからしか、始まらないんだろうなーと。なかなか、難しいですがね。仕事はもちろん頑張りますが、プライベートな時間も大切にしようと思います。

1.声を聴くこと

この重要性を僕に教えてくれたのは、友廣(@tomohy)さん。人の声が聴けているか否かは、簡単にわかります。自分の話ばっかりをする人は人の声を聞いていません。マクロな数字・震災復興・地域活性化・教育改革・地域と都会の格差...etc 、といった言葉を好みます。

僕もこの癖がありました。ただ、「その町の将来に責任を持つのはそこの地域に住む人」であって、その地域にすまない人はその地域の未来への当事者にはなりえません。だから、外野が勝手にあーだこーだいってもあまり意味ないです。まずは住人の声を聴く、これから始めないといけないと思います。

あと、2時間も3時間も続く地域のおじちゃん・おばちゃんの話を本当に楽しい、と思うことも大事です。聞いたふりをしたり、つまらないけど聴かなきゃ、と思っているようだと相手も気づきます。人生の先輩方をなめたらいけません、若者の浅はかな考えなんて全てお見通しです。

2.自分の頭で考え抜き、決断し、行動すること

3.11以降に起きた一連の事態が、今まで自分が信じていた、
 ・ この世界のどこかにいる「専門家」が全ての答えを持っている
 ・ その「専門家」がどうすべきか教えてくれる
ということを良い意味で否定してくれました。

原発で起きてることなんてまさにそう。1000年に1度の津波と言われる中、現場にいると誰も答えをもっていないことがよくわかります。震災後に自分が何をすべきか色々な人に相談したけど、結局第3者の意見がよかったことは殆ど無い。実際に物事が進むのは、現地にいる方たちとの話で湧き出てきた仮説を外部の人にぶつけてブラッシュアップしていくとき。
つまり、大前提として自分たちの頭で考えなければいけない。他人に頼ってはいけない。頼っても誰も答えを持っていないのだから。

余談だけど、きっと国がなんとかしてくれるとか、誰かが何とかしてくれる、という思考がいかにあほらしいかを学んだ。気付いた人が、気付いたところから行動していく。小さい行動を着実に積み重ねる。こういう動きがあらゆるところで勃発する。これしかないんじゃないかな。魔法なんて存在しないよ。

誰かが答えを持ってる、なんて幻想は捨てたほうがいいね。自分で考えるしかないから。 

3.信念を持って、誠実に続けること

自分が大切で必要だと思うことを、皆が大切だと思ってくれるわけではない。正直、僕の周りから人がいなくなっていった時期もあった。僕はたくさんの人にも迷惑をかけた。結局、ひとりになっても、信念をもって、誠実に続けること、これしかないのだと実感する。ひとりぼっちになって辛い時期もあったけど、今は同じ目標に向かってコミットする、心底尊敬できる仲間達に出会えた。

4.自分が楽しむこと

・ 現地にいる皆様へ
 
僕は周りを燃やし尽くす傾向がある。一見、人との関わり方はソフトだから、優しそうな人、という印象を抱かれる場合も多いが、実際はそんなことない。超頑固だし、自分が納得しないと身体が全く動かない。また、震災から数ヶ月は、あまり寝ていなかったように思う。仕事99.9。プライベート0.1だった。このスピード感だったりを周りの人達にも要求してしまった。これで、現地に来る人達は疲れ果てることが多かった。それで去っていった人もたくさんいた。ボランティアでゆったり関わりたい方々に、自分勝手に重いものを要求してしまった。

・ 遠くから見守ってくださっている皆様へ
 
一方、常に現場には入れない方々に、プロボノとして大変お世話になった。僕は、これらの方々に、何度も何度もお叱りを受けた。現場遅いよ、なぜやってくれないの?、連絡遅いよ、と。
期待値の調整をすることができず、やるといったことができず、支援者の皆様に迷惑をかけた。これも1度や2度ではない。できないことはできない、と伝えることの重要性を学んだ。
( 僕の同世代の友人に、震災後現地コーディネーターとして動いていた方が周りの期待値ばかりが大きくなった一方、期待に押しつぶされ、心が折れてしまった人がいます。 )

僕も何度も何度も心が折れそうになった。そして、心が折れそうなときって、傍から見て楽しそうじゃない。悲壮感漂ってる。周りにも辛く当たるし。だから、周りの仲間が更に離れていく。こんなことが続いた時期もあった。

しかし、大変でも自分がまずは楽しむ。自己満足と言われようが、まずは楽しむこと。これを重要視してから、ご一緒できる方々が変わった。人は楽しそうなところに集まるんですね。

5.可能性を信じ切ること

僕は昨年こんなことをつぶやいた。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 

「ないものに目を向けてたら一生何もできないよ。
きっと、あるものに目を向け、その可能性にかけることのできる人だけが、
新しい未来を産み出すことができるのだと思う。」

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------  

■ 今後の復興に関して思うこと

1.あと数年で終わる復興バブル、バブルで終わらせてはいけない

多くの地域は、観光客減や生産量減で厳しい戦いに直面しているが、一部の地域は震災前よりも賑わっているらしい。

僕がずっと現地に入っている宮城県亘理町。町役場の予算は、年間100億円程度。しかし、東日本大震災による被害額は3000億円を超える。復興にも向こう10年で2000億円以上はかかるだろう。
国や民間から大量の資金が今後東北に注入される。この後、東北はどうなるか?震災前に戻るだけだろうか?いや、国民の皆さんの税金で復旧・復興するわけで、ただ元に戻るだけではいけない。
 
では、何を残せるのか?僕は、「人」と「人と人のつながり」と「仕組み」の3つだと思っている。

・ 第1に、「人」について
僕が代表を務める、ふらっとーほくにはこだわりがある。それは、宮城県亘理町を主たる活動エリアとしつつ、現地コミットメンバーを宮城県南部出身者で固めることである。
ひとりは、宮城県蔵王町在住の男性。自分の町のことが好きで好きでしょうがない、自分の生まれ育った町が魅力的になり、若者が集まる町にしたい、と思っている子。
もう一人は、山元町出身で、北海道の大学を休学中の男性。身近につらいおもいしたひとも、この子自身もつらい思いをしたのだが、いまは自分になにかできることはないか?ということで、僕達のチームに入って動いてもらってる。

これら、宮城県南部の将来を担うであろう人達を育成すること、これも大事な仕事。 
僕達が動くことで、「何かしなくてはと思うが、個人にできることなどない、と一歩を踏み出す勇気が出ない人々」、に対して動くきっかけを提供することもできる。

・ 第2に、「人と人のつながり」について
震災によって、震災前はありえなかったようなコラボレーションが起きている。「1回町に来る人を10000人見つける、ではなく、100回町に来る人を100人見つける」、これが復興の初めのフェーズでは非常に重要。たくさん人がきても、観光施設はなくなったし、観光プログラムもなくなった。復旧するまではお客様の受け皿がないのだ。

・ 第3に、「仕組み」について。
最近、studioLの山崎亮さんが書かれた「コミュニティデザイン」という本が有名だが、コミュニティが続くための仕組みづくりが非常に重要だと思っている。これに現在進行形で取り組んでいるのだが、正直どうなるかまだわからない。

2.民間が担うべき分野とは何か?キーワードはプロセスツーリズム

官から民へ、というフレーズをよく聞くが、今回の震災で、逆に行政や政治でしか解決できない問題がたくさんあることを実感した。がれき撤去も、遺体の捜索も、家屋の撤去も、防潮堤の整備も、民間では解決できない。

一方、民間が担える分野もたくさんある。特に僕達は、ハード事業におけるソフト面を担いたいと思っている。今後、防潮堤にしても、防災林にしても、ハード面は行政が主体となって進めるが、そこに魂を込めるソフト面の担い手が不足している。キーワードは、「プロセスツーリズム」。これについてはそのうち別途記事を書こうと思う。

3.被災地に被災者がいるからここにいるんじゃない。惚れてる人がいるから東北にいるんだ。

初めの頃は、被災者の皆様が「かわいそう」という感覚で動いていた。僕の高校の同級生が警察官をしていたのだが、沿岸部の警備中に津波に流されたのだ。同級生からメールが流れてきた時、本当に辛かったよ。私の叔母のイチゴ農家も被災して、いちご畑全部流されたし。

現地に長くいると、「被災者」と呼ばれる皆さんとの関係性が変わってくる。
僕が「支援する側」から「支援される側」、言い換えると僕が地域の皆さんに活かされてる感覚を持つことが多い。何か辛い時に、亘理町のオバチャンたちの家に転がり込む。で、悩み相談して、ゆったり聞いてもらって気持ちを落ち着かせる。また、今後の展開でリスクをとるべきか迷っているときに、「やるしかないだろ」と共にリスクを負って下さる、僕の大好きな事業者さん。

僕は、みなさんに惚れてるから、大好きだから、だから宮城県で頑張ります。
頂いた恩を返せるように、頑張りたいです。

4.一緒に未来を作りたい人と、未来を作ること

以前、僕はこんなブログを書いた。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 

僕にとって最高にcreative で、最高にexciting なこと
 

ここでね、この方になぜこいつはこんなに頑張るんだ?と思われたのかこんな質問をされた。
「何でそんなにがんばれるの?何が楽しいの?」
僕の回答はこちら。
「一緒に未来を作りたい人と未来を作っていけることです」
自然とこの言葉が出た。この環境こそが僕にとって最高にcreative で、最高に exciting なこと。
お金はまだ全然稼げていないけど、少なくとも最高に楽しい環境で仕事できてるなって思う。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 

僕は、ある夫妻に惚れており、この方々とプロジェクトをご一緒しております。
なぜ、僕がこのプロジェクトへコミットすることにしたか?

  「夫妻が被災者だから」コミットしたわけではないです。
  「夫妻に惚れてるから。一緒に夢を見て、実現したいと思うから」コミットしているということです。
 
追記 : ちゃんと稼げるようになりたい。家族を幸せにできるだけの収入を早く稼げるようになりたいなー。
大切な人を大切にできるように、きちんと稼げるようになりたいし、子供たちにも色々なチャンスを与えることのできるだけの稼ぎを得たい。


20 Nov

1人目のフォロワーとして

久しぶりのブログ更新。先日とった、魔方陣ぐるぐるな写真(記事とは全く関係ございません 笑)。

060


震災から8ヶ月が経過しました。ふと今までのことを振り返り、自分自身の役割/スタンスについて思い巡らしていたら、ある言葉が思い浮かびました。今回はその内容をシェアしようと思う。

■ 私個人の経験から : 1人目のフォロワーとして

1." 変わり者 "との出会い

震災後に複数のプロジェクトの立ち上げを様々な方とご一緒する機会に恵まれました。
ここで、僕がご一緒する前に、プロジェクト発起人の皆さんがある共通の悩みを抱えていらしたことに気づきました。

Example 
・周りの人に立ち上げたいプロジェクトのことを話しても、誰も理解してくれない。みんな無理だよ、とかいう。
・もしくは、「うん、それすごくいい!」というけど、誰も具体的に動いてくれなかった。
・考えていることをそのまま話すと、変人扱いされる。

僕は尊敬すべき " 変わり者 " な皆様が大好きです。出会えた瞬間、最高に幸せな気分になります。何か新しいものが動きそうな気がするからです。僕はこういった方の話が刺激的で大好きなのだけれども、話を聞くだけじゃ満足できず、具体的にプロジェクトをご一緒させて頂くことが多いです。

2.1人目のフォロワーとしての役割

僕が大好きな" 変わり者 " と出会った後、プロジェクトを形にするために次のようなことを行う。
・まずは、小さく始めてしまう。
・2人目、3人目のフォロワーを見つけてくる
・後から入ってきたフォロワーの方が、次々と新しいフォロワーを見つけてくる
・そして、プロジェクトが大きくなり始めてたら僕はそっと離れていく 

今までは、中々新しいアイディアに対する理解者が現れず、苦しまれていた方々が、
僕達のような地域でしがらみのないよそものと出会い、1人目の理解者であり、仲間を獲得する。
この瞬間、志を持っていた "1個人 " が、" リーダー "になる。そして僕達は1人目のフォロワーとしてこの方々の想いを形にすべく全力を尽くす。

これがふらっとーほくとしてやってきたことでもある。
こんなプロセスを僕は描いてきたなーと思ったら、ふとある動画を思い出した。鳩山元首相が「裸踊り」と表現した有名な動画だ。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------


・最初にリーダーは勇気をもって立ち上がり嘲笑される
・最初のフォロワー(追随者)が現れる
・リーダーが対等にフォロワーを扱う
・最初のフォロワーの存在が一人の馬鹿をリーダーへと変える
・二人目のフォロワーが現れる。3人になり気付けば集団に。
・新たなフォロワーは、「リーダー」ではなく、「フォロワー」を真似る。
・臨界点(tipping point)に達し、moement になる。
・本当に運動を起こそうと思うなら、ついていく勇気を持ち、他の人達にもその方法を示すこと

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------

3.そしてこれから自分に必要とされている変化:0から1へ、1から1へ、2から10へ

僕は 0.1 を 0.5 にするのは得意だと思う。
ただし、0.1を1にする、もっというと1を10にすることは非常に苦手である。

始めプロジェクトをずっとご一緒させて頂いていた @shinjon さんの言葉が忘れられない。
「プロジェクトを立ち上げた時の喜びと、プロジェクトが自分の手を離れ始め一気に広がっていったときの喜びは別物だよ」

この喜びを感じるまで諦めずに続けたい、そんなことを思う、亘理駅から徒歩5分の新居にて。
 
次の記事は、
「震災で開いた扉が閉じ始めている、という人がいるが...」 
をテーマにしようと思う。今回の続編です。こうご期待。
4 Oct

地域プロデューサーを目指して

最近、地域コーディネーターから地域プロデュースへの道が、
今後自分自身が復興に関わる際に歩んでいく道だな、と思っております。

ここで先日加藤さん(@tetsuo_kato)からフィードバックを頂きました。
これが的を得すぎていまして、地域プロデューサーを目指す皆さんに是非共有したい内容でもあります。
この内容を、120%誇張して(笑)お届けいたします。

1.パンツ脱げるの?
もっと腹わって人と向き合わないと、人の魅力なんて引き出せないよ。
あんた自身が裸になっていないのだから、と。

2.あなた、地域に資源ない、って言い切っちゃうけど
これは見つけることができないだけ。もう半年以上いるんだからたくさん出会ってるはずだよ。
情報編集力があれば、違った視点であなたが見てきたものを、魅力的に見せることができるはずだよ。

3.地域プロデューサーとして活躍している人(株式会社明天の貝沼さん等)とあなたの違いは主語
あなたは主語が「自分」。
他の人は主語が「地域の人」、もしくは「地域」。
半年くらいで主語を地域にすることが怖いのかもだけど、もう半年以上いるのだから、地域の代弁者たれ。

4.地域プロデューサーのビジネスの根幹は、地域との関係性。
これありき。作業なんて他の人に任せたらいい。
もっと人の話きいたほうがいいよ。

5.コミットメントの質の問題。
あなたには可能性をすごく感じているし、少しのことで大きく化ける可能性もある。
能力的に不足してるとも思えない。だから人を紹介する。しかし、お金を出すことはできない。
理由は「コミットメントの質」。
あなたは、「期間:3年間」でコミットを区切っている。これは「結果」にコミットしていない。
ある復興支援に関わっている方は、今抱えているプロジェクトを完璧にしたら出る、と公言してるよ。
これは意思決定の問題。決めの問題だね。

以上、ぐうの音も出ない5つの視点でしたー。
地域プロデューサー目指す方は気をつけてくださいね。



1 Oct

【告知】10/22(土)【AMA×WATARIカフェ@東京】開催決定!!

10月22日、東京の田町で下記イベントを行います。

「震災復興(宮城県亘理郡亘理町) × 財政危機からの脱却(島根県隠岐郡海士町)」
というキーワードにピンと来る方はご参加下さい!

ここで一つ昔話を。

海士町の魅力は今まで色々語ってきたので、今回は亘理町について。

僕がなぜ「震災後亘理町にコミットしているか?」。

以前こんなブログを書きました。

僕にとって最高にcreative で、最高にexciting なこと。


亘理町に、僕が惚れている方がいます。
器が大きくて、危機の中でも笑顔を忘れずに行動されている方。
僕が亘理で活動したい、と思った理由の一つはこの方がいたから。
本当に素晴らしい方。

この「惚れてる方」。
亘理町で生まれ育ち、震災後亘理町ボランティアセンターセンター長という重責を担った、佐藤寛子さん。

亘理町のボランティアセンターは、8月初旬のセンター閉鎖まで、
人口35,000人の町に延べ30,000人以上のボランティアを集めました。

受付をする地元のお母様方、
運転ボランティアをする地元のおじさま方、
そして県内外からいらっしゃるボランティアの皆様、
ときには地元商店街の方がボランティアさん向けに無料で炊き出しを行なっていたり。

関わる方みんなが笑顔になるコミュニティーとしての役割も果たした亘理町ボラセン。

私はひとりでも多くの方に亘理町ボラセンの取り組みと佐藤寛子さん、そして亘理町の魅力について
知っていただきいと思っています。

この佐藤さんと海士町のキーパーソンを東京にお連れし、下記イベントを実施いたします。
お時間ある方は顔出して下さいませー。

詳細はこちらから!

http://megurinowa.jp/news/2011/09/1022amawatari.html

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
転送歓迎

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2011.10.22(土)開催!!╋
  
         AMA × WATARI カフェ @ 東京 
          ー 危機を乗り越え新しい未来の姿を見出すー

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋

◯ 財政再建団体へ転落!?大胆な行財政改革、産業振興、定住促進で危機を乗り切る。
ヒトづくり、モノづくりで島独自の幸福の形を目指す島、「島根県隠岐郡海士(あま)町」

平成11年から行われた平成の大合併。海士町は「自分たちの島は自分た ちで守る」ことを
決意し、単独町制の道を歩みました。しかし現実は厳しく、基金は年々減るばかりか公共事業
も減少の一途を辿るなか、島の存続をかけた数々の取り組みがなされました。
種々の新規事業が立ち上がり、ここ5年間でU・Iター ンが250名以上集まった人口2400人の
島としても注目されています。
また、島のひとりひとりが主体的にまちづくりに関わるために策定された、第四次海士町総合
振興計画「島の幸福論」。新しい幸せの形を模索している地域でもあります。


◯ 震災からの復興を目指す、「宮城県亘理郡亘理(わたり)町」

2011年3月11日、 忘れもしない東日本大震災。25,000人以上の方がお亡くなりになりました。
東日本の沿岸部に位置する地域がみな壊滅的な打撃を受ける中、 
「必ず復興する」、との決意をもって動き続けている方々がいます。
そんな「危機からの復興」を目指す、海と山と川に囲まれた美しい町、
宮城県亘理郡亘理(わたり)町。
震災からの復興を目指す、厳しくも温かい毎日があります。


◯ 危機からの脱却、新しい未来、新しい価値観 

日本のなかには危機を乗り越え、新しい未来、新しい価値感が芽生えている地域があります。
もちろん人々の心の中にも。
今回の「AMA×WATARIカフェ@東京」では海士町と亘理町からキーパーソンを東京にお呼び し、
新しい未来・新しい価値観について皆で話しあう場を設けたいと思います。
更に、懇親会では両地域の地域の新鮮な食材を活用したお料理もご提供予定!

ふるってご参加ください!!(^^)/

★☆-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------☆★
【カフェ実施概要】

 ●日 時:2011.10.22(土)    15:30 開場/16:00 開始/20:30 終了
  ※18:30頃頃から懇親会を行う予定です。

 ●会 場:SHIBAURA HOUSE
            http://www.shibaurahouse.jp/information/
            東京都港区芝浦3-15-4    03-5419-6446

 ●当日ゲスト
  片桐 一彦 (海士町社会福祉協議会 局長)
  佐藤 寛子 (亘理町ボランティアセンター 元センター長) 
  薗田 綾子 (株式会社クレアン 代表取締役)
  阿部 裕志 (株式会社巡の環 代表取締役) 

 ●プログラム(予定)
  15:30 開場
  16:00 巡の環から挨拶
        片桐一彦氏のお話
        佐藤寛子氏のお話
        全員で対話(モデレーター 株式会社クレアン 代表取締役 薗田綾子様)
  18:30 懇親会
  20:30 終了
         
 ●募集定員:先着45名(先着順で夜の懇親会までご参加いただける方優先)
        新しい未来について考えたい方
         震災復興について現場の声を聞きたい方        
          まちづくりに興味がある方

 ●参加費:3,500円 (食事代込み)
   ※当日、受付にてお支払いください。

 ●主 催:株式会社 巡の環  http://www.megurinowa.jp/

 ●協 力:株式会社 クレアン http://www.cre-en.jp/

 ●お問い合わせ:株式会社巡の環 叶(かのう)
   TEL/08514-2-1966     MAIL/ info@megurinowa.jp 
 
 ●申し込み方法:下記URL内の「お申し込みフォーム」からお申し込みをお願いいたします。
http://megurinowa.jp/news/2011/09/1022amawatari.html
 ※懇親会に参加できない方は、その旨お申し込みフォーマットの「その他」の欄にご記載下さい。

 
  

★☆-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------☆★

【ゲストスピーカー自己紹介】

■片桐一彦(島根県隠岐郡海士町 社会福祉 協議会局長)
日本体育大学在学中に阪神淡路大震災が発生し、ボランティア活動を行いながら社会福祉協議会・
ボランティアセンターに関わる。
フリースクール教員を経て平成9年から嫁を騙して海士町へ移住、社会福祉協議会 ケースワーカーとして
海士町の高齢者・障がい者との相談対応を勤める。
平成19年より同社会福祉協議会の事務局長・ボランティアセンター所長などしなが ら、
妖怪のような嫁と芸人のような娘、アホなトイプードルと島暮らし中

■佐藤 寛子(亘理町ボランティアセンター 元センター 長)
宮城県亘理郡亘理町の社会福祉協議会所属。
東日本大震災が発生して数日後には、住民の悩み聞きボランティアを開始。
その後3月19日に亘理町ボランティアセンターが設立された際、センター長に抜擢される。
亘理町ボランティアセンターは県外のボランティアの積極的な受入に成功し、35,000人の人口に対し、
延30,000人以上のボランティアを現地 に派遣。ボランティア登録者数でも10,000人以上 を誇る。
8月12日にボランティアセンター閉鎖の後は、仮設住宅支援を行う予定の亘理ささえあいセンター
「ほっと」立ち上げに尽力中。
亘理町災害ボランティアセンター:http://msv3151.c-bosai.jp/index.php?module=blog&eid=12712&blk_id=10929

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
   亘理(わたり)町とは?
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
亘理町は、宮城県の南東部、仙台市から南へ約26kmに位置する、人口約35,000人 の町。
東に黒潮流れる太平洋、西に標高200m 前後の阿武隈高地の丘陵地帯、北には阿武隈川が流れています。

海・川・山に恵まれるという地形的特徴から
リゾートエリアとして発展しており、冬暖かく夏涼しい気候温暖な光と緑にかがやく町。

沿岸部に位置する、荒浜鳥の海は、マリンスポーツやフィッシング、サイクリング、バードウォッチングなど数多くの レジャーを年間を通して楽しめる、まさにマリンレジャースポットでした。

いちごの生産は東北一を誇り、りんごの出荷量も宮城県第1位。
また、亘理ならではの新鮮な魚介類料理の数々。
春は「あさりめし」、夏は「しゃこめし」、秋は「はらこめし」、 冬 は「ほっきめし」。

しかし、2011年3月11日 に発生した東北地方太平洋沖地震発生。
町民死者数297名、行方不明 者5名、浸水率47%、いちご畑の9割 が浸水。
震災前後で人口が1000名以 上(3%)減少。被害総額は3000億円と見積もられています。

しかし、このような危機においても復興を目指し活動し続ける亘理町の人々。
今年のクリスマス出荷を目指す被災したいちご農家さんを筆頭に
行政と住民が一体となり、一日でも早い復興を目指し動き続けている。

亘理町HP http://www.town.watari.miyagi.jp/index.cfm/1,html

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
   海士(あま)町とは?
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
島根県の北60キロ、日本海に 浮かぶ隠岐諸島の中の
一つの島(町)。後鳥羽上皇が流された流刑地としても有名で、
神楽や俳句などの歴史文化や伝統が残る一方、島すべてが
国立公園に指定されるほどの自然豊かな島。

現在人口は約2400人。年間 に生まれる子ども約10人。
人口の4割が65歳以上という超少子高齢化の過疎の町。

人口の流出と財政破綻の危機の中、独自の行政改革と
産業創出、人づくりによって今や日本で最も注目される島となる。

町長は給与50%カット、課長 級は30%カット(公務員の給与水準としては
当時全国最低となる)。その資金を元手に最新の冷凍技術を導入。海産物の
ブランド化により全国の食卓を始め、海外へも展開する「(株)ふるさと海士」。

農業特区を取って、新たに肉牛の業界に参入し、松坂牛に匹敵する
レベルと評価されて幻の肉として知られるようになった「隠岐牛」。
この6年間で300人以上のIターン者を全国から受け入れるなど、

新しい挑戦をしたいと思う若者たちの集う島となっており、まちおこしの
モデルとして全国の自治体や国、研究機関などから注目を集めています。

海士町HP http://www.town.ama.shimane.jp/
海士町の情報サイト http://ama-sns.net/amana/ 
20 Aug

マクロはミクロの積み重ねだよね。


くそー、
自分のできることの小ささと問題の大きさ、
このギャップに気が狂いそうになる。

魔法の答えはないし、
そんな実力はないし、
できることやるしかないけど
苦しい。

海士町にいたときよりも、苦しさがすごく大きくなってる。
理由は2つだろうね。

1.マクロがミクロの積み重ねだってことが体感できるようになった

海士町という人口わずか2400人の地域で丁稚奉公させてもらったからこそ、
ミクロに目の前の人と向き合うことを学べた。想像力が養われたというか。

だからこそ、東北での苦しさが増してる。
つまり、マクロがミクロの積み重ねで成り立っていることが見えちゃったから。

失業者11万人
一年前は、僕にとって、ただの数字だった。
いつの間にか、「ヒト」が11万個集約されたものになってた。

2.当事者意識の違い

こちらは自由にやらせてもらってるからこそ、うまくいくもいかないも、すべて自分次第。
自分が動かなきゃ何も動かない。超わかりやすい。

海士町では「当事者」だと思ってたけど、やっぱりどこか他人事な部分があったのかもしれない。
あと、直接キーマンと繋がれるようになったから、相手の話をまた聞きでない形で感じれるね。

■ 最後に

目の前の現実と向き合う場合は、
・向き合わないか
・向き合い続けるか
の二択しかない。

向き合い続ける、という選択肢をとった時点で、この苦しさと向き合わないかん。
きっとこの苦しみは僕が生きている限りずっと持ち続けるんだろうな。

この感覚は、周りの人を窮屈にさせちゃうこともあるから、気をつけなきゃね。
できることを積み重ねよう。それでしか現実はかわらないのだから。



10 Aug

自信がないけど、ある、という感覚

こんばんわ。松島です。

震災から5ヶ月以上経ちましたね。
僕はというと、悔しい思いをすることが多いです(生まれて以来、悔しい思いし続けてますが)。

083

( ちっかちゃんの上目遣い。かわいいでしょ)

016

( ちかちゃん、、布団におもらし。。。)

あ、ちなみに記事と写真は全く関係ございませんので。本題に入ります。

■ 今回は社会における自分の実力が非常によく分かった

3.11の後、よーいどん、で色々な方が動き始めた。たくさんの多様な人々が自分にできることはないか?と考え多くのプロジェクトを立ち上げようとしました。形になったものは、そのうち1割未満、現在も継続しているものは5%未満だと思いますが。一方、東京では◯◯したほうがいいよね、というアイディアがどんどん増えている。

僕はというと、震災後5ヶ月もたって、これしかできていないのか、と思う。
本当にすごい方をたくさん知った。「にせもの」もたくさん知ったけど、数少ない「ほんもの」の人達との出会いもあった。

色々うまくいかなくて、日々心折れそうになる。自分ってほんとちっぽけだなって、思って不安になる。何の強みを持っていなくて、将来どうなるんだろうって不安になる。けどね、それでもがんばろうと思える。

僕はもうルビコン川を渡ってしまった。お金稼げなくても、大変でも、3年は亘理町での活動にコミットする)ここでのコミットには「移住」という意味を含みます。昨日も亘理町内の物件を内見したところ)。

■ 前提:今の自分は圧倒的に無力。今の自分には自信がない。

これはもう大前提。
こういうこというと、そんなことない、「できないこと」じゃなくて「できること」を見つけよう。大きなことをしているよ、気づいてないだけだよ、と言われる。
けどね、現実に僕は全く満足していないし、全く目の前の現実を変えることができない自分に憤りいらだちを強く感じている。

■ 僕は今の自分には自信がない。でも、10年後の自分には自信がある。

根拠なし。ただ、心底そう思う。
今ここで前の前の現実に向かって戦い続ければ、僕が憧れるような、目の前の現実を変える力を持った人達になれる気がする、今はそんな人間になるために、必要なプロセスを歩んでいる気がするんだ。

今の自分には自信がない。けど、未来の自分には自信がある。

だから、リスクをとれるし、頑張れるんだ。

■ 最後に

以上の議論は自分自身を洗脳するためのお話でした。さすれば、がんばれる(笑)

追伸:亘理町ボラセン公式Tシャツ好評発売中ですよ。利益の半額を寄付致します。
http://flatohoku.jp/watari-t-shirts/

記事検索
プロフィール
  • ライブドアブログ