2016年06月16日

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祇園祭巡行






祇園祭とは古代ユダヤのZION祭である。
こう言うと、またトンデモ話かと思われそうだが、事実でもある。

7年ほど前にテレビで「祇園祭というのは起源と経過と結果が古代イスラエルのシオン祭と全く同じである。」
と当時の祇園祭鉾町連合会の会長さんで阪大名誉教授でもある深見茂さんが言われた言葉である。...
会長さんがこの言葉を発するということにはそれなりの理由があるだろう。

古代イスラエルのソロモン王の時代に疫病が流行り、それを鎮めるための祭がシオン祭であり、
当時聖地エルサレムをシオンと呼んでいたことに由来する。
そう考えてみると共通点があり、謎が解けたりもするだろう。

京都の八坂神社は、全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社。
この主祭神は素戔嗚尊・櫛稲田姫命・八柱御子神の三柱の神からなっている。
しかしこれは明治時代の神仏判然令以前は、主祭神は以下の3柱であった。
中の座:牛頭天王 (ごずてんのう)
東の座:八王子 (はちおうじ)
西の座:頗梨采女 (はりさいにょ・ばりうねめ)

牛頭天王は起源不詳の習合神で祇園精舎を守護するとされ、日本では素戔嗚尊と同神とされていた。
頗梨采女は牛頭天王の后神であることから素戔嗚の后である櫛稲田姫命と同一視された。
櫛稲田姫命は方角の吉方(恵方)を司る歳徳神(としとくしん)と同一と見なされていた事もあり
暦神としても信仰された。八王子は牛頭天王の8人の王子であり、暦神の八将神に比定された。

なので現在の主祭神は牛頭天王と習合された「素戔嗚尊」ということになる。
本質的には、この八坂神社の疫病の神様は「牛頭天王」であるということ。

この牛頭天王の、そのビジュアルといえば頭が牛、身体は人間という姿である。
さてこの姿、ギリシャ神話に出てくるミノタウロスそっくりではないか?

ミノタウロスがもし疫病の偶像として造られたならば、ラビリンスの迷宮奥深くに幽閉された
意図を考えてみれば、それが牛頭天王として祀られても不思議はないだろう。

それにこの牛頭天王の木像は秘宝中の秘宝。写真さえも公表されていない。これはまさに「疫病
なのでオモテに出してはいけない」という観点からも合致するではないか。

おまけにこの牛頭天王の妻は、頗梨采女(はりさいにょ)というから
ファリサイ人の女ということも考えられる。。

社伝によれば祇園社は、斉明天皇2年(656年)、高句麗から来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)
の創建とされる。
伊利之使主もおもしろい名前だ。イリシスとも読めるが、これはアイシスのことで イシス神という神様は
エジプト神話にでてくる。

こんなトンデモない話の展開になっているが、あながち大袈裟でもないようだ。
それは古代史の発見が鍵を握っている。

紀元1世紀にローマで造られたガラス玉が日本の5世紀の古墳に埋葬されているという事実である。
以下が記事
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6048740

長岡京の宇津久志古墳・仁徳天皇陵のガラス玉・正倉院の瑠璃ガラスなどもこれにあたるということ。

今までの歴史観でこれを認めたくない方々もおられるのでこの記事は見て見ぬふりをしている方が多いのでは
ないかと思う。

この事実からすると、聖徳太子がキリストの生まれ変わりであったり、
祇園祭が西洋の影響をかなり受けていたとしても疑う余地は無いということになる。

また最近私が思うには古代からかなりゾロアスター教の影響があったことも考えられる。

ゾロアスター教は「拝火教」とも言い、火が神様であるということ。それに社殿は水辺に建てられて、
そこにはアナーヒターという女神が祀られている。
アナーヒターは弁財天なので、八坂のアナーヒターは吉水弁財天だということになる。

八坂神社には白朮祭(をけら)というのがあって一般的には「をけら参り」という。大晦日に「火」をもらって帰り。
釜戸や神棚に供えたという風習もあるが、私が注目しているのは神輿渡行の際、「火によって道を清める」ということ。

八坂神社にはこの「火」を絶やさないことも信仰のひとつであるし、比叡山延暦寺にもまた「不滅の法灯」というものも存在する。

こういう祭の中の何気ない伝承・行事には必ず「意味」があってそのあたりをひも解いていくのが面白いと思う。

もうすぐ7月。
この一か月間、祇園祭のさまざまな行事が行われる。
悠久の時を超えて伝承される事柄を楽しむ季節がやって来る。



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2016年05月26日

6月の妖怪カフェ

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お茶をしながら気軽に妖怪講座を楽しんでください。
6月も妖怪カフェを営業します(^^

営業日が少ないですがよろしくお願いいたします。
...

 妖怪堂・西院に是非、遊びに来てください!

営 業 日)6月4・5・11・18・19・26日
         
講座時間) 午後3時・5時・7時(18日は5・7時のみ)
      
      尚、平日も対応できる時がありますのでお問い合わせください。

料  金) 妖怪講座(90分)+1DRINK+お菓子=¥1800
       
        ※アルコール追加オーダーは別途

場  所) 右京区西院東今田町7 西大路蛸薬師西入ル20M
       GOOGLE MAPで「妖怪堂」を検索してください。

アクセス) 阪急西院駅より徒歩3分 
      京福嵐山線西大路三条より徒歩2分
      地下鉄東西線西大路御池より徒歩5分

      *西大路通りのホカ弁屋さんを西へ入ります。

★ご予約・お問い合わせ
妖怪堂 玄幽
090−6755−5725
sotsuhikokatsuragi@ezweb.ne.jp

★テキストが必要な方は予約時にお申込みください。2冊セットで¥600です。

★講座の途中入場はできませんのでお手数ですが予約をお願いいたしますm(__)m

★当日でも空席があれば参加可能です。お問い合わせください


★京都へ御旅行の際は魔界ウォークや魔界ドライブ、個人的なガイドもお受けしております。
また宿泊先やカフェでの妖怪講座・魔界講座・古代史講座などもおこなっておりますので
人数・予算などもご相談ください。



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2016年05月11日

妖怪堂★魔界ナイトウォーク★本能寺の変

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本能寺の変は、天正10年6月2日(1582年6月21日)
明智光秀が謀反を起こして京都の本能寺に宿泊していた主君織田信長を襲撃。

聖徳太子が建立したとされる六角堂と
その西に位置した織田信長が建立した南蛮寺。...

昨今、聖徳太子が本当は居なかったとされる時代。
戦国の世の織田信長は「聖徳太子の真実を知っていた。」

そして本能寺との位置関係は?

京都の夜のオフィス街に刻まれた謎をどこまで暴けるのか!

是非ご参加ください!



★コースルート
烏丸御池>六角堂>南蛮寺跡>逓信病院>元本能寺
☆コース終了後、烏丸御池にて懇親会を予定しております。

★開催日時:2016年6月2日(木)午後7時〜9時
     

★集合場所:烏丸御池・東南角

     

★参加費用:おひとり¥2000
     ※当日集合時にお支払いください。お釣りのないようお願いします。

★参加資格 一般的なモラルを守れる方     

★定 員:20名様限定(予約埋まり次第締め切り)


当日は必ずこちらの電話番号を把握しておいてください。
集合場所やはぐれた時の連絡用です。


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★ご予約 妖怪堂 葛城トオル
  mail sotsuhikokatsuragi@ezweb.ne.jp
  tel 090−6755−5725


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妖怪堂では 実際にクルマや徒歩で京都を巡るツアー
「京都魔界案内」・「魔界ウォーク」 を開催しています。
また葛城トオルによる「妖怪講座」・「京都裏歴史解説」なども
出張でも、おこなっております。
くわしくはお問い合わせください。>>
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