2005年04月13日

チルソクの夏

f358b9c9.jpg第61回

★★★★(TV)

 この映画を見ると、巷の韓流ブームに熱中するオバ様たちの姿が微笑ましくなってしまう。

 そこには偏見が無いからだ。

 かつて韓国は近くて遠い国だった。「遠い」はもちろん距離ではなく、偏見の幅のことである。

 まず歴史の話。

 永年に渡り、いわれの無い差別で虐げられ、その反動が「韓国」と「北朝鮮」言う国家を作った。虐げられた想いが日本への反動となったのは当然だ。

 一方、虐げた側である日本は、力で国をねじ伏せた。ねじ伏せたことを正当化するために、そこに居住する民を「偏見」するよう仕向けた。

 以後はご存知の通り。

 これは別に日韓関係にとどまらない。イギリスとフランス、パレスチナ、白人と黒人、ドイツ人とユダヤ人、文化大革命、クメール・ルージュ、士農工商・・・。

 ある特定の集団の利益の為に「偏見」は利用され、悲劇の民を生み出す。

 これを歴史的悲劇ととらえ、どうか個々人同士のいがみあいであらぬことを願うばかりだ。歴史的事実を踏まえつつ、ポジティブな前進をと願う。人は必ず理解しあえる。それが動物とは違う点だからだ。橋架けが必要なら時間をかけて「建設」すればいい。「遠い」幅も時間をかけて狭まるはずだ。

 この作品は少し説教臭く、そのことを青春映画という形で考えさせてくれる。

 台詞の中にも出てくるが、これは「ロミオとジュリエット」の設定を拝借している。対立関係にあるモンターギュ家とキュピレット家を日本と韓国に置き換えているのは明白。ベランダで愛を告白するシーンの再現は、なかなかいいアイディアとなっている。

 また「チルソク」=「七夕」でもあるように、1年に一度会う=1年に一度の姉妹都市親善陸上大会、という織姫と彦星の境遇もなぞっている。天の川のように二人の間には対馬海峡が立ちふさがる。本州と九州を結ぶ下関という街は、いまでは関門大橋で結ばれているが、天の川しかり、対馬海峡しかり、簡単には行き来できないことが「チルソク」のメタファーになっている。

「距離」と「幅」の橋架けはこの映画で常に隠喩として登場する。

 主人公・郁子(水谷妃里)の恋心には障害がある。文通相手が韓国人だというだけで周囲は嘲笑と揶揄、主人公は孤軍奮闘。恋とは障害があればあるほど燃え上がるのもの。ピュアな心は大人の世界を理解できない。

 周囲は日本人と韓国人の恋愛は無理と説くが、その理由は不明瞭。世間手や世間の目が強敵となり、個人の素養や才覚は全く関係ない。個人に掲げられる「国」がいけないのだ。それもまた「ロミオとジュリエット」と符合する。歴史は繰り返される。人間は懲りない生物なのだ。

 劇中、関門海峡をバックに韓国青年の安は日本と韓国の関係を憂い、自分達が大人になった頃にはわだかまりも溶けてなくなって欲しいと願う。それを聞いた主人公は羨ましく思う。自分達は毎日テレビの話ばかりしていて、そんなことを真剣に考えたことがない、どうしてそんな大人びた考えができるのか?と。

 返ってきた答えは意外なものだった。

「だから日本は平和なんだよ。」

「平和」このたった二文字の言葉に重みがある。

 かつては舟で渡るしかなかった関門海峡も、今では橋やトンネルでつながっている。そんな風に日本と韓国も自由に行き来できる日が来るか否か、当時は想像もつくまい。

 韓国では10年前まで海外旅行が自由に出来なかったのだ。朝鮮戦争も休戦状態でしかないし、日本文化は全て禁止。そんな厳しい社会情勢は「平和ボケ」といわれる日本において実感が沸くはずもない。

 人は相手のことを批判したり羨ましがったりするが、それは相手の立場になってみないとわからない。

 海峡を越えてラジオから聞こえてくる日本のラジオ放送。「なごり雪」を暗唱した安にとって、その歌詞以上に重要だったのは、電波には「国境」がないということだったはずだ。

 平和でいいじゃないか、安はそう言いたかったのだ。

 この映画は1970年代を舞台にすることによって、交流・通信手段の少なさをストーリー上の武器とし、いかにして二人の絆が持続するかを見せ続ける。

 相手を思う気持ちをどこまで信じられるのか?地方の高校生という設定がまた、その純粋さを昇華させ、上野樹里扮する耳年増な親友と主人公を対比させることで観客に感情移入させる。

 あえて脇役は悪者となり、親友とのわだかまりも挿入され、徐々に相互理解してゆくことでストーリーにも美しさが増す。そして主人公達が没頭する陸上にも意味がある。スポーツでは勝つことと同時に交流も意義として存在する。勝つことにこだわるよりも、友情を大切にした主人公の姿は、また国際交流のそれと符合するのだ。

 下関という地方発信の映画ながら、味わい深い町並みと人々が交差し、現代人が忘れかけた社会交流と人間関係を再現している。

 監督は「半落ち」が好評だった佐々部清(下関出身)。

 同ポジの多いセンスのない編集、クローズアップのほとんどない教育映画のような演出と撮影。美人ピアニスト加羽沢美濃を起用しながら著作権フリーのようなセンスのない音楽(時折流れるピアノ曲にその片鱗が感じられるが・・・)、と映画的には実に冴えない出来。しかし登場人物設定がステレオタイプでしっかりしているため、古典的な物語進行にぐいぐい引き込まれるのは見事。

 また日本人と韓国人の会話にあえて字幕を挿入しないあたりのセンスもいい。そうすることによって観客も言葉の壁を感じられるからだ。

 注目すべきはヒロインよりもキャラ立ちしている上野樹里。この後「スウィングガールズ」で主役を張り、いまや人気急上昇なのも納得がいく。

 なぜか更衣室での着替えシーンが頻繁に登場し、少女同士の初体験談が意味もなく挿入される。これさえなければ文部科学省推薦間違いなしなのだが、そこは佐々部監督の反骨精神の表れなのか、サービスカットなのか。僕は必要ないと思った。

 ありきたりではあるが、最後には素敵なラストシーンが待っている。

 主人公達が今ではヨン様ファンたちの年齢になっている点にとても意味がある。だからこそ舞台が1970年代なのであり、オバ様達が韓流に熱中できる背景をも最後には理解できるようになるのだ。


この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/matusan/18793626
この記事へのトラックバック
主演水谷妃里、淳評、上野樹里、桂亜沙美、三村恭代 監督・脚本佐々部清 製作2003年、日本 あの夏の記憶〜下関釜山1977‐78 1970年代の下関と釜山を舞台に、日本と韓国の高校生の恋愛を描いた作品。毎年夏に開催される関釜陸上競技大会で、日韓の高校生が交流するのだ
チルソクの夏【a story】at 2005年04月28日 14:40
スウィングガールズスウィングガールズ(SWING GIRLS)は、日本映画作品。2004年9月11日公開。監督と脚本は、『ウォーターボーイズ』の矢口史靖。女子高生たちがスウィング・ジャズ|ジャズバンドを結成する青春コメディー。キーワードは「ジャズやるべ♪」。...
スウィングガールズ【【スウィングガールズ】の知識】at 2005年05月04日 02:56
上野樹里ちゃんが出ているので借りてみた。彼女が主演だと思ったら違った、助演だったのね・・・。主演の子より存在感があって完全に主演の子を喰ってました。 感想はと言うと・・・なんか青春の教科書のような映画だったな。恋に、友情に、部活に、、、青春に必要な要素が
チルソクの夏(DVD)【ひるめし。】at 2005年05月10日 20:46
友達から、すごい良いと1年以上前からお薦めされていて やっとレンタルビデオで借りてみました。 部分部分で、ちょっとこれはないでしょ〜とか、ひいちゃう部分があったのも 事実ですしかし、泣くもんか!泣いたらイカン!と思ってるのに、その意志に 負けちゃったんか自分
チルソクの夏【ポコアポコヤ】at 2005年05月11日 16:36
映画「チルソクの夏」を観た。チルソクの夏チルソクというのは韓国語で言う七夕のこと。映画の舞台は77から78年の下関と釜山。この両都市で行われた日韓交流の陸上競技会で会った高校生の、淡い恋の話だ。互いに一年に一回しか会うチャンスがないからこのタイトルにな...
「チルソクの夏」を観て日韓関係を考える。【りゅうちゃんミストラル】at 2005年05月17日 20:04
「チルソクの夏」 「半落ち」 の佐々部清監督作品    1977年夏、釜山の競技大会で知り合った安大豪と下関の陸上部員・郁子。 一年後の再会を約束し、文通を続ける二人の純粋な恋を描いている。   ノスタルジックで純粋な思い、結構好きなタイプのつくりだが、 私
チルソクの夏【わたしの見た(モノ)】at 2005年05月22日 14:09
水谷妃里の最新情報をチェック!ad2(); 水谷妃里 サイト 水谷妃里オフィ...
水谷妃里【エンタメVIEW】at 2005年07月18日 10:06
チルソクの夏 特別版(2003/日本) 公式HP 1977年、下関の高校生・郁子は、姉妹都市である韓国の釜山との陸上競技会で、韓国人の少年アンテイホウに出会う。お互いひかれあい、文通が始めるが、まだ日本と韓国の間に緊張感があった時代。ふたりの交際は親の反対に...
DVD『チルソクの夏』【みかんのReading Diary♪】at 2006年11月15日 21:13
ワケもなく巨大化 どうも。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーの佐木飛朗斗担当、ブロッケンです。 佐々部清脚本・監督の映画『チヮ..
水谷妃里 上野樹里 / チルソクの夏【中川ホメオパシー 】at 2010年01月12日 18:26
この記事へのコメント
まつさん、こんにちは。
大変周到な映画分析に感嘆しました。
登場人物たちの世代がヨン様世代というのは鋭い指摘で、上の世代が韓国に偏見を持っているのは知っているが、自分たちはもう持たない世代であり、きっかけがあればいつでもこういうブームを起こす可能性があった世代だったということかもしれませんね。
朝鮮人差別は国策であって国の意図があったという点については疑問を感じました。結局、近代的な弱肉強食の価値観の反映ということなのではないでしょうか。弱肉強食の戦いの世界で、負けた方、弱い方は低く見られたということだと思います。それは国策というものではなく、大衆の自発的な感情の発露で、誤解を恐れずに言えば、自然な人間性だったのだと思います(決して素晴しいことではありませんが)。

Posted by Ray at 2005年04月28日 15:08