2005年06月02日

花と蛇2 パリ/静子

f224dd65.jpg第111回

★★☆(劇場)

 最近ジョギングを始めた友人がこんなことを言っていた。

「走り出すと、どんどん限界に挑戦したくなる。で、ある時もう一人の自分を見つける、限界の向こうにある自分を」

 そのもう一人の自分を発見した時に、「辛さ」や「しんどさ」が快感になるのだそうだ。

 それを友人は「M的」と表現していたが、まさに「M」=「マゾ」とはそういうものなのかもしれない。

「花と蛇2 パリ/静子」は前作「花と蛇」(2004)から僅か1年で製作された続編である。何よりも近年作品数が少なかった石井隆が、内容はどうであれ精力的に映画制作をしていることに喜びを感じる。

 美術評論家である歳の離れた夫(宍戸錠)の妻である静子(杉本彩)は、夫の依頼で新進画家(遠藤憲一)の作品を引き取りにパリへと向かう・・・。

 今回もまた静子は罠にかかり、性の玩具として弄ばれ、ある感覚に目覚める。

「花と蛇」は団鬼六によるSM小説の金字塔。これまでに何度も映画化され、にっかつロマンポルノの名作といわれている谷ナオミ主演の「花と蛇」(1974)をはじめ、1985年に復活した「花と蛇」シリーズは全4作品ある。

 この映画を一般映画と比べるのは酷だ。18禁の「成人映画」だからだ。陵辱、緊縛、肉体乱舞の官能と倒錯の世界。これが万人に受け入れられるわけがない。

 つまり「花と蛇2 パリ/静子」はピンク映画としての立場で評価をしなければならない。

 ピンク映画の平均的な製作費は250万〜500万円。それに比べれば、「花と蛇2」は破格の扱い。セット撮影にパリロケ、豪華な衣装などを見れば、一般の単館上映作品以上に製作費をかけているのがよくわかる。

 ピンク映画の監督達の多くは「エロ」に興味がない。映画を制作するための手段として「ピンク映画」を撮っているだけなのだ。

 それは森田芳光や周防正行といった現在大物となった監督たちが、かつて製作した「ポルノ映画」を見ればよくわかる。一般映画と変わらないストーリーに「濡れ場」を挿入しているだけなのだ。

 だが、この「花と蛇」シリーズはちょっと違う。一般映画の製作形態をとりながら、「エロ」を描こうとしている。ピンク映画が「ドラマ性」に力を入れているのに対して「花と蛇」は「性描写」に力を入れている。

 つまり、ピンク映画が「ポルノのフリをしたドラマ作品」であるのに対し、「花と蛇」は「ドラマ作品のフリをしたポルノ」なのだ。

 残念ながら前作のようなドラマ性に欠け、この続編は平凡な出来になってしまっている。ストーリーはこれまでに何度もソフトポルノで描かれてきたありきたりの内容。前作のラストのような「やるせなさ」もない。

 遠藤憲一の変態じみた台詞や携帯を使うシーンなどは、ひとつ間違えると桃色コントになるところだが、そこに張り詰めた空気を作り出して緊張感を与えているのはさすが。しかし前作のような世紀末的な倒錯感はなく、人間の怖さも描けていない。「ないない」づくしで、パリロケの意味さえもあまり感じられないのは致命的。

 杉本彩はとても「いいひと」だ。

 かなり昔だが、僕は彼女とお会いしたことがある(もちろん向こうは覚えていないだろうけれど)。本番前の彼女は、とても礼儀正しかった。言葉使いも丁寧で、謙虚。当時はボディコンお姉さんの代表格だっただけに意外だった。

「そりゃ、芸能人はみんなそうでしょう」とおっしゃる方もいるだろうが、そんなことはない。傲慢でわがまま、嫌味たっぷりな方は少なくない。特にスタッフを「格下」と扱う方も多い。裏と表の顔を持つ芸能人たち。大衆の前での「いい顔」はまさに作り物。

 ところが彼女は逆だった。収録が始まると礼儀正しい美女が、イケイケの「Bitch」に変貌。自分の役割を心得ているのだ。彼女の徹底したプロ根性に感動し、僕はファンになってしまった。

 その「プロ根性」はいまも生きている。彼女は「芸能人・杉本彩」に何が求められ、どうすればいいのかを知っている。その姿が一般的に誤解を与えているのは個人的に痛々しく思うのだが、彼女はそれさえも楽しんでいるフシがある。自分自身を追い込んで「仕事」をこなす姿は、先述の「M的」に通じるものがある。

 それが「花と蛇」における「芸能人・杉本彩」の「女優・杉本彩」たる所以のように思うのだ。

「花と蛇」シリーズは彼女の「魅力」と「根性」につきる。今回も彼女は素晴らしい。前作以上に艶みが増し、恍惚する表情は「見世物」としての役割を果たしている。

 共演者で注目なのは遠藤憲一だろう。最近は映画予告編のナレーションにひっぱりだこだが、この映画では「変態」の中の「優しさ」と「狂気」を見事に演じ、濡れ場シーンの真剣味には圧倒される。だが彼の当り役である「援助交際撲滅運動」(2001)のクニに比べると、弾けっぷりは足りないくらい。「優しさ」の部分のせいで、彼の本領は発揮されていないのは残念。

 また今年俳優生活50年を迎える宍戸錠が出演。女装も濡れ場もこなしているのには驚きだ。

 石井隆監督らしい粒子の粗い映像や、恥虐によって輝くヒロイン像は今回も健在。
 
 これほど多くの「裸」が登場しながらこの映画には特有の「ぼかし」がない。それは計算しつくされた映像だからだ。よく見ると局部が映らないように一見なんともない映像にも工夫が見られる。これらの映像によって、杉本彩の肢体は芸術的な美しさを放っている。

 彼の描く「裸」はいやらしくない。それは「ありのまま」に描くからだ。出し惜しみやチラリズムはない。そこが「エロ」を求める者には不満があるかもしれない。彼が描くのは「暴力」に近い「裸」。だから「痛み」がある。

「エロ度」よりも「女優魂」を感じさせる石井監督の演出を信頼する女優は多い。実際、井上晴美や喜多嶋舞、夏川結衣など、石井作品で初ヌードを披露した女優も多い。

 杉本彩演じる「遠山静子」という役名は前作と同じだが、関連性はないように思われる。続編というよりも「遠山静子」の物語「その2」という感じがする。これは漫画家時代から石井隆作品共通のヒロインである「名美」と符合する。

 このことが「花と蛇」、しいては「女優・杉本彩」の今後を示唆しているようにも思えてならない。

 ピンク映画としては潤沢な製作費、よって好評価が出来ないわけがない。だが「続編に傑作がない」というジンクスを乗り越えることは、やはり無理だった。

 これは「ポルノ」という意識を持って鑑賞しないと、とんでもない目にあうので特に女性はご注意あそばせ。


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『花と蛇2 パリ/静子』【ラムの大通り】at 2005年06月03日 13:48
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この記事へのコメント
トラックバックありがとうございました。

なるほど。「ドラマ作品のフリをしたポルノ」ですか?
この映画、評論家筋の間でも
前作と本作のどちらがいいかについては
意見が分かれているようです。

前作は、フェイドアウトを多用して次々とショウを見せていく、
その手法を高く買う人もいたようですが、
いかんせんエロチシズムからは遠かった気がします。
その点、本作はエロを追求した気がします。
特に、エンケンとの絡みのカメラアングルはエグかったです。
Posted by えい at 2005年06月03日 13:47
TBありがとうございます。
>ドラマ作品のフリをしたポルノ
的を得た表現ですね。
どうりで自分として納得が出来なかった訳です。
ポルノであるならば…まあそんなとこですね。
Posted by 健太郎 at 2005年06月04日 19:07