2005年07月02日

ライフ・アクアティック

ed1c53e1.jpg第141回

 長期の闘病の末、永眠されたルーサー・ヴァンドロスの冥福をお祈りいたします。

★★★★(劇場)

「沈黙の世界」(1956)という映画がある。

 ジャック=イヴ・クストーによる海底記録映画で、ドキュメンタリーとして初めてカンヌ映画祭グランプリを獲得した作品だ。ディズニー製の大自然ドキュメントと並んで「WATARIDORI」(2001)「ディープ・ブルー」(2003)、「皇帝ペンギン」(2005)など、昨今流行の大自然ドキュメンタリーの原点ともいえる作品だ。

 クストーはフランスの海洋学者でスキューバの発明家として名を馳せ、その後ドキュメント映画制作を開始、「太陽のとどかぬ世界」(1964)ではアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞している。

「ライフ・アクアティック」の主人公ズィスー(ジャック=イヴ・クストーの名前を短縮したような奇妙なネーミング)は彼をモデルにしているといって過言ではない。

 かつては海洋ドキュメント監督として一世を風靡しながらも、近年は興行的失敗から次回作の製作資金調達もままならない状態。そんな「負け犬」監督ズィスー(ビル・マーレイ)が、最新作撮影時に遭遇した巨大サメに長年の仲間エステバン(シーモア・カッセル)を殺される。彼は復讐に挑むため、巨大サメを追って無謀な映画撮影を再開する・・・。

 もしあなたの身内に、ズィスーのような人物がいたのなら迷惑で仕方ないだろう。プライドが高く、かつての栄光にしがみつく初老の男。女好きで、キレやすい。それでも「海」への情熱は人一倍。

 そんな狂気と紙一重な情熱に対して監督のウェス・アンダーソンは温かい視線を注ぎ、偏屈なズィスーを「愛すべき人物」として描いている。

 諦めない負け犬、頑張る負け犬、それに対する温かい視線。

 これはこれまで「天才マックスの世界」(1998)、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001)とウェス・アンダーソンが監督してきた作品の主人公達に共通する描き方だ。彼の作品に登場するキャラクターは浮世離れしていて、どこかおかしい。空回りの努力には「寂しさ」さえ漂う。

 この映画でも「世間の人間」、「仲間」や「家族」でさえエステバンを殺した巨大サメの存在を信じていない。そんな「世間の嘲笑」などものともせず、ズィスーが自分の信念を貫く姿は、ひとつ間違えば重苦しい雰囲気の作品になってしまう。そこを飄々としたビル・マーレイの演技と、つかみ所のない肩の力が抜けた淡々とした演出とユーモアで、観客を心地よくさせる。

 ズィスーは突然姿を現した隠し子のネッド(オーウェン・ウィルソン)をクルーに迎え、資金が集まらないまま見切り発車で撮影の旅へと出かける。そんな彼を妻(アンジェリカ・ヒューストン)は見限り、同行の女性記者(ケイト・ブランシェット)は揚げ足を取ろうとする。船は海賊に襲撃され、内部分裂、撮影資金融資も断られ、事態は悪化の一途を辿る。

「俺は才能を失ってしまったのだろうか?」

 そう悩むズィスーの姿に「寂しさ」全開。彼の孤独は、劇中の不条理も波乱万丈の展開をも一定の低いテンションに保ち続け、物語は解きほぐせない謎と混沌を抱えたままクライマックスへと突入する。

「擬似家族」という家族観はウェス・アンダーソン監督作品に見られる特徴だ。血縁的家族よりも「絆」を重視する考え方は、もちろん多民族国家アメリカのメタファーである。一方でその家族観が何となく心和ませるのは民族国家の現実に対するアンチテーゼとして受け止められる。

「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」での群像劇に人種の垣根がなかったように、「ライフ・アクアティック」での海洋クルーにはアメリカ系・アフリカ系・アジア系・ヨーロッパ系・ラテン系と人種が入り乱れている。もちろん彼らは家族ではない。にもかかわらずその「絆」の深さは「家族」のようである。それは船での共同生活に個々人の役割があり、家族構成にも似た父子関係が見え隠れするからだ。

「隠し子」として登場するネッドでさえ、その「血縁関係」の真偽は最後まで不明。さらに女性記者のお腹に宿る命も将来「父子関係」を断絶させることを示唆している徹底ぶり。

 この「擬似家族」に入り込む「異質」な二つの「隠し子」の存在によって「旅」の意味が変化してゆくさまが描かれているのは見事。それは終盤、巨大サメと対峙するするシーンで「本当に重要なもの」をズィスーが自覚し、それを投影した最新映画が映画祭で喝采を浴びることからも窺い知れる。

「親は子の鏡」といわれるように、ズィスーとネッドには共通点がある。冒険心によって「今」を生きることを選ぶのはその代表だろう。また「天才マックスの世界」でマックスの擬似親子と化すブルーム(演じたのは同じくビル・マーレイ!)が未亡人を口説きあうように、この映画でもズィスーとネッドは女性記者を口説きあう。

 このような父子関係が葛藤を克服するには、互いを認めることによってのみその「絆」が深くなることをこの映画でも描いている。

 ところが現実と虚構の曖昧さや、そこに横たわるリアリティがこれまでの作品に比べて弱いと感じてしまったのには、ネッドを演じたオーウェン・ウィルソンが脚本に参加していない点にあるような気がする。

 今や人気俳優となったオーウェン・ウィルソンは、ウェス・アンダーソン監督とテキサス大学時代からの友人で、これまで全ての作品において共同で脚本を書き、アンダーソン作品の常連としてウィルソン兄弟(オーウェンとルーク)は俳優として出演も兼ねていた。

 ところが「恋愛小説家」(1997)でのプロデューサーを引き受けた同年、「天才マックスの世界」でアカデミー脚本賞にノミネートされたオーウェン・ウィルソンは、そのイケメンから俳優として「アルマゲドン」(1998)に出演。以降「エネミー・ライン」(2001)では主役を演じ、「シャンハイ・ヌーン」(2000)シリーズでのジャッキー・チェンの相棒役、「ズー・ランダー」(2001)以降はベン・スティラーの相棒役として数々の映画に出演している。

 脚本分担がどのくらいあったのかは判りかねるが、オーウェン・ウィルソンのコメディセンスを見るにつけ、彼の客観眼がないことによってウェス・アンダーソンの内面世界が前面に出すぎた感も否めない。

 前作にも劣らない共演陣の豪華さは、ウェス・アンダーソン監督に対する俳優の信頼感の表れだ。前述の俳優陣のほか、ウィレム・デフォーやジェフ・ゴールドブラム、マイケル・ガンボンという性格俳優たちが力の抜けたキャラを好演。

 また「いちご白書」(1970)、「ハロルドとモード/少年は虹を渡る」(1971)や「エレクトリック・ドリーム」(1984)のコンピューターの声など、アメリカンニューシネマの代表格バッド・コートが銀行からの監視役を好演しているのは嬉しい限り。

 保安担当なのになぜかいつもギター片手に歌を歌っているセウ・ジョルジは「シティ・オブ・ゴッド」(2002)にも出演していたブラジルの歌手。彼が歌う「ロックンロールの自殺者」など初期デビット・ボウイの名曲をカバーした数々の歌声が、大海の波のように揺らめき、観客の心に染み入ってくる。

 ウェス・アンダーソン作品に欠かせないチープな音楽は、テクノの伝説的人気バンドDEVO(ディーボ)のマーク・マザーズボー。彼もまたウェス・アンダーソン作品の常連スタッフである。DEVOとしては、おととしのサマーソニックで再結成来日したのが記憶に新しい。

 劇中の「未知の生物」の数々を造型したのは「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」(1993)、「ジャイアント・ピーチ」(1996)のヘンリー・セリック監督。また、キッチュな細部の演出には第二班監督として参加している「CQ」(2001)のローマン・コッポラ監督の影響が見られ、スタッフの優秀さはこの映画のもうひとつの見所である。

 さらにイタリアのチネチッタスタジオにわざわざ作られたアリの巣のようなベラフォンテ号のセットを見ればわかるように、この映画はあえて戯画的な演出を施し、「虚構」の世界を「虚構」として構築している。

 その「虚構」が「現実」とクロスオーバーするシーンがある。

 潜水艇の中で、クルーのみんなが交互にズィスーの肩にぽんと手を置く場面だ。

 もちろんここで直面する「事実」も「虚構」である。しかし劇中では「虚構」と「現実」がクロスオーバーすることによって「現実」の「寂しさ」を実感させる。

 その「寂しさ」は「大家族」や「仲間」、「集団」の中にいても拭いきれない。だからこそ人間の「孤独」をまざまざと見せつけ、ズィスーの「肩」に重く圧し掛かるのだ。


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《ライフ・アクアティック》 2004年 アメリカ映画 - 原題 - THE L
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「ライフ・アクアティック」 実に独特の映画でした。 全体的にゆるい感じ。切実さのかけらもない感じ。 一体、何なのか、ちょっと乗れませんでした。 ライフ・アクアティック ??.
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この記事へのコメント
こんばんは。
オーウェン・ウィルソンって前は脚本も書いてたんですね。
もっと面白くなるのになぁと思っていたのですが、納得しました。
本当にいつも参考にさせてもらってます(^^)
Posted by カヌ at 2005年07月05日 23:45
TBさせていただきまいした。

独特のゆるい感覚と淡々としたビル・マーレーの演技。
奇妙な印象が残りました。
Posted by タウム at 2007年11月08日 18:27