2006年07月30日

ゆれる

是枝裕和のDNAは確実に継承されている。第529回

 巧い映画である。

「ゆれる」は、もうそれ以上何も語りたくないくらいの作品だ。

 例えば、派手なアクションがないとか、お金がかかっていないとか、地味だとかいう類の、ノータリンで低俗な感想でしか揶揄できないような文句の付け所のない完璧な作品。

 こんな完成度の高い映画は久々と言ってもいい。

 とはいうものの「映画伝道師」の使命として何も書かないわけにはいかず、恥ずかしくも駄文にて感想を書かせていただきます。

★★★★★(劇場)

(核心に触れる文面あるので、ご注意あそばせ)

 僕には弟がいる。

 しかしその弟とはお互い割りと近くに住んでいるにもかかわらず、殆ど顔を合わせる事がない。会ったとしても年に一、二度といった程度。電話することもなければメールを送ることもない。それどころか僕は、弟が引っ越して以来その新居に行ったことがないくらいなのだ。

 そんな兄弟の姿を見て、父は「もしかしてお前たちは仲が悪いのか?」とまことしやかに聞いてくることがある。

 ところが我々兄弟は、別段仲が悪いわけではない。

 単にお互いを干渉せず、最低限必要でなければ顔を合わさないだけなのだ。

 不思議な事に、弟とは例え一年顔を合わさなくても、会った瞬間にその時間差が一気に縮まり、何事もなかったように前回会った瞬間の関係に戻れるのだ。

 会わなくても何となくお互いがどうしているのかが感じられるし、だからこそ心配もせず、お互いの生活を干渉しない。

 何となくお互いがお互いを理解しているのだ。

 僕にとって「兄弟」は、そういう関係として育ってきた。

「ゆれる」は、母親の一周忌に帰省した弟(オダギリジョー)が久しぶりに家族と対面することで、徐々に物語が転がり始める。

 そこに流れるのは「違和感」という名の、家族の「断絶」だ。

 兄(香川照之)は家業のガソリンスタンドを継ぎ、弟はカメラマンとして東京で活躍している。兄は実家で親の世話をし、弟は親と折り合いが悪い。

 事なかれ主義でおとなしい兄と、利発で感情の起伏が激しい弟。

 この性格の異なる兄弟は、お互いを思いやり認め合うことで何となく均衡を保っている。

 ところがお互いの内なる感情の「ゆれ」によって生まれた「屈折した何か」がその均衡を破る。その不穏さは、冒頭の一周忌会場でいきなり垣間見ることが出来る。

 本作が秀でているのは、台詞とは裏腹の微妙な表情が全てを物語っている点にある。

 母親の葬儀にも帰ってこなかった弟を疎ましく思う父親(伊武雅刀)との仲を取り持つのは兄であり、故郷を捨てた弟の代わりに実家を切り盛りしているのもまた兄である。

 兄は東京で活躍する弟を誇りに思いながらも一方で嫉妬している。反面、弟は故郷を捨て、兄が自分のために人生を犠牲にしている事に負い目を感じているのだ。

 このお互いの「遠慮」が「確執」へと変わってしまう兄弟の「業」を、本作は「性」と「殺し」という人間の基本的本能に翻弄されることで描こうとしている。

 監督の西川美和は、前作「蛇イチゴ」(2002)でも兄と妹の確執を「葬儀」という場で面白おかしく描いて見せた。

「蛇イチゴ」の場合、風来坊な(正確には詐欺を働き続ける)兄と、教師をしている(真面目な)妹という性格の異なる二人が肉親の死をきっかけに再会し、「蛇イチゴ」の真偽によって信頼関係を生むという、本作と同様の要素によって「家族」を描いている。

 これにより「性格の違う兄弟」÷「肉親の死」×「犯罪」=「家族の再生」と言う西川作品における公式を導き出せる。

 弟と兄、派手と地味、モテるとモテない、都会と田舎、気軽さと深刻さ、偽善と偽悪、献身と適当、遂行と諦念、それらが引き起こす信頼と裏切り。

「ゆれる」は、弟がかつての恋人である智恵子(真木よう子)と再会し、兄が彼女に思いを寄せていると知りながら不誠実に寝取ってしまうことから「不穏」な何かが牙を剥き始める。

 映画は3人で幼い頃家族で行った渓谷へ出かけ、そこで智恵子がつり橋から転落死することから悲劇が始まる。

 智恵子の転落事故によって殺人容疑で起訴された兄は、弟がかばおうとする気持ちを汲むことなく、徐々に内に秘めた「悪意」=「本性」を表に出し始める。

 そして裁判場面になると、それまで弟の持っていた「要領のよさ」を兄が体現し、兄の持っていた「誠実さ」を弟が体現するという逆転が生まれる。

 これを兄弟の持ちえる共通の資質と捉えるか、はたまた人間の本性と捉えるかで解釈はかなり異なってくる。それによって最終的には兄の「悪意」が、弟を想ってこそ装ったものと捉える事さえできるからだ。

 兄が智恵子を殺めたと思わせる所以は、智恵子が田舎でくすぶりたくないと願う姿を、自分自身の抑制された感情の写し鏡であるように兄が思ったからだ。智恵子が兄の人生への諦念に対して苛立つ姿が弟のそれとシンクロし、瞬間的に殺意へと変換されたと思わせるに至るのだ。

 確かな事は、観客も、弟も、本当に知りたいのは事件が殺人か事故かという真相ではなく、兄の本心だという事だ。

 それはこの映画が事件の真相ではなく、「人間の心」という漠然としたものを解体して見せようとしている点に言及できる。

 監督の西川美和は脚本も手掛け、「蛇イチゴ」だけでなくオムニバス映画「female」(2005)の一篇「女神のかかと」でも心理描写を映像で表現する抜群のセンスを見せていた。

 本作が兄弟の話であるにもかかわらず女性らしい「いじわるさ」を脚本に練りこみ、極力台詞を廃しながらも、言葉と裏腹な内面性を俳優たちの表情や動作から伺わせ、生活音という「ノイズ」を「不穏さ」に変換させているなど、演出に全く迷いを感じさせないのが何よりも素晴らしい。

「カインとアベル」の如き兄弟の確執を古典に乗じながらも、二転三転する証言によって真相が「藪の中」へと迷い込む「羅生門」スタイルを基本とし、森林と裁きの場、そこに横たわる「欲望」と「女」という踏襲を経ながら、実は観客の真実を見極める判断を「ゆらそう」と試みているのが見事。

 本作で兄弟を演じているオダギリジョーと香川照之の演技が映画を支えている事はいうまでもなく、ラストで兄の名を呼びながら走り続けるオダギリジョーの姿には魂が震える思いがする。

 また薄幸な美しさを秘めた真木よう子、執拗さを静かに演じた木村祐一、以下言葉以上に目線や動作で心情を体現して見せた助演陣の演技も特筆できる。

「兄弟」という名の鎖に繋がれた二人の関係が、過酷な状況下でも外すことが出来ないという事実は、兄弟の父親がその兄(蟹江敬三)と不仲であるという、兄弟の確執の「連鎖」と「継承」においても感じさせている。

 裁判後半、兄の嫉妬返しに、弟はある種の「決別」を試みる。

 しかし結果生まれたのは、捨てたつもりが、自分が捨てられていたという皮肉。

「ゆれる」で揺れているのは、人間の感情同士のぶつかり合いによる「疑心暗鬼」という心情ではない。

「揺らぎ」は外から受けたものによって生まれたのではなく、既に自分自身の中にあるものだからだ。

 つまり、つり橋が「ゆれ」て不安定なのは、外からの力ではなくその橋の上に立っている自分自身が「ゆれている」事によるものである事と同じなのだ。

「許してもらう」のか、それとも「許す」のか。

 許されるのは誰で、許すのは誰なのか。

 その「ゆれ」の答えは、最後のショットに集約されている。

 通りの向こう、そしてかき消される「笑顔」。

 この「隔たり」が、まさに「彼岸」であるからこそ、その向こう側にあるのが「再生」だと僕は信じたい。

 兄弟の「絆」は時間という「隔たり」を超越するものなのだから。



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オゥ!お前ら基本がなってねーぞ!!【高岡】at 2006年07月30日 13:59
私、正直オジ様以外ダメなんです。そりゃ、たまには若い同世代の男性にポッポ来ちゃうことだってあるけど…
正直ダメなんです、私。【華絵のオモウコト】at 2006年07月30日 15:15
なんか、ノリっていうか、流れで童貞さんを喰っちゃいました。
童貞のお客さん喰っちゃった!!【キャバ嬢】at 2006年07月30日 15:30
私だって輝きたい…一緒にいてくれたら、誰にも見せない私を見せるかもよ!
恋をしないと女は輝かないっていうじゃない【恋する少女】at 2006年07月30日 15:50
ペットショップ行ってきたんだが猫にしろ犬にしろかなり高いんだな!!子犬が20万もするなって夢にも思わなかったぞ
オゥ!お前ら基本がなってねーぞ!!【高岡】at 2006年07月30日 21:07
若干31歳という西川美和監督が描いた、『ゆれる』を見た。 その時、つり橋がゆれた。 そして、兄弟のそれまでの絆がゆれた。 私なら、そんなコピーをつけたい。。。。。 ゆれた事の、波紋と再生を描いたストーリーは、法廷劇を含んでいるが、単なるサスペ...
『 ゆれる 』【海の上のピアニスト】at 2006年07月31日 22:35
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弟 ―東京の売れっ子カメラマン 兄 ―家業を継いだ独身の男 事故か 殺人か 愛情か 憎しみか あの橋を渡るまでは、兄弟でした。
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ゆれる【19歳の映画review】at 2006年10月07日 01:12
この記事へのコメント
はじめまして!
楽しくブログを拝見しています!
僕も「ゆれる」がみたくなりました。

よかったら僕のブログにも遊びに来て下さい
http://blog.livedoor.jp/coolradio2/
Posted by cool-radio at 2006年07月30日 17:40
主演2人の演技の確かさと、眼が物語る兄弟としての歩みがすごい映画を作ってくれたのだと思います。今後、期待出来る監督だと思いました。TBさせて頂きます。
Posted by sea1900 at 2006年07月31日 22:41