2008年08月04日

ダークナイト

エディソン・チャンを探せ!第607回

★★★★☆(劇場)

(核心に触れる文面あるので、ご注意あそばせ)

「同時に二つの事件が起こった場合、注意して取り扱わねばならない」

「ツインピークス」でカイル・マクラクラン扮するクーパー捜査官そう名言を吐いた。

 バットマンシリーズの最新作「ダークナイト」には度々、二つ、またはそれ以上の事件が同時多発する。

 そして劇中、様々な登場人物はそれぞれの「選択」を迫られる。

 人生の岐路、それは二手に分かれた道の「右」へ行くのか「左」に行くのかと例えられるが、それになぞられる様に「選択」はそれぞれの人物にとって未来への重大な結果を生み出す。

 連続する事件によって2時間半を飽きさせない本作の脚本は、単純でありがちなトリックでありながらも観客の先読みを不安にさせているのが見事で、「悪」のなんたるかを考察させた哲学的台詞を練り込んで、数あるアメリカンコミック映画化作品とは一線を画する作品に仕上がっている。


 アーロン・エッカート扮するデント検事は劇中こう語る。


「夜明け前はいちばん暗い、しかし夜明けは必ずやってくる」


 本作の原題「The Dark Knight」=「暗黒の騎士」は、つまり「Dark Night」=「暗黒の夜」であるとも理解できる。

 夜が明ければ朝がやってくる、そこから想起させる「希望」が対義語としてメタファーになっているのだ。

 映画冒頭、映像は街の全景が空撮で映し出される。

 この映像によって本作の舞台となる「街」=「ゴッサムシティ」を見せているのだが、その「街」がこれまでのバットマンシリーズとは異なり「虚構ではない」という感覚を観客に植え付ける事に成功している。

 本作におけるリアルな感覚、それはセットという作り物ではなく、ロケ撮影にこだわった賜物。

 撮影場所が本物(リアル)だからこそ生まれる「リアルな感覚」は、これまで誰も試した事がなかった漫画的な世界観を凌駕する奇抜さを発揮し、身近な出来事のように「バットマン」を体感できる演出を可能にしたのである。

 前作「バットマン ビギンズ」(2005)に続いて、本作も極力CGに頼らない、いわばCGで映像を作りこむのではなく、CGで映像に何かを足すという足し算的CGを試みている。

 更にセットによる世界観の構築の多いアメコミ作品の中にあって前作以上にロケ撮影にこだわり、その撮影設計(場面ごとのカメラの選択、照明やフィルムの選択、DI等々)においてもリアルさを加速させ、同時に爆破やカーチェイスの数々においても「実写」へのこだわりを見せ、圧倒的な迫力を生んでいるのだ。

 中国を悪者に描く傾向は近年のハリウッドの流行(はやり)だが、そのこともアメコミヒーローらしからぬ(特にティム・バートン版「バットマン」以来受け継がれた「架空性」を否定)リアルさの源泉となっていることが伺え、「香港」という実名もまたそれを後押しする。

 また、ヒーロー中心ではなく市井の人々を描き、彼らの「選択」をも演出してみせている事で更なるドラマ性を生み出しているのも見事。


 クリストファー・ノーラン監督の新生「バットマン」シリーズの真骨頂は「善悪の哲学」にある。

 本作では混沌を生む容易さとその危険性を示唆し、それはまた法律で守られた国家(や国民)の不均衡を暗喩させ、搾取にとどまる現状が、実は混沌(カオス)を生む準備段階にある危うさをも示している。

 それは、本作の中盤から「悪」への戦いが「攻撃」から「防衛」へと変化している事が如実に表し、守れば守るほど力を増し、悪意を増殖させるジョーカーという「悪」がそれを象徴している。

 特筆すべきはこれが遺作となったヒース・レジャー扮する悪役ジョーカーの役作り。

 本作における役作りの源泉が「バットマン」(1989)でジャック・ニコルソンが演じたジョーカーにあったと言えども、ヒース・レジャーの演じたジョーカーが映画史に残る「悪役」に成るであろう事に異論は無いだろう。

 映画後半の鍵となるトゥー・フェイスの登場ひとつ取っても、トミー・リー・ジョーンズが演じた同じトゥー・フェイスの登場する過去作「バットマン フォーエヴァー」(1995)とは志が異なる事は一目瞭然。

 脚本の素晴らしさは、レイチェル役のマギー・ギレンホール以外、ほぼ前作の主要キャストが揃っていることにも表れているが、前作に続いてハンス・ジマーとジェームス・ニュートン・ハワードというハリウッド音楽界の二大巨頭による贅沢な音楽は「ブラック・レイン」(1989)のスコアを思わせる重厚ぶりで、主要スタッフもまた前作通り。

 加えて脇を演じたエリック・ロバーツやアンソニー・マイケル・ホールなど、80年代ハリウッド映画ファンには嬉しいキャスティングと巷で噂のエディソン・チャンのあまりにもエキストラ的な出演はご愛嬌。

 何より本作が「続編」として素晴らしいのは、これまでの作品どころか前作「バットマン ビギンズ」を知らない観客、さらにはバットマン自体を知らない観客でも独立して鑑賞可能な作品に仕上げている点だ。

 その自信は、邦題にさえ「バットマン」の記述が見つからない点にも言及出来る。


「ダークナイト」は壮絶な銀行強盗場面で幕を開ける。

 そこには漫画的要素よりも犯罪映画的要素が色濃く出ているのはご覧の通り。

 つまり、本作は映画冒頭から「これは犯罪映画ですよ」と映画全体を告知しているにほかならない。

 それはまた、映画の結末、ヒーローであるはずのバットマンの行く末がハリウッド映画の脈々たる歴史を築いた「犯罪映画」のそれと符合させるのである。

 ジョーカーの起す犯罪のリアルさと怖さは「金目当てでなく、犯罪そのものを楽しんでいる」ことにある。

 恐るべき事に近年日本でも「犯罪そのものを楽しんでいる」と思わしき凶悪犯罪が起こり、被告自身も平然とそれを匂わす証言を行っている。

 前作で「復讐は正義でない」と学んだ「バットマン」=「ブルース・ウェイン」同様の精神を持つ正義の味方が必要なのは、本作が驚異的なヒットとなっているアメリカの「対岸の火事」なのではなく、我々自身の社会なのかも知れない。

 が、本作の終盤に示される「希望」のありかが、正義の味方ではなく、大衆にあることこそ、現在の社会構造の欠陥の何であるかを「ダークナイト」は教えてくれるのである。





※前作のレビューはこちら → 「バットマン ビギンズ」(2005)


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この記事へのコメント
まつさん、こんにちは!
TBさせて頂きました。

ほんと、勧善懲悪なアメコミヒーロー映画を大きく踏み越えて、クライムサスペンス映画になっちゃってますよね。(クライムアクションかな?)
アクションシーンに限らず、視点もバットマン視点・警察視点・ジョーカー視点とドンドン変化して2時間半を長いどころか短く感じさせる作りは、脚本の秀逸さを感じさせますね。
次作もスッゴイ楽しみです!

今後とも宜しくお願い致します。m(__)m
Posted by cocos at 2008年08月10日 16:10
まつさん、更新が続いて嬉しいです。

この映画、全米ではほんとに「スター・ウォーズ」を抜きそうな勢いのようですね。

ちょっと前まで戦うことを説いていたアメリカが、自省し、事実を受け止め、ここしばらく内面を描く作品が多かったのですが、ある意味この映画は暗い映画なのに、何か希望を感じさせて終わりますね。

ノーラン監督の「メメント」に驚き、ずっとこの監督は本物だろうかと思っていましたが、やはり本物ですね。すごい監督です。もちろん、脚本も!
Posted by tomozo at 2008年08月14日 23:07