2006年12月31日

日曜洋画劇場40周年記念 淀川長治の名画解説

サヨナラ、サヨナラ、サ・ヨ・ナ・ラ第582回

★★★★☆(DVD)

(個人的昔話にて、ご了承あそばせ)

「僕は映画の伝道師」と自らの使命を語っていたのは、僕が尊敬してやまない故・淀川長治氏である。

 当ブログ「まつさんの映画伝道師」の「伝道師」たる所以は、この淀川長治氏の言葉を拝借しつつ、その精神を微力ながら継承したいという勝手な強い想いからなのである。

 ちょうど中学生から高校生になる頃、僕はその淀川長治氏と一度だけ言葉を交わしたことがある。

 神戸の「新開地」は、かつて映画館が立ち並ぶ神戸市の中心地だった。

 しかし、市の中心はどんどん東へと移り、今は「三宮」が中心地となっている(現在も映画館の殆どが三宮駅周辺にある)。それとともに「新開地」という土地は廃れてゆき、人気もまばらな街になってしまった。

 そんな「新開地」は神戸市に生まれた淀川長治氏にとって映画体験の原点となった土地で、彼が「映画の伝道師」になる礎を築き上げた「心のふるさと」だった。「新開地」の窮状を知った淀川氏は、地元の依頼を受けて「新開地復興」を目指すべくチャップリンの短編映画上映と講演会を買って出、その講演会に僕も参加したのだ。

 そこで語られたのは、映画への愛だけでなく、文学、舞台、絵画など様々な芸術に触れる事で映画への理解が深まるという僕の映画愛への原点ともなる話だった。アンナ・パブロワのバレエを見たときの感動を語る氏の身振り手振りに酔いしれ、まるでそこにアンナ・パブロワが踊っているような錯覚を覚えたのは衝撃的でもあった。

 講演終了後、僕は無謀にも会場を去る淀川氏を追いかけて無理矢理サインをお願いした。すると氏はスタッフの制止を払って、快く僕の要望に応えてくれたのだ。

 僕の肩くらいまでしか身長のない小柄な氏は、サインを書きながら「あんた若いのに関心ねぇ、チャップリン好き?」と聞いてきた。しかし、僕はあまりの緊張で「はい」としか答えられず、氏は「たくさん映画見なさいね」と言い残してその場を去っていった。

 ほんの一瞬の対面であったが、僕にとっては忘れられない思い出である。

 それから四半世紀、僕は誰に頼まれるわけでもなく頑なにその「教え」を守っている。

 残念な事に、思い出の場所ともいえる講演が行われた劇場は、今はもう跡形もない。その後も「新開地」という土地は、若手の努力によってひと時の「復活」を果たすものの長続きせず、震災後の復興という苦労も重なって今も閑散な街として若者に忘れ去られようとしている。

 何とも寂しい限りだ。

 淀川長治氏は生涯現役映画評論家として命尽きるその日まで「日曜洋画劇場」の解説をやり遂げた。

 その映画への愛は、僕の憧れでもある。

 誌面における映画評論では硬派で辛辣な論評を繰り広げていた淀川氏であるが、「日曜洋画劇場」の解説では一貫して映画鑑賞の楽しさを伝えるという視点で語り、視聴者と映画を繋ぐ橋渡しの役割に徹していた。

 そんな淀川氏の解説50本が「日曜洋画劇場」放送40周年を記念してDVD化された。

 淀川節の最盛期ともいえる1980年代の解説を中心に収録され、その独特の語り口は、現在でも聴くものを否応なしに惹きつける。

 ここに収録されている50本の作品は、面白い面白くないを別にして、映画を基本的に、そして深く知る上で見ていて損はない作品ばかり。これらの作品を観た上で淀川氏の解説を聞くと、その解説の的確さが良くわかる。

 短い時間の中に込められた作品に対する情報と短評。

 氏の解説を聴けば、収録作品を再見したくなること必至で、自分の未熟さを痛感させられ、日々精進を誓うばかり。

 多少難を言えば、編集によって解説の単なる羅列になってしまっているので、興味のない方々に130分の収録時間は長く感じるかもしれないという点。編集構成をもう少し考えるべきであったと思えるのだが、なかなかお目にかかれない過去映像がいろんな意味でお宝であることは疑う余地も無い。

「燃えよドラゴン」(1973)の解説の中で、淀川氏は亡きブルース・リーの雄姿がフィルムの中で永遠に輝き続けていると語っていた。

 その淀川氏もまた、残された収録テープの中で色褪せることない映画解説を永遠の輝きをもって語っている事に、我、羨望するのであった。




 今年の更新はこれで最後です。

 ブログ仲間のみなさま、今年も大変お世話になりました。

 今年は訳あって記事の毎日更新を諦めた矢先の入院で、9月以降はロクに更新できないまま新しい年を迎えてしまいますが、これからも「まつさんの映画伝道師」をどうぞ宜しくお願いいたします。

 新年は毎年恒例の映画ベスト10の2006年版をお送りする予定です。

 みなさま、良いお年を。


 さよなら、さよなら、さよなら。

  

Posted by matusan at 12:21Comments(5)TrackBack(1)

2006年05月19日

ユアン・マクレガー大陸横断 バイクの旅

DVD3枚組で8800円は安い?現在品切れ中の人気。第457回

 今回は先週からWOWOWで再放送され、今月DVDも発売されたドキュメント番組の傑作をご紹介。

★★★★☆(TV)

「人生の地図」や「LOVE&FREE」で知られる高橋歩は、2年かけて妻と共に世界一周したときの経験によって人生観が変わったことを書籍の中や講演で語ってきた。

 それは「旅」によって自分たちがそれまで「当たり前」であると思っていたことが、全く「常識」ではないことに驚き、自分自身の人生の悩みが如何にちっぽけであるのかを痛感したことによるものだと伝えている。

「ユアン・マクレガー大陸横断 バイクの旅」は、いまや押しも押されぬ大スターとなったユアン・マクレガーが、イギリスからユーラシア大陸を経てシベリアからアメリカ大陸に渡りニューヨークまでの2万マイルを115日かけてバイクで横断するという趣向のテレビ番組。

 毎年2〜3本の映画出演をこなしているユアンが、2004年に映画出演作がないのはこの企画に集中していた為だ。

 ユアン・マクレガーの友人チャーリー、そしてカメラマンのクラウディオが旅に同行し、3人はバイクでの完走を目指すのだが、ユアンとチャーリーはそれぞれビデオカメラを持たされ、「ビデオ日記」なるもので旅の率直な感想を個々に吐露するのが見所。

 疑いなきハリウッドスターでありながら、「セレブ」な対応とは無縁の過酷な冒険はトラブル続きの大波乱。

 旅の企画に始まり、体力づくり、各国のビザ取得、資金援助集め、と出発前の様子から描かれる本作は、バイク選びでいきなり意見が衝突してスポンサーが下りてしまうというトラブルから幕が開ける。

 さらにカメラマンのクラウディオが実はバイクの免許を持っていなかったと判り全7回の番組は初回から波乱含み。

 ユアンと旅を共にするチャーリー・ブアマンは「脱出」(1972)や「エクスカリバー」(1981)のジョン・ブアマン監督の息子で、かつて「エメラルド・フォレスト」(1984)公開時には来日し、当時は美少年と謳われていた俳優でもある。ユアン・マクレガーとは「悪魔のくちづけ」(1997)で共演し、以来家族ぐるみの親交を深めている間柄である。

 この企画が「奇抜」で「型破り」なのは、精神的に肉体的にもボロボロとなるハリウッドスターのありのままの姿が映し出される事だけではない。

 それは「ハリウッドスター」、しかも「人気のあるハリウッドスター」であるにもかかわらず、このような企画が実現した点にある。

 ハリウッド映画界には「エージェント制」という「掟」の中で俳優たちは「映画」という仕事を配分されていると言う現実がある。

 エージェントのついていない俳優は基本的に映画に出られないし、大手エージェント会社に所属すれば「いい仕事」が得られるという日本の芸能事務所と同じ構造を持っている。

 エージェントはスターたちのギャラから手数料を差っ引くので、ギャラの高い大スターであればあるほど厚遇し、大スターには入り(収入)の良い大作映画出演を強いるという現実がある。

 ハリウッドスターが有名になればなるほど、実は「作品選び」が困難になり、やりたい役よりも「儲かる役」を演じざるを得ないのはそのためだ(元々アート志向だったレオナルド・ディカプリオが「タイタニック」(1997)の出演を後悔していると公言しているのはそのためだ)。

 さらに道なき道を行く大陸横断という「危険」に対して保険が下りにくいという現実もある。映画でスターが怪我をして撮影が中断することで、多くのスタッフが働けなくなり損害を生み出すことから「スタントマン」が雇われるように、「大金」がぶら下がっている大スターに「怪我」は許されない。

 映画1本のギャラが高いユアン・マクレガーが「儲けの少ない」この企画に1年の殆どを費やすことが、ハリウッド業界の常識においてなかなか難しい事を考えると、この番組の「破格」さが伺えるだろう。

 旅は、国境でのトラブル、盗難、事故、ギャングとの遭遇という様々なアクシデントが発生し、彼らの行く手を阻む。

 特にシベリアの「骨の道」で橋が陥落して川を渡れないピンチに何度も襲われ、バイクの故障や泥に悩まされる過酷さは、この番組最大の見所。

 しかし、これらのトラブルによってユアンとチャーリーの絆がさらに深まり、苦境に立っても「ユーモア」を忘れないイギリス人気質が見ている我々を至福に導いてくれる。

 国や文化、人種越えて各地の人々と交流を重ねるうちにユアンの人間性も磨かれてゆくのが垣間見れるのも魅力で、彼らの旅が人々の厚意と優しさに支えられていることが「国際交流」の何であるかを感じさせているのが素晴らしい。

 また、ユニセフ活動の一環でチェルノブイリ事故の犠牲となった子供たちとの交流など、「平和」や「未来」について考えさせられる一面も持ち合わせているのも特筆できる。

 人が人によって助け合うことの「真理」をありのままに見せてくれる本作は感動せずにはいられず、10年前から同様の姿勢で北海道のローカル局ながら「旅」を描いてきた「水曜どうでしょうの先見性も指摘できる(ニューヨーク到着のカットが「水曜どうでしょう」の最終回と酷似しているのは偶然ながらも「旅」の本質の共通性を痛感させる)。

 旅の終盤、ユアンはポツりとこう漏らす場面がある。

「巨額予算の映画がバカバカしく思えてきた」

 しかしユアンはこの後、この番組制作の借りを返すために「スターウォーズ エピソード3 シスの復讐」(2005)や「アイランド」(2005)などの大作に出演することになる(「スターウォーズ」はシリーズなので別理由もあるのだが、それはご愛嬌)。

 だが、普通なら出会うことのない人々と出会い、普通なら目にすることのない風景を目にしてきたユアン・マクレガーが、今後「出会った人々の視線」にたった作品選びをしてゆくであろうことは想像に難しくない。

  
Posted by matusan at 20:44Comments(0)TrackBack(1)

2006年03月27日

sakusaku Ver.2.0 ヴィンの復習

sakusakuを見てたら仲間が出来た〜♪第404回

 テレビ神奈川の3月31日放送分を最後に木村カエラ嬢「sakusaku」をご卒業。ということで、エールを送るべく先日発売された「sakusaku」のDVD第二弾をご紹介。

【「sakusaku Vre.2.0 ヴィンの復習」を検証の巻】

 前作「sakusaku Ver.1.0」は一度発売延期されたことからもわかるように、発売までには紆余曲折あっただけでなく、その歪はその後の「sakusaku」という番組自体にも大きな打撃を与えた。

 番組の人気によって元々複雑だった権利関係が利権争いで仇となり、番組の顔であった増田ジゴロウというキャラクターの降板劇を引き起こし、番組の人気過熱に水を差す形となってしまったのだ。

 今回のDVDは「増田ジゴロウ」降板後、代わって「白井ヴィンセント」が登場した2005年7月以降のダイジェストとなっているのだが、結論から言うと、コアなファン以外にはわかりにくい記録ビデオのような内容になってしまっている。

 しかも、本編が66分で特典映像が122分という逆転現象を起し、どちらが「本編」なのかわからないだけでなく、どちらかというと「特典映像」の方が本編よりも面白いのだ。

 これには様々な理由が考えられる。

 まず「増田ジゴロウ」降板後と同時に悲劇が立て続けに番組を襲ったことで、この1年は「sakusaku」にとって激動であったことが挙げられる。

 昨年8月には番組ディレクターであり「ご意見番(ゴイゴイ)」として番組にも登場していた金田真人氏が35歳の若さで急逝。当時の番組内容はDVDにも収録されているが、カエラ嬢は涙ぐみ、ヴィンセントもしんみりしていて、DVD本編の勢いが一気に停滞してしまう(さらに副音声のコメンタリーでも言葉にならない様子が伺える)。

 これによって「ゆるさ」による「元気」=「パワー」が失速してしまっているのだ。もちろん、記録としては外せない(番組のスタッフロールには、今も金田氏の名前が記載されている)のだろうけれども、「sakusaku」ビギナーには分かりにくいだろう。

 さらに昨年12月で番組を卒業したカメラマンの「カーリー田中」の最後の映像なども「記録」としてはいいのだが、DVDでしか「sakusaku」に触れていないファンにとって2枚目のDVDで「別れ」を見せられて辛いのもまた事実。

 次に会話の妙。

「sakusaku」はテレビ神奈川というローカル局が制作しているので、確信犯的にチープな作りとなっており、番組の真髄は木村カエラとヴィンセントとの会話にある。

 映像特典の中で盛んに「固有名詞を出すな」という注意をカエラ嬢はヴィンセントから受けるのだが、これは版権上の問題をクリアするためなのだが、「sakusaku」のトークの面白さは、実は「サブカルチャー」的な話題の中にこそある。

 映画やアニメ、80年代アイドルやテレビ番組、さらには日本の歴史などなど、その「うんちく」が視聴者の琴線に触れるのだ。

 DVDに収録されているトークは編集でブチブチに切られて、その面白さが伝わってこない。これはあまりにも勿体ない。

 DVD前作のゴタゴタによって版権に対して過敏になった結果、トークの面白さが削ぎ落とされてしまっているのだ。

 とどのつまり、「sakusaku」という番組の「楽しさ」が、このDVDからは伝わってこないのだ。

「sakusaku」という番組自体、MCが木村カエラに代わったことに伴ってブレイクしたことからもわかるように、今の「sakusaku」という番組は木村カエラ無しに語ることは出来なくなった。

 今回、3月末で木村カエラが卒業(つまり降板)することになったのは、本人が番組内で「sakusakuが嫌いになった訳ではない」語っているように、本人の意向ではない。

 丸三年のMC担当は過去最長なので、番組ではこれを「特例」と呼んでいるが、広告収入の厳しいローカル局にとって、わざわざ人気のMCを手放す手はない。

 ここには木村カエラの事務所の意向が大きく働いていることがわかる。

 シングル「リルラリルハ」のヒットを契機に木村カエラは全国区のブレイクを果たし、昨年春頃からまことしやかに「カエラ側のスタッフは番組を辞めさせたいが本人が辞めたがらない」という噂が巷では流れていた。

 今月発売されたセカンドアルバム「Circle」はオリコン初登場第2位(倖田來未のベストに阻まれたものの、売り上げ枚数なら1位になれたほど)を記録し、再結成されたサディスティックミカバンドのボーカルに招かれるなど音楽界での需要や注目度は高い。

 しかし、毎日月曜日から金曜日までの帯番組(30分×5とはいえ、番組を見ればその多くが編集によってカットされていることや金曜放送分での疲労ぶりから、かなりの収録時間を費やしていることがわかる)は事務所にとって木村カエラの音楽活動に支障をきたしてしまう。「sakusaku」の企画でチャンスを掴み、ミュージシャンとして目覚めたことが、仇となってしまったのだ。

 それでもカエラ自身は番組出演を守り続けてきたのだが、事務所はコンサートツアーだけでなく音楽フェスティバルへの参加、FM番組やテレビ番組への出演、怒涛の雑誌取材(今月発売の雑誌だけで10冊近い表紙を飾っている)、地方へのキャンペーンなど、常套手段とも言うべきタイトなスケジュールを組むことで、本人に「もう無理」と言わせたのは想像に難しくない。

カエラ嬢がそうであったように彼女もまた未知数であって欲しい カエラ嬢の後を引き継ぐのは2005年ミスマガジンで「審査員特別賞」(グランプリでない点がミソ)を受賞した中村優。グラビアアイドルがどこまで「sakusaku」で花開くのか、彼女にとっても大きなチャンスなだけに頑張っていただきたい。

 本日の「辞職会見」を皮切りに、今週の「sakusaku」はカエラ嬢卒業カウントダウン企画目白押し。

 しかと見届けつつ、今後も「サクサカー」であることを誓う所存の「まつさん」なのであった。


※過去記事「sakusaku Ver.1.0」もご参照ください。

  
Posted by matusan at 23:46Comments(1)TrackBack(1)

2005年12月17日

GUNDAM 来るべき未来のために

富野の手を離れた「ガンダム」ワールド第304回

 本日、遠征中にて上野の森美術館で開催中のガンダム展「GUNDAM 来るべき未来のために」をご紹介。ご興味あればご通読下さい。また、野茂・イチロー・田口・吉井・中村などを育てた仰木彬監督のご冥福をお祈りします。

(「映像」繋がりということで、ご了承あそばせ)

「機動戦士ガンダム」サーガの原点となる「ファースト・ガンダム」と呼ばれる「機動戦士ガンダム」には様々な名台詞が存在する。

「認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちというものを」

「殴ったね!(中略)親父にもぶたれたことないのに!」

「坊やだからさ・・・」などなど。

 これらの台詞の普遍性は、「機動戦士ガンダム」のテレビ放映から4半世紀たった現代日本において「古典的」意味合いを持つ。つまり様々な文学のなかでシェークスピア作品の「名台詞」が引用されるように、「機動戦士ガンダム」におけるそれも引用に相応しい様相を持ち始めている。

 そんな「機動戦士ガンダム」も放映当初は不遇な作品だった。

 ロボットアニメは「子供向け」とされていた時代。企画段階から少し上の年齢層をターゲットとしたために子供たちの支持を受けなかった「機動戦士ガンダム」は、全52話の予定でスタートしたものの43話で打ち切られるという憂き目に会っている。

 だが度重なる再放送とガンプラというプラモデルの人気によって劇場版映画三部作が製作され「名作」となりえたのはご存知の通り。

 今年「ローレライ」(2005)、「戦国自衛隊1549」(2005)、「亡国のイージス」(2005)と3本の作品が映画化された作家・福井晴敏がガンダムファンを自認してノベライズを手掛けているように「機動戦士ガンダム」は確実に後進を育てている。

 今回のガンダム展によって「機動戦士ガンダム」は「ミッキーマウス」や「スヌーピー」同様、アートの題材となりえるアイコンとなったわけだ。これは日本のアニメにおいて一昨年の「ドラえもん展」と同等の立場にあるともいえる。

これだけは会場外で撮影OKだったのだ! 現在開催されている企画展示「GUNDAM 来るべき未来のために」はアニメと美術の領域を橋渡しする目的として企画され、「ガンダム×アート」+「アニメ×美術」という数年前まではサブカルチャーとしての領域でしかなかった分野を、新たな美術の枠組みとして系統づける目的を持っている。

 会場には「出発」「戦争」「進化」「生命」「フロム ガンダム」という5つのステージに分かれており、「機動戦士ガンダム」にインスパイアされたアート作品が展示されている。

 まず「ザク」と題されたモブシーンのような戦争画の緻密さに圧倒される。そして最終回に登場した傷ついたコアファイターの実物大作品。我々が頭の中で描いている場面が3次元として目の前に広がる様は圧巻。

 さらに度肝を抜くのは西尾康之による「crash セイラ・マス」。高さ4m、長さ6mという巨大な石膏像は異様な迫力で我々に襲い掛かる。

 セイラといえば「機動戦士ガンダム」の中でも美女キャラとして登場するヒロインだが、彼女は一方で暗殺されたジオン・ダイクンの娘として世間から身を隠した人物でもあり、宿敵シャア・アズナブルの妹でもある複雑な背景を持つ人物。

 彼女は劇中、「あなたならできるわ」とアムロを喩し、「それでも男ですか、軟弱者!」とカイを罵倒するように、戦いにくじけたものたちを奮起させる役割を持っている。その戦いに対する「恐怖」を強いる彼女の持つ「強迫」が反映された造形には狂気さえ感じさせる(写真でご紹介できないのが残念)。

 あえてセイラの持つキャラクターを逆手に取ったアイディアは展示作品内随一の出来。

 異色なのは「機動戦士ガンダム」のテーマともいうべき「ニュータイプ」の研究展示。これは来館者も体感できるシュミレーションタイプの展示で、「サイコ・コミュニケーター・システム」という人間の感応能力を測定する実験が行われていた。

 そのほかにも「書道」、「インスタレーション」、「写真」と様々な分野の作品が出品され、単にガンダム関連のアイテムの展示とは趣の違う展示となっている。

 先述のニュータイプが示すように、「機動戦士ガンダム」では新世代の誕生を示唆している。それは外見的なものではなく、「心的」なものとしての変化として言及されていた。

 それに呼応するように「機動戦士ガンダム」の世界も年月の経過とともに「アニメ」としてでなく「アート」として変貌を遂げつつある現状に、ある意味「ニュータイプ」を感じさせたのは僕だけではあるまい。



※企画展示「GUNDAM 来るべき未来のために」は東京・上野の森美術館にて12月25日まで開催中。

 詳しくはこちら → 「ガンダム展」ホームページ

  
Posted by matusan at 22:55Comments(2)TrackBack(0)

2005年10月18日

Paradise Kiss

スタイリスト付きアニメ第244回

「NANA」(2005)が好評公開中だが、その原作者である矢沢あいの漫画「Paradise Kiss」がアニメ化され、この秋から放送されている。今回は「まつさんの映像伝道師」としてアニメ「Paradise Kiss」を御紹介します。

【「Paradise Kiss」と清川あさみ】

 先日、第1回が放送されたばかりだが深夜帯アニメとしてはかなり丁寧な作り(というか、最近は深夜帯に放送されるアニメの方が精度が高い傾向にある)で意気込みが感じられる。

 この番組は、連続ドラマのようなアニメ、をコンセプトとした「noitamiA」シリーズの第2弾。第1弾の「ハチミツとクローバー」に続く女性をターゲットにした作品になのだ。

 主人公の紫(ゆかり)の吹替えを山田優が担当しているのも話題。またミワコの吹替えを「ノロイ」(2005)で一躍注目された松本まりか、某役を岩城滉一が担当しているのだが、キャラクターによっては原作のイメージにそぐわない声の出演者がいるのがファンの波紋を呼ぶやも。

 この作品の展開に今後「音楽」は欠かせないのだが、オープニングテーマ曲はトミー・フェブラリーが新曲提供、エンディングテーマ曲はフランツ・フェルディナンドが日本先行発売されたセカンドアルバムの中から1曲提供している。

 さらに第1話の劇中にビルボードが登場していたようにTHE BABYSも今後楽曲提供してくれる予定。サントラ発売時にはその出来上がりが期待できる。

 進学校に通う紫は街角で「矢澤芸術学院」の学園祭のファッションモデルにスカウトされ「パラキス」というデザイナーの卵集団と知り合うことになる・・・というのがストーリー。

美女の作る美 実写や写真をトレースしたり、原作に忠実な描写があったりとアニメ表現においても注目なのだが、その中でも特筆すべきはアートディレクター兼スタイリストとして参加している清川あさみの存在。

 彼女はモデルとしてデビューし、アート作品を手掛けるクリエイターに転向した人気アーティスト。糸や布をモチーフにオブジェや衣装作品を発表し、独自の手法によってオリジナリティのある世界観を展開、アートとファッションの両面で評価されている。

 なかでも「SAMP×SAMAP」における衣装製作は有名。雑誌「ZIPPER」とのコラボレーションが多く、表紙やスチールのアートディレクションを手掛けていることから今回の参加が実現した(「Paradise Kiss」は「ZIPPER」に連載)。

 最近では「リリイ・シュシュのすべて」(2001)で歌姫を演じたsalyuのシングル「Peaey」や木村カエラのシングル「リルラリルハ」のジャケットを手掛け、まるで花畑のような華やかさを糸と布で表現している。

入場無料の太っ腹 先日「清川あさみ展 Color Rooms」を見てきたのだが、入場無料が勿体ないくらいの充実ぶり。会場入ってすぐ掲示されているプロフィールの横に飾られた自画像の刺繍にいきなり圧倒される。

 衣装作品や布作品に加えて、写真に刺繍を施した作品の精巧なデザインの素晴らしさに、思わず顔を近づけて見てしまうほど。糸と糸が重なり合い、色合いとラインを作り出している、その美しさには惚れ惚れする。

「トップランナー」に出演したビデオが上映されているモニターの前には女性客が見入っていた。綺麗な人が綺麗なものを作る、そのことに女性が魅入られているのが印象的だった。

美波さんも・・・一青さんも・・・カエラさんもあさみさん










 ちなみに「Paradise Kiss」の衣装デザインは田山淳朗が担当しており、こちらも注目。

 アニメキャラクターにスタイリストが付くという異例のこだわり。原作の持つファッション性を重視して単なるアニメの枠を超えた才能の結集となる作品だけに、物語だけでなくアートディレクションの面においてもぜひご注目いただきたい。

 それにしてもこれは矢沢あい作品だからこそ出来る技。こだわりを持ってやりたくてもなかなか制約があって出来ないクリエイターが多い中うらやましい限りの製作体制である。

※「Paradise Kiss」は放送エリア限定にてご注意あそばせ。

  フジテレビ 毎週木曜日 24:35〜
  東海テレビ 毎週木曜日 26:05〜
  関西テレビ 毎週月曜日 25:30〜
  
Posted by matusan at 22:29Comments(1)TrackBack(1)

2005年10月07日

エイミー・マン

クールビューティ!第233回

 先日、エイミー・マンのライブを聴いてきた。

 彼女はかつてティル・チューズデイというバンドのボーカルとして来日しているのだが、実は19年も前の話なのである。

 つまり、およそ20年ぶりの来日。ソロとしては初めての来日を果たしたことになるのだ。

 この十数年、僕は「ぴあ」のコンサート情報に彼女の名前が記載されるのを待ち続けた。待ち続ける間にティル・チューズデイは解散し、ソロデビューを果たすもレコード会社と契約で揉め、インディーズで辛苦の日々を過ごし、そして復活した。

 今回は待望の来日を果たし、変わらぬ美しさを見せてくれたエイミー・マンのライブ鑑賞を勝手に記念して、彼女が復活したきっかけとなった映画音楽についてご紹介します。


【エイミー・マンと映画音楽】

2004ライブCDにはDVDも付いている! エイミー・マンの歌声を、僕は「泣きのボーカル」と呼んでいる。

 彼女の歌声はどこか「寂しさ」が漂う。それは彼女の歌う歌詞に込められた、強がっても寂しさには勝てないという人間の弱さが表現されているから、という単純なことではなく、また彼女自身の寂しさが表現されているからでもない。

 愛への渇望は時に辛辣さも感じさせ、その「強さ」がまた「弱さ」への裏返しと感じられるのだ。

 彼女の実質メジャーデビュー曲にして全米トップ10ヒットとなった「愛のVOICES」は、まさに彼女がビデオクリップの中で泣きながら歌っている。

「泣き」は彼女の代名詞であり、人の悲しみを語ることで癒そうとしている。つまり、聴いている側の「悲しみ」をすべて受け入れようとしているのだ。よって不思議と歌詞が聞き取れなくとも、彼女の歌う「人の悲しみ」は自然と心の奥に響いてくるのだ。

 その悲しみが伝わってくる或る映画のワンシーンがある。

 それは「マグノリア」(2000)で、登場人物たちが交互にエイミー・マンの「セイブ・ミー」を歌う場面だ。

 登場人物はそれぞれ一人で何かをしている、そしてまるでミュージカルの如く呟くように歌い始めるのだ。

「マグノリア」サントラは傑作です!「マグノリア」は、群像劇として、トム・クルーズやジュリアン・ムーアをはじめ多くの俳優が出演したポール・トーマス・アンダーソン監督の話題作。ラストの解釈には賛否あるが、前半の畳み掛けるような展開と、個性的な登場人物の人物描写の見事さで3時間あっという間に過ぎる異色作だった。

 実はこの映画の音楽を担当したのがエイミー・マンだった。

 前述の「セイブ・ミー」のほか「ワイズ・アップ」など9曲が収録されたサントラはゴールドディスクを獲得するヒットとなり、翌年のアカデミー賞授賞式では歌曲賞にノミネートされた「セイブ・ミー」を演奏している。

 それまでほぼ無名に近かった彼女が音楽担当になったのにはある経緯がある。

 彼女の夫は歌手のマイケル・ペン。「ノー・マイス」のヒット曲しかないが、「アイ・アム・サム」(2001)のサントラでは「トゥ・オブ・アス」を妻エイミーとデュエットしてヒットさせている。

 このマイケル・ペンは俳優ショーン・ペンの兄でもあり、ポール・トーマス・アンダーソンの監督デビュー作「ハード・エイト(1996)」や監督2作目「ブギーナイツ」(1997)の音楽担当でもあった人物だ。

 つまり、エイミー・マンは、夫を通じてポール・トーマス・アンダーソンとは相関が生まれることになる。

 またギャラ度外視で「マグノリア」に出演することを熱望したトム・クルーズの主演作「ザ・エージェント」(1996)で、当時まだ未発表曲であった「ワイズ・アップ」が使用されていることも、トムが「タップス」(1981)での共演以来ショーン・ペンとは親交があることも偶然とは思えない。

 さらにポール・トーマス・アンダーソンは学生時代に見たテレビドラマ「メルローズ・プレイス」のサントラに収録されていたエイミー・マンの「ザッツ・ジャスト・ホワット・ユー・アー」にインスパイアされて「マグノリア」の脚本を書いたと明言している。

 彼女はソロデビューの際にティル・チューズデイ時代のエピックとの契約を切るのに揉め、以降も所属レーベルの倒産、合併による契約の打ち切りなどで、CDを完成させてもリリース出来ないという長い不遇の時代を過ごした。

 だが、彼女のソングライティングの高さは音楽仲間からの評価が高く、自身のアルバムを発売差し止められた時期にもシンディ・ローパー、マシュー・スウィート、RUSHなどのアルバムに参加してきた。

 その地道な活動が評価を積み重ね、「クルーエル・インテンションズ」(1999)、「スライディング・ドア」(1998)といった映画のサントラに楽曲提供ということに繋がったのだ。

「マグノリア」サントラの成功で一躍注目を浴びたエイミーは、「アイ・アム・サム」のサントラ参加で決定的な評価と信用を得て、「セックス&ザ・シティ」のサントラや「世界で一番パパが好き」(2004)、「イナフ」(2002)への楽曲提供を実現させている。

 つまり、彼女のキャリアは映画への楽曲提供とともにあるといって過言ではない。

 今回のライブでも「マグノリア」からの楽曲が紹介されると、会場は一気に沸きあがった。エイミー・マンのファンの多くが「マグノリア」によって生まれたことの証拠である。

東京2回、大阪1回の計3回公演は即日完売! ブロンドで細身の長身である彼女は外見がとてもクールだ。演奏中のみならず、普段もクスリとも笑わない。今回のライブでは音声ミスや調弦をしなおすことが度々あって演奏が中断したが、それに動じることなくマイペースでライブを進めていたのが印象的だった。

 今年発売されたニューアルバム「フォーゴットン・アームズ」はコンセプトアルバムとなっていて、その紹介もライブでは丁寧に説明していた。多くの観客にとっては解せぬ早口な英語のため不親切にも思えたが、それは2度のアンコールとラストの曲によって払拭された。

 最期に演奏したのは前述の「愛のVOICES」だった。

 彼女は、長い間日本に来なかったこと、初来日のときは臆病だったと話し、日本のファンのためにと珍しくティル・チューズデイ時代の曲を演奏してくれたのだ。しかもそれはアコースティックバージョンにアレンジされたものだった。

 彼女はクールであるからこそ、時折見せる笑顔が映える。これは辛辣であるからこそ、優しさを感じる彼女の楽曲と符合する。

 僕は今回のチケットを整理番号「1」で手に入れた(オールスタンディングなので整理番号順の入場なのだ)。これまで数多くのライブを見聞きしてきたが、こんな奇跡は初めてだった。

 最前列に陣取った僕は、彼女の歌声と美しさにクラクラしながら19年分の想いを馳せ、彼女の「泣きのボーカル」に涙した。

 商業主義に翻弄されることなく楽曲を作り続けるエイミー・マン。これからも映画との相性のいいところを見せて欲しいと思う。そして今度はもう少し近いうちに来日して欲しいと願うばかり、お互いええ歳ですから。

  
Posted by matusan at 11:45Comments(1)TrackBack(2)

2005年08月14日

sakusaku Ver.1.0

10e91ba0.jpg第179回

【訃報:ご意見番さん】

 巷で人気沸騰中のテレビ番組「sakusaku」の「ご意見番」ことディレクターの金田真人氏が、クモ膜下出血により35歳の若さで急逝されました。ご冥福をお祈りして、今回は「sakusaku」のDVDをご紹介します。

「sakusaku Ver.1.0」

「水曜どうでしょう」、「きらきらアフロ」そして「sakusaku」は地方発信にもかかわらず、だんだんとネットを広げているという共通点を持つ番組だ。

 この3番組に共通するのは「ゆるさ」だ。

 企画らしい企画ではなく、どこか「友達ノリ」の遊び感覚な「ぐだぐだ」感。番組の面白さは「会話」にある。

「水曜どうでしょう」は北海道制作。日本国内のみならず海外ロケも敢行し、おバカな旅を企画する。「原付ベトナム縦断1800キロ」と題し、スーパーカブでベトナムを南北に縦断した最終回は感動的。

 2002年の番組終了後に話題となり、いまなお全国各地で再放送をやっているお化け番組。これから10年かけてリリースされるDVD全集(現在5弾まで発売中)はローソンでの限定販売にもかかわらずオリコンチャート上位を獲得する人気ぶり。北海道限定スターといわれた大泉洋が一躍ブレイクした。

「きらきらアフロ」は笑福亭鶴瓶とオセロの松嶋尚美によるトーク番組。松嶋のナチュラルボーンで強烈なボケが炸裂し、視聴者のIQを刺激するのが特徴。

 もともと大阪で放送されていた上岡龍太郎と鶴瓶による「パペポTV」と同じような「フリートーク」という構成を持ちながらも、本質的にはかなり違う。それは基本的に「きらきらアフロ」が女性向けとして制作されている点にある。

 また「パペポTV」では鶴瓶の低脳ぶりを上岡龍太郎がイジルという形が「きらきらアフロ」では逆転。鶴瓶が常識人と化しているところが興味深い。この番組では松嶋尚美の人気が広がった。

 そして「sakusaku」である。

 大泉洋や松嶋尚美同様、この番組からは木村カエラがブレイク。既に雑誌「SEVENTEEN」のモデルとして活躍していた彼女の意外な一面によって番組の人気も急上昇した。

「sakusaku」はTVKで放送中の神奈川発音楽バラエティ。月曜から金曜まで毎朝7時30分から放送されている30分の帯番組(当日の深夜に再放送あり)。現在、木曜日放送分が北海道、新潟、名古屋、兵庫、福岡などでネットされている。

 これまでに何度かMCが交代しており、木村カエラはあかぎあいの後任。初代MCはPuffyだった。

 増田ジゴロウというサイコロの形をした人形と屋根の上で「機動戦士ガンダム」や「宮崎アニメ」といったアニメネタや「レース鳩777」や「ゲームセンターあらし」というコアな漫画ネタを盛り込み、勝手にライバル視している「水曜どうでしょう」のネタもあり、双方のファンには相乗効果を生み出している(いわゆる「どうバカ」と「サクサカー」はかぶっている可能性は高い)。

 番組はこのような「どうでもいい会話」がひたすら繰り広げられるとい内容で、一応有名ミュージシャンがゲストとして登場する。

 登場初回から「タメ口姫」と呼ばれるくらいナチュラルな木村カエラの魅力は、外見のギャップと相成ってじわじわと人気が集め、「LEVEL42」で歌手デビューも果たし、「リルラリルハ」のヒットは記憶に新しいところ。

 彼女の魅力はこの番組の「ゆるさ」によって引き出されている。「新・堂本兄弟」でKinki Kidsの後ろに、すまし顔で座っている彼女からはこの魅力は想像し得ない。

 チープなセットやキャラクターたちに囲まれ、大人の世界に放り込まれた女の子がとまどいながらも鋭い刃のような毒舌で切り返してゆく姿は快感。

 木村カエラと増田ジゴロウとの会話は、当初人形目線で交わされていたにもかかわらず、いまや人形の向こう側にいる「人間」=「黒幕」=「画面の向こう」に向かって話しかけている。その番組制作の常識を無視したチープさもまた魅力。

 低予算ながら地方から面白いものを作っていこうという姿勢は「水曜どうでしょう」、「きらきらアフロ」に通じる精神。その脱力感がせかせかした現代社会において一種の清涼剤のような効果を生み、快感なのかもしれない。

 増田ジゴロウと木村カエラのトークはどこか好きな女の子に悪戯をする素直じゃない男の子のような雰囲気があり、ジゴロウは時に「テレビだとわかっていても辛い」と木村カエラの毒舌に凹むことさえある。

 この「学校の放課後」のような雰囲気と、どこかボーイッシュな木村カエラの外見が相成って、男女がともが彼女に「恋」し、友達になりたいという感覚が「sakusaku」を支えているといって過言ではない。

 DVDは過去2年間のトーク名場面を約2時間に編集もので、このグダグダ感が受け入れられるかどうかを計る入門編としては最適。音楽ゲストは版権の関係で一切出てこないのだが、「みんなのうた」というご当地ソングコーナーはいくつか収録されている。

 実はこのDVDは発売が一度延期されている。

 このゴタゴタは尾を引き、今年7月に「増田ジゴロウ降板」という事態に発展した。当初は仲間内で楽しくやっていたことだったのだが、グッズ販売における商標登録の権利関係が複雑化し、合意を得なかったからだ。

 現在は「白井ヴィンセント」という新キャラ人形が木村カエラとのトークを展開しているが、「大人の事情」は人気上昇中の番組に自ら泥を塗ることとなってしまった。

「Ver.1.0」と題されたDVDの「2.0」が発売される見込みは低い。作り手側の事情に視聴者が巻き込まれるのは見苦しいことだ。特にそれが「犯罪がらみ」でなく「金銭がらみ」なだけに後味が悪い。

 それでもこのDVDは、テレビ初登場となったデビュー当時の木村カエラがスターへと成長してゆく姿がよくわかる記録として価値がある。セーラームーン風のコスチュームに身を包んだ「シーマームーン」(彼女の出身地「月島」が語源)やハロウィンで小悪魔コスチュームを着た彼女の魅力も満載。

 相変わらず適当で、時に仕事に疲れて眠そうにしている彼女の自然体はなぜか心地いい。それは彼女の「声」と「笑顔」に起因する。

 木村カエラはいつも口が開いている。そこに前歯がみえることで、いつも笑っているように見える。その表情は「天使の顔立ち」と呼ばれるハーフ特有(木村カエラの父はイギリス人)のものである。

 また彼女の声は決して美声ではない。ちょっとこもり気味な不安定な低音がまた、なんとなく「ゆるさ」を感じさせ心地よいのだろう。それは彼女がブレイク前に「SUBARU R−1」のCMに声の出演をしていたことが証明している。

 人間の声は骨格と密接な関係がある。ハーフの「天使の顔立ち」がそれを引き出しているのは、加藤ローサや古くはヒロコグレースなどのハーフタレントの「声」に魅力があることからも関係性が見出せる。

 地方制作は予算がない。だからこそ「頭」で考える。「sakusaku」のような地方番組に人気がでるのは、「人気タレントを誰かキャスティングすればとりあえず視聴者を掴めるだろう」という東京のテレビ局の安直さに対する反発であるように思う。

 事実、このほかにも「スジナシ」や「加藤家へいらっしゃい〜名古屋嬢っ〜」といった名古屋発の番組はソフト化され人気を博している。

 インターネットの普及に伴い、「地方」であるハンディキャップは関係なくなってきている。これからのトレンドは「地方」から発信されるのかもしれない。

「sakusaku」は「キャラクターの撤退」、「ディレクターの急死」によって悲劇的な番組終了を予期させている。木村カエラの事務所スタッフも、ブレイクした今こそ色々な仕事をさせたいと思っており、彼女が「続けたい」と言っているからこそ今春の契約更新に至ったほどだ。帯番組は、彼女の芸能活動にとって支障をきたしつつあるのだ。

 この不幸を乗り越えて面白い番組を続けて欲しい、と僕は個人的に応援しています。

 DVDの副音声には「ご意見番」と「ジゴロウ」によるオーディオコメンタリーが収録されており、それを聞きながら執筆しました。

 あまりにも若い死。

 重ねてご冥福をお祈りします。
  
Posted by matusan at 23:51Comments(0)TrackBack(1)

2005年07月29日

シリン・ネシャット展

77eeadce.jpg第164回

 今回取り上げるのはアート、但し映像です。

 先日の「パソコンあの世行き事件」で過去のレビューデータ消失にて現在ネタ不足。ま、たまにはこんな題材もいかがでしょう?

 ご興味のある方はお読みいただければ幸いです。

 という訳で、今回は「まつさんの映像伝道師」としてお送りします。

【概論】

 実は先週末、わたくし広島まで行ってまいりました。

 広島市は世界最初の被爆地。世界の平和と人類の繁栄を願う「ヒロシマの心」を現代美術を通して全世界に訴えることを目的として「ヒロシマ賞」を1989年に創設。

 現在、第6回ヒロシマ賞受賞を記念して広島市現代美術館では「シリン・ネシャット展」が開催されている。

 シリン・ネシャットはイラン出身の女性映像作家。

 彼女は1957年イランのカズヴィーンに生まれ、16歳のときにアメリカへ移り、カリフォルニア大学バークレー校で美術を専攻した。1993年に写真を使った作品でデビュー。1996年から本格的な映像制作をはじめ、展示空間全体を作品とする「インスタレーション」作品を発表、このスタイルが彼女の特徴となっている。

 複数の映像を、複数のスクリーンで同時に上映。その投影された映像の対比によって詩的な世界を表現しているのだ。

 主題となるのは「イスラム社会」。自由を規制された社会からの解放や、男女の異なるあり方を2面のスクリーンに映し出し、シンボリックな対比によって「葛藤」を描いている。

 近年は「生」や「死」を題材に人間の「狂気」をも描き、作品からは現代の抱える抑圧や暴力を課題とした未来へのメッセージも読み取ることが出来る。白黒作品はカラー作品へ、マルチスクリーンはより複雑に、作品は進化し続けている。

「パッセージ」(2001)では、映像叙事詩「コヤニスカッティ」(1983)や「トゥルーマン・ショー」(1998)で音楽賞を獲得しているフィリップ・グラスを音楽監督に迎え、彼も共鳴する「南北問題」をテーマに映像と音楽のコラボレーションを果たしている。

 シンメトリーを重視した映像世界の造形的な美しさは筆舌に尽くせないが、難解であるのも事実。

 今回の展覧会では初期の写真作品とともに、日本初公開となるインスタレーション作品「荒れ狂う」(1998)、「歓喜」(1999)、「マッハドクト」(2004)、「取り憑かれて」(2001)、「パッセージ」(2001)、「トゥーバ」(2002)の6本が上映されている。

 映像作品は全て10分〜13分の短編。各作品ごとのブースがあり、そこで随時各作品が上映されている。まさにその上映空間そのものが「アート」なのだ。

 以下、そのうちの2作品についてレビュー。


■「歓喜 / Rapture」 ★★☆

 男たちは列を成して城塞に侵入、格闘や礼拝を行う。一方、荒野で祈りを捧げる女たちは海へと向かう・・・。

1999年・白黒 ビデオ・インスタレーション(13分)

 暗闇には向かい合う2面のスクリーンに映像が映し出されている。

 右手スクリーンにはイスラムの男性たち、左手スクリーンにはイスラムの女性たちが映し出されている。女性たちは皆、チャドルと呼ばれる黒い布によって顔や手などの限られた部分以外を覆い隠している。

 男女は交互に呼応するように叫び、礼拝の言葉を捧げる。それは右と左で男女が諍いをしているように感じられる。

 海へ向かった女性たちは船に乗り、新たな地を目指して沖へと消えて行く。

 海へと旅立つ女性たちが示唆するもの、それは「自由」だ。

 イスラム社会において女性たちは未だ抑圧され、虐げられている。相互のスクリーンにそれぞれ男女が映し出されるのは、隔たれた男女のあり方を示すイスラム社会への暗喩に他ならない。その中で決意した女性たちは「海」=「自由」を求めて旅立つのだ。

 しかし「自由」とは「なんでもやっていい」という意味ではない。

 「自由」には「責任」が伴うからだ。

「自由」は誰もが手に出来るものではない。「決意」した者にのみその資格が与えられる。それを証拠に船に乗っているのは一部の女性、つまり旅立つことを「決意」した女性たちだけだ。

 女性たちの行く先には「荒れ狂う波」が待っている。これは前途多難を意味する。旅立つ女性たちを見送り、男性たちは手を振る。

 しかしそれは「頑張れ」という応援などではない。「やれるものならやってみろ」という挑戦的な姿勢なのだ。

 彼女たちに約束の地はあるのだろうか?


■「取り憑かれて / Possessed」 ★★☆

 狂気の女性が町を彷徨う。群集は彼女の登場を機に混沌とし始める・・・。

2001年・白黒 ビデオ・インスタレーション(9分30秒)

 映画は「天の視点」とも思えるクレーンショットで始まる。

 町を行くみすぼらしい女性。彼女への「取り憑き」=「Possession」は「g・o・d」的な何かによって起こることを示唆する。それはラストのクレーンショットで「上」=「天」へと帰ることからも想起される。

 彼女は群衆の中へと歩いてゆく。すると周囲は注目し始め、だんだんと群集はざわつきだす。狂気の女をきっかけに町は混沌とし、混乱をきたす。

 ここで考えられるのは「混沌」は彼女が引き起こしたものではなく、もともとそこに「混沌」があったからこそ「混沌」になったという禅問答のような考え方だ。

 それはイスラム社会への暗喩であると考えられる。

 積年の問題が未だ解決できていないイスラム社会において「テロ」行為は諸悪の根源であるように考えられている。しかしそれは「問題」があるから「テロ」が起こるのであって、テロが「問題」の根源ではないという考え方。

 問題はすでにそこにあるからこそ問題となるのだ。


【総評】

 映像作品に共通して言えるのは、観客が「傍観者」であるということ。二つのスクリーンに挟まれ、その間に立つ観客はただ、見守るだけ。

 その「傍観」が罪だといわんばかりだ。

 まさにその立場によって我々は事実と対峙し、考えることを始めるのだ。


【講演会】

 7月23日は初日ということで、来日しているシリン・ネシャットと夫で映画監督でもあるショージャ・アザリ両氏の講演会があった。

 ここで各作品についての解説と作品の背景を紹介していたのだが、せっかくなので上記にのような僕なりの感想が正しいのかどうか、また監督が意図したものかどうか、質疑応答の際に聞いてみた(嫌味なようだが、自分の質問意図がはっきり伝わるようにあえて英語で質問しました)。

 彼女の作品群から感じたのは「辛辣な視点」だった。

 宗教は「教義」「信仰」「行動」の三位一体から成り立っている。だがそれは「文字」、「教え」、「信じること」が別ものだともいえる。つまり、そのひとつが欠けたり、疑念を持つことで成り立たなくなる。

 ジェンダーと空間の境界を描くことで、その「皮肉」を暗喩させていると思ったのだ。

 ところが返ってきた答えは意外なものだった。

 彼女が描きたかったのは一貫して「自由」だと言うのだ。

「歓喜」では危機的な状況から脱するために海へと向かうが、その先にあるは「自由」かもしれないし「死」かもしれない。つまり非常な「勇気」を意味するのだそうだ。一方で残された女性たちは「犠牲」なのだと。

 また「取り憑かれて」でも「取りつかれる」ことで精神的に「自由」になる。つまり周囲を気にすることなく行動できることを表現したと答えてくれた。

 回答は丁寧なものだったが腑に落ちなかった。

 映像作家たるもの、意図するものはそんな単純なものなのか?と疑問に思ったのだ。

 傲慢に聞こえるだろうが、僕の見解のほうが作品を読み解くには面白いとさえ思ったのだ。そうでないと、これまで僕がこのブログでも展開してきた解説は全部単なる「妄想」になってしまう。

 だが、彼女の人生と照らし合わせたとき、ふと気付いたのだ。「自由」ということに対する考え方の違いを。

 我々は当たり前のように日本という「自由」な世界で暮らしている。ところがイランはそうではない。社会情勢は不安定、宗教に縛れ、さらに女性は抑圧されている。

 そんな生き方をしてきた彼女がアメリカへ渡ったとき、本当に「自由」の素晴らしさを感じたのだと思う。僕らにとって当たり前の「自由」は彼女にとって衝撃であったに違いない。

 例えば「雑煮」の作り方が日本各地で異なるように、当たり前と思っていたことが違う場所に行ったときに当たり前ではなかったことにはじめて気付く。それが「自由」という「人間の権利」だったらどうだろう?その驚きは想像に難くない。

 だからこそ、彼女は「自由」という概念にこだわるのだろう。

 現在、イランを追放された形となっている彼女にとって「自由」と相反する「抑圧」を描くことはライフワークなのだ。

 他の質問者の質問の中には「フェミニズム」に関するものもあった。映像の中にある男女の対比を見れば自ずと「フェミニズム」を想像するだろう。だがそれも「自由」がない世界を経験した女性が描いたからそう感じただけであって、「女性の自立」を描きたかったのではないことは理解できる。

 西洋と東洋という二つの文化圏で育まれた彼女のアイデンティティが作品に集約されている。

 それはイスラム批判でも、男女同権でもない。単に「自由は素晴らしい」という彼女の切なる想いなのだ。

「シリン・ネシャット展」
開催日:2005年7月23日(土)〜10月16日(日)
場所:広島市現代美術館(10:00〜17:00)
 ※詳細は ↑ ホームページを参照下さい。

 広島にお住まいの方、この機会にこのようなアート作品に触れてみてはいかがでしょうか?

 映像作家は一見退屈で意味のなさそうな作品にも、ワンカットごとに必ず「意味」を持たせています。それを読み解いてみるのも「判った気」がして面白いものです。  
Posted by matusan at 09:52Comments(2)TrackBack(2)