2016年08月

お客さまの声が下記のように届いたので紹介したい。


今回はウッドデッキ部分の撤去と新たなウッドフェンスとベンチの設置、室内のクロス貼り、珪藻土施工、クローゼットの設置など様々な工事をお願いしました。一部コミュニケーション不足による工事のやり直しが発生しましたが、それについても迅速に対応くださり、仕上がりも含めてとても満足しております。社長さんの人柄からなのか、打ち合わせに来ていただいた営業担当の方や職人さんも非常に感じの良い方ばかりでした。価格に関しては、相見積を取らなかったので何とも言えませんが、こちらの予想よりはるかに多くのことが予算内でできましたので、割安感を感じています。何度も打ち合わせに足を運んでいただきましたが、工事費の説明も明快で、顧客の立場に立って提案してくださり好感が持てました。初めての取引ということもあり、行き違いなども若干ありましたので、これを次回の教訓とし、今後もお願いしていきたいと思っています。


当社からのご返事です。

工事内容が、大工仕事、珪藻土(左官)、クロス、外溝など多岐にわたっていたので、様々な職種の職人が出入りさせていただいたにもかかわらず、ひとり一人の職人に対し、心くばりをいただき、たいへん感謝しています。また多少行き違いもあり、一時はご不安な点を与えてしまいましたが、精一杯のことをさせていただき、結果としてたいへんご満足をいただいたようです。ほっとすると同時に今後のおつきあいをいただけるよう、更に改善していくつもりです。ありがとうございました。

先日、私の大学時代の先輩から酒の席で、演劇関係者を紹介され、久しぶりに演劇論を闘わせるといいう機会がった。私の学生時代には、「アンダーグランド演劇」全盛で、赤テント(状況劇場)や黒テントなどをよく見に行った記憶がある。
また義理の叔父が脚本家であったため、多少、関心もあった。ただ、他にもっと好きなものあったので、学生時代以降は縁遠くなって、見に行く機会もほとんどなくなってしまった。数十年ぶりの演劇談義だったので、懐かしくもあり、わくわくもしたが、その演劇関係者が自分たちへの公的支援の少なさに言及したため、
私は若干の違和感を感じてしまった。ヨーロッパ諸国が実施している演劇支援策と日本の違いがその根拠なのだろうが、私は、ほぼ同時代を生き、活躍したシェーピクスピアと日本の近松門左衛門と比較して、反論した。誰もが認める偉大な芸術家・シェーピクスピアも「パトロン」の存在なしには、演劇活動を継続できなかったのに対し、近松門左衛門は特定の人の支援を受けることなく、「曽根崎心中」に代表される人形浄瑠璃の世界を確立し、庶民一人ひとりからいただく木戸銭(入場料)収入だけで、「劇団関係者」の生活を支えていたという。日本は、大衆芸能を庶民が支えてきたという歴史がある。この風土を大切にしてこそ、誰からも「自由な」演劇と言えるのではという反論だった。面白いもの、感動を与えるものは、たとえそれがどのような環境であろうと、人は必ず評価してくれる。これは演劇だけでなく、我々の仕事「建築」も同じだろうと思う。

当社の工事をしていただいたお客様にお礼を直接、申し上げたくて、私はご都合の付いたお客様に対し、工事完了後、訪問することがある。この際、お客様から、いろいろなことを教えていただく。 横須賀で雨漏れ補修(屋根)と外壁塗装、板金工事などをしていただいた横須賀のお客様(Kさん)などは、職人一人ひとりの人柄まで良く見ていただいて、工事にかかわったすべての人の協力と人の和が保てている会社こそ、「地域の人たちに愛される会社」だと指摘していただいた。また、防音工事などでお世話になった大和市のSさんは、「お客というこものは、たとえそれが体裁だけでのものであっても、自分が大切にされている」と感じさせてもらいたいと願っている。 工事の手際良さや仕上がりの満足感も大事だが、それ以上の「大切にされた感」も大事だよと、人生の先輩からの叱咤激励を受けたこともある。 先週土曜日、封書で工事のご相談とご依頼をいただいていながら、工事中急死された大磯町のIさんのお宅を訪ね、線香をあげてさせていただいた。「本来ならば屋根の修理を終え、きれいになったお住まいをご覧いただきたかったが、一人残ったご子息様に丁重にご対応いただき、親切にも最寄りの駅まで送っていただいた。工事終了後もこうしたお付き合いがお客様とできるとうれしい。 私たちが日々、やらねばならないことは、やっぱりお客様の「言葉」に大きなヒントがあるようだ。

Q1:中古物件を購入しフルリノベーションをしております。
予算の都合でフルスケルトンに出来ず、外壁は玄関や窓の移動、新規窓の取り付け等で新しくする部分と、既存部分の混合になりました。
 全てをモルタルで平らにし、シーリング、弾性塗装(2度塗り)という工程で、出来上がったのですが、新規の壁と既存の壁との間にはクッキリと境目が見えたままで、モルタルのコテムラなのか、塗装ムラなのか、当初話していた平らには程遠い仕上がりになっておりました。
 その点をリフォーム会社に問い詰めると、「新規と既存の間にはどうしても段差が出来てしまう。」、「リフォームという特性上、新品の様にはならない」等の答えが返ってきました。
 このリフォーム会社の言うとおり、綺麗な平らにする事は無理なのでしょうか?
 
A1(私):ご質問ありがとうございます。
お悩みは、新規の壁と既存の壁の間に境目が出来てしまい、見苦しくなってしまったことですね。
私が知りたいのは下記の2点です。
1、既存の外壁はどのような仕上がり状態だったのでしょうか?おそらく厚吹きのリシンか、スタッコといわれる凹凸の激しい吹きつけ面だったのでしょうか?
2、外壁が「新しくする部分と既存部分の混合」というのは、モルタルを塗らないところと、塗ったところが両方あるということでしょうか?

1については、既存の塗膜を十分にかき落としていなかったと思われます。この作業は手間のかかる部分で、これが不十分ですと新規の壁にも凹凸が目立ちます。

2については、すべての外壁をモルタル塗りするという工事仕様であれば、これは施工ミスです。
既存の外壁塗膜の剥離が不十分であったこと、あるいはご指摘のようにモルタルのムラでしょう。

 こうした作業は通常の外壁塗装よりは、コストも手間も余計にかかることなので、工事前の打ち合わせと合意が大事だったと思います。私たちの業界では当然、施工ミスとして工事のやり直しの対象となりますが、ご担当の方とどのようなご契約だったのかがポイントでしょう。

Q2:早速の回答ありがとうございます。
 既存の外壁ですが、凹凸の激しい吹き付け面でした。
 外壁の「新しくする部分と既存部分の混合」は全ての外壁にモルタルを塗る方法です。リフォーム会社の回答では、「既存の壁に凹凸がある為、新規の壁との境にムラが出来てしまう。」とも言っていました。
 担当とは詳しい打ち合わせや、契約はしておらず、モルタルで上から塗り直して、塗装すれば綺麗になると言われ任せたのですが・・・。
 もし、契約上でポイントとなる事が御座いましたら、お教え願えると有難いのですが。宜しくお願いいたします。


A2(私):再質問ありがとうございます。
 やはり「モルタルで上から塗り直して、塗装すれば綺麗になると言われ任せたのですが・・・。」というあいまいなご提案だったのですね。凹凸の激しい吹きつけ塗装面の上にモルタルを塗るということは、本来ならば十分に既存の塗膜をかき落としてから施工するというのが本来の施工方法で、これを十分にしないで施工することは、間違った施工方法で、仮にこれについてもしやっていなければ、当然、抗議してよい事案かと存じます。
 たいへん恐縮ながら、「ごまたまご」さんが、ご契約時に、予算上の都合などで、割愛を認めていなければ、これは施工のし直しを十分、主張できるかとも思います。本来はこうした説明は、ご担当の方よりあってしかるべきで、お怒りはもっともだと存じます。この外壁リフォームの「ご契約」は存在していないとしても、「見積もり」はあるはずで、通常の塗り替え仕様ではなく、このモルタル塗りのことが明記されていれば、施工是正を主張できるかとは思います。


信州・松代の真田こねつき餅

先週末、長野県・松代へ行き、そこで「こねつき餅」
というものを食べた。「こねつき餅」とは、米で作った
「おやき」だが、その語源を聞いて、感慨深いものを
感じた。

松代といえば、六文銭で知られる真田10万石の
城下町だったところ。小大名が戦国の世を生き残
るため、関ヶ原の戦い(1600年)の際、兄弟(兄
・信之、弟・幸村)で東西両陣営に分かれたことが
あまりに有名だ。

その後、豊臣最期の闘いと言われる「大阪夏の陣」
が始まる頃、徳川方に味方して戦に備える真田信之
公の元を密かに訪れた立派な武将がいた。
その武将こそ、後の世にその名を残す真田幸村公で
ある。
 豊臣方についた幸村公が今生の別れを告げるため、
兄の元を訪れた事を知り、兄弟は静かに別れの盃を
交わす。
 兄、信之公は、深夜のこととて米を炊くわけにもゆか
ず、残っていた冷飯を丸めて味噌で味をつけた餅を土
産に持たせたという。戦国の世に敵、味方に分かれた
兄が弟を想う精一杯のもてなしだったのだろう。
  真田こねつけ餅には、そんな兄弟のせつない物語
があったといわれている。

 私の名前も実は「信之」。とても美味しかったので、
真田こねつき餅をたくさん買い込み、おみやげとして
配ろうかと思ったら、その人とは今生の別れなるかも
と思い、全部、自分で食べることにした。また太るな。

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