2006年03月28日

中絶禁止法(2) Roe v. Wade

61d3455e.jpgしばらく、週末にコロラドに行ったりニューヨークに行っていたので、仕事がたまり、更新が滞ってました。また、旅行記は写真と一緒にアップしたいと思ってます。で、中絶禁止法の続きです。

中絶の是非が議論になるとき、アメリカ人なら誰でも知っている最高裁の判例がある。1973年のRoe v. Wade, 410 U.S. 113 (1973)

当時、テキサス州では、母体の生命を救うための医師の助言がある場合を除いて全ての中絶を禁止する法律が定められていたが、テキサスの二人の若い女性弁護士、Linda CoffeeとSarah Weddingtonは、妊娠中の未婚の女性であった原告Jane Roe(匿名)を代理し、この妊娠中絶禁止法は違憲であるとしてテキサス州の連邦地裁にクラスアクションを起こした。

違憲の理由は、プライバシーの権利の侵害

中絶の権利とプライバシーの権利?と、日本的に考えると少し違和感があるかもしれない。日本の場合、プライバシーの権利は、1964年の「宴のあと」一審事件判決で、「私生活をみだりに公開されない権利」として憲法13条後段に規定されている幸福追求権を根拠に認められるようになった。その後、「自己に関する情報をコントロールする権利」へと理解されるようになっている(明確に定義した最高裁判例はない)。ただ、プライバシーというと、あくまで情報を自分で管理し、それを開示されない権利という意味合いが一般用語としてもあるのではないか。

アメリカでいうプライバシーの権利というのは、もちろんそのような自己情報管理の意味もあるのだが、もっと広く、「自分のことはほうっておいてくれ、自分のことは自分で決めるんだから、政府も、マスコミも、他人も、とやかく干渉せんといてくれ」という感じの自己決定権という意味である。

すこしアメリカ憲法をひもといてみたい。

アメリカの憲法は、1788年に定められた憲法と、その後、1791年に付加された第1修正から第10修正の権利の章典、その後の修正条項によってなっている。主に、18世紀、19世紀の時代を背景としており、日本の憲法のように、逐条で権利が網羅的に規定されているようなものではない。なので、実際は、これらの修正条項に基づき、連邦最高裁の判例によって憲法上の権利が認められてきている。中でも、新しい権利の根拠条文となるのが、1868年に成立した第14修正。

その第1節は、次のように書かれている。

All persons born or naturalized in the United States, and subject to the jurisdiction thereof, are citizens of the United States and of the state wherein they reside. No state shall make or enforce any law which shall abridge the privileges or immunities of citizens of the United States; nor shall any state deprive any person of life, liberty, or property, without due process of law; nor deny to any person within its jurisdiction the equal protection of the laws.

合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。またいかなる州も、正当な法の手続きによらないで、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない。

このDue Process(適正手続)とEqual Protection(法の下の平等)というところから様々な権利が導かれてきている。

プライバシーの権利は、このDue Process(適正手続)を根拠として認められる権利だ。適正な手続を経なければ権利を侵害されることはない、というのは、単に形式的に手続きだけ定めていればいいというわけではなく、実質的にも正当な手続きでないといけない、という意味があり、そこから、個々人が自分で決定すべきことについては、政府はとやかく干渉してはならない、というプライバシーの権利が導かれることになる。

自分のことは自分で決める権利、なので、Right to marry(結婚する権利)、Right to procreate(子供をもうける権利)、家族と一緒にいる権利、そして、避妊薬を買う権利まで、プライバシーの権利に含まれる憲法上の権利となる。

それで、Roe v. Wadeでは、中絶をする権利というのが、憲法上の権利かどうかが問題とされた。最高裁では、コモンローの歴史から振り返り、プライバシーの権利の中に女性がその妊娠を終了させるかさせないかを決定する中絶の権利を認め、他方、プライバシーの権利も絶対ではなく、州(政府)は、母体の安全を確保する利益誕生前の生命を確保する利益を主張しうるとした。

そして、このプライバシーの権利を制限するためには、州は、compelling state interest(やむにやまれぬ利益)を有していなければならないとし、そのやむにやまれぬ利益が発生する時点として、妊娠期間の最初の3分の1(first trimester)の時点を基準とし、この時期までは、医師は患者と相談の上、自由に州の介入なしに中絶するかしないかを決めることができる、他方、この時期以降は、州は中絶のやり方について規制することができ、かつ、この時期以降は、胎児が母体外で生存可能性が認められることから(viability)、母体の生命又は健康を守るために必要な場合を除き、中絶を禁止することができると判断した。

テキサス州の中絶禁止法は、このような時期による区別をしておらず、適用範囲が広すぎること、合法的な中絶ができる理由を母体の生命を救うという理由のみに限定していることから違憲であるとされたのである。

Pro-Life v. Pro-Choice

prolife prochoice










この判決は、妊娠初期の中絶の自由をプライバシーの権利として、女性個人の権利であると認めたことで、アメリカ社会に大きなインパクトを与えた。この判決以降、アメリカの世論は、Pro-Life(生命擁護派)Pro-Choice(選択擁護派)に真っ二つに別れ、激しい感情対立にもなり、時に中絶を行う医師に対する殺人事件にも発展したり、大統領選挙の大きな争点となる政治問題となっている。

最高裁では、その後、妊娠初期の中絶のやり方に対する規制が争点となる判例がいくつかだされている。例えば、未成年の女子への中絶については両親の同意を得るという規制が違憲かどうか、中絶まで24時間のウェイティングピリオドをもうけることが違憲かどうか、など。そこから、いまだ胎児が母体外での生存可能性viabilityがない時点においてまでは、不当な制限(undue burden)とならない限り規制が可能であるという立場でほぼ統一されてきており、これらの例は不当な制限とは言えず、違憲ではないとされている。

ただ、今回のサウスダコタのような1973年当時のテキサス州の中絶禁止法のような、正面から中絶を禁止する法律が問題となるのは30数年ぶりであり、ブッシュ政権下で任命された2人の最高裁判事によって、Roe v. Wadeで示された判断が覆されるのかどうかが、これから先のアメリカの大きな議論の焦点になってくることはまず間違いない。

McCorveyちなみに、Roe v. Wadeの原告女性だったJane Roeは、妊娠がレイプによってなされたことを証言したが、裁判継続中に妊娠中であった子供を出産した。出産した子供は直ちに養子に出されたが、1980年に本名をNorma McCorveyであると明かし、1995年にはPro-Life派に転向し、現在は中絶を違法とする立場に立っている。この裁判は、2人の若い女性弁護士の野望のためのチェスの駒のようなものであったと主張しており、2005年には、中絶手術は女性を傷つけるという証拠をもって1973年の判決を再考するよう最高裁に申立をしているが却下されている。

sarahRoe. v. Wadeの原告側弁護士Sarah Weddingtonは、女性であるという理由から法律事務所に就職することができなかった若い女性弁護士だったが、26才という最高裁で勝訴した最年少の女性弁護士となった。この判決後、テキサス州議会議員となり、女性初の合衆国農務省のジェネラルカウンセルとなって、カーター大統領の任期において、ホワイトハウスの特別アドバイザーとなっている。


maxmasahiro at 16:02│Comments(2)TrackBack(0)アメリカ法メモ | 中絶禁止法

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この記事へのコメント

1. Posted by (ら)   2006年03月30日 16:43
いつも勉強させてもらっています。
Roev.Wade事件は、たまたま昨日ACLUのリーガルディレクターに会った際に「裁判だけでは社会問題が解決できないことを突きつけた二つの事件」の一つとして挙げられていました。この判決に中絶反対派が逆に刺激されて収拾のつかない議論が始まったとか。ちなみにもう一つはブラウン対教育委員会判決です。
2. Posted by Max   2006年03月31日 04:38
(ら)さん、コメントどうもありがとう。NGOのブログ記事読ませてもらいました。ACLUの徹底した個人の自由と権利を守るという立場には、もう圧倒されますよね。イリノイではユダヤ人のメンバーが4分の1もいるにもかかわらず、ネオナチのパレードを禁じたイリノイ州スコーキー(私の町の隣町です)相手に、表現の自由に反して違憲だと主張し、最高裁まで行って勝訴し、それにユダヤ人からも多額の寄付が集まるんですからね。もとより裁判で、社会問題がすべて解決できるわけじゃないですけど、社会問題の解決の過程に、必ず裁判というのが大きな役割をしめているのがこの国の仕組みですよね。

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