メイメイマンの「め〜!」な話

東京下町の小さな呉服屋(絶滅危惧種)の、迷々〜な話。

昨日暫らく振りに歌舞伎を見ました。お天気も程良、くきものが快適な日で有りがたっかった。杮落しの興行で流石に着物姿の女性達は多かったのですが・・・男性が見回す限りでは私一人だけ、寂しい事です・・・

この国の文化の崩壊はもう止めようがないかもしれません・・・しょうがないよね・・・奇跡の様な伝統の尊重が起る事を、儚く期待はしているのですが。御都合主義の西欧思想の、片務的な自由・平等・人権なんて言って居る様ではまだまだ遠い夢でしょうね・・・

昨日観劇しながら能天気にふと思いついた事が有ります。
所で今日歌舞伎見物に来たお客様達は、役者のせりふ回しのどれ位を理解して居るのだろうかと・・・勿論歌舞伎ファンの方達は、見る回数もこなしているだろうし内容に理解も深く成って居るでしょうから、積極的に楽しんでいるのでしょうが。そういう私もと問われれば、有り難い事に『謡曲』を少しかじって居るので、概ね言葉は理解が出来ますし、歴史大好き人間ですから少しは理解が深いとは思うのですが。しかし殆ど初めてとか、お付き合いで来られたとか言う方々は如何よと考えてしまいました(イヤホンガイドが有るから良いか?)。

言葉は確かに変化が激しいので時代と共に変わる事は仕方が無いのかとも思いますが・・・若干の教育のお陰で『大和言葉』はまだまだ国民の多くに共有されて居ます(万葉集なんて習うしね)。歌舞伎のせりふも現代表現に直したら、もっと観客が増えるかとも思いますが・・・逆に、子供のころからもっと『和歌』とか『古典』を勉強させてはどうなんでしょうか・・・美しい日本語が共有されるし、伝統芸能にも理解が深く成るし、言葉からくみ取れる日本の精神の深さも判って来て、日本と言う希有な国にもっと誇りが持てるのではとか・・・単なる思い付きですが、ひょっとしたら根幹を変えるのかもとか想像しちゃいました・・・

数日前の事・・・余りに多すぎて何回も叫ぶように書いたので、書くまいと思っていたのですが・・・やっぱり書かずにおられない。
日本人はどうかしちゃった!!!
本当に平和に暮らせる日本と言う世界で、明日の楽しみと・稼ぎばかりを考えて、足元ちっとも見ていない・・・私達はナニ人になってしまったのだろうか。

どう贔屓目に見ても、65以上は行ってると思えるやや派手好きな様なオバチャンが、店頭の和装小物の所で思案投げ首だったものだから、お声掛けをさせて頂きました・・・
「何かお探しですか?」と尋ねると。
「娘に衿芯を買って来て」と頼まれたと言うので、
「二種類置いていますが、こちらの方がお安いし使いやすいですよ」とお見せしました。
(目の前に見えている物が解らない様だったので、相当知識が無いなと思い)
「三河芯を御自分で縫いつけるのですか?」と聞くと(是が悪かった)・・・
「衿に付けるのですが」と言うので???
「重ね衿では無いの?衿元を二重に見えるようにするものですが・・・」と言うと、
「きものの下に付ける物です」と言います・・・???(着物か襦袢かどっちなんだよ!)。
「襦袢に使うのなら、三河芯か・半衿の下に通すこの芯ですが?」と言っても、何か不安げです・・・
「良く判らないから両方貰っていくは」と・・・しょうがないから、事細かに話を聞き出すと、やはりどうやらクリアー芯の様ですので、最初に進めた物を持たせました(勿論お金もらって・105円)。

こんな話は実は日常茶飯事です!!!商売に手間が掛ってどうしようもない・・・時々もう呉服屋やめようとチラッと思う瞬間です・・・

さてそのお客様の帰り際に、「所でお客さんはきものあまり着ないの?」と言うと。
なななんと!!!勝ち誇った様に本とにニコニコ顔で「私生まれてこの方一度も着た事が無いの!」と言いました???
その年代でそんな事は奇跡だと思いつつ・・・「冠婚葬祭でも???」というと・・・
また又勝ち誇った様に「全部洋服で通したわ!」といいつつ「きものって高いしめんどくさそうじゃない!」とのたまった・・・
確か娘の用で来たんだよな〜とか思いつつ・・・奇特な娘が育ったもんですね〜〜〜と感心しました。

団塊の世代はほんとに壊れてる・・・将来は暗いですね・・・私の様な小さき手合いがどんなに頑張っても何ともならなそうで・・・悲しいを通り越して呆れる。日本人ならちった〜日本の伝統文化に敬意を表せよ・・・

日本は幸いの咲きはう国。世界一長い歴史の継続に恵まれた奇跡の国。過去の蓄積が今の私達に恩恵を与えてくれている国。無自覚に、御先祖様に感謝も無しに暮らす事は罪です!!!・・・あ〜〜どうにかしてこの国を守りたいものです!!!

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ピンボケ済みません・・・まだこの程度をウロウロして居ます・・・情けな・・・

江戸時代のお花見の様子を伝えています。是ってなんだか華やかで楽しそう!?この浮世絵、今でいう庶民向けの『アンアンとかの雑誌』と言ったところでしょう???如何に庶民が生活を楽しんでいたか、きものの模様の華やかさ精緻さ、やや特権階級だったとしても・・・多くの大衆の憧れや、目指すべき努力目標だったとしても、是も現実であったことがうかがえます(落語には長屋の花見なんて演目もあるしね)。呉服屋として着物の形、動きにくく厄介な形状を想うに付け、物を大切に扱う思想や、平和な時代がいかに長かったかと想像され、四海海に囲まれた恩恵と、日本人自身の平和を愛する気質が良く表れていると感じます。このころ江戸を訪れた西欧人は一応に日本民族の人倫の優れた様を称賛して居ます・・・地上の天国とまで言っている人も居ました。また西欧によって汚される事を嘆き危惧する西欧人も居ました・・・今正にそうなってしまった・・・

最近の花見は地球温暖化と言う現象の為、徐々に徐々に速まって居ますが・・・人間の傲慢を八百万の神々(自然)が罰する時は近いのかもしれません。

今の日本人の多くを見ると、正に西欧に汚された状態に反省が無い。日本は人倫の世界遺産だと誇りを取り戻して欲しいものです・・・とはいえ刹那の楽しみに今様を生きる私達も過去の何でも遊びにする日本人を真似て、大いに花見を楽しみましょう・・・出来れば着物を着る楽しみも同伴させてね!!!こんな記憶の残滓がひょっとすると日本を日本のままに残すきっかけに成るかもしれませんから・・・

私は日本の今の現状がおかしいと感じて居ます。この国の歴史を知れば知るほど日本人の知恵の継続の素晴らしさを感じて居ます・・・今日本を正常な状態に戻さなければ、本当に壊れそうだし未来の子供達に『美しい日本』を残せなくなります・・・世界一長い継続の歴史を持つ日本を再確認し、世界遺産だと誇りを持ち、『良い国日本』を是が非でも残さねばなりません。皆さんも政治は他人ごとでは無く、自分の人生に関る大切な事と考えて行動して下さい、貴方の慎重な一票が日本を変えますから・・・家庭で是非日本の素晴らしさを語り合って下さい。

平成25年2月11日(紀元節です)
第五回 国護り演説大会の演説にて「蛍の光」の話のあと、
消された四番を歌う星野薫さん (この大会で優勝)
右も左も関係ない、日本を想うと言う大切な事は伝えなければ・・・
こんな先生もいるんですね、まだ若いのに・・・
日本もまだまだ望みが有る、捨てたもんじゃない。
民族の歴史は簡単には消せない!数千年前の記憶も有るしね!





自分達の根っこは何か?日本人とは何か?・・・それらは営々と受け継がれ築かれて来た民族の記憶です、歴史と言っても良いでしょう(日本は世界でたったひとつ継続する歴史が遺された国です、世界遺産です)。この伝統と文化に対する誇りが無しには、家族も共同体も国も守れません。日本民族の素晴らしさを、薄々でも知って居るなら、今壊れつつあるそれらにもう一度目を向けませんか・・・先ずは『きもの文化』から・・・すみません呉服屋なものですから・・・実は牽強付会(けんきょうふかい)では無い積りです。

人其々に興味の対象は違えども、生きている以上は頭の蝿を追うのを含めて、色々な事に心を砕かなければ成りません・・・普通そうだよね???・・・人間を少し長く経験した羊?として気付く事は、若くに刷り込まれた事や、自分中心に生きてきてこびり付いたものが、思いの外に新たな考えの邪魔をする気がするという事です。良い悪いは置いといて・・・例えば経験の基層に合わない事は避けようとする無意識の忌避!理解しようと努めても何となく心地良く無い不快!・・・つまり自分本位の頑固!・・・有る程度経験を積んで来た者としては、生きる上での真理?の何たるか等についてはチョッピリ理解が深まり、自信もあるのですが・・・古臭い自分を肯定しつつも、常に柔軟で鋭い感度で有りたいと言う覚悟の無さ?も有ります・・・無理か・・・

変化に追いつけない・・・かも、とは思いながらも自我狂な羊は、出来るだけ心にサビが貯まらない様に色々な物に興味を持とうと心掛けてはいます(そんな事だから売り上げが伸びないのね)。仕事系は除いても、絵画等美術系・お茶謡曲等伝統系・ファッション系・音楽系・スポーツ系・好奇心の旅行系・自然科学系・自己確定の歴史系等々、薄っぺらでも覗いて来た事はまだまだ思い起こせば沢山有ります・・・其れでも近頃ゼネレーションギャップを感じて・・・感覚を磨かねばと、自分にとっては異質な感性も覗こうと、ここ数年『東京かわいい』は良く見る様にしているのですが・・・ヒントも貰えるのですがよく判んな〜〜〜い!!?という現象も・・・迎合もしたくは無いし、年には勝てないかもね・・・

そんな中で最近特に気に成るのが『キャリーパミュパミュ』・・・日本発『かわいい文化』の真骨頂か・・・是が世界で大受けな気配だそうです・・・これもクールジャパン?・・・何故!?理屈っぽい小父が無理やり考えを巡らせると。日本民族の歴史に直結しているように感じてしまう・・・キモ可愛い彼女の姿は、縄文時代の埴輪の様に『異形の者』に霊性を見る記憶。非日常の祭りの歓喜と恐れをなす神と同化し鎮めると言う記憶。田楽から発した出雲の阿国の白拍子も神業の流れです、キャリーは正に歌舞伎者・・・生きるバランスを取る上で、結構しんどい日常と、羽目をはずして楽しむという非日常で、解決のつかない命をを消化してきた日本人・・・受け入れ諦観しその上で、打っちゃって遊んじゃう日本人・・・正に長い歴史の継続による大いなる知恵です。

その様な問わず語りの感覚が、まだまだ垢に染まり切らない外国の若者に、命の本質を感じさせるのがクールジャパンなのかもね。ファッションは自己表現なのですが、殆ど宗教的タブーの無い日本は発想も自在です。彼女の可愛さは、歌舞伎者を含め日本の古代からの血の歴史を感じます・・・世界は真似を始めたのかもしれません・・日本人の生き方が人類の役に立つ日が来るかもしれません、日本って何か凄いね!!!

歴史学者達の多く(ある意味事大主義者)に言わせると、判然としない・証明されない事は、事実認定出来ないとか言います。確かに『一次資料』が出る事が望ましいのですが、何千年も前の事に関して証明できる事は、世界を見ても殆ど有りません・・・『古文献』に関して言うなら、日本における歴史資料の保存状態は世界でも珍しい国です、侵略破棄されていませんから、継続する世界一長い歴史のお陰です。むしろ支那・朝鮮で失われた文物が日本に有り、彼等が研究の為に日本を訪れ資料を乞う程です・・・

また歴史学者の殆どは、支那の古文献例えばいわゆる魏志倭人伝等などを金科玉条の根拠としていますが、易姓革命で前政権の資料をその都度書きかえていると思われる物に全幅の信頼は置けません(その矛盾に目を向けず『古事記』『日本書紀』を貶める不思議)・・・邪馬台国論争を始め余りに不毛な戦いが何十年にもわたり行われて居ますが・・・智の浪費!!!考え方も生き方も違う人間の資料なんて、参考程度に留めて置けばいいのに・・・教条主義者はどうしようもない。日本人の歴史は日本人の物じゃい!ごちゃごちゃ言うな!!!

現在は『環境考古学』や、『DNA鑑定』や、『炭素年代法』等々先進技術によって、あらゆる文物が傍証されようとしています・・・日本の国史を始め世界史は相当変わるでしょうね・・・

世界の諸民族に其々神話が有り、気の遠く成る様な時間の流れの中にそれらが生きています。西欧思想に縛られる人たちは『土人の信仰』と揶揄し馬鹿にしますが・・・その地域の環境で生きる上での指針であり、生きる上での多くの先人の知恵の継続であり、大切なものです・・・他民族が四の五の干渉すべきでない・・・その傲岸さは南北アメリカ大陸を見ればわかるでしょう、人類にとって役に立つかもしれなかった『人知』が失われました・・・取り返しが付かない。

文明は日本にこそあると思う羊は『文明開化』と称される言葉は嫌いですが、江戸晩期に当たって西欧列強の近代兵器と言う驚異の嵐の中で、日本は自主独立の危機に立たされていました・・・明治維新と言う動機は正にこの脅威から来た。日本人はあらゆる人知を結集して危ない橋を渡り切った(大東亜戦争敗戦まで)。その中の政策の一つに、日本国民の団結の一助にと我国の(私達の歴史は長すぎる程長いので、更なる)建国の日が、明治6年に『紀元節』として制定されました・・・しかし敗戦後GHQにより禁止・廃止されましたが、当時の多くの国民の希望で昭和42年に『建国記念日』として復活しました。神話は日本人の心の中に生きているのですから・・・

羊が若い頃は、家々に『日の丸』の旗がはためいていた・・・ここ何十年かは殆ど見なくなりました???再び国旗掲揚の機運が巡って来たと感じます・・・今まさに日本国民の団結が、先祖に求められているかのようです・・・支那の侵略は必ず起こります、私達日本人は再び試されます、時間が無いかもしれません・・・日本人の団結が急がれます・・・

記念日には街々に『日の丸の旗』を掲揚しよう!!!旗が多く成る事が『美しい日本』の再生にかける多くの常識的な日本人の想いの大きさです。国民は安倍さんに『紀元節』の式典復活を要請しよう!!!!!更に今日こそ『きもの』を着るきっかけにして欲しい物です・・・スンません呉服屋なんで・・・取って付けました。

知り合いが『知覧』に出かけている事を偶々知りました。京都で呉服の製造を家業にしている方で、今の仕事を『天命』と受け止め・・・羊より若い方なのですが、頭が下がるほど一生懸命に活動をされて居ます・・・頭の良い彼ほど理論的ではないが、愚かな羊も無我夢中で懸命な生き方に迷いが無く行動をしていた日々が有った事を思い出します・・・「人の振り見て我が振り直せ」何でも自分の心に落とし込んで、一寸だけでも意識の向く心を精査すると、人は「道端の石からも学べる・・・」と言う事に何度も気付かされます・・・そろそろ楽をしたいと怠け心に囚われ始めている老骨にはかなり負担ですが、気付きを貰った事に感謝です。

『知覧』・・・大東亜戦争終末時、特攻隊の基地があった所です。靖国神社の「遊就館」には何度も涙を絞られましたが、知覧の英霊の辞世の言葉もきっと心を抉るのだろうと・・・一度は訪れてみたい所と常々考えている場所です。日本人の日々の生き方・死に方を、ご先祖様からほんの僅かばかりでも心の中・血の中に受け継がされている我々は、彼等の潔さのほんの僅かでも汲み取れているのでしょうか・・・極限を知らない愚かな羊の言葉は余りにも軽いのですが・・・老人力が付いてほんのチョッピリ判る事が出来る様になった気もして居ます・・・

役割や立場は違え、大なり小なり日本人には不思議に『公』という観念が有り・・・『お役に立つ生き方』に最も大きな価値を見出しているのだと感じます・・・呉服屋も極めれば・・・特攻の精神に通ずるのかもしれません。先ずは身近な所から『お役に立つ』を心がけていますが、綺麗事に成らない様に戒めよう・・・

皆さん『きもの』を着て下さいね!!!

『一所懸命』は鎌倉武士の心がけ・・・転じて『一生懸命』に成りました。余計な蘊蓄ですが。

人は何のために有るのか・・・こんな大上段なテーマは身に余る問題なので置いておいて・・・昨日絶滅危惧種(呉服関連)の会合が有りました・・・無駄な足掻きか・・・夢への挑戦か未練か・・・はたまた狂気の沙汰か・・・。不思議な事に其々の過去を其々の今に受け継ぎ、出来れば其々の未来に繋げたいと、考えている方々が多かったように思えます・・・歴史のほんの一部はこうして作られて行くのでしょう・・・淡々として又疑問は無いが、淡々として又凄いとも感じます・・・

運命なのか宿命なのかは知らねども、偶然なのか必然なのかの中で生きてきて、今が有る我々は、少なくとも先ず生かされた我が身を生き・家族を守り・ご縁のある人々と共生し・色々な折り合いを付けて、悩みと喜び?の中にいます。何と八百万の神々は多くの試練を与えるのでしょうか・・・どちらにせよ受け止める以外には無いのですが・・・ドント来いと思えるようになると多分大人です・・・羊の偏見です・・・

生きる事の一部・その中の『需要と供給』の一部・その中の『呉服の事』で役割を担わされた羊は、今大きな岐路に立っています。文化や伝統としての呉服が残るのか無く成るのか?残さなければ過去に申し訳が無いと言う想いと、羊がその役割の一部として『お役に立つ』と言う存在として許されるのか・・・全ては日本人全体の選択に託されているのですが・・・現代の歴史に感謝の無い、自信も矜持も無い日本人の多く居る事実を思うと、羊のごく小さな努力も『蟷螂の斧』かと感じます・・・何処かで絶望していない羊も居るのですが、メーメー煩い事です。

原始、自給自足を余儀なくされた生活から、役割分担が起こり(生産効率が良い唯一点で)職業の多様性が必然的に生まれ、『風が吹けば桶屋が儲かる・・・』環境が発展してきました。何故人間はこんなに切磋琢磨するのか、生存の利便性唯一語に尽きるとは思うのですが、人口爆発を招いて居る事は皮肉です・・・閉ざされた環境では嘗ての琉球王朝の人減らしと言う壮絶極まりない世界の再現も・・・人間ってなんだい・・・是が極限の知恵ですが。

さて本題。『和服』の需要が多かった過去は、生産性の向上が技術の分化を生み、大いに効率の良い供給が出来ました。『洋服』に圧倒された現在は、『和服』の需要が細り過剰な生産設備の廃棄が起こりました・・・此処までは経済原則通りで、例え十分の一の縮小均衡でもバランスを保って機能が縮んだだけで良かったのですが・・・更に縮もうとしている現在は、技術の分化に機能不全の問題が発生しています。簡単に言うと『呉服』を作るのに、例えば必要な何工程か(複雑な物は何十工程)が有るのですが、それらには其々の工程の独特の道具も絡んできます。どこかの一工程を担う人が抜けると『作れない』・・・有る道具を作る人が居なくなると『作れない』・・・と言う状態に成って来ました。呉服業界においては『風が吹いても桶屋が儲からない?』、消費者に届かないと言う危機的現実です・・・この業界の今そこに有る危機です。

羊が十数年前から発信して居た様に、今まさに『和服』の多様性が失われようとしています(欲しい物が手に入らないとか、高く成ってしまう、残したい物が無くなると言う事です)・・・呉服屋の役割を担わされると言う運命に生かされた羊は、せめて日本の歴史や伝統文化に対する御恩返しが出来ればと、生産から販売までに責任を持つと言う、大それた挑戦に仲間を募って挑んでいますが・・・未来は図りがたい・・・

たった一つ希望があるとすれば。日本人の日本の歴史に対する自信を取り戻す事と、世界の非常識と揶揄され続けた日本こそ、『未来の人類の常識』であると誇りを取り戻せるかに掛って居ます・・・妄想ですかね・・・少なくとも自国の歴史や文化に誇りを取り戻せないならば、『きもの』の未来は絶望的でしょう・・・惜しい事残念な事ですが止む負えません・・・日本が日本で無く成るのですから・・・

日本が右肩上がりの経済成長真っ盛りに成人を迎えた羊は、親の懇願を振り切ってスキー場で楽しい日々を送って居ました・・・今後悔しきりです・・・無知な子供には何が何でも、経験を積んだ賢い親や親族が、ならぬことはならぬ『道理』を教えなければ成りません・・・断固として!!!まっとうな日本人に成る為には、実に多くの事を学ばねばならないからです・・・自分のことは棚に上げて正論を振りかざそうとしている羊は勝手です。しかし敗者の想いを知る事も其れなりに重要では?

そもそも『成人』とは?・・・経験を重ねないと判らない事は多いと知る時が来る!是が敬老精神の根本です。絶対に若年者には越えられないからね!頼りない爺の話もヒョットしたら道理です・・・

羊の知る限り?『成人』の定義は、古い時代にはほぼ世界共通です。役割分担の最小公倍数がこなせるか否かと言う基準です・・・男の子ならば有る一定の技術の体得と大人に近い体力が備わったかですし、女の子ならばやはりある一定の技術の体得と大人に近い体力と、更に女の特質である初潮を迎えて子を為せるようになったかだと思います。昔は大人に成る時が今より遥かに早かったのよ!二十歳で大人なんて・・・ダラシナサすぎるよね・・・羊なんか13歳位で世の中の事は総べて解ったと啓示を受けたしね・・・狂気の時代でした、是も経験です??

日本でも昔は世界基準に習って、男の子は大体15歳、髪を切って始めて冠を付ける『元服』。女の子は大体13歳(初潮を迎える)で、裳と言われる衣服を付ける『裳着』や髪を結いあげる『髪上げ』(これ等は通過儀礼とも言います)。やっとこさ大人予備軍の仲間入りをさせてもらえました。親も其れまでに子供を躾なければ成らなくて結構大変・・・確り子供を育てないとダラシナイ親と烙印を押されるしね。
時代がさがって明治以降は男子の兵役の為の徴兵検査が成人式の意味を持ちました。

現在の形は、敗戦後の日本の若者に希望を与えたいと今の蕨市で行われた『青年祭』がルーツだそうです。これに影響を受けた国が「大人に成った事を自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」の趣旨の元、1949年1月15日を『成人の日』と制定しました、旧暦の元日は新月の闇なので、望月(満月)の15日に成人を祝った(昔は正月に年を確定したので)。それ以来全国で行われるようになりましたが、1998年の「祝日法」の改正で1月の第二月曜日に成りました・・・今を生きる人の我儘で伝統無視、馬鹿げています・・・
また20歳を特定する起源は、紀元前の支那で行われた、20歳になると冠をかぶる「加冠の儀」であるとされて居ますが・・・後付けの理屈に感じます・・・ご異議の有る方もあるやに思えますが、羊の勝手です・・・

現在の日本の法律では20歳を持って大人の仲間入り、国政に参加する選挙権も大人の卑猥も傲慢も許されます・・・沢山の権利が保障されます・・・但し!同時に沢山の義務も請け負わされます!!!少年Aでは済みません!!!親兄弟や親族・愛すべき郷土や社会に、断固として貢献しなければ成りません。御自分たち一人一人が次の日本を支える義務を負うのですから・・・迷いながらでも小さな事から始めて立派な日本人になって下さい、其れが育ててくれた親や社会の手柄です・・・この国を良くするのも悪くするのも貴方方の責任は確かに有るのですから。

なにはともあれご成人おめでとうございます・・・本来家族の祝いで親の手柄の日です・・・いずれ解る。

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