2006年11月

2006年11月29日

どきっとした

 今日、街をぶらぶらしていたら、料理屋の前に大きな旗が立ててあった。
 その旗には、毛筆体で大きく『ちゃんこ鍋』と書かれていた。


 その旗の前には、細長い電灯が一本立っていて、正面から見ると、ちょうど『ゃ』の部分だけが隠れて見えた。


 どきっとした。

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2006年11月27日

なんだかんだで結局更新しちゃった

 今日、父は仕事中に3回も涎を垂らしたらしい。元々彼は、涎が垂れやすい性質の持ち主なのだが、最近はその頻度が増しているようだ。「うーん、ぼくちゃんも、もう歳だからなあ。これはひょっとして、自律神経失調症かも」と言っていた。

 一瞬、私の脳裏に「自律神経出張中」というしょうもない駄洒落が思い浮かんだが、あまりにもしょうもないので、口には出さなかった。

 あとで検索してみたら、全く同じネタが何件かヒットした。既に誰かが思いついていたらしい。「こんなアホなことを思いつく人が、他にも沢山いるんだなあ」と思いながら、ぼんやりとモニタを眺めていたら、いつの間にか私も涎を垂れていた。

 ああ、確実に遺伝しているな、と思った。

mayonaka_factory at 23:59|PermalinkComments(0)

2006年11月26日

お知らせ

 昨日ちょこっと書いたが、これからしばらくの間、更新頻度を落とそうと思っている。ブログを更新する時間を削り、その分の時間を、ドラクエ、じゃなかった、ホームページの改良に割きたいからだ。

 改良の他にも、ホームページに関しては色々やりたいことがあるのに、時間がないため、殆ど着手できていない(何故か、ドラクエをする時間だけは沢山あるが…)(うーん、不思議だなあ)。

 来年のカレンダーも、そろそろ完成させて販売したいし、ポストカードも新たに作りたい。新しいマンガだって描きたいし、ドラクエもしたい。あ、ドラクエは関係ないけど。
 
 とにかく、これらのことを、今年中に終わらせたいのだ。

 なので、今までほぼ毎日更新してきたが、これから1月上旬くらいまでは、3日に1度くらいのペースにしようと思っている。毎日このブログを楽しみにしてくれている方には大変申し訳ないが、どうかご容赦戴きたい。

 その代わり、ドラクエ、じゃなくて、ホームページの方を、頑張ります。

 ドラクエも、頑張るけど…。

mayonaka_factory at 20:17|PermalinkComments(0)

2006年11月25日

ちょうど1年前

 ちょうど1年前、友人から勧められるがままに、このブログを開設した。特にこれといって書くことがなかったので、その日はただ『実験』とだけ書いた。本当に、書いたものがそのまま掲載されるのか、試してみただけだ。結果、ごく当たり前のように、その2文字はブラウザに表示された。「ふうん、これがブログか」と思った。

 その日以来、「こんなもの、いったい誰が好き好んで読むのだろう」と思いながらも、ちょこちょこ記事を書くようになった。
 
 「どうせ書くなら、読む人が楽しめるようなものを書こう」と思い始めたのは、いつからだったか…。おそらく、「ブログって、個人的な日記みたいなもんでしょ?そんな文章なんて、読むだけ時間の無駄じゃない?」という私自身の考えが、天邪鬼な私に火をつけたのだろう。その火は、未だに派手に燃え広がることなく、ちまちまと燻っている。おそらく、この火が消えない限りは、記事を書き続けるだろう。いつ消えるとも知れない、儚き炎だが…。

 まあ実際、初めからやる気はなかった。メインはあくまでホームページであり、ブログは単なるオマケに過ぎなかった。この点は、1年経った今でも変わらない。実際、1年経ったという感慨は殆ど湧いていない。これはそもそも、私が『節目』や『記念日』というものに無頓着だからかもしれないが…。

 「ブログ、良く続けられるよなあ(呆れ気味に)」と言われることが多いが、誰だって、この程度のことは続けていると思う。特別なことではない。元々、「続けよう」「毎日書こう」という気負いもない。半分は、惰性だ。『継続は力なり』と言うが、継続するのに力はいらない。何ごとも、始めるときと止めるときが一番大変で、労力がいる。これは、ブログを続けるなかで気付いたことだ。
 おそらく、継続することで蓄えた力を、止めるときに一気に使うのだろう。『継続する』を『生きる』、『止める』を『死ぬ』に置き換えれば、あらゆる生き物の一生に当て嵌まる。かもしれない。

 そうそう、いつ頃からか、「100万円ください」という内容のメッセージを発信し始めた。願い続ければ、いつかきっと夢は叶うんだ、ということを証明したかったからだ。というのは嘘で、単純に「100万円ください」と思ったからだ。この1年では、残念ながらこの願いが叶うことはなかったが、しかし、来年、再来年はどうなるか分からない。希望を捨てない、あるいは、捨てれないことこそが、人の生きる原動力だ。いや、少なくとも、私の原動力だ。なので、これはこれからも声を大にして言い続けたい。誰か、ただで100万円ください。

 今、1年前に書いた記事を読むと、非常に日記的で恥ずかしい。テンションが違い過ぎて不気味だ。同じ人間が書いているとは思えない。おそらく、別人が書いているのだろう。ますます不気味だ。どうしましょう。とりあえず、100万円ください。

 …まあ、こんな感じで、また適当に続けていきたいと思っている(更新頻度は落とすかもしれないけれど)。

 とにかく、これからも、どうぞよろしく。

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2006年11月24日

WHILE MY DOOR GENTLY WEEPS

 我が家が建ってから、約10年が経過した。新築当時は何の問題もなかった家も、10年経つ間に、色々な不備が生じている。例えば、風呂場のドアが閉まりにくくなったり、台所の蛇口がぐらついたり…。

 そこで今日は、建築会社のサービスである『10年点検』を受けた。
 上記の不備以外にも、水回りや照明器具の不具合、壁紙の破れなどがあったので、それらを直してもらった。

 一番感動的だったのは、玄関のドアだ。今までは、閉めると「ドバズゴーン!!」という凄い音が出ていたのだが、修理してもらったことで「パチャ…」という音に変わったのだ。
 いや、ちょっと違うな…。「ドヴァズッゴァーンヌヌヌ!!」が「チャポ…」になった、みたいな感じ。
 あるいは、「ズンドヌフ!!」が「シトン…」になった、みたいな…。
 
 もしくは、ジョジョで喩えるなら、偉そうに喚くだけの情けない少年が、正真正銘の紳士になって、さらには波紋法まで身につけていた、みたいな…(逆に分かりにくいか)。

 とにかく、それくらい劇的な変化だった。いつの間にか、喧しいのが当たり前になっていたが、元々はこんなに静かに閉まるドアだったのか…。

 『慣れる』ということは、合理化される点では利点だが、客観性を失う恐れもあるのだな、と思った。



 ちなみに、私が生まれてからかれこれ20年以上経つが、誰も私を点検しに来てくれない。顔や体形や性格など、不備は沢山あるのだけれど…。

 あ、そうか。
 元々、そういう設計だからか。

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2006年11月23日

相撲よりも、相撲を見ている祖母を見るのが面白い

 祖母と一緒に、居間で大相撲九州場所を見ていたときのことだ。

 結びの一番、朝青龍対魁皇戦。
 テレビ越しに見る相撲会場は、大盛り上がりだった。魁皇は福岡出身の力士だけあって、九州場所では大人気である。場内では、お客さんたちによる「かーいーおう!かーいーおう!」の掛け声まで巻き起こっていた。逆に、横綱を応援する声は殆ど聞こえない。
 
 「やっぱり、朝青龍ってあんまり人気ないんだなあ…」と思いながら、その熱狂ぶりをぼんやりと眺めていたのだが、ふと気付くと、隣に座っていたはずの祖母の姿がない。

 あれ?と思ってもう一度テレビに視線を向けると、祖母がテレビの前に仁王立ちしながら、場内の観客と一緒に「かーいーおう!かーいーおう!」と叫んでいた。そう、うちの祖母も、朝青龍が嫌いなのだ。

 取組が始まり、2人が組み合ったまま動かなくなると、さらにテレビに近づき、「いけぇ〜っ!それぇ〜っ!やっつけろっ!あなた、日本人でしょ!ほらっ!」と言いながら、テレビ画面(魁皇の背中あたり)をペチペチとたたき出す始末。そして、魁皇が押され気味になると、「あ〜わわわ!」と言いながら、魁皇が土俵から落ちないように、一所懸命手で押さえようとしていた。
 …まあ、気持ちは分からんでもないけど。

 結局、魁皇は朝青龍に寄り切られて負けてしまった。
 座布団が乱れ飛んでいるテレビ画面を見つつ、祖母は半分笑いながらも悔しそうに「こんちくしょうめ!」と言った。

 ああ、ハッスルしてるなあ、と思った。

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2006年11月22日

元気がなくても、なんとか生きれる

 ここ数年、どうも元気が出ない。朝起きるのが億劫だし、昼間はやる気がないし、夜眠るのもきつい。年に一度くらいは、「あれ?今日、元気じゃね?」と思える日があるが、それも錯覚だったりする。

 そこで、「どうしたら、元気が出るのかなあ」と友人に相談してみたところ、「元気って、自然に出るもんやで。やから、別に無理して出そうとしなくても良いんやない?」と言われた。

 それもそうかも、と思ったので「じゃあ、ほっといてもそのうち出るんかな。ここ4〜5年くらい、出てないんだけど」とぼやいたら、「それって、元気が出てないんやなくて、君にとっては今の状態が『元気な状態』なんやない?」と言われた。

 なるほど、確かにそうかもしれない。
 
 そうか、私は既に『元気』だったのだ!!

 でもそれって逆に言うと、どう足掻いてもこれ以上の元気は出ない、ってことだよな…。


 やばい、また元気がなくなってきた。

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2006年11月21日

意味不明短編小説シリーズ32

博士と助手 〜逸話について〜

アダム「ただいまー」
アダムの母「おかえり、アダム。今日の晩ご飯は、カニ鍋よ」
アダム「やったあ!いただきまーす!!」
アダムの母「アダムは本当にカニ鍋が好きなのねぇ、うふふ」
アダム「…あれ?お母さん、このカニ、手が付いてないよ?」
アダムの母「え?お鍋に入れたときは、ちゃんと付いてたわよ?」
アダム「…はっ!こ、これは…!そうか、そういうことだったのか!!」


博士「…と、このようなやり取りによって、かのアダム・スミスは近代経済学における重大な概念を発見したのであった。すなわち」
助手「『カニの見えざる手』、ですか?」
博士「うんっ!!」
助手「もはや単なる駄洒落ですね。最低です。それに、どう考えてもアダム・スミスが鍋食ってたとは思えません」
博士「いや、それは分からないよ。何百年も過去のことは、誰にも確かめようがないからね。それこそ、カニの味噌汁だ」
助手「は?」
博士「God only knows.」

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2006年11月20日

脳の容量

 「一般的な人間の脳の容量は、だいたい2テラバイトらしい」という話を聞いたので、「本当かよ」と思ってネットで検索してみたら、実際は諸説色々あるようだ。12.5テラ、と言う人もいれば、100テラと言っている人もいる。ただ、少なくとも単位がテラであることは確かなようだ。ちなみに、コンピュータの世界では、1テラ=1024ギガである。

 パソコンのハードディスクの空き容量が足りなくなってきたので、外付けのハードディスクを買ってきた。300ギガのものだ。今使っているパソコンのハードディスクが250ギガなので、合計550ギガになった。これでもまだ、0.5テラくらいだ。ちょっと、信じられない話である。

 本当に、このパソコンよりも、私の脳の容量の方が大きいのだろうか?どう考えても、このパソコン以上の容量が、私の脳にあるとは思えない。都合の悪いことはすぐに忘れるし、肝心なことは何一つ思い出せない。ついさっき食べたご飯の献立も思い出せないときがあるし、それどころか、ご飯を食べたかどうかすら思い出せないときもある。このように、殆どの記憶は曖昧でうっすらと霧がかかっているのに、金のことや恨みつらみはいつまでもねちっこく覚えていたりする。

 その他にも、勘違いや思い違い、聞き間違いに記憶違い、勝手な解釈、事実の捻じ曲げ、馬耳東風、偏西風、扁桃腺、頭痛い、歯痛い、熱ある、オウ、それならこれ、ヘデ○パウダー、ドンドコドンドコ、など、私が何かを記憶しようとするときは、パソコンにはない現象が必ずといって良いほど起こる。これはもはや、一種のバグだ。誰か修理してください。

 だがしかし、そういった曖昧な記憶方法だからこそ、テラバイトもの容量を、脳内に保存できるのかもしれない。きっと、記憶する際に、勝手に圧縮したり解像度を下げたりしてるんだろうな…。

 あ、そうか…。
 私の場合、その圧縮&解凍の精度が、極めて低いんだな…。だから、全然思い出せなかったり、記憶の改竄が頻繁にあったりするのだ。たぶん。

 そうか、そういうことだったのか…。

 …あれ?
 そういえば私さっき、晩ご飯食べたっけ…?

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2006年11月19日

箇条書きで御託を並べてみた

・『表現』することは簡単だが、『伝える』ことは極めて難しい。

・さっき『ロッキング・オン・ジャムパン』という駄洒落を思いついたが、これがいったいどれだけの人に伝わるだろうか…。

・仕事先の先輩が、セックスピストルズの『Anarchy In the U.K』の歌い方で『チョコレートは明治』を歌っていて、それが滅茶苦茶面白かったのだが、これも文字で表現したところで、面白さは全然伝わらないだろうな…。

・エロいことで有名な友人が、突然「はだか見てぇ〜」と言い出したので、「ああ、また始まったか…」と思ったのだが、実際は「鼻かみてぇ〜」と言っただけだった。これもまた、上手く伝達できなかった一つの例か…。

・表現=アート、伝達=デザインと言い換えることも可能かもしれない。

・しかし、きちんと伝達しようがしまいが、コミュニケーションとしては成立してしまうところが、何とも不思議だ。互いに誤解し合ったまま、理解したつもりになっている。まあ、当然と言えば当然なのだか…。

・ならば、何故我々は表現し続けるのだろうか?

・「いつかきっと、本当に理解し合えるときがくるだろう」という甘い幻想を持ち続けているから、なのかもしれない。

・そう、だから私は、何度でも表現するのだ。いつの日か、伝わることを信じて。

・誰か、100万円ください。

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