「人が死ぬ意味を問うRPG」操作性の問題

2019年10月16日

酒井順子『源氏姉妹』

 タイトルは『げんじ しすたあず』と読みます。
 
 sisters_hyousi

『源氏物語』を、光源氏と「した」か「しないか」という女性の目線で語ったエッセイです。
 取り上げられてる女性たちが、みんな源氏と「して」いて、俗に言うところの「姉妹」になってるところから、このタイトル。
 冒険的なタイトルですが、そもそも「した」というところに重点を置いた大胆な解釈と、一人一人の女性にスポットを当てているとこが、なかなか良いです。
 あまり表舞台に出てこない、他の女性に比べて華やかさの足りない女性たちの想いも、きちんと取り上げられているところがいいですね。
 夕顔のように、源氏の女性遍歴のなかでも、ほんの短い期間を共にし、あっという間に儚くなってしまった女性。
 末摘花や花散里のような、あまり表舞台に出てこない女性たち。
 それぞれに源氏への想いが様々あるに違いない、という観点から、彼女たちにも語らせることで、『源氏物語』の奥行きを表している点も興味深いです。
 また、酒井氏のエッセイの間に女性の独白が入るという構成のおかげで、文章に緩急がついて読みやすくなってます。
 本来なら、光源氏が主役として取り上げられるべきところを、彼を取り巻く女性たちの目線で語っていくのは、わりと斬新な視点ではないでしょうか。
 正直、「書いた者勝ちだよな」という点はありますが、するすると読めるので、「した」の「しない」のという点を軸にしているにしては、クドさが無いってことでしょうね。
 ただ、これは私がエッセイよりも小説を好んでるせいかもですけど、「もったいない」感が半端ないです。
 これで一本書けるじゃん、小説。
 考えても考えてもネタを絞り出せない小説家にとって、このエッセイは宝の山と言いますか、立派な小説として成立するのに、と思うと、「もったいない」感がむくむくと持ち上がってきます。
 酒井氏の解釈を出したいんでしょうから、エッセイという手法を採るのは当たり前っちゃ当たり前なんですが、小説家としては、光源氏のことと関係があるわけではない、言ってみれば、モブキャラである女性たちの視線を交えて小説にしたら面白いだろうな、と思ってしまうんです。
 酒井順子と云えば「エッセイスト」ですし、小説仕立てにすること自体、考えてもいなかったか、自家薬籠中の物ではないと思っていたか、というところでしょう。
 そんなことを考えながら読んでいたんですが、面白いには違いないので、こうして書き留めておきます。
 個人的には、「源氏姉妹」に入らない朝顔宮の独白が好きですね。
 しすたあずじゃないから、このエッセイの本道からは離れるかもしれませんが。
 凜とした考えを持って、源氏に相対する姿勢に好感が持てました。
 実際そういう立ち位置で登場してるわけですし。
 これの男性版が出たら面白いだろうな。
 頭中将を始めとして、朱雀帝とか桐壺帝とか、代が下って柏木とか。
 酒井氏は、『枕草子 REMIX』や『徒然草 REMIX』などのエッセイも出されているので(私は未読)、また違う点から『源氏物語』を解釈してくれたらな、と思います。


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mayura_mono at 12:21│Comments(0)本(文庫) 

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