私の洋書みち

本の感想やら、英語の勉強やら、のらりくらり。

ご無沙汰しております。先日、渋谷のブックオフが閉店し放心状態の今日この頃。新宿、自由が丘、横浜、渋谷、秋葉原、川崎の各ブックオフへの定期巡回が私のささやかな楽しみで、その中でも渋谷店の利用率は高かったもので…。上京した当時「都会には安い洋書があふれてる!」と感動したのを懐かしく憶えています。Kindleでも構わないけれど、私は何だかんだで紙の本が好きなのです。

今回読んだ本は、そのブックオフ渋谷店で最後に購入したもの。

First Among Equals
Jeffrey Archer
St Martins Pr
2004-05-16


英語難易度:★★★☆☆
おすすめ度:★★★★

洋書を読んでいるよしみで英米問わず英語圏の国は大体どこでも親しみを感じていますが、これと言って贔屓にしている国はありません。にもかかわらず、いままで無意識に手に取って読んだ本は、不思議とアメリカ人作家によるものが大半を占めています。「ここら辺で、イギリス人作家の本もまとめて読んでおきたい」と思い立ったのがアーチャーの作品を読み始めたきっかけでした。

ところが、これまでたて続けに読んだ4冊中、3冊はアメリカが舞台。どれも面白かったけどイギリス社会について何ら触れられず「アーチャーってアメリカ贔屓なのか?」と訝っていたところ、今回は打って変わってどっぷりイギリスな内容でした。

舞台は1960~90年代のイギリス政界。生い立ちの異なる4人の若者が首相の座を目指し、奮闘・成長していくストーリー。果たして、誰が最初にトップにたどり着くのか。因みに邦題は『めざせダウニング街10番地』となっており、ダウニング街10番地と言えば首相官邸を意味するのだとか。恥ずかしながら知らなかった。

最初の100頁まで読み辛かった。まず4人の登場人物が名前で書かれてる場合と、苗字で書かれている場合があり統一感がない。つまりは4人✕2通り=8つの呼び方があり、「えっと、シーモアって誰だっけ?ああ、チャールズのことか…」と、いちいち頭の中で整理する必要がありました。加えて、それぞれ誰がどの政党か記憶してないと混乱。更には、4人のそれぞれの奥さんの名前も記憶しなければなりません。100頁過ぎたあたりで、ようやく誰がどの政党で、奥さんの名前は何々で…と整理できました。私は最初の頁にある登場人物の風刺画に「保守党(トーリー)」「労働党」とペンで書きこみ、ちらちら見返しながら記憶を定着させました。米国小説で苦手な政治用語にも多少は慣れたつもりでいましたが、省庁や各機関の名前や役割が英米では異なるので、イギリス議会の仕組みについてはグーグル先生、ウィキペディア先生を参照しながら読み進めました。

まあ、そんな感じで前半部分はちょっと面倒でしたが、慣れてくると面白い。

サッチャー政権時、私は中学生だったのでうっすら記憶にあるものの、彼女がどういった政治家だったのかよくわかっていません。数年前に映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』を観て以来、メリル・ストリープ扮する勇ましいサッチャー首相が私の中でのサッチャーさんのイメージとなっていました。
本書に出てくるサッチャー首相も映画に負けず劣らず面の皮が厚い。リビアと摩擦が起こった際、ガダフィと交渉したくてたまらず、相手からの連絡を電話の前で何日も眠らず今か今かと待ちわびているのに、いざ電話がかかってきたら「あなたのことなんか気にも留めてなかった」と素っ気ない態度をとってみせたりする。アーチャー自身が政治家でもあるため描写がリアルで、イギリス人の交渉術や政治思考が読みとれて面白い。

また、どこの国の政治家もそうなのだろうけど、イギリスは特に弁舌によって評価される国なのかな…と感じました。一度答弁でしくじると、ほとぼりが冷めるまでbackbencherに甘んじることに。何か巻き返すような手柄を立てなければfront seatにカムバックさせてもらえない。下手すると野次要員として政治家生命を終えることに。
保守党は古めかしくお堅いイメージを抱いていたのですが、初めてユダヤ人や学者、女性の首相を輩出したのは保守党とのこと。潮目を変える力があるのかな?と保守党のイメージが変わりました。そう言えば、EU離脱を目論むメイ首相も保守党でしたね。
一方、労働党の議員が「自分はあくまで左の人間なのだから、レストランで食事をするわけにはいかない。そういった場面を見られたら贅沢してると思われて説得力がなくなる」というセリフがあって生真面目だなあと思ったりしました。

イギリス王室も日本の皇室同様、国の象徴であり儀礼的な側面が強く政治的影響力は少ないと言われているけれど、天皇陛下よりもエリザベス女王のほうが政治により近く、間接的にやんわりした発言権をお持ちなのかな?と感じました。ユーモア、茶目っ気も含めて女王がストーリーの引き締め役になっていて、やはりなくてはならない存在なのですね。

結末は…最後の1行まで誰が首相になるのか不明。ずいぶん、引っ張られました(笑)。首相になる人物はアーチャー自身を投影しているのだろうなあと想像。本書はあくまでフィクションですが教科書に載っていないイギリス政治史の片鱗を伺い知ることができ、ちょっとした勉強になりました。ミステリー好きとしては、もう少しドキドキワクワクドロドロ感が欲しかったけど、496頁にわたり知的スリルとユーモア満載で質量ともに十分な内容。おすすめです。
しかしながら、ここ最近、たて続けに政治を舞台とした本を読んで疲労困憊。今度は別のジャンルの本を読みたい

前回読んだKane and Abelの続編です(ブックオフのセールにて80円ぽっちで入手)。

The Prodigal Daughter
Jeffrey Archer
St Martins Pr
2004-05-16


英語難易度:★★☆☆☆
おすすめ度:★★★★

前半部分に前作の内容が手短かにまとめられている。よって、予備知識がなくともストリーの把握に支障はないけれど、前作を読まないのはかなり勿体ない気がします。Kane and Abel、とても良かったので…。

ポーランド人移民として裸一貫アメリカに渡りホテル王にのしあがった
Abelの一人娘、Florentynaが主役です。時代的には第二次大戦前~1994年頃の設定。

印象に残ったのは、
Florentynaを幼少から教育するイギリス人女性家庭教師Miss Tredgold。キリリとしていてカッコイイ。`Come here, child.‘とか`How do you do, young man.‘ など、ヴィクトリア朝時代の喋り方が面白い(この喋り方、マイブームになってしまった)。

Abelは自身が体験したような苦労を娘にはさせまいと教育に力を注ぐ。ポーランドからの移民だとバカにされたくないためポーランド語の使用も禁止し、ポーランド人であることを隠蔽するかのような教育を試みる。しかし、いかにも東欧系の苗字のゆえFlorentynaは`Polack'と揶揄され、いじめの対象となってしまう。娘を心配した父は校長に訴えようとしたところ、Miss Tredgoldに「こういった問題から逃げるのではなく、自分で対処できるようになるべきだ」、「そのためには、自分のルーツに誇りを持てるよう教育するべきだ」と諭される。父は考えを改め、自己の生い立ちや歴史を娘に論理的に解説し、Miss Tredgoldと二人三脚で教育方針の立て直しを計る。

そんなある日、歴史のテストでトップだったFlorentynaに嫉妬したじめっ子が悔し紛れに「(点数は悪いかもしれないが)少なくとも、自分はポーランド人じゃないからね」と嘲笑。これに対するFlorentynaの堂々とした応戦が素晴らしい。

“True.Youre not a Polack, you’re a third generation. American,with history that goes back about a hundred years. Mine can be traced for a thousand,which is why you are bottom in history and I am top.”

こういう文面を読むと「ああ、アメリカってディベートの国なんだな…」と思ってしまう。言い負かされっぱなしでは生きていけない。強くならないといけない。

ストーリー後半は学生から結婚を経て実業家、下院議員から上院へ。その後、大統領選へと突き進んでいく。正直、ここら辺はハードすぎて読んでいるだけで相当に疲れた。アメリカに未だ女性大統領が誕生していない理由は、女性に知性や統率力が欠如しているからではなく、単純に体力的な問題なのだろうなあと感じた。実際、中高年女性がアメリカ全土を遊説してまわるのって相当な体力がいるわけで…。そういえば、先の大統領選の際は、ヒラリーさんも肺炎だかなんだかで疲労感が顔に滲み出ていた。トランプさんのほうが爺さんなのに「ビフテキ食べてます!」って感じで、エネルギッシュに見えましたからね。

因みに、私の記憶に登場する最初のアメリカ大統領はレーガン。それ以前の歴代大統領の特徴などは知りもしなったのだが、あれこれ把握できて良かった。「副大統領と国務長官って、実質的にどっちが上なわけ?」と思っていたけれど、なるほど。よくわかる内容でした。

果たして、Florentynaはアメリカ初の女性大統領に就任できるのか?

全体的にどの場面も面白く読めたが、Kane and Abelの壮絶な一大絵巻と比較すると「2世って、楽でいいよね…」と思ってしまう。0から1を生み出すのは大変だけど、110倍にするのは、それほど大変さが感じられない。あと、偶然が多すぎ。偶然に人が亡くなって人生が変化していくなど、無理やり感が漂ってました。なので、4つにしましたが、そうは言っても、間違いなくお薦めの一冊です。

前回読んだShall We Tell the President?に登場した女性大統領Florentynaの親世代の話し。

Kane and Abel
Jeffrey Archer
St Martins Pr
2009-11-03


英語難易度:★★☆☆☆
おすすめ度:★★★★★

時代的には1906年~1967年頃。タイタニック号沈没、第1次大戦、世界恐慌を経て第二次大戦に突入し、ケネディ大統領暗殺付近の内容。長編、年代記と言ってよいと思います。アメリカ経済界をけん引した頭脳明晰な二人の男の生涯。誰かが主役という書き方ではなく、KaneとAbelそれぞれの人生を双方から描くような形式。特に歴史背景が興味深く、厚みのある作品でした。

Kaneは祖父の代から銀行家のアメリカ人。父親をとても尊敬していて将来、父と同様にハーバードを卒業し銀行家になる夢を持っている。ところが、幼い頃にその尊敬する父をタイタニック号沈没事故で亡くしてしまい母と祖母の手で育てられる。その後、母はヒモのような男と再婚してしまい愛に飢えて育つ。

一方、Abelはポーランドの森で出生間もなく捨てられていたところ、猟師に発見され貧しい家庭で育てられる。抜群の頭脳を買われ領主の養子となるもポーランドはドイツに侵略され領主は殺されてしまう。その後、Abelはロシアの強制収容所に送られ命がけの脱出を経て、アメリカに亡命する。アメリカに上陸時の年齢は13歳。Plazaホテルで給仕の職に就いていたところ、働きぶりを気に入られ新進気鋭のホテルチェーン店のオーナーにスカウトされる…猟師に拾われ、領主に見いだされ、オーナーに気に入られ…Abelは生まれながらに親父キラーなのかもしれない。

全体の半分に差し掛かる付近で、二人の人生が交錯し始める。あまりいい出会い方ではない。何かと対立する二人だが、二人のそれぞれの子どもたちが、ひょんなことから恋愛関係に陥り駆け落ちしてしまう。駆け落ちした父への書置き‘Never seek the wind the fieldーit is useless to try and find what is gone.’が何だかオシャレ。こんな文章がサラリと書けたら、いいのにな。

ストーリー本体もさることながら、歴史背景も興味深い。

例えば、フォード社がまだ小さな会社だった頃、どこの銀行も投資を出し渋っていたのだが、颯爽と駆け抜けていくフォード車のカッコよさに思わず振り返る通行人たちの反応を見て、Kaneの父が「これはいける!」と融資を決めるシーン。当時のフォードの車は黒のみだったので「色の種類を増やしたらどうか?」との銀行家のアドバイスに対してフォードが「いや、価格を抑えてとにかくたくさん売りたいので黒だけにする」と言ったというエピソードが面白い。

また、TVが普及する以前「あんな箱の中から声が聞こえてくるものが流行るわけがない」と多くの投資家が見向きもしない中、KaneのみがTV局に融資。やがて大きな放送局へと成長していったりする。こういった目利きの銀行家に見込まれると「そうか、この人が資金を融資してくれるということは、私はやれる人間なんだ」と自信につながりそうだ。

果たして、対立したKaneとAbelに和解の時は訪れるのか?
駆け落ちしたし子どもと再会せずに終わってしまうのか?

知性と素直さは、もしかしたら相いれないものなのかもしれない。プライドが高かったり、知力が感情に勝りすぎてしまうと、気持ちが置き去りにされてしまいそうだ。結末は、良かったとも言えるが少し淋しい。物語の終盤でAbelとKaneが少し離れた距離にいながら、決して言葉は交わさないけど帽子をとって目で挨拶する場面はジーンとしてしまった。何だかんだ言ってこの二人は互いを認め合っていて同時代を生き抜いた戦友。時代が時代だったら、いい関係を築けていたのだろうなあと思い巡らすと切ない。ここ一番の素直さって大事ですね。でも、自分の気持ちを軽々しくペラペラ喋らないのも、この時代の男の渋さであり、魅力なのですよね。

親の世代では対立したものの、駆け落ちした子どもの人生については、続編The Prodigal Daughterに書かれているそうなので、そちらも併せて読んでみたい。

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