レイモンド・チャンドラーの本は絶対に紙の本で読みたい!と思っていた。Kindleの格安本はChandlerがChanlderになっていたり、購入者レビューも様々な版の感想やクレームが混ざり合っていて、どうにも信用できず購入の判断がつかずにいた。そんな折、近所の紀伊國屋書店のワケあり洋書セール(と言っても、表紙が少し折れている程度)で偶然にもお安く入手したのが、この本。

The Long Goodbye (A Philip Marlowe Novel)
Raymond Chandler
Vintage Crime/Black Lizard
1988-08-12



英語難易度:★★★☆☆
おすすめ度:★★★★★

村上春樹さんが10年の歳月をかけチャンドラー長編7作を翻訳されたそうですが、それらの訳書は興味があるものの一切読んでおりません。敢えて目にしないよう注意さえ払ってきました。と言うのも、以前フィッツジェラルド著『グレート・ギャツビー』を村上訳でうっかり先に読んでしまい「もう、原書にあたらなくてもいいかな…」と満足してしまったから。訳書を先に読んでしまうと原書を読まずに一生を終えてしまいそうなので、今回はそういった事態を避けるべく「チャンドラーは先に原書で読むぞ!」と意気込んでいました。

1ヶ月かけてようやく読了。読み終わりまでに時間がかかったのは、もともと洋書に限らず遅読タイプと言う事情もあるのですが、一文一文がとにかくオシャレなので速く飲み干してしまっては勿体無い!との思いもあったから。上質なチョコレートを噛まずに口の中で転がすように味わう…そんな作品だと感じました。常日頃、いいなぁ!と思った表現に蛍光ペンでラインを引きつつ読む習慣があるのですが、この本はライン引きまくりでした。キザだけどカッコいいセリフがたくさん。長い比喩もたくさん。一つ一つ紹介したいけれど、ありすぎて書ききれない。

私立探偵フィリップ・マーロウは、顔に傷を持つ礼儀正しい酔っ払いレノックスと出会う。レノックスは富豪のあばずれ娘と再婚しヒモ状態。金に一切興味のないマーロウにとって本来どうでもいい人間のはずなのに、レノックスの醸し出す形容しがたい魅力に心を奪われ(と言ってもゲイではない)あれこれと事件に巻き込まれていく。ミステリーとして読むことも可能だけど、そういった犯人捜し的な読み方ではなく男の世界、それも少し前の時代の男らしい男を観察するような思いで読みました。男の友情って、こういった雰囲気なのか…女の私には不可思議。でも、なんだかいい!もちろんマーロウもレノックスも「俺たち友達だよね」などとわざわざ口に出して確認しあうような野暮なことはしない。別れが迫る終盤、“We were pretty good friends once.”とレノックスがついに素直な気持ちを告げるも、“Were we? I foeget. That was two other fellows, seems to me.…”と何ともツンデレなマーロウ。本当の想いは男がそう簡単にペラペラと口にするもんじゃない。内に秘めてぐっと耐える。しかし、最後の最後は…ネタばれになるのでここら辺で止めておこう。昔の男性の方が良かったなどと言うつもりは一切ないが、今や絶滅危惧種となりつつある男らしい男を見たような気がして(もっとも女らしい女も絶滅しつつあるので、お互いさま?)胸がキュンとなりました。男同士の絆は、男女の恋愛や夫婦愛とは異なった類の固さがあるのかも知れない。例えもう二度と会えなくなったとしても。因みに、マーロウは現在の私と同じ年齢(42歳)ということが判明し嬉しかった。マーロウのような分別や他人を見抜く力は私にはないけれど、チャンドラーのイメージするカッコいい40代はこういう人間なのか…と感慨に耽りました。

最後に何度も名前を出して申し訳ないが、村上さんはご本人も言及されている通りチャンドラーの影響を多分に受けていることが改めてよく分かりました。しかしながら、マーロウの恋愛はあくまで爽やか。村上さんの描くような生々しい性描写はない。敢えて描かないぶん行間から読み手に想像させるエロティックさも秀逸。これを機にチャンドラーの他の作品も読んでみたい。

おまけ:マーロウのビーカープリン。ビーカー欲しさに購入。(拡大してご覧いただけます)
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