Dこと、NTC同期のだいちが「負け試合」ってタイトルで書いたブログ。
焦っちゃいかんよなぁ。
イヤ、気持ちはすごく分かるんだけど...。
やっぱさ、結果を求めすぎるのは隊員活動の本質じゃないと思うな。
そりゃ新生JICAの目標にも「成果主義」ってあるけど。 (と思う。たしか。)
でも、「結果って、何かね?」 (「北の国から」風に。(^-^;)
だいちも「それが一体何なのかがなかなか見えてこない」って書いてるけど。
#答えなんてないんだよ、きっと。
#って言うか、「それが答えだ〜♪」なんてウルフルズなことは、世の中あんまりないでしょう。
例えば、私みたいな教師型隊員の場合。
実験機器を買って授業の改善したり、セミナーやって教員の改善したりして、NEの成績が上がったとする。
そりゃ分かりやすい「結果」だ。
それに意味がないとは言わない。
でもそれが活動の本質か?と考えると、かなり疑問だよね。
この例の場合、生徒が本当に理解したり、やる気を持ったり、先生が教育に情熱を持つようになることが重要なワケでさ。
たまたま結果として、「NEの成績が上がった」と。
でも仮に、初めから「NEの成績を上げる」ことを目的として、受験テクニックばっかり仕込んでたりしたら大バカじゃん?
#そんなの求めるヤツは日本で塾講でもしてろ、と。:p
「結果」っていうのは、あくまで後から付いてくるモノでさ。
初めから何かを狙ってやると、逆に変な方向に進んでいきそうな気がする。
NTCで中村教授も言ってたね。
「指標っていうのは便利なものだけど、その指(指標・数値)にばかり気が行って、それが本当に指し示しているモノが見えなくなる危険性がある」って。
#「月を指しているのに、その指先ばかりを見る」ってヤツね。 >NTC同期
#イヤ、ホントいい話だ。(^-^)
それとさ、「形とか数字になって見えない結果」のほうが、実は大事な気がする。
上の例でも、「やる気」とか「理解度」、「教育への情熱」なんて数値じゃ測れないしね。
ずっと前に書いた記事なんだけど、「JOCVに参加してること自体、それだけで国際協力」って感じもするし。
職種とか活動とか関係なく、その場所でその土地の人と一緒に同じ生活をして。
お互いにお互いを意識する、お互いのことを少しでも知るってのが、国際協力の第一義じゃないかな?
こんなこと書くと「ヌルい!!」とか怒られそうな気がするけど。
でも「個人ができること」「個人じゃなきゃできないこと」の意味を考えると、そういう解答も十分アリだと思うな。
あとはね、私は森林火災に水を運ぶハチドリの1羽でいいと思ってる。
「自分は何かできる、何かしてやろう」なんて思うのは、不遜だってこと。
ただ目の前で起こる出来事に対して、自分のできることをするだけ。
そこに「勝ち」とか「負け」なんて存在しないじゃん?
あ、これも中村教授の講義なんだけどさ。
シャケの話、覚えてる? >NTC同期
> 鮭は、産まれた川に産卵のために戻って、産卵後は動物や微生物のエサになったりして自然のサイクルに貢献していますよね。
> でも鮭自身にはまったくそんなつもりはなくて、ただ彼らの生殖活動を本能のままに行っているに過ぎないんですよね。
> ボランティア活動もそれくらいの心構えがいいんじゃないでしょうか。
ってヤツ。
あれはさ、金言だよ。忘れちゃいけない。
「何ができる?」とか「何をすべき?」ってガーッて考えても、自分ができることって限られてるし。
あんまり肩に力が入っちゃうと、逆に視野が狭くなる気がする。
何かを与えるとか得るとかね、それは主眼じゃなくて、副産物なんだよ、きっと。
#あ、せっかくだから(?)、ここもウルフルズで。(^-^;
#「それでえぇねん♪」と。
長くなったけど、まとめちゃうと言いたいことは2つだけ。
「目に見える結果を求めすぎると、却って間違った方向へ進むことも」
「国際協力活動するにあたって、謙虚すぎるってことはない」
偉そうだけど、自分への戒めとしても。ってことで。
#ところで、性格が同じハズ(^-^;のだいちと私の違いは、スポーツマンかミュージシャンかってトコかもね。
#バリバリ体育会系のだいちは「試合で勝つ」って結果が重要な世界で生きてきたんだろうな。
#でもミュージシャンにとっては、試合(ステージ?)は水モノだし、そもそも結果って何か分かんないしなぁ。
#...それより何より、もしかして違いは「若さ」か!?(^-^;