【松本読書会(第20回、2017.6.8実施)の報告と次回の予定】

テーマ(内容): 第13章 機械設備と大工業 (第4節~第7節)

第4節 工場
*機械設備の資本主義的な充用
*専門化された諸機械の間への労働者の配分=単純協業 ⇒諸労働の均等化⇒人員交替可能。
*機械は労働者を労働から解放するのではなく、資本として、「死んだ労働」として、労働者に相対する。
*工場=人命に危険な、または健康に有害な場所.

第5節 労働者と機械との闘争
*機械の採用初期(19世紀初期まで)には、労働者は、機械設備をその資本主義的充用から区別することができず、「資本の物質的な実存様式」である労働手段そのものに対して闘った(ラダイト運動)。

第6節 機械によって駆逐された労働者にかんする補償説
*ブルジョア経済学者たちは、機械の採用によって労働者が解雇されても資本が増えるの
で労働者は再雇用されるという(「補償説」)。勿論、解雇された労働者が他の産業に雇用
される可能性もあるが、雇用が「補償」されているわけではない。
*機械設備の導入は、労働者数を相対的に減少させ、剰余価値(剰余生産物)を増加させ、これに依存する社会層(資本家階級とその取り巻き)を増加させる。

第7節 機械経営の発展にともなう労働者の反発と吸引。綿業恐慌
*機械経営は、運輸・通信制度を発達させるとともに外国の諸市場を征服する。世界市場
への依存(市場の拡充と収縮)。
⇒「産業循環」⇒労働者の就業と生活状態の不確実性・不安定性。
*イギリス綿工業の歴史=ほぼ10年ごとの恐慌、不況期の長期化。

議論:
①マルクスの時代の「産業循環」と帝国主義時代の規模の拡大(大恐慌と戦争)について。
②現代のイギリスにおける「格差」について。

次回: 7月13日 (木)、18:00~20:00  於;あがたの森文化会館
     第13章 機械設備と大工業  第8~第10節

【安曇野読書会(第1巻第2回、2017.5.25実施)の報告と次回の予定】

・第1巻第1章「商品」の第1節を検討。第2節まで進む予定だったが、冒頭の商品をめぐる議論やベーム・ヴァベルクの論難なども紹介したので、1節だけで時間切れとなった。
・特に大きな議論はなかったが、新参加者のIさんは、商品の分析から始まる意味が分かった、マルクスの方法は「すごい」と感想を述べていた。

・次回は、6月22日(木)、第1章2節と第3節の途中まで検討する予定。

【長野読書会(第16回、2017.5.27実施)の報告と次回の予定】

・第4編(相対的剰余価値の生産) 第13章(機械と大工業)第7~8節を実施。


〔主な内容〕

第7節(機械経営の発展に伴う労働者の排出と吸引 綿業恐慌)
〇機械経営は伝来の手工業やマニュファクチュアを滅ぼしながら発展し、特に機械がそれ自身また機械によって生産されるようになり、石炭や鉄、金属の加工や運輸が革命されて大工業に適合した一般的生産条件が確立されれば突発的で飛躍的な拡大能力を獲得する。機械経営はまた外国市場の手工業を破滅させ自国の原料生産場面に変えてしまい、過剰化した自国の労働者の移民を促進する。
 世界市場への依存性の増大は産業循環の揺れを大きくする。
第8節(大工業によるマニュファクチュア、手工業、家内労働の変革)
〇伝統的な家内工業や手工業、マニュファクチュアは大工業によって変革され大工業の外業部に再編成される。大工業自体も婦人や子供、不熟練工などのcheap labour (安い労働)を基礎とするようになるが、その外縁部としての近代的家内工業や近代的マニュファクチュアの労働条件はさらに劣悪で不安定、女性や子供使用も目立つ。


〔主な議論〕
〇報告者から、ここで記述されている内容は今風にいえば労働現場や産業の“ルポルタージュ”か現実の実態分析的な部分が多いが、マルクスにとってそれは資本の運動の必然的な結果として分析されている。現代の日本や世界の現状・実態分析においてもそうした視点を貫くことは重要ではないかとの感想が述べられた。
〇今回は参加者も少なく特に大きな議論はなかったが、前回の物象化論に関連してルカーチやその(『歴史と階級意識』)翻訳者などについて若干の議論。


※次回(第17回)は6月24日(土)午後2時~、ノルテながの3F教室3で、第13章(機械と大工業)第9~第10節を行います。

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