狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

午前3時の早朝覚醒

午前3時に目が覚めた。頻脈である。朝食後の薬である、ジゴシンとカルベジロール、そしてベラパミルを飲んだ。再入眠を試みたが失敗。いま、午前5時だ。

何も考えていない。書きたいこともない。ただ、無能になったのだなと思う。鬱ではないだろう。事実だ。

文明の中を生きてきて、一番こころに響いたことは何だろう。さりげない笑顔、それとも愛の決意。激しい熱狂、それとも慰め。性行為、あるいは変態的快楽。書き尽くせないドーパミン反応。そんなものが人生なのか。

成果物。人類の歴史の中に何らかの成果物を残したか。成果だって。ダダイストの言葉じゃないな。

人間とは文明に尽くす存在だとでも言うのか。社会を生きる存在だとでも言うのか。

洗脳。洗脳にもいろいろあるが、私は今まで洗脳されていたのだなと思う。今もまだ。

ただ食べて、ただ寝て、ただ遊んで。それのどこがいけないのか。文明、社会、組織、家族、秩序、役割、進歩、発展、言語、人間。人間か。人間の宿命か。ああ、これって誇大妄想か。馬鹿な。躁状態ではないだろう。

制度。人間は常に制度の上を生きる。自縄自縛。規格化。俺は人間に生まれて幸福だったのか。え、幸福って何よ。幸福を追求する権利。権利って何よ。あんた、何様?

楽しい。苦しい。そんなの忙しい。もう飽きたんだよね。生きることに。好奇心を失い、思考力を失い、集中力を失い、体力を失い、性的能力を失い。数年後はベッドの上か。やっぱり鬱かな。

明るくなったらコンビニに行く。喫茶店が開くまで待っていられないだろう。それにしても、コンビニのおにぎりはお腹が膨れないな。どうしてなんだろう。

来週から入院。外出許可は出ないだろう。買い食い、タバコは、だめだめ。医療はさておき、主治医のOT氏は元人生の羅針盤だ。これから、どう生きれば良いのか、指針をくれるかもしれない。優秀な人だ。私とは違う。ああ、世界観も違うのだろうな。

最近、人と会ったり、話をしたりして思うこと。ああ、世界が違うんだな。これは悲しい。

シフォンケーキとOM氏との対話

昨日の電話相談の女性にシフォンケーキを食べてくださいと言われた。今日は家にいても鬱屈するので、バスで街に出た。偶然、OM氏と時間が合ったので、お茶をした。

医者よりも詳しく話を聞いてくれたが、どうすることも出来ないと言われた。解離だ。鬱ではなく解離だ。鬱もあるが解離だ。明日、病院に行くかもしれない。もちろん精神科だ。あと、2週間分の薬をもらう。話はそれだけか。それで良いのか。その時にならないと分からないな。

それじゃあ、困るんだよ。前は綿密にプランを持っていたじゃないか。本当に馬鹿になったようだ。

1.解離性障害を放置して良いのか
2.解離性障害に対策は無いのか
3.現在の病状はどうなのか
4.治療目標はどこにあるのか
5.精神科への入院は想定しているのか
6.精神科へ入院する目的は何か

本当に内科入院まで持つかどうかが不安なのだ。精神面で。

明日は部屋の工事がある。明後日は用事がある。日曜日は何もない。月曜日はKH氏が来る。火曜日から入院。あと4日。持ちこたえるしかないだろう。それまでの精神科入院は無理だ。

11月30日には、お見舞いの客人が来る。何をする必要もない。平穏で良いのだ。それにしても入院の目的は何なのだろう。頻脈を落ち着かせることか。糖尿もあるのか。喘息もあるのか。禁煙か。ダイエットか。まあ、なるようになる。ああ、テレビ代がいるんだな。テレビは見ないぞ。

明らかに病相が変わっている

あの日、あの時。2015年6月14日夜。私は突然、ヒヒーンと鳴き、どうせ俺は精神病なんだよ、とすて台詞を吐いた。自我崩壊。解離性障害の周辺。妥当な診断だと思う。それから、ヒヒーンは、ワンワンに変わった。

妄想は無くなった。躁状態は時々あった。鬱は感じない。どうも、今の医者の見立て(鬱)と私の体感(解離)が一致しない。内科入院のあとは、精神科入院か、どうかだ。

現在は躁うつ病というよりも統合失調に近い気がしている。夜になると、一人、喚いている。異様だ。

支援センターの担当者は相対的に見れば生活ができているという。そういうレベルの話なんだな。

これから。考えても始まらない。まずは内科からか。

妄想から解離へ、そしてどこへ。わかりません。

転院して2年、総括が必要だ

この2年、状態が良かった時はないようだ。
2015年10月に、躁状態で転院した。その時には就Bにも、地活にも行っていた。ブログを読み返すと状態は良くない。それから鬱に。
2016年2月に躁転。3月に地活の契約解除。訪問看護スタート。
2016年7月に就Bをやめる。入院を打診される。
2016年12月は転倒骨折で車椅子に。
2017年3月は、オフ会、OB会、川柳の会の飲み会3連発。
2017年5月は躁状態気味。
2017年6月はデポに失敗し錯乱状態に。
2017年8月、別の地活に通い出す。
主治医は鬱だというが違う気がする。信頼関係、有るのか無いのか。
いい病院があれば転院したいのだが、いい病院はない。
総括として、治療がうまく行っているとは思えない。うまく行く治療法があるとも言えないのだが、だ。
一日家に引き籠るのが推奨というのも変な話だ。
一度、主治医とじっくり話がしたいのだが・・・。

それだけいろいろあったら疲弊して当然だ

昨日は優秀な電話相談員と話が出来た。私の半生を語ると、それだけいろいろあったら疲弊して当然だと言われた。今は心臓の治療を優先しろと。
それだけいろいろあったらか。2011年からは怒涛だったな。よく、今、生きている。少し落ち着かないとな。
怒涛か。宿命か運命か。もう良いだろう。何がどう良いんだ。わからない。それでも生きて行く。少し落ち着かないとな。
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