狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2013年04月

波乱を振り返る

先週の月曜日移行、頭は大混乱し、気分は乱高下し、睡眠が不規則になった。簡単に1週間を振り返ってみたい。

4月22日(月)診察。短い時間で引っ越しや仕事の問題が出て頭が混乱した。
4月23日(火)ブログで文学への情熱を書いた。
4月24日(水)再度の診察。「自分はどうしたいのか?」をハッキリさせてくださいと言われた。
4月25日(木)深夜にブログをやめると宣言した。
4月26日(金)1:00就寝ー11:00起床。最悪の気分の日。それでも友人と夕食。
4月27日(土)2:00就寝-8:00起床。普通の気分に戻る。勉強会参加。起業アイデアが浮かぶ。
4月28日(日)5:00就寝-9:00起床。起業で興奮し寝つけず。1日外出。
4月29日(月)1:00就寝-10:00起床。昼間、カフェで事業計画書の作成に着手。
4月30日(火)5:00就寝-10:00起床。頭が興奮して眠れず。歯医者にて抜歯。(現在、午後1時)
28日と30日はリスマダール1mLを追加した。

隔日で不眠が来たり、どっと疲れたりの繰り返しだが、躁状態という感じはない。情報という刺激が大量に流れ込んで頭が混乱したのだろう。さらに久しぶりに事業計画作成ということでビジネス脳を使った。最近まったく使っていなかった脳の部位を作動させたことで、脳全体のバランスの調整がついて行かないのだと思う。

念のために、今の処方をメモしておく。
リーマス400mg
ラミクタール25mg
リスパダール1mL
ソラナックス1.2mg

このブログを読んでいる知人に自慢が多過ぎると指摘された。これは自覚していることだ。それが嫌われる原因に、馬鹿にされる原因になることは確かだと思う。しかし、自慢したい気持ちを抑えられない。ここは実録だ。きっとこれからも自慢を書く。どうか、「また自慢か(笑)」という感じで、話半分でつきあって欲しい。

仕事。事業計画の立案は出来るだろう。昨日は過去に書いた計画書にも目を通したがレベルの高さに驚いた。私は一流のビジネスパーソンだったのだなと思った。10年前のことだ。

しかし、計画は作れてもそれを実行するパワーもなければ、病状の安定にも自信が持てない。計画を遂行するのは別の人たちだ。私にできるのは若干のサポート。それで収入を得なくてはいけない。就労やアルバイトも考えたが、かなり厳しいと思う。まず第一に職がないだろう。さらに職があってもモチベーションを維持できないだろう。動くことは大事なのでハローワークには行ってみるつもりだが、すぐに働こうとは考えていない。

5月の課題は生活の安定だ。不眠を解消して8時までの起床を心がける。あとは1日の時間割を決めて徐々に生産的な活動(嫌いな言葉だが)の時間を増やす。やり過ぎると不眠になるので、今は慣らし運転と言ったところだ。

家にいると、ついパソコンに貼り付いてしまう。午前の読書、午後の仕事はカフェでしようと思っている。今、精神状態は悪くない。ただ体力の不足と、能力の低下は感じている。経年劣化という側面もあるが、ある程度は回復するだろうと思っていないと、やっていられない。

デパケンをやめて、ソワソワ感、ムズムズ感が無くなった。やはりあの妙な違和感はデパケンだったのだと理解した。そのうえデパケンでは躁は抑止できなかった。もうデパケンを飲むことはないだろう。ラミクタールは何の違和感もない。発疹などの副作用が懸念される薬だが私は何も起こらなかった。これは幸運なことだ。きっと幸運の女神が私に味方したのだ。

フェミニストの方は怒るかもしれないが、確か「幸運の神は女神だから、これを組み敷くには時々殴ったり蹴ったりしろ」という諺があったように思う。今、ネットで調べたのだが正確な言い回しが見つからない。ご存じの方がいれば出典と合わせて教えていただければ幸いである。

熱狂と冷静の間

土曜日は起業アイデアで頭が止まらなくなり眠れなくなった。追加でリスパダール1mLを飲んだ。深夜3時頃、カップ焼きそばを作って食べた。寝たのは4時過ぎだろう。それでも9時に目が覚めた。

日曜日、午前9時から午後10時まで、12時間以上の外出。友達と遊びに行った。いろいろと情報交換もした。それなりに意味はあったが、体調は今一つすっきりしない。土曜日の熱狂は一気に覚めた。

今日も夢を見た。また仕事の夢だ。入社1年目の私が会社のプラットフォームを刷新した伝説の仕事。しかし、朝の気分はまったく違った。私は横になってぐずぐずしているのが好きなんだ。そう思った。

しかし、それだけではない。やはり私は熱狂も好きだ。躁うつ病だからということでもなく、とにかく極端なのだと思う。しかしもう昔のように熱狂を持続するだけのパワーは無い。地道にコツコツというタイプになりなさいと言われても、それは無理だとも思う。事業は勢いでは出来ない。無駄なことはしたくない。それでも体裁からだろうか、事業計画書だけは作ろうかと思う。よくわからない。

5月6月の目標は生活の安定。その基本が朝8時起床だ。それなのに今日も起床は10時。朝になると気分も考えも変わってしまう。方針が揺れ続ける。これでは意味がない。今日1日に集中するこかなとも思う。

今日はこれからカフェに行きモーニングを食べる。本を持って行って1時間ほど読書をしよう。午後にはヘルパーさんが来る。今、複数書いているブログの1本化を進めている。今日はブログの移行作業でもしようかと思う。これは大変な作業だ。すべてのエントリーを移行すると数百になる。とても1日では出来ない。多分、すべては移植しない。あまり過去にこだわりたくないとも思う。

もっとも、この病みブログは別だ。これだけは独立させておく。きっとここの読者はほとんどが同病者だと思うからだ。こういうエントリーに興味を持つ一般人はあまりいないだろうから。

前にも書いたが、今日1日を充実に集中すること。これは大事だと思う。明日のこと、将来のことを思い悩んでも、それは何の解決にもならないばかりか、時間の浪費だと気がついた。大事なのは今日だ。人生とは今日の積み重ねだ。

「考えても解決しない問題については考えない」これは知人である一流コンサルタントのお言葉だ。

対人関係療法と有能と無能

昨日の激鬱から一変した。今朝は8時に起き気分も並だった。朝のカフェでビジネスアイデアが浮かんだ。新規事業の立案はサラリーマン時代にも経験している得意分野だ。6月を目途に仲間を集めてプレゼンをやることに決めた。これは躁状態なのだろうか?

午後からはとある勉強会に出掛けた。参加者は8人。2時間の会合で私は熱弁をふるった。もしかしたら、一番長時間話をしたかもしれない。言いたいことをすべて言えて気分が良かった。新しい友人もできた。充実した1日にカウントできると思う。

そして、今後の生き方について考えた。選択肢を単純に書くと以下の二つになる。

1.精神障害を持ちながらも一般世界で生きる。
2.精神障害者の世界で生きる。

この区分けを具体的に書くことは控えたい。いろいろな解釈があるが、それは読者におまかせする。10年以上通っっていた大学病院の医師は、一般世界で生きなさいと指示した。しかし、昨年大きく調子を崩して転院した精神科の単科病院の医師は一般世界で生きることは出来ないと断言した。もっとも、私は精神障害者の世界で生きるしかないと思って転院したのだ。その医師を批判するつもりはない。

そして、今年の3月に転院した。新しい主治医は、自分がどうしたいのかを主体的に決めなさいと言った。数日間、頭が混乱した、何人かの人に相談した。(ぜんぜん主体的ではないな・・・笑)そして今日、私はやはり障害を持ちながらも一般世界で生きたいのだという気持ちがあることに気がついた。

これは精神障害者の世界で生きることを否定しているのではない。あくまで私がどう生きたいかということだ。リスクはある。しかし、これは自分の意思で決めることだ。判断なら正否は言えるかもしれないが、決断に正否などない。一番の課題は、これから数ケ月、体調と生活を安定させることだろう。そして同時に起業計画やアルバイトのことなどを考える。今は、そんなことを思っている。

さて、以前書いた「対人関係療法」についての続きを書いておく。双極性障害の人に多い傾向として「周りの人に満足できない」ということがあると言う。まわりの人を、有能か無能かで区分して、無能と判断した人に冷淡になるという。この箇所を読んで、これは私にもあてはまるなと思った。こういう態度は、結果として孤立を招く。大事なことは「役割をめぐる不一致」をなくすことだ。ここでは、以下の3点を考えると良い。

1)自分が相手に何を期待し、相手は何をしているか。
2)自分が相手にしている期待は妥当か。
3)自分は相手と何をコミュニケーションしているか。

これは、対人関係領域の問題の一つだ。この点については、また後日のブログで書くことにしたい。

また、躁うつ病患者には有能な人、自分は有能だと思っている人が多い。しかし、どこまでが客観的な評価としての有能さで、どこからが病気なのかが、患者にも医師にもなかなかわからない。能力という点については会社の上司や同僚の評価を聞くことが必要になるだろう。

いやー、今日の私は躁状態なのか? 明日以降、いったいどうなるの? それがいかに未知の領域で不安定であったとしても、日々進んで行くしかないだろう。今日は昨日よりも正常だと思う。

※参考「対人関係療法でなおす双極性障害」(水島広子)140ページから143ページ他「対人関係問題領域4-対人関係の欠如」

もうダメだ。泣き言を・・・。

今日は目が醒めたのが11時。とにかく体がだるくて再び横になり、1時頃食事をしに外へ出た。だるい。頭が活動を停止したようだ。もう終わりかもしれない。昼食も半分残した。家に帰って、また横になる。誰かに泣き言を言いたいのだが、この時間にそれを聞いてくれる人もいない。ブログのコメントにレスを入れる元気もない。許してください。

思えば私はこのブログで虚勢を張っていたように思う。理性的な自分という虚像を作っていたのではないか。しかし、そんなものは何の役にも立たない。私はただの廃人だ。ただ、動いているだけだ。私の存在には何の意味もない。ただ、多くの人に迷惑をかけているだけだ。

それなのに、自分は何様のつもりだったのだろう。大いなる勘違い。そして、その勘違いだけが、生きるエネルギー源だった。だから、それが勘違いだと理解できたとき、生きるエネルギーは失われてしまう。

もうダメだ。今日がダメなのか、未来永劫ダメなのかは知らん。原因もわからない。考えようにも、今は脳が活動していない。口はぽかんと開いたままで、目は死んでいる。頓服もない。久しぶりの本格的うつ。しかも日々の乱高下の激しさといったらない。

でも、ハッキリしているのは、私は無能だということだ。自己評価の変動が激しいのが問題だと言われたことがあるが、今の私の自己評価は、街を歩くことが許されるかどうかのギリギリの線だと思う。私が街を歩くことを皆はいやがっているだろう。よく行くカフェの人も、きっと来て欲しくないのだろう。暗い。暗すぎる。そして、不潔で臭い。

もう勘弁して欲しい。私は一日家に引き籠って寝ているのが精一杯だ。しかし、今日は夕方から人と会う約束がある。断ろうか。そうも思うが、その勇気もない。会えば愚痴を言うだろう。刺激を受けるだろう。このところの混乱が、さらに加速するだろう。

タイピングしていて、少しだが意識が回復してきた。おい、俺様の脳よ、いきなり活動を停止するな。このやろう。怒るぞ。ああ、だんだんと落ち着いてきた。驚かれたかもしれないが、これが私の実像だ。虚像を消そう。現実を受け入れよう。過去の自分の死を認めよう。そう思いながら、なかなかそれが出来ないのだ。

とにかく生活の安定が第一だ。朝起きる。まだ、第一課題もクリアしていない。しかし、それも無理だと感じてしまう。廃人になるのではなく、今すでに廃人だ。復活などない。もう、どうでもいいよ。

続・自由で健康な私は死んだ

今日3本目のエントリーだ。実は2本目の「自由で健康な私は死んだ」を読んで、健常者の友人の機嫌を損ねてしまった。「貴方は他人からそう言われたら傷つくでしょうに」、「どこまで権威が好きなの」、そんなことを言われた。確かに刺激的なタイトルだったかもしれない。同様に不快に感じた方がいらっしゃるかもしれない。そんな訳で、弁明ではないが補足をしておこうと思う。

なぜ「自由で健康な私は死んだ」を書いたのか。それは私自身が人生を諦め、投げやりになっているようでいながら、心の奥底には大いなる野心が、名誉欲が、そして上昇志向が存在していることに気がついたからだ。つまり、これを書くまで、自由で健康な私はまだ息をしていたし、今もまだ生きているのかもしれない。しかし、事実を認め、悲哀とともに過去の自分と決別すること、障害者である自分を受け入れること、そこからしか新しい人生は生まれないのだと思った。

躁うつ病患者としての人生。そこには制限が付く。薬を飲むこと、アルコールを控えること、ハードな仕事をしないこと。それを「障害者としての人生を強制される」とネガティブに捉えて精神科医療を批判する人がいることは知っている。しかし、「障害者としての人生」というだけではただのイメージに過ぎず、何も語っていないのと同じだ。障害者にも人格はあるし、主体性もある。この点がしっかりしていれば、障害者としての人生を押しつけられるという見方は偏り過ぎているように私は思う。もっとも、躁うつ病を受け入れないのも自由と言えば自由だろう。しかし、その結果が多くの場合、不幸な結果を招くというのは多くの事例から証明されているところだ。

今の精神科医療や福祉制度に多くの問題があることも、薬というものが手探りで処方されていることも承知している。現在の医療を全面的に肯定しているのではない。ただ、「自由で健康な私は死んだ」ということを認め「新しい自分を生きる」ことを選びたい。そういう考え方が良いと思っただけのことだ。そうでないと、現状が受け入れられないので、現在の生活に集中できないのだ。

対人関係療法がどこまで確立された治療なのか、私は知らない。ただ、その考え方は有益だと思った。なにも私は権威が好きなわけではない。あの本にある社会リズム療法については私には実行不可能だなと思う。また、記述が全般に理想論であり、現実的でないとも感じる。とりあえず、弁明と補足まで。

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