狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2013年09月

限りなく短い九月

明日から10月。9月はアッという間に終わろうとしている。

「時間感覚の大きな変化」というエントリーにも書いた通り、一日をとても短く感じるようになった。精神的な辛さはまったくない。ただ身体的な疲労が取れない。仕事に舵を切ったものの、月の終盤で失速した。睡眠は不安定になりつつあるが、サイレースはやめている。一日中、頭が働かなくなるからだ。下の入れ歯も出来た。しかし、生活に方向感覚がない。どういう未来に進むのか、茫然とした状態の中で、やらなければいけないことも、やりたいこともなく、「さあ、今から何をしようか」と問う。それでも一日はアッという間に終わるのだ。

茫然としているのは、仕事をして頑張る覚悟が揺らぎ、貧しい生活をする覚悟の方が正しいのではないかという疑念が生まれたからだ。つい、昔の収入と生活水準と比較してしまう。これから働いたとしても、あの頃のような水準には到底届かないし、知識やスキルも陳腐化しているし、体力も衰えている。だいたい、今は正式に障害者になったのだ。今の主治医はやはり世間をご存じない。「本格的に働く前にアルバイトでもすれば・・・」と言う。いったいこのご時世の50過ぎの肉体労働のできない男性に、どんなアルバイトがあるというのか。

とにかく今は、「小さく、深く、丁寧に、最後まで」だ。11月から仕事をスタートさせる。10月はその準備。昔とは状況が違うのだ。とにかく、小さなハードルを確実にこなそう。そこで、自分の能力を正確に知ろう。昔は億単位のプロジェクトを任されていたが、今は千分の1、万分の1で妥当だと思うしかない。全部を自分でやり切る仕事だ。過去のイメージは消さないといけない。

今週は内科に行って、再度、血液検査をする。結果によっては処方を変えてもらうつもりだ。

仕事に向かうか、諦めるか。この問いは重い。昨年の4月に諦めて病院を変わった。昨年の10月は、やはり諦められずジタバタした。今年の2月に病院を変わり、ゆっくりと再起を目指せと言われた。

「あなたは結局、諦められない。そういう人なの」

私を良く知る友人に、そう言われた。当たっている。また諦めても、きっとどこかでジタバタと動き出すのだろう。

自分をデザインするは自然な形で進行している。しかし時々、過去のイメージが顔を出すことがある。

シンプル&ナチュラル

これだ。これで行こう。うーん。もう少し考えようか・・・。

疲労感が尋常ではない

糖尿病の影響だと断定はできないが、疲れ方が尋常ではない。自炊する気力も、カフェでモーニングをとる気力もない。朝はコンビニのサンドイッチになり、夜はコンビニ弁当になったり。

昨日は頑張って午後から電車で外出したが、駅のベンチに座ったところまでで、ハアハアと呼吸している状態になったのには驚いた。そして、予定より早く帰宅した。

気力はある。しかし体調が悪い。いったいこの疲労感は何なんだ。頭もぼんやりしている。昼から横になることも少なくない。これでは仕事どころではない。明日の調子も読めない。だから、少しでも元気のある時にはいろいろなことをやる。寝る時間も決めない。突然7時頃倒れるように眠ることもあれば、朝の4時、5時まで眠れない日もある。起きた時に時計を見て、時間が遅いと長く眠れたなと嬉しくなる。

今日は、昨夜11時に寝て、起きたのが7時半。朝の気分は普通だった。昼過ぎにカフェに行き、発作的に新しいテーブルクロスを買った。ペルシャの汚れた高価なクロスが、インドの安いクロスに変わった。ブルーだったテーブルがピンクになった。

まずは部屋を完璧にきれいにしようと思った。しかし、疲れて横になった。それでも少しは片付けた。火曜日には来客がある。それまでに完璧にしたい。大きいデスクの上を何もない状態にしたい。

明日は午後からイベントに行く。夜もある。体力的な不安はあるが、キャンセルはしない。もっとも、帰りも心配だし、翌日も不安なのだが。

今日はこれから歯医者。そして、外食かコンビニ弁当だろう。それにしても、この尋常ではない疲労感はいつまで続くのだろう。薬剤師は、まだインシュリンまで行っていないのだから、医者はこの状態で日常生活ができると考えているのでしょう、と言う。しかし・・・。

最近、某社との面談があったり、いろいろと新しい情報に接したためだろう、迷いとか悩みで考えあぐねたりもした。週5日勤務。それも通勤あり。おそろしい。とても考えられない。

とにかく疲労感から脱却しないといけないが、自分で制御できることと、できないことがある。友達は皆、「歩け」と言うが、心身ともにそんな状態ではないのだ。

明日の調子が見えないことで、立てた計画が無意味になる。ならば、いまやりたいことを淡々とやる方が良い。横になりたければ横になる。良く言えば「自然体」だ。ああ、疲労で頭も回転しない。そして時は過ぎ、金は減る。もう長くないかもしれない。何かを残したい。そんなかすかな欲望に、どこか振り回されているようにも思う。

リーマス、エビリファイ、ソラナックス、サイレース。うむ、サイレースが怪しい。ちょっと切ってみようか。

気分と身体と体力の現状

気分は安定している。時間感覚も正常だ。ただ、体調は良くないのだろう、疲れやすい。糖尿病と脂肪肝が原因だと考えられる。体重は順調に減って96キロ。

精神は安定しているが睡眠は不安定だ。最近は毎日サイレースを飲んでいる。寝るのは3時頃、起きるのは9時頃が平均だろうか。

今は仕事のことで頭がいっぱいなのかもしれない。小説や詩については読む気も、書く気もしない。ひと昔前のビジネス脳に戻ったようにも思う。ただ、体力が追いつかない。すぐに疲れる。夕方には横になってねることもある。そんな感じだ。

金曜日は歯医者に行った。ついに、上も下も入れ歯になる。入れ歯になると食べ物がおいしくなくなる。私は性の喜びも、食の喜びも失ってしまったようだ。まあ、過去の体験はあるのだが記憶も薄れている。老いとはこういうものなのか。おいおい。

土曜日は頑張って論文を書き上げ、複数の友人にメールした。気力はあるし、少しは頑張っている。ただ、もっと効率を考えたい。

「小さく、深く、丁寧に、最後まで」

そんな標語を思いついた。

日曜日は終日外出。6名で夕食をとった。まったくタイプの違う趣味の仲間。年齢も仕事もバラバラだ。人の声には心を落ち着ける作用があるという。孤独は寿命を縮めるともいう。長生きしたいとは思わないが、せめて今を楽しみたい。そして、希望のある明日を想像したい。

それにしても1日が短く感じるようになった。この調子だと、1年などすぐに過ぎる。自分をデザインする作業も忘れてはいない。平日も極力、フォーマルな服装に変えた。顔の向きも下から上に変わった。鏡を見て、顔を洗うようになった。「自然な感じで、ちゃんとした自信のある人」。そういう平凡な感じで安定させたい。これは積み重ねしかないだろう。セルフイメージを確立し、安定させること。これは躁うつ病の治療にもつながるように思う。

逆に言えば、躁うつ病はセルフイメージが破壊されることで起こるのかもしれない。私の発病の経緯がこれに該当する。もっとも事例が1件では科学的でないが。

もちろん、被雇用者という形でも就労は考えていない。週5日も通勤して働くなど考えられない。今は午前10時から12時。午後1時半から3時半の4時間を仕事的なことに充てる習慣をつけたいと思っている。自分の専門分野、得意分野を明確化し強化したい。それには、他者の評価も重要になる。いま、いろいろとアプローチしているところだ。

「なんとかなるでしょ」

やはり、根拠のない自信は支えになる。もっとイマジネーションを。

ビジネス脳にスイッチ

前のエントリーが、15日の日曜日。今日は木曜日だ。

月曜日は祝日だったが、のんびりと過ごした。
本を読んだ。

火曜日は意欲が出て電車で外出し用事を済ませた。
某出版社に冊子を添えて出版企画書を送った。
長い間、連絡をとっていなかった先輩と電話で話をした。
まともになって良かったな、と言われた。

水曜日は通院。睡眠が不安定なこと、体調がいま一つであることを伝えた。
躁うつ病が治る場合もあるので、仕事をする方向で考えるように言われる。
仕事関係のメールが2件来ていた。嬉しくなった。
履歴書と職務経歴書を書いた。
過去のハードな仕事を楽しんでやっていた時期を思い出し、微妙な気分になった。

そして今日が、9月19日の木曜日だ。
朝は新しく始めたブログの執筆。
午後はカフェで経営学関連の小論文を一本書いた。
脳が文学モードからビジネスモードに切り替わったようだ。
ウダウダしながらも、仕事に関係することに着手している。
それが良いことなのかという逡巡もあるが、今の生活水準を落としたくはない。
もっとも、昔のようなハードワークは出来ないだろう。
だいたい仕事があるかどうかすら未知数だ。
しかし、準備を進め、体制を整えることが最優先なのは分かりきったこと。
いまは詩も小説も書く気にならない。

明日は歯医者と皮膚科に行く。
土曜日は計画なし。その日の気分で何をするかを決める。
日曜日は終日外出する。

これまでの人生、いろいろな世界を見てきたなと思う。大企業の世界、フリーランスの世界、躁うつ病の世界、お金持ちの世界、スピリチュアルの世界、企業家の世界。ブログを始めてから、躁うつ病の世界に浸っていたようだが、そろそろ脱出だ。新しいビジネスの世界に引っ越しをする。もちろん、躁うつ病が治ったわけでもないし、通院も薬も続ける。ただ、同病者の世界に、精神科領域の問題に、こだわらないようにしたい。

「なんとかなるでしょ」

根拠のない自信は大切だ。

時間の流れ方の大きな変化

この2、3日、時間の流れ方が大きく変化した。

ゆったりしているのに、すぐに1時間が経ち、あっという間に1日が終わる。何もしていないわけではない。多少は本を読んだり、文章を書いたり、買い物に行ったりと、そこそこの用事はしている。忙しいわけでもない。とてもなめらかで、ゆったりとした時間の流れ方。今までに経験したことのない感覚。もしかして、これが正常なのだろうか。

感情が揺れたり乱れたりすることもなく、妙に安定している。この状態なら、あとは知力と体力の回復を待つだけだ。いや、回復するかどうかは怪しいし、気分が安定するかどうかも疑わしい。当面は様子を見るしかないが、意識して楽観的になろうとは思う。

今日は散髪に行き、髪型を変えた。昨日は久しぶりに自炊をした。今日も自炊。

明日の計画はない。明日のことは明日考えれば良い。自分を縛る習性が消えようとしているのなら、それはきっと良いことだ。

ああ、そう言いながら、1日1時間の仕事というノルマを課している。まだ、どこかチグハグだ。きっと、スパッと決断する時が来るのだろう。何かを捨てること。すべてはそこから始まる。
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きょうげつ

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