狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2014年01月

2014年を読む

昨年一年を統計的に見ると、次のような感じになる。

鬱:7ケ月(累計、以下同じ)
躁:3ケ月(2.5回)
正常:2ケ月

このデータから、目標が安定だというのは飛躍し過ぎのように思う。まずは少なくとも正常な期間を6ケ月にして欲しい。それには、鬱や躁からの離脱を早くすることが必須だ。今回の鬱は強烈だ。何もできない以前に、何もやりたいことが無くなってしまった。あらゆることから興味を失った。

今日も病院で主治医に「焦らず我慢強く」と言われたが、患者としてはとにかく今の状態からはやく抜け出したい。もっとも、自分でも回復にはまだ数週間必要だと感じている。そして、去年のようなつまらないヤル気は出さないようにしようとも思っている。とにかく今は孤独と仲良くすること。それくらいしか考えられない。

薬局で薬剤師さんに、「もう浮浪者ですよね」と言ったが、特に否定されなかった。街を歩いているだけでも浮浪者に見えるだろう。服装やシルエットだけではなく、浮浪者に特有の暗い空気がある。もっとも、本物の浮浪者は目が異常に輝いているともいう。しかし、私の目に光はない。

昔、まだ会社に行っていたころ、大学病院の主治医は会社に行く目的を「生活リズムを整えるためだ」と言った。こんなことは会社には言えない。会社は躁うつ病を治療する場ではない。ふざけた話だと思ったが、現状では生活リズムを整えることができない。やらなければいけないことも、やりたいことも何もないのだ。起きたい時に起きて、寝たい時に寝る。食べたい時に食べる。ただそれだけ。

去年の春は日課を作ってみたが、長続きしなかった。自炊と言う目標も夏に頓挫した。いろいろな人に会うこともしなくなった。せっかく作った入れ歯は年末に壊れてしまい、そのままにしている。詩も小説も、書くことが浮かばない。さて、今年はどんな一年になるだろうか。

2月は1月に引き続き、鬱のまま引きこもりそうだ。
3月は少し動けるようになる。
4月には家族との話し合いがあるだろう。
5月以降・・・うむ、正常な状態まで回復して欲しい。特に心身のエネルギーの持続が課題だ。
6月奇跡が起こり、生活基盤ができる。(ああ、どこまで夢を見ているんだ・・・笑)
7月以降は、のんびりボトボチ無理せず生活する。

なんだなんだ、結局は「奇跡」を待ち望んでいるのか?
努力せずに成果など無いぞ。
俺はどこまでおめでたいんだ!!

しかしね、幻想にすがっているからこそ、まだ死なずにいるというのも事実。
もっともこれまで、幻想は常に崩壊してきたわけだが。(笑)

「今はただ耐える時期なんですよ」
本当か嘘かはしらないが、その言葉を信じる以外、今はなにもできない。

限界通院

今日は内科の定期通院日だった。予約時間は9時15分。昨夜は、そんな時間に到着できる気がしなかった。なぜかテレビを見続けた。朝の3時までテレビを見ていた。今日の通院は諦めていた。目が覚めたのが8時過ぎ、起きたのが9時。病院に電話をした。

遅れても良いから来てほしいと言われ、頑張って病院に行った。優しい先生だ。「しんどいのに良く来ましたね」と誉めてくれた。血液検査の結果、HbA1cは6.8まで下がっていた。あまり食べていないのが良いのかもしれない。

精神科の主治医が「また良くなる」と言うのは、気休めではなく経験からくる根拠があっての話だろうとも言われた。今は何もやらなくて良いとも言われた。

しかし、うつは年初からどんどんと悪化しているように思う。そして、どんどんと孤独になって行く。当分、誰とも話をしない日が続く。

私はふと「孤独という友達」を大切にしないといけないのかもしれないと思った。孤独を愛することの大切さ。理由は説明できないが、運命だとか宿命だとか言えば済んでしまう。正直なところ、私は孤独が怖い。しかし、孤独を怖れてはいけないし、孤独を友としなければいけないのだ。まったく論理にはなっていないが、最後の友達は孤独なのかな、と思う。「孤独という名の友達」が嫉妬したり、拗ねたりしないように、適度に孤独と交わること。孤独から逃げずに孤独と向き合うこと。こんな戯言を並べて、孤独になった事情を忘れようとしているのだろうか。深まる孤独を予測して、それに対処しようとしているのだろうか。

今日はなんとか病院に行くことができた。浮浪者のような格好でタクシーに乗って病院に行った。さて、あと何回病院に行くのだろう。しかし、浮浪者はマズイな。まだ、その程度の常識はあるようだ。僅かに。

世界が消えて行く

躁うつ病にしろ、うつ病にしろ、治療目標が社会さんかなり、社会復帰とされることは多い。私も10年以上その方針で治療を受けてきたし、今の主治医もその方針だ。社会の側も、表面上は精神障害者を社会で受け入れるような態勢であり、それが正しいこと、善いこととされている。

しかし、いまの私は社会に興味もないし、社会参加したいという願望も、自信もない。そして、今はつくずく社会の外側にいるのだなと思う。はっきりいって、今の社会は嫌いだ。個人的には好きな人もいるが、戦争へと突き進んでいる日本という国にはうんざりする。昔は市民としての強い意識があったが、今はもう市民ではないと思っている。完全に無力だと思っている。私の世界は、いろいろな部分が穴だらけになったようだ。いろいろなことへの興味や関心が失われた。これは躁うつ病の症状というよりも、結果ないしは後遺症だろう。

前にも少し書いたが、先日「幸福論」というテレビ番組を見た。その中で、幸福には他者が不可欠だという議論があった。数人の他者との交流。それは、家族でも友達でもコミュニティーでも良いのだが、幸福とは他者に喜んでもらえることなのだと言っていた。そして、私は孤独であり、これからさらに孤独になるだろうと思った。

現在の福祉制度は「生存」を最優先する。生物として生きさせることを目標にする。しかし、生存にもいろいろある。人間は、ただ生存していればそれで良いというものではないだろう。

精神障害者として社会の外側に出てしまった者を再び社会へ戻すことが善いこととされるのはなぜか。また、それを望む患者が多いのはなぜか。それは、社会こそが正当な人間の場であるという前提によるものだ。そうなのだ、私にはもう、自分が人間であるという自覚も誇りも無いのだ。ましてや、人類の一員などにはなりたくもないのだ。

私が消えるより前に、私の中から世界が消えた。もはや、私がいつどのように消えるのかは出来事ですらなくなった。さよならを聞く人がいるはずもない。

と、ここまで書いて、書けば書くほど落ちて行く自分に気がつく。そして、この文章の背後にある強烈な欲望にも気がつく。どうやら、私はまだ生きている。新しい世界を切実に求めている。

精神の境界線

いろいろなブログを読んでいる。そのほとんどが躁うつ病関係のブログだ。吐き出される苦悩、すさまじい努力、信じられない過去。一般世界の出来事に興味はなくなった。この病みの中で、いまも、これからも生きて行くのだ。専門家は、回復だとか、再起だとか、社会復帰などと口にするが、もう一般社会には何の魅力もない。人間の世界になど、何の興味もない。まあ、そう言いながらも、コンビニで買い物をすることで、食糧を得ているのだが。

私は精神科医療や心理学を馬鹿にしている。ある人は精神病という言葉は間違いで、脳の病気だという。薬物療法はもっぱら脳内物質に関する仮説に従って開発、製造され、処方される。しかし、神経伝達物質の発火パターンが異常をきたした原因は、やはり精神という名の自分(=仮想)の問題だろう。

精神には精神の領土があって、精神病を発病するというのは、その領土の外に出てしまうことだ。つまり、そこには明白な理由があるはずだ。精神病患者とは冒険家か逃亡者なのだ。

家族は捜索願いを出し、精神科医に金を払う。しかし、一度領土から出た者はなかなか領土に戻ろうとはしない。一般世界の人にはその理由がわからない。なにしろ彼らは領土の外側を知らないのだから。

自分というのは、脳が作り出した仮想だ。社会的には個人としての人格があるとされるが、それもまた抽象的構築物でしかない。自分にも社会にも実体などない。しかし、人間という物理的存在は、この実体を伴わない抽象的かつ人工的なシステムに支配されている。自然な存在としての人間の精神は、領土の中で、システムの制約の中で疲弊している。

しまった、ここは「実録・精神病」だ。書く場所を間違えた。結論を急ごう。途中の段落を全部省略する。

つまり、精神の境界線を越えた精神病患者こそが現代のヒーローでありヒロインなのだ。そして、新しい社会の可能性は、そこにしか無いのではないのか。簡単に結論を言うならば、社会変革は、精神病の治療法が進歩することによってではなく、それとは逆に精神病患者が増えることによって実現可能となるのである。

ふむ、俺は重症だ・・・。

俺たちに朝はない

俺たちが誰なのか、俺は知らない。俺はリアルでは孤独なので、俺たちといえるような友達はいない。ただ、この世界には、うつに苦しみ、朝も横になっている人が大勢いる。だから、俺たちに朝はないというのは、そういう同病に苦しむ人々のことを指している。朝日を浴びることもなければ、朝日を浴びたいとも思わない。むしろ、そういうものは極力避けたい気分なのだ。

今日は朝食を抜いた。昼になるのを待って中華料理屋に行きラーメンを食べた。もうすぐヘルパーさんが来る。今日はもう外には出ない。そう決めて、少し安堵する。

生活はどんどんと廃人の方向に向かっている。昼食をとらなくなり、ついに朝食をとらなくなった。主食はお菓子。どうだ、おかしいだろ。(滑った・・・)

不思議に思われるかもしれないが、テレビに出るような世間的に成功している人たちを見ても、まったく羨ましいとは思わない。街に溢れている一般の人々を羨ましいとも思わない。いったい何が楽しいの? どうしてそんなに楽しそうなの? みんなが別種の生き物に思える。そしてどこかに「馬鹿じゃないの?」という気持ちがある。

いったいこの世界の何が面白いのだろう。社会が作り出した人生の、そして生活の決まりに従って、日々レールの上を走ること。ただ、走り続けること。そして、最後には死ぬこと。どこが自由なのか。教育によってロボットとなった人たちと、いったい何を話せば良いのか。

私には、躁うつ病と診断される前から、社会に対する嫌悪があった。自分が会社員であるということが屈辱だった。それは超自我(理想とする自分)が高すぎたからだ。超自我と自我の乖離こそ、発病の原因だったという解釈もできる。では、現在の廃人となった私の超自我はどうなっているのだろうか。

廃人は考えない。廃人は考えることができない。廃人は観察しない。廃人はメモをとらない。廃人は何も感じない。廃人はそれでも生きている。

「長い人生だ、一度は廃人を経験しなさい。朝のない日々も悪くない」

こんなことは、言ってはいけない。(誰も言わないか・・・)

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