狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2014年02月

躁うつ病コンプレックス

躁うつ病は、病状に苦しみ、社会的な問題に悩まされるだけでなく、自分自身についての葛藤を抱え込む病気でもある。

躁うつ病は病気なのだと説明されても、それは人間性や人格面での欠陥なのではないのか、と思ってしまう。そして、人間としての劣等感、屈辱感、敗北感といったものを一度は味わう。いや、一度ではない、そういうものを抱え続けて生きる人もいる。それはとても苦しいことだ。

私は発病後10年以上、現代の競争社会の中でハンディキャップを抱えながらも戦う生き方をしてきた。会社を辞めてからも、当然のように働く予定だった。しかし、いまは違う。世間一般の常識的な人生、常識的な生活を目指すことなど無理な話だと思うようになった。障害者となった以上、そういった基準は捨て去らなければいけない。敗北の決まっている戦いなど、するべきではない。

躁うつ病ニートには異次元の常識が必要だ。働くことが立派だとは思わない。規則正しい生活を理想としない。躁うつ病が医療で治るなどという嘘を信じない。社会の住人であるとしても、一般人とはまったく別の常識を持った方が生きやすいし、病状を悪化させるリスクを減らすことができる。

躁うつ病患者は、まるで別の世界を生きているのだと考えてはどうだろうか。無理をして、多数派である一般世界の基準で物事を考える必要はないのではないか。もっと激しく言えば、治療の目標は社会参加でも寛解でもなく、病気による心身の苦痛の軽減だけを考えるべきではないのか。

人類の歴史に名を刻めなかった、文明の発展に貢献できなかった、社会の中で確固とした役割を果たせなかった。そんなことを思う私は、やはり躁うつ病的な誇大妄想をどこかに抱え続けているのだろう。しかし、もしかしたら、こういう敗者たちが、ニートのような存在が増殖することで、現代社会の抱える欠陥が浮き彫りになって、まったく新しい社会概念や社会思想、あるいは新しい常識が生まれるかもしれない。

一般社会の規範や概念にとらわれるていると、躁うつ病患者は苦しみ続けることになる。これが私の経験から得られた有力な仮説だ。主治医は「再起」という目標を提示したが、私は「新しい生き方」を目指すべきなのだと思う。それは、一般的な社会通念とは別次元なものでしかない。

躁うつ病に劣等コンプレックスを持つのはやめにしよう。それは人間として劣等なのではなく、まったく別の人種なのだと思おう。であるならば、人種差別は悪いことだし、ましてや一般的な人種に改造しようという形での治療など犯罪だ。精神科医療は非科学的な段階にあるし、哲学的にも複雑で難解な問題だ。

人はいかに生きるべきかという問いに、統一的な答などないし、決してそのような答を求めてはいけない。人間とは、この宇宙の中で発生した生物の進化から生じた動物。科学が示しているのは、ただそれだけだ。解釈など無数に存在する。社会という恣意的に作られた規範や秩序に隷従するのか否か。現代の脳科学は、それもまたDNAで決定されているという。

すべては運命。すべては自然現象。安易な言説だが、これがもっとも真理に近い。現代社会は個人の精神を過剰にコントロールしようとする。せっかく躁うつ病になったのだ。精神科医療や福祉とは適当な距離をとって接触しながら、精神の管理社会の外側で生きて行こう。再び一般社会の狂った固定観念に支配されたいというのは、完全に狂った考えではないだろうか。私は間違ってますか?(笑)

午前10時起床。鬱です。

マンションのオートロックの呼び出し音が執拗に鳴る。私は夢の中で車を運転中だ。もちろん応答はしない。しかし、目が覚めたので時計を見ると午前10時だ。いけない。11時には月1回の内科の予約がある。あわてて着替え、カフェで朝食をとってから病院に行った。午前10時などという早い時間に起きるのは1ケ月ぶりだなと気づいた時、情けないというよりも、感慨めいたものがあった。

・採血の時
「あの、私には血はないと思いますよ」
「ついでに、知能を注射してもらえませんか」
「あ、つまらなかったですね。なにしろ精神障害者なんで勘弁してください」

・診察の時
「あまり生きていたくないんですよね」

良い病院だ。こんな患者でも治療してもらえる。気分は相当に鬱だ。買い物をして午後2時に家に帰ると、そのまま倒れ込むように横になった。

昨日は精神科の主治医と話をした。

私 「躁うつ病って何なんでしょうね」
主治医 「それがわかれば苦労しないんですがね・・・」

躁うつ病について調べたり考えたりするのは自由だが、答がみつかる可能性もなければ、治療に効果があるわけでもない。考えるだけ時間の無駄。そんなことを言われた。

そして、貴方の場合、過去の立派なキャリアがあるから、中途半端な社会復帰では目標にならないし、実際に意欲も湧かないだろうし、難しいところですね、とも言われた。

私としては、地位にも、名声にも、財産にも執着はない。心身の正常と、日々の楽しみ、興味を持てるものがあれば十分なのだが、今はまだそれを考える段階にすらない。

入院生活を思い出して生活リズムを整えよう、とも言われた。ただし、無理はするなとも。つまり、実際には入院患者よりも状態が悪いくらいなのだ。一日の平均的な活動時間は6時間。残りの18時間は横になっている。

2014年。特筆すべきことは何一つないまま、2月も終わろうとしている。

ドッペルゲンガー

私は思春期に幽体離脱やドッペルゲンガーを体験している、もちろん金縛りも何度も経験した。今日はまず、「ロバート劇場」の中の一節をご紹介する。

※ドッペルゲンガー:自分の姿をした第三者を見ること。

あの時、歯車が狂った
そう、あの朝

ベットから起きようとした私は
布団を取った
しかし、布団はラッキョの皮のように
何枚も何枚もあって
いくら布団を取っても汗が出るだけだった


ふと横を見ると
すでに服を着替えて
鞄を持った私が、私の方を向いてほほ笑んだ


ドッペルゲンガー

私は震えた

どちらが本当の私だったのか

その時から、秀才だった私はいなくなった
別人のように学習能力がなくなり
別人のように病に落ちた

あの私は今、別の時空で生きていいるのだろうか
それとも、あれは、ただの夢だったのだろうか
あの時、何が起こったのか

これは実話だ。あの時、時が止まり身体は凍った。はたしてこれは精神症状だったのだろうか。私は未だに秀才だった自分が恋しい。あの知能が帰ってきて欲しいと時々思う。そして、いったい私とは誰なのかと考えることもある。

昨夜は寝つけなかった。また、躁になるのかと不安になり、リスパダールを飲もうと思ったがやめた。そして、私という脳の作り出した仮想の中央制御システムである「自分」を別の「自分」に交換しようと試みた。もちろん、これは魔術に属する。(笑)

自己同一性などいい加減なものだ。自己は多面的であり、常に変化している。人によって、その形状や変化値が異なるだけで、そこに断層が生じると多重人格と診断される。そのよううな状態になる可能性は、きっと誰にでもある。

今日はヘルパーさんが来たので、昨年の躁状態の時の私と、今の私が別人かどうか尋ねてみた。若干の間があって、返ってきた答えは「別人ですね」だった。現在の方が話やすく、躁状態の時は怖い感じがしたらしい。もっとも、躁状態の時の方が自信に満ちていて、外交的で、新しい知り合いが多くできるのだが。

さて、昨夜は魔術を使って、過去の自分の汚物を脳から除去し、新しい私の「ご主人様」をお迎えしようと試みたが、何も起こらなかった。鳥になり、魚になり、動物になって、頭の中で地球を駆け回り、宇宙から素粒子までを体験した。しかし、新しい「ご主人様」は、つまり新しい私の支配者は現れなかった。ただ、精霊の存在だけは確認できた。自分自身という一番身近な自然は、精霊たちによって生を与えられているのではないのか。もっとも、これを学術論文にまとめて発表するには研究が不足しているが。(・・・ああ、今日は完全に逝ってますかね・・・笑)

今日はこれから病院(精神科)に行く。鬱は若干マシになった。調子が良いときが少しある感じ。治療目標については、まだ話をする時期ではなだろう。

偉そうに言えば、私は近代が作り上げた「自己概念」や「個人概念」に対する異議申し立てに、自らがモルモットとなって挑戦しているのかもしれない。これは、究極の懐疑主義者としての宿命だろうか。そして再び、ドッペルゲンガーが起こり、世界が一変することを願っている。これは、嘘ではない。

なんとなく気分は正常

昨夜は12時にテレビを消して寝た。朝7時に起きて、残っていたシチューと食パンを食べる。そしてまた寝る。昼に起きて食パン1枚で昼食を済ませる。なぜか鬱ではなく、気分が正常だ。理由として考えられるのは、最近はソラナックス以外の薬を飲んでいないこと。そして、北枕に変えたことくらいだ。

カフェに行き、久しぶりにケーキを食べる。家に帰って少し本を読む。どこかに出かけたいような気分なのだが、特に行くところもない。とにかく、生きていることに苦痛を感じない。眠ることで現実から逃げようよも思わない。このままの状態で気分が定着してくれると良いのだが。

それにしても、2月ももう終わりだというのに、正常な日は2日しかなかったのか。まったくもって、年初の予想通りになっている。この才能を生かすべく、予想屋にでもなろうか。(冗談です・・・)

そういえば、今年はじめて、ジーンズではないズボンを履いた。上着もブレザーに変えた。いったい何日、同じような服を着ていたのだろう。私は投げやりに生きていますと主張したかったのだろうか。

このブログを読み返していて、躁状態での生の記録が無いのは欠陥だと思う。しかし、躁状態の時には忙しくてブログを書く時間がないし、書こうとも思わなくなる。また、あまりにもクレイジーなことをしているので、書いてはいけないという規制が働いてもいるのだろう。去年の12月にどんなことをしたかは、記録として重要なのだろうが流石にブログには書けない。あれは本当に自分だったのか。まったくもって意味不明だ。

さて、この「なんとなく正常な気分」がいつまで持続するのか。予想は怖いので、やめておく。

転落。もう回復するとは思えない。

昨日は美容室に行き、カットとシャンプーとデトックスとヘッドスパをしてもらった。そこまでは良かった。しかし、夕方から急に気分が落ちた。主な要因は以下のようなものと考えられる。

1.精神的エネルギーの著しい低下
2.身体的エネルギーの著しい低下
3.脳内ネットワークの障害

気分障害ということだが、知的能力が極端に低下しているのが致命的だ。さらに、気力がまるでない。欲望も快楽もない。絶望という感覚すらない。ただ、はやくこの世から消えたい。ずっと寝ていたい。いくら空腹を感じても横になっていることを優先してしまう。もう、回復などあり得ないのだと思う。

思えば、治療という名目で妄想を根絶しようとしてきた。しかし、凡人が生きて行くためには、ある程度の妄想は不可欠のように思う。根拠のない自信も、確率のない希望も、ある意味で妄想と言える。

躁うつ病になる人には、躁うつ病になるべき理由があるように思う。それは、その人にとっての生きるための戦略なのだ。それに病気というレッテルを貼って、意味不明な治療をするというのは、とても的外れなことのようにも思える。

私は早くこの世から消えたい気分なのだが、どうしても生きなければならないのであれば、そこにはある種の狂気や妄想が不可欠だと思う。つまり、今の薬物療法とは真逆の道だ。正常な死と、狂気の生の、どとらが望ましいのだろう。

私には狂気と妄想を抱えながら38年間もの間、精神科に行くことなく正常な社会生活を送ってきた実績がある。ある時に知能の低下は感じたが、大学に行き、サラリーマンとなり、結婚し、管理職になり、家を建て、子供もできた。俗物自慢のようだが、いまは「もう疲れた」という言葉しか出てこない。

世間的には大きく転落したのだろう。もう、脳が回復するとはまるで思えない。もしも死ぬことができないのなら、再び私らしい狂気と妄想が欲しい。それは若干で良い。それが無ければ活動する意欲が湧かないからだ。

一般的な日常生活を基本にするなんて、それはもうマインドコントロールされている人たちの話でしょう。そんなものには、まるで興味がないんだよ。ただ、嵐と雷を待ち望む。
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きょうげつ

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