狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2015年01月

実録やめます

何度やめると言ったか知らないが、今度こそやめる。

ブログは「秘密基地」に統合します。

では、さようなら。ありがとう。

かつ丼・喘息・カレー

昼はかつ丼だった。ヘルパーさんが来て、ゴミを6箱まとめた。本当はゴミではないのだが捨てるしかないのだ。それから内科に行った。退院して1週間で体重が10キロ増えていた。Hba1cは6.1だった。しんどいと思ったら喘息が出ていると言われた。夜はカレーを食べた。まずかった。

もう寝る。

こんな調子でどうするつもりだ。困ったもんだ。

実録・躁うつ病が面白くない

実録・躁うつ病とはこのブログだが、過去のエントリーを読み返しても全く面白くない。昔は面白かったのだが、いま読むと面白くない。きっとステージが変わってしまったのだ。どうでも良くなってしまったのだ。

さあ、ラーメンでも食べに行こうか。

入院の懲罰的性格

一般に入院は治療のために病院で生活することなのだが、精神科の場合は性格が違うように思う。

隔離、拘束という懲罰だけでなく、著しく自由が制限されていて、人間的な生活とは程遠いところにあるからだ。

病院によっても違いはあるだろうが、どこかに懲罰的性格があることに変わりはない。

精神疾患になるということは、犯罪の如く悪事に属するという潜在的な発想がどこかにあるのではないか。

私はもう入院はご免だ。死んだ方がマシだ。かなり真面目にそう思っている。

まあ、こういう話は詳しくは書きにくいし、一般の人には想像もつかないことだろう。怖い世界なのだ。私は知り過ぎたのかもしれない。

書けなかったこと

実は、9月から約4ケ月入院していた。
リアルで警察に搬送されて、初めての巨大精神病院に医療保護入院となった。その後、離婚。環境調整という美名のもとでの引っ越しの強制。生活保護への道筋。これが日本お得意のパターナリズムなのだろう。完全に自由を奪われて、ようやく解放されたところである。
精神科医療には、真逆のマーケット、真逆の治療方針がある。なんとしても社会の中で頑張ろうとするのか、完全に社会の外側に置いて生存だけを目指すのか。これは、個別の判断というよりも医療機関の種類によって異なると言える。
今回入院したのは後者だった。一年間は仕事をするなと言われた。家賃の安いところへの引っ越しを強制された。(もっとも、引っ越し代等を考えるとメリットはないのだが、従わないと退院できなかった)もっとも、これで生存が保障されたとも言い難い。私は節約などしたこともないし、貧困を知らないのだ。
退院して電車い乗り、私は正常人なのだという自己認識を持った。入院中は廃人だと思っていた。立場が変わると、こうも急激に意識が変わるのかと驚いた。
入院中の4ケ月で、発病以降の総括ができた。ターニングポイントは2011年の7月だ。新しい病院に連れて行かれて、治療方針が180度変わった時。それが表から裏へと足を滑らせた時なのだ。そして、お金も、家族も、失うこととなったのだ。もしも、を言っても始まらない。あの時、新しい世界へ移った。それだけのことだ。
とりあえずは休息だ。入院疲れという奴がある。そしてすぐに引っ越し。貧困ライフに突入するのか。まだ、少し迷いがある。
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きょうげつ

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