狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2016年03月

診察・禅・喫茶店

今日は午前5時起床。夢の中で頭がフル回転している。起きて疲労を自覚する。何のために寝ているのかと思う。不穏時として処方されている、リスパダール2mlを飲む。

6時半に家を出て、バスに乗りコンビニへ。トマトジュースと鶏の唐揚げ4個。カフェでモーニング。昼に父と会うことになったのだ。遺憾だ。身体的に疲れている。横になりたい。

父と会うついでに診察を受けることにしていた。診察は、ぶっ飛んでいた。

「禅なんてどうですか。何も持たない。持ってるものはオークションに出す。」

いいなと思った。診察で思想を勧められるなんて画期的だ。禅タロットなら持っている。落ちるのも良いかもしれない。

「喫茶店癖ね。問題ですね。人恋しいのでしょうね。」

その通りだ。だから、躁状態になったら節約なんてできない。1日4000円は必要だ。働くしかない。そう主張したのだが、なんとなく脚下された。入院も脚下。

セフレ。セクシーな女友達が欲しい。かなり切実だ。困ったもんだ。

TH氏に電話をした。お金はくれないと言う。立派な親がいるではないかという。そこが難しいところなのだ。私には、働いて自立していた過去がある。扶養義務のある障害者という位置づけの変化に対応できないでいる。行政は何と言う。家族というのは、介入できない問題なのだろうか。分からない。ぜんぜん分らない。

禅か。何も持たないか。やってみようか。

訪問看護

今日はよく眠った。起床は午前5時。前日比、プラス1時間30分。良いことだ。バスに乗り駅前のローソンに行って唐揚げを注文したが品切れだった。モーニングをごちそうになり、出勤。19日間の空白。サービス管理責任者は、いろいろと謝っていた。躁を甘く見ていました、と。そして、私も怖かったと。

お金が無いのに帰り道の喫茶店でアイスコーヒー。そして、タバコは頑張って減らして1日2箱。初めてのメンチカツは100円。ペロリだった。

夕方、訪問看護の人が来て話が弾む。1時間も話をしたことになる。美人。ただし60歳オーバー。うむ、許容範囲だ。利用者との恋愛は法律で禁じられているのだろうか。しかし、私には与えるものがない。与えるお金がない。愛。それが何なのか私には分らない。

妙に恋をしたい気分だ。サービス管理責任者は利用者同士の交際は禁止。発覚したら、即、利用停止と言っていた。交際って何ですか、現場を見たんですか、などという質問はやめておこう。今日はバス停で、無茶苦茶可愛い女性に会ったからだ。これは反則だというくらいに好みだったが、別系統のバスに乗って、行ってしまった。

いや、一人暮らしが本当に寂しいのだ。話相手になって、世話をしてくれる、可愛い女性が欲しいのだ。一人になるのは寂しいから、仕事はしていない方が良いだろう。いつも一緒にいる女性が欲しいのだ。わがままだ。贅沢だ。有り得ない。無理だ。何と言われようと気持ちは変わらない。ずっと恋をしていたいのだ。

訪問看護では、体温測定、血圧測定、脈拍測定、酸素摂取測定などが定量項目。あとは精神病、糖尿病のことや薬など。まあ、良い話相手ができた。

風呂の話が出た。入った方が良いのか聞いた。皮膚は強いですかと聞かれたので、強いと答えた。現状は週1回だが、状態が悪いと月に1、2回になると言った。徐々にというだけで、今日入れとは言われなかった。もちろん、一緒に入りましょうとも言われなかった。そのうち、入浴看護があるのかどうか聞いてみたい。それは介護なのだろうか。

朝、叔父様に電話をした。政治のことで長話になった。私は一方的に聞き役だった。母は私がずっと家で自分に暴力をふるうと吹聴しているらしい。親戚は皆、それを信じている。困ったものだ。私は暴力をふるったことなど、一度もない。この嘘つき女を何とかして欲しいのだ。俺はもちろん葬式には出ない。後味の悪いブログになったな。続きを書こう。

恋ばな。恋ばなな。恋ばななばなな。ああ、どこで恋愛すれば良いの。相手は誰。それって、躁状態よりも危険なこと? ああ、恋愛。



「落ち着いてますね」

午前、診察。私の様子を見ての先生の第一声がこれ。

「落ち着いてますね」

入院は無くなった。まず、異常な恐怖心がうまれ、後付けで妄想が出る話をする。私が喋る。先生は、ただ聴き、キーボードを叩く。エビリファイを2日断薬していることも言った。中止になった。

「まだ、恐怖心はありますか?」
「あります」

■今日の処方
・リーマス1200mg/日
・リスパダール6ml/日(眠前3ml)
・ソラナックス1.2mg/日
・ベルソムラ20mg/日(眠前)

明日から訪問看護。明日から就労継続B再開。区役所で自立支援の手続きを行う。地域センターとの打ち合わせは中止。生活保護は回避の方向で考える。節約が大事か。

居宅介護の追加業者の手続きをするのを忘れた。ああ、来週は大忙しだ。薬代もいる。ピンチ。

狂気の原点は「過剰な恐怖心」

昨日は結局、リスパダールとベルソムラだけ飲んで、エビリファイを飲まなかった。これは正解だった。目が覚めたのが午前5時。家を出たのが午前8時。良い傾向だ。

しかし、カフェOでモーニングを食べた後、なぜかバスに飛び乗って隣り町に。またカフェ。そこでI氏に会う。昼は、念願の良いキャラ姉さんのいる、お好み焼き屋さんへ。ぶらぶらしていると電話が来た。訪問看護の看護師さんからだった。

朝、思うところがあった。妄想が恐怖心を生むのではなく、まず恐怖心が生まれるのではないのか。妄想は後付けなのではないのか。私の精神的な病気は、究極のところ、この過剰な恐怖心だけのように思えて来た。

もしも、飛行機が墜落しそうになった時、機内でどういう行動をとるべきかを頭の中でシミュレーションする人間は少ないだろう。

過剰な恐怖心には原点がある。それは、幼稚園のプールだ。もう、50年以上前の話だ。幼稚園にしては大きなプールがあった。初めてのプールだった。親はいない。みな列に並んで、一人ずつ階段を降りてプールに入って行く。私の順番になり、私は固まった。巨大な不安で頭がいっぱいになった。数人の保育士に、入るよう促されたが私は入らなかった。水が怖かった。それ以降、登園拒否がはじまった。

愚母は愚母というくらいだから馬鹿である。ステレオタイプだけが正しいと思っている。大学にも行っていないのに、私は本当なら医者になっていたと言う。そして、看護師を、いや、いわゆる医者以下の人間を見下す。そういう人間だ。学歴や社会的地位に滅茶苦茶弱い。そして、その自覚が無い。まともに相手をすることなど無駄。私は小学生の頃から母親の話をマトモに聞いたことなど一度もない。軽蔑の対象。執事。そんな奴が偉そうな口をきくとムカツク。そういうことだ。

父は社会的地位の高い人だ。今、82歳。しかし、私が中学の頃から離婚したかったらしく、家には余り帰ってこなかった。そして、私が25歳の時に実家を捨て、マンションを借りて一人暮らしを始める。女性がいたのかもしれない。それからの別居が約15年。21世紀になって、ようやく離婚し、再婚した。今は老夫婦の二人暮らし。マンション住まいだ。実家は愚母に乗っ取られた。顔も見たくないからと、離婚の調停に足を運ばなかったのだから仕方がない。愚父とも言えるが、超俗かもしれない。それでいて、エスタブリッシュメントとしてのプライドは高い。子供への教育方針は「放任主義」。学校や権威が嫌いで、私が高校を中退する手続きをする時に、高校に付き添って来てくれたのだが、なんとも嬉しそうだったことが印象に残っている。

私の狂気の原点は、異常な恐怖心だ。この、新説を明日の診察で主治医にぶつけてみる。お金が無いのが問題なのではなあく、お金がないことに恐怖心を抱いてパニックになることが問題なのだ。入院というリセットは無いだろう。薬は、ソラナックス、リスパダール、そして何よりも「お金」だ。薬局で100万円が、保険がきいて1万円で売っていたらいいのにな。あ、冗談ですよ。今日はいい感じ。

変性意識状態

今日も、午前3時半起床。目が覚めてから、腕時計がスマホと繋がっていないことに違和感を持つ。本来、スマホと繋がっている筈だという意識がある。そんな変性意識状態が、2時間ほど続いた。睡眠でも覚醒でもない、ヤバい状態だったように思う。きっと、犯人はベルソムラかエビリファイだ。怖い。怖すぎる。今日はリスパダールだけにしてみることにした。

午前6時、家を出発。帰宅は午後5時。昼はOM氏夫妻と歓談。帰り道でNT氏から電話があり、引き返してお茶。NT氏は高校の一つ後輩。なぜか、一番気が合う。頭が良いという共通点があるからだろうか。

そんな時、HT氏から電話があった。やはり家族が重要。悪いのは、私の父という話になる。父は今日、電話で「消えてしまいたい」と言っていた。可哀想だが、消えられては困る。

月曜日の夕方、地域センターの所長とアポが取れた。訪問看護、入院などについての話になるだろう。就Bどころではない。主治医の言うように、家に閉じこもっているのが良いのだ。

OM氏の奥さんは現役の薬剤師だ。タバコが心臓に危険だと注意された。

それにしても、私との契約を解除した福祉サロンのセンター長はいかがなものか。「電話に出るのも福祉サービスだから、貴方からの電話には出ない」と言い放った。こいつ何様? 超サディスト。この社会福祉法人、これから大丈夫か? 瓦解するのだろうな。私はノータッチだ。嫉妬か。

昼間、精神は安定しているものの、肉体的疲労が半端ではない。ベルソムラとエビリファイなしで、どんな睡眠になるのだろうか。しかし、変性意識よりは不眠の方がマシだろう。

電話で話をしたHT氏は、社長の話をすると笑っていた。彼は私の病気を知っているから。

父は私に「病気を治そうという気持ちがないといけない」と言った。私は父に「そんな気持ちで治るような病気ではない」と言った。父は「それは、分かっている」と言った。いつかの馬鹿な叔父と同じ台詞。どこまで無知。どこまで馬鹿。疲れる。
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きょうげつ

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