狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2016年04月

引き返したが

午前5時に目が覚める。昨夜は9時半まで本を読んでいて、それからベルソムラを飲んだ。就寝は10時だろう。起きてパソコンをチェックし、また横になる。ソラナックス0.8mgを飲む。午前9時まで眠る。喫茶店でモーニング。11時半に訪問看護の看護師さんが来る。今日は男性だ。多重人格の話をする。金銭管理の話をする。織田信長が好きなのだそうな。高杉晋作はカッコいいそうな。俺の病気を治してくれと言ったが、それは無理だと言われた。

ジョリーパスタのサーモン・フェトチーネが食べたくなり外出。しかし、お金を節約しなければいけない事に気がつき途中で引き返しスーパーで買い物。今日の支出はそれで終わりのはずだった。

家に帰り、各所に電話するが誰も出ない。障害者センターに電話がつながり、食事をしても良いですかと質問すると、良いという答だったので、再び出掛けてフェトチーネを食べる。さらに喫茶店に寄る、タバコ屋に寄る。どうなっているんだ、俺の脳。

朝、私が死んだ時の連絡先を託している親戚に、私の年表を書いて送ろうと思った。ワードで年表を書いた。何の面白味もない凡庸な年表だなと愕然とした。こんなものはいらないなと思った。最後の行に、2016年没、と書こうかと思ったがやめた。しかし、これから先、年表に加えるのは没年だけのように思える。悲しくても、それが現実。

決められない脳になった。主治医はエネルギーの不足だと言う。私は、単なる衰退だと思う。衰弱だろうか。どちらにしても末期的な感じがする。

貧困。私が1日2000円だと言うと、看護師さんに私は1日1000円だと返された。世間知らず。誰も心配してくれない。誰も同情してくれない。

「入院したつもりになって・・・」という医者の指示。それは、私には高度過ぎたようだ。治療には患者の能力も勘案して欲しい。

昔、コミュニケーション依存を指摘されたことがある。薬はない。意思でコントロールしろと言われた。今も、コミュニケーション依存の傾向がある。そして依存の対象がたくさんある。すべて、福祉の関係者だ。主体性や自律性がどんどんと無くなって行く。本当だろうか。

治療目標は未だに情緒の安定なのだろう。それ以上の目標など考えるべきではない。出掛けたり、引き返したりするのは情緒不安定だ。落ち着かせる道具は、タバコ、コーヒー、アルコール、ソラナックス。どれか一つと言われたら、ソラナックスを選ぶだろうな。

「入院したつもりになって・・・」ああ、周りに患者がいないよ。人間がいないよ。ここは保護室か。でも、タバコは吸えるし、外出もできる。障害者の福祉サロン、復帰できないかな。それとも孤独が気にならない精神状態を作るために坐禅をしようか。これが主治医のお勧めなんだな。みんな笑うけど。

「私は寂しがり屋なんです。これは治療で変えられますか?」

これは結構、急所かもしれない。次回診察で聞いてみよう。

二重人格説

今日、ヘルパーさんと私の病気について話をした。もう、3年以上私を見ている人だ。

躁状態では別人格になるらしい。会話が出来ない。威圧的、攻撃的、追われているという妄想、浪費。まったくの別人という感じ。これは主治医に報告だ。

また、9月頃に躁状態になるのではないですかとも言われた。躁状態の時は入院した方が良いですね、とも。

もしかしたら、躁うつ病とは違うのではないか。因みに、鬱は別人格でないらしい。人格という言葉は難解だ。別人だと言われたのだ。本当に記憶はあるのかとも。記憶がなければ解離性同一性障害なのだろうが、かろうじて記憶はある。それにしても、これからどう生きれば良いのか。

今の気分としては、良い病院があるのであれば永久入院したい。ただ、良い病院はないし、あっても永久入院にはならない。生き生きとした日常を求める気持ちもなくなった。パニックにならない程度の鬱で安定していたい。

捨てる物。野心。プライド。希望。

パターンからして、また躁転するでしょ。ヘルパーさんは気軽にそう言う。私も、それを回避するよりも、備えておくことの方が重要だと思いつつ、備えなど出来ないということに気がつく。

邪魔な物。向上心。モチベーション。目標。成果。

私の中に眠る巨悪。重要人物であることへの願望。卓越していることへの願望。

敵。私自身。

嫌いな物。凡庸。平凡。普通。馬鹿。

苦手なこと。日常生活。

貴方は何者ですか。思想家です。

人生の中で、今はどういう時期ですか。転落初期。

寛解があると思いますか。定義によります。多分ないでしょう。

実はね、こんな底辺に堕ちても、会社に行って嫌な思いを続けているより良かったと思っている。強制的な通勤と労働は酷く苦痛だった。今は何の強制もない。もっとも、やりたいことすら無いのだけれど。

DIDという診断にはならないけれど、多重人格の要素は色濃くある。最初の躁転も、もう一人の自分の自我の抑圧が限界を超えたのだと思う。

二重人格。凡庸な人間という表面的な人格と、偉大な人物という裏の人格。裏の人格が暴れ出すのが躁転。特徴的なのは重要人物だから追われているのだという観念に基づく妄想。いったいどれだけホテルを転々とし、どれだけ長距離のタクシーに乗ったことか。

治療としては、裏の人格を殺すのではなく、二つの人格を統合しないといけない。この提案に、今の主治医は何と答えるだろうか。

それにしても、私の何が偉大なのだろう。血統妄想も混じっている。そして、未だにノストラダムスが預言した世紀末の大王は私だと、心のどこかで思っている。この話、整理して主治医に提出だ。

切実な無能

朝は喫茶店でモーニング。それは良い。バス停前のタバコ屋でタバコ1箱。それも良い。そして図書館に行った。

帰り道、ジョリーパスタの誘惑を振り切り、博多らーめんの誘惑を振り切り、本格カレーの誘惑を振り切ってスーパーに行った。食パン、コロッケ、焼きそばなどで1000円以内。これで今日は2000円以内。合格だと思った。

しかし、夕食のコロッケを食べてしまった。そしてハイボールが飲みたくなった。我慢できずコンビニに行った。つまみまで買った。最悪だ。金銭管理能力ゼロ。致命的だ。

まあ、これが私なのだ。無能力者なのだ。続きはヘルパーさんが来てから書く。

【続き-1】
どうしてもパスタが食べたくなり外に出た。流石にダメだと思い、近所の喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ。それもダメだろと今は思う。狂っている。何かが狂っている。

【続き-2】
ヘルパーさんは言った。1日2000円は苦しくないですよ。まず喫茶店をやめましょう。缶コーヒーを減らしましょう。それだけで良いんじゃないですか。

座禅・祭り・フラット

ベルソムラ3日目。異常がないのが不思議だ。よく眠れる。今日も喫茶店に行ったのは9時。11時半に訪問看護の男性が来た。喫茶店に誘ったが、お金がないと断られた。

通院。ソラナックス20錠を頓服として処方してもらった。解離性障害には見えないと言われた。それよりも、喫茶店依存の方がお金の問題があるので重要らしい。座禅を勧められた。

は、座禅ですか。座禅にも流派があって・・・。お腹が邪魔をして座れないんですけど・・・。とにかく、家で一人で過ごせるようになって欲しいらしい。そうすれば就労継続Bに行かなくても良いと言われた。

思えば私は社交的な人間だ。誰かと一緒にいるのが好きだ。主治医には、そういう性格を見透かされているのかもしれない。しかし、座禅って何だ。寝逃げとどう違うんだ。とにかく、主治医は禅の思想が好きなのだ。従うしかない。

昼下がり、良いキャラお姉さんのいるお好み焼屋にいった。今日はポイントカードでタダになる日だ。

「僕は障害者なんですよ」
「前に聞きましたよ」
「街を歩いちゃだめですよね」
「堂々と街を歩いて下さい。そんなこと言ったら怒りますよ」

お、そういう人もいるんだ。世の中捨てたもんじゃない。今日は祭りだ。

だしお好み焼豚
ハイボール並(40cc)
ハイボール濃いめ(60cc)
えーい祭りだ、追加でハイボール並(40cc)

合計ウイスキー140cc。ボトル<5分の1>か。たいしたことないな。

病院では解離性障害について、あまり相手にされなかった。私の自己同一性だとか、アイデンティティにも興味がないようだ。つまり、私はつまらない患者なのだろうか。しかし、座禅で躁うつ病が治るか?

座禅も面白いが、大昔は大学教授にマラソンを勧められたことがある。それに比べると、座禅は驚きが少ない。なお、今の主治医は高杉晋作のファンだ。私も少し勉強している。主治医の人生観を知ることは患者の義務だろうから。

フラット。意識がフラットになってきた。堂々と街を歩いて良い。今日は、その一言に救われた。

明日からゴールデンウイーク。課題は座禅か、節約か。明日はヘルパーさんと節約の作戦会議を開く。きっと、現実的な方策が見つかるだろう。もしかして、酔ってる?

解離性障害

間違いない。今の私は解離性障害だ。健忘はないものの、離人、疎隔(現実感喪失)、同一性混乱、同一性変容といった中核症状が顕著である。先週はパニックだった。あれから病相が一転したのだ。

環境変化に対応する以前に、環境変化を認識できていない。前に登場した神様Y様の言葉で言うと、急激な転落に、まだ意識が追いつけていないのだ。そこに同一性の混乱と現実感の希薄化がある。

治療段階
1.日常生活を効率的に活動できるようにし、心的エネルギーを高める
2.外傷記憶に対する恐怖症の克服
3.人格の統合

思えば、診察で主治医に見せている顔と、普段の私は、別人格だ。
心的エネルギー、枯渇していますね。
外傷記憶とは警察に保護された時の記憶でしょう。それは衝撃でしたからね。
いまは人格が統合されていない。だから、ワンと鳴くのでしょうね。

なお、解離性障害の方が、先週のパニックよりマシです。私、誰なんだろうと首を捻る程度の症状です。明日は訪問看護と病院です。頓服でソラナックスを貰う約束ができています。

急激な環境変化。何度も書いているが、障害年金で暮らす孤独で貧しい精神障害者。就労継続支援B型にも通えていない。すでに昨年、自己破産している。その前年に離婚。もちろん退職金はすべて使い果たした。2度の引っ越しで、今はワンルームマンションに一人で住んでいる。ヘルパーさんがいないと生活できない。3月からは訪問看護にも来てもらっている。日常生活のスキルも意欲もなし。風呂にも入らないし、ほぼ着換えもしない。

母には怨念を持っており絶縁状態。外傷記憶の張本人。通信なし。
弟はいるが交流はない。
父は再婚しており高齢。時々会う。相談には乗ってくれる。

KH氏。月に数回、家に遊びに来てくれる。
OM氏。月1回程度、カフェで話をする。
TT氏。親分。社長。メールでやりとりしている。
MH氏。バーのマスター。危機になると登場する。
NT氏。インテリ・ワーキング・プア。
TH氏。会社社長。私を社長にしようと画策している。
HT氏。高校の同級生。金を借りたままだ。

おいおい、だんだん俺が酷い奴に見えてきた。なぜだろう。ギブ・アンド・テイクが上手くできていない関係。不健全な関係。そんな感じだろうか。

現実にコミットするよりも、解離性障害を抱えたままの方が楽なのかもしれない。今の自分が自分だなどと思いたくない。俺はどこを見ているんだ。今日は予算の2.5倍を使ったよ。ぜんぜんコントロールできないね。とても心配。
プロフィール

きょうげつ

記事検索
にほんブログ村

にほんブログ村
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ