狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

2017年10月

ベルソムラ勃起

昨日の診察で、ベルソムラが20mgから15mgに減った。朝、残るからだ。
昨日は午後9時に飲んだ。頻繁に目が覚めた。セックスしている夢を見た。きっと勃起していたと思う。夢精は無かった。夢精か。俺は経験がないぞ。
6時に目が覚めた。7時にコンビニに行った。ハイボール。おにぎり2個。シュークリーム。贅沢じゃないか。
これから地活に行く予定だ。夜はKH氏が来る。昨日は「走馬灯」なるブログを書いた。

走馬灯。死を覚悟した瞬間に去来すると言われる目くるめく過去の記憶。今日はそんな気分だから。

高校を中退した。バイトと麻雀で忙しかったから。白い目。カウンセラーは大検から大学へ行けと言った。家出した。東京の親戚の家に居候した。大検に受かり大学に進学した。

それからは、将棋、麻雀、競輪。不倫はしなかった。初めての恋人。遊び人から一転して、国家公務員上級職を目指した。すぐに挫折し、民間企業に就職した。

須磨でヨット。毎週、海でクルーザーに乗っていた。

ネオン街。大好きだった。

1回目の結婚。愛は無かった。

東京。なぜか労働組合の書記長になった。病気になり離婚した。1回目の結婚は3年で終わった。

ある時、私は自分がノストラダムスの予言した世紀末の大王ではないのかという妄想が生まれた。大論文を書く。マジだった。休日は専門書を読み漁った。懸賞論文に応募しまくった。大王らしくないな。しかし、明らかに精神病だった。違うか?

管理職への昇進。2回目の結婚。新居の購入。長女の誕生。

順風満帆のはずが、突然の単身赴任。そして、壊れた。

荒れた。40代は記憶をねつ造して遊び倒したということにしてある。実際、あり得ない遊びをした。家族には悪いことをした。もう遅い。3年前に離婚したのだ。

走馬灯。銀座の寿司屋でのF氏との会話。N氏邸でのポーカー。超豪邸での花見。歓楽街を徘徊した日々。1ケ月連続麻雀。バーを借り切ってシャンパンと寿司でパーティー。会社の美女に囲まれての高級焼肉。語り尽くせないYさんとの日々。

Y君のことを思い出した。会社を辞めたら生活保護だぞ、と言った奴だ。即、電話帳から削除した。

恨めしいのは障害者になってからだ。50歳で会社を辞め、事件があり入院。51歳で障害者になったのだ。(年金、手帳)ここにMという行政の相談員が登場する。自己主張の強い馬鹿だ。喫茶店は贅沢だとぬかした。本を買うのは贅沢だとぬかした。ああしろ、こうしろ、自炊しろ、家賃の安いところに引っ越せ。いい加減にしろという奴なので、最後にお灸をすえておいた。

母への恨みは書くと長くなるので省略。

弱っている。記憶も薄らいできた。美味しかったのは元妻の実家でいただいた鮑のステーキ2枚。三陸直送だった。311前の話だ。元妻には香港にも連れて行ってもらった。日光にも行ったな。俺はダメな男だ。

喘息。この持病が無ければな。

精神病の話は書くと長くなるので省略。

どこで道を間違えたのかな。2011年7月に母が起こした事件。あれがすべてか。そこから一気に転落しましたとさ。

それにしてもなんだな。意識が朦朧としているな。この3年、まったく知的活動をしていないんだ。薬で知能が低下したんだ。いまも、リスパダールを1日5ml。やってられないぜ。

走馬灯のような男と女の話は書けないな。胸の奥に。

黄金の40代か。嘘っぱちだが、まあ良いか。転落の50代。復活の60代。シナリオは出来てるじゃないか。

死ぬ前に一人だけ会えるとしたら誰に会いたい?

元妻だな。不思議なことに。俺の愛が足りなかったんだ。なにを今頃。

それにしても支離滅裂な走馬灯だな。

無理するなよ。これが実態だ。大いに悲観しろ。
だとさ。
走馬灯はシリーズにしてもいいな。マヤさんとのボレーボレーを思い出した。元妻とのオールナイトボーリングを思い出した。何やってたんだろうね。ハチャメチャ。

まだ微妙にお腹がすいている。ゆで卵でも食べようか。

もう疲れたよ。寒いね。

朝、起きられない。9時15分まで寝ていた。いつもの喫茶店でモーニングを食べ、バスで精神科のクリニックへ。毎週1回の定期通院だ。

「はやく生活保護になると良いですね」
「救護施設は希望だったんじゃないんですか?」
「リスパダールを4mlに減らすのは危険ですね」
「採血をしましょう。5月以来ですね」

なんだか意識が朦朧としている。突然、自分が誰なのか分からなくなる。危険な領域にいるような気がする。エア・ポケットに落ちる感じ。過去の断片と連続。その中にかろうじて私を見つけるのだが、それが私だという確信がない。

喫茶店から、中華ご馳走OB会をキャンセルしたお詫びの電話を、TH氏にした。繋がった。話をした。まだ、世界には私を知っている人がいるのだなと思った。変わり果てた私を。

昼は、愛ちゃんのお好み焼き屋さん。いつもの。厨房ではいつも売上の話。いいのかな、と少し思う。ざっくばらんなんだろうな。急に冷えたから気を付けてと言われた。

なんだか意識が朦朧としている。突然、自分が誰なのか分からなくなる。危険な領域にいるような気がする。もうすぐヘルパーさんが来る。KH氏は明日になった。

正直、生きていたくない。なにも感じない脳。楽しみだって。そうね、地活という居場所かな。それと、デート。デートはお金がいる。なお、念のために書くが、デートサークルではない。

何かが足りない。ドーパミンだ。このまま沈没しそうな悪寒。

父との会話(仮想)

電話にて

俺「請求書が来た。この前の救急搬送の病院から」
父「いくらや?」
俺「1万8千円」
父「それを俺に払えと言うんか」
俺「うん」
父「お前、今年になってから、いくら渡してるか分かってるのか?」
俺「うん」
父「お前、自分で稼げ」
俺「俺は障害者やで。医者は働くなって言ってる」
父「障害者で威張るな。障害者なら障害者らしくしろ」
・・・以下略。

俺「障害者なんだから誰かに面倒見てもらわないと仕方ないでしょ」
父「高齢の親に面倒を見ろと言うのか」
俺「うん」
・・・以下略。

父「面倒見なかったらどうなるねん」
俺「死ぬ。同病者はどんどん死んでる」
父「なんで死ぬねん」
俺「わからん。病気か薬ちゃうかな」
・・・以下略

父は金は少しくれる。しかし、家には上げてくれない。後妻の家だからかもしれない。面倒を見てくれているのかどうか微妙だ。感覚的には定期的に小遣いをやっている感じではないのか。障害者の親という自覚は感じられない。俺の病気のこともよくは知らない。もっとも、俺もよく知らないのだが。

結局、病院代は払ってくれることになった。優しい父である。無いものねだりはいけない。障害者の親という自覚。そんなものを望んではいけないのだろう。

第三者の力。オックスフォード的には、そろそろこれが必要だ。みんな逃げる。逃げないのは弁護士くらいか。後見人という制度もある。俺は追い込まれている。経済的に、精神的に、身体的に。某医師は俺が60までは生きないと言った。あと4年。この予言が当たるかどうか、気になる。笑

狂月日誌開店1周年記念の思考

「実録・躁うつ病」は終わりました。
もう私は躁うつ病ではないからです。はぁ?
いや、ただの気分転換ね。4年以上続けたんだ。飽きるでしょ。
過去との断絶だ。
今日の病状。(おいおい治ってないじゃない)眠気強し。うつ傾向。
今日の夕食はほっかほっか亭の「牛すき焼き弁当」だぜ。どこが鬱なんじゃ。
ブログね。なんか飽きた。でも日誌は必要。もっと役に立つこと書かないとね。え、どうでも良い。疲れてるな。寝よう。

狂月日誌になってから1年が経った。1年前のことは覚えていない。瞑想に傾倒していた記憶がかすかにある。思考の痕跡すらブログには無い。思考。昔は病状に物語があると感じていた。しかし、最近はただの異変の連続だとしか感じられなくなった。私はノストラダムスの予言した世紀末の大王でも無かったし、ノーベル賞を3つ取る可能性もない。ああ、この思考のストリームが、現実を破壊しているのだ。

1周年記念に画期的な告白でもすればマスコミは騒ぐだろうか。不倫のこと、愛人のこと、変態のこと。書けない。流石に書けない。オフ会では何でもしゃべれても、ブログには書けないこともある。だからダメなんだよ、このブログは。

一人暮らし。もう6年になるんだな。長いな。主治医は救護施設という。行政は違うという。生活保護問題を抱えている。なかなか申請に辿り着けないのだ。

病状。精神病。糖尿病。不整脈。喘息。腰痛。膝。リスパダールの副作用。心が腐ってる。おっぱいがいい。

ああ、だんだん壊れてきたぞ。お金がないぞ。あったら速攻DHか。DHってなんだ。そんな気分じゃないぞ。彼女が欲しい。愛人がいなくなってから6年。幻の看護師との結婚話は消えてしまった。好みのタイプ。そんなの語れる立場じゃありません。それは語らないと逆に失礼よ。いや、そういう次元にいませんので。

彼女が欲しい。お金も欲しい。知能が回復して欲しい。どれも無理ぽ。

順番が見えた。知能が回復すれば、お金も回復して、彼女が出来る。おお、夢のようだ。夢だ。

しかしね、知能は回復しませんから。リスパダールが破壊しましたから。これが狂月亭の現状です。いやいや、狂月日誌だったか。やっぱり、おっぱいがいい。

遂にタクシーに乗ってしまった

朝、訪問看護。昨日の夜、心臓が痛くなり救急に電話をしたことを伝えた。脈はしっかりしている。今、痛く無ければ大丈夫だと言われた。

また、無理をして、歩いて地活へ。倒れていたが連句会には参加。その中に創立者の女性(ご老人)がいた。

「障害者はどう生きれば良いんですか?」
「とにかく生きれば良い」

素っ気なかった。

帰り道。歩けなかった。タクシーを拾った。限界だった。真面目過ぎるなと思った。もうダメだ。

それにしても体調が悪い。困ったものだ。こまりんこ。はい、躁状態、永久入院。

明日が日曜日で、明後日が月曜日。月曜日は通院とヘルパーさんとKH氏だ。それまで持つか。命が。お金が。知能が。

今日は隣の席になったTさんと少しお話が出来た。愚母が町で会っても挨拶すらしないことを言った。薬で知能が低下したことを言った。一人暮らしが限界だと言った。グループホームは無いですからね、と言われた。

もっと気楽に生きたい。妄想の中で、俺は「お気楽文化研究所」の所長だったのだ。だいたい、研究所というのがお気楽ではないが、お気楽革命を成功させた歴史があるのだ。その俺が、もっと気楽に生きたいとは。

存在の耐えられない軽さ。軽さにしがみつき、離れられなくなる。どうやら私は存在している。生きているかどうかは別問題だ。
プロフィール

きょうげつ

記事検索
にほんブログ村

にほんブログ村
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ