昔、mixiに書いた文章を読み返した。

2013年02月13日 12:27
いまどき「信念」だってさ。なんだか胡散臭い言葉だよね。いかにも自称成功者が好みそうな言葉だ。でも、大多数の人には好まれそうな言葉だね。きっと、マーケティング的には正しい言葉だ。そんな訳で、ある成功者にインタビューしてみたのさ。

「あのさ。あんたの言う信念って何よ?」
「ああ、信念というのは生きるための道具なんですよ」
「道具?」
「前に進むには考えてはいけない時がある。それを乗り越えるために、考えないために信念が必要なんです」
「じゃあ、信念とは悪なのかい?」
「いや、善でも悪でもない。そういう次元からは超越しています」

ふむ。強く前進して行くには、「考えてはいけないこと」があるのだな。たとえば、自らの使命。そんなものは概ね勘違いに決まっていると思うのだが、そういう知的態度は成功の妨げになる。勘違いだと分かっていても、これが私の使命なのだと思い込んだ方が良いという訳だ。

昔、ある人に「考えたら負け」という格言を教わった。信念は揺れやすい。しかし、考えたら負けだ。信念というものの本質は「強く生きるための道具」なのだから、一度決めた信念は貫いた方が得策だ。いやいや、信念とは貫くものなのであって、揺らぐようなものは信念ではないのではないか。そこが欺瞞なんだけどね。

なぜ、今頃に「信念」について語るのか。

私は今まで知識人を気取っていた関係上、信念を持たないことを美徳としてきた。しかし、すっかり歳を感じるじるようになった。すると、信念を持たないことがしんどくなってきたのだ。きっと、信念を持っていれば楽に生きられるに違いない。こういう打算から、私は信念を持とうと考えるようになった。

さあ、今から信念を探そう。そして信念を売って大儲けしよう。可愛いお爺ちゃんは大金持ちと相場は決まっているからね。

(まあ、背に腹は代えられぬ、ということだな・・・)

以上

ふむ。なんというか、余裕が感じられる。今もだ。入院か。否か。新しい主治医は何と言う。父はどうした。まだ生きている。ああ、10冊。まずは3冊目だ。出版企画書。そこだな。

5年前の頭でっかち。今も頭でっかちか。あそこがでっかくなれば良いのに。ああ、無情。