狂月日誌

旧「実録・躁うつ病」。躁うつ病のリアルを書いていたのだが・・・

ソラナックス

頭おかしい

昨夜は10時になっても眠りにつけず、おかしいと思ったら、ソラナックスを飲んでいないからだと気がついた。ああ、前日に全部飲んでしまったのだよ。どうしようもない。諦めた。

眠れないもう一つの原因。ミクシの日記を読み返したから。どこをどう読んでも、頭のおかしい人だ。まともなところがない。いくら夢日記でも、ペットがアライグマは無いだろ。風呂で天ぷらは無いだろ。

ミクシは2005年からやっている。もう、10年以上だ。そもそも、ミクシをやりだしてから人生がおかしくなったようにも思う。他人の生活が見えてしまった。深夜3時にコメントする真面目そうな主婦。これから死にますというメッセージ。完全に世界観が変わった。

頭おかしい人。今も考えている。頭がおかしくなかった時期を思い出せない。その時期の記録がない。もう無理。何も思い出せない。消えて行く記憶。もう手遅れだ。ソラナックスの離脱症状か。

昨日はヘルパーさんが来た。話をした。ヘルパーさんは回復した人を見て知っているという。だから私も。

もう無理だと言った。入院だと言った。辛さを訴えた。部屋が片付けられないのは、やる気の問題ではなく、能力の問題だと言った。能力。記憶が消えて行く。

支離滅裂。このブログも「頭おかしい人風」だ。いや、そういうカテなんだ。仕方ないだろ。正常な躁うつ病なんて変だろ。でも、俺、頭おかしい。これからまた、ミクシの日記を読み返して首を捻ろうか。そして、コメントでも入れておこうか。

頭おかしい人 vs 頭おかしい人

あ。辛いな。朝からゴメン。

天使のソラナックス

まだ会社勤めをしている時、帰宅時にしばしばパニック発作を起こした。その時に飲めといわれたのがソラナックスだ。0.8mgを飲むと30分で効果が出ると言われた。その時から、この薬は私の中で神となった。

頭の過度の緊張をやわらげてくれる薬。あるいは、頭をボンヤリとさせてくれる薬。強い依存性と、離脱症状は知っているが、今も1日1.2mgを飲んでいる。それも、朝に0.8mgを。だから昼まで寝られるのだ。

去年の9月、久しぶりに教授の顔を見に大学病院に行ったら、ソラナックスはもう効かなくなっているので飲まなくて良いと言われた。その直後に別の病院に入院し、ソラナックスは切られた。退院したのが1月。3月にソラナックスが欲しいとお願いしたら処方してもらえた。これが幸運か不運かは誰にも言えないところだろう。

今は未来を考えたくない。ボンヤリした頭で眠って心地よい夢を見る。ただ、それだけで良い。昔いた世界の基準で現実を見ると、余りにも悲惨で心が荒む。世界観を変えないといけないのだが、それは簡単なことではない。

タバコも止められないでいる。せめて安いタバコにしたいのだが、近所のタバコ屋にはわかばやエコーが置いていない。お金がないのに、どうするつもりなのだろう。結局、節約よりも気分転換を優先してしまう。耐性がないというか、耐性ができた方が廃人モードで拙いのか、よくわからない。

今日も、朝、昼と家で食べたのに、また喫茶店に行ってしまった。漫画を1冊読んだ。

「人生、終わってるよね。これからどうなるの?」
「生きて行くの」

昨日の友達との電話での会話。
前回の入院時の嫌な記憶が甦る。もう入院は嫌だ。

「閣下。私は躁うつ病の治療中で、いつ治るかわからない状態にあります」
「わかった。戦線離脱を許可する」

ふむ、人生離脱を許可された身分ということなのか?

ソラナックスと共に生きる

私にとって、ソラナックスは効果を実感できる数少ない薬だ。本当に頼りになる。この薬は内科でも気軽に処方されているし、軽い薬のように思われているが、調べてみると中々たいへんな薬のようだ。

ソラナックス(アルプラゾラム)は、ベンゾジアゼピン系の短期間作用型抗不安薬。脳にあるGABA受容体に結合することにより、神経細胞の活動を抑制させる。発売元その他、ググればいろいろな情報が得られる。公式の情報だけが有用ということでもない。体験者の報告も大いに参考になる。

この2日ほど、日中の眠気が激しいかったのでソラナックスを勝手にやめていた。ソラナックスは眠たくなる薬というのが定説だからだ。しかし、この薬も減薬や断薬については慎重でなければならないようだ。倦怠感、ふらつき、意識障害はソラナックスを中断したことによる離脱作用だった可能性もある。

正直なところ、医者はマニュアルに沿って処方しているが、薬に詳しい精神科医は驚くほど少ない。多くの場合、薬剤師の方が詳しいようだが、薬剤師も精神科の薬が専門ということではない。今ごろこんなことを書くのも恥ずかしいが、精神科の薬はとても微妙なもので、慎重に扱う必要があるということだ。ソラナックス程度ならと高を括っていたことは大いに反省する必要がある。

今日は午前5時起床。8時昼食。主治医に昼間に覚醒しないと相談に行ったが、特に収穫はなかった。昼食をとり、午後2時半にダウンした。昨日と同じく意識が清澄でない。ふと、ソラナックスのことが気になり、0.8mgを投入したら意識の違和感がなくなった。

これをソラナックスの効果と見るか、依存症および離脱症状と見るかは微妙だ。ただ、この薬の断薬は一般に思われているように簡単ではないようだ。某国では、あくまで頓服として用いることとし、4週間以上の処方を禁じている。どう考えても、日本の精神科の処方基準はあまりにも杜撰だ。

薬にはベネフィットとリスクがある。昨日、今日のように日中意識が朦朧としているようでは話にならない。もう、依存でもどうでも良い。一生ソラナックスを飲み続けよう。減薬や断薬などということは考えないようにしよう。さあ、明日は朝からソラナックスを投入する。日中の意識レベルに違いが出るかどうか。実験の結果が気になる。

つまり、現在の状態について二つの仮説があるということだ。

1.昼夜逆転の影響で脳のリズムが狂っている
2.ソラナックスの離脱症状だった

あとはラミクタールとリーマスだ。これは効果感がまったくない。ただ、効果はともかく副作用があることは間違いない。よく考えると、とんでもない話だ。ほとんど錬金術の世界。笑うに笑えない。

「まあ、そんなものですよ」

ある精神科医の正直な一言を思い出した。

呼吸さえしんどい

最近、意識して呼吸をしている。息をするのもしんどいのだ。そこで、近所の内科でソラナックスを処方してもらった。だいぶ楽になった気がする。やはり、しんどさは精神症状だったのか。もう、私は薬なしでは生きて行けないのだな。

諦める勇気、というのもある。

突然死の予感

今日は、2週間ぶりだろうか、午前中に起きた。久しぶりの朝食。しかし、素直に喜べない。躁転の兆しかと思ってしまう。

さて、私のメンタル系の症状はいろいろある。今も耳鳴りがしている。会社時代には、突然、もうすぐ脳梗塞か心筋梗塞で死ぬという妄想が襲うことがあった。概ね帰りの電車の中だ。意識は薄くなり、呼吸は浅くなる。歩くのも怪しくなって、手すりを使う。

何度かそういう発作があったが、死んだことはない。こういう時は、まずソラナックスを飲む。そうすると30分ほどで症状は改善される。それでも、歩いてではなくタクシーで帰ることになる。

強い不安感情。これも私の妄想のキーワードだ。一流になれないことへの不安、死への不安、挫折の不安、食べられない不安。それが屈折した形で妄想になる。幼稚園時代、プールに一人だけ水が怖くて入れなかった時の映像が浮かぶ。幼稚園にしては大きいプールだった。水に溺れるという恐怖ではなく、どこか別の世界へ行ってしまうことへの恐怖だったように思う。私は泣き、手摺にしがみついて入水を拒否した。

どうせ一流になれないなら、挫折したくなければ、挑戦しなければ良い。それは不安への一つの対応策だったように思う。しかし、死が怖いからと言って死ぬというのは変だ。食への不安は、今の過食につながっているのだろうか。

鬱の時、住んでいたマンションの最上階から自分が身を投げる映像が、何故か何度も訪れる時期があった。それは約1ケ月続いた。目を閉じると、その光景が浮かぶ。落ちて行く小さな自分。希死念慮は無かったのに、なぜそうなったのかが分からない。しかし、衝動的にそれを行う可能性はあったのかもしれない。今、生きているのは偶然にもそういうサイコロの目が出なかっただけだと。

私には明日も、希望もない。価値の無い毎日が続いているだけなのだから死んでも良いと思っている。ただし、苦しんだり、惨めな思いをするのは嫌だ。そうか、分かった。この症状がなくなったのは、死への恐怖を失ったからなのだ。

ここに教訓を見つけた。挫折が怖くなければ、挑戦は容易なことだ。なぜ、挫折を怖れるのか。もう既に挫折しているではないか、と。

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