さて、病前性格と書いたものの、いつから病気だったのかの判断が難しい。最初の異常を、プールに入るのに異常に脅えた幼稚園時代にするのか、全国模試で一桁に入りコンピュータ管理に恐怖を覚えた中学時代にするのか、喘息を理由に引きこもった高校時代にするのか、浪人時代の逃走エピソードにするのか。それとも、40代手前での初の精神科受診と投薬治療にするのか。

私はやや特殊な環境に生まれた。祖父は東大卒、父は大学教授、血筋は武士。貧乏だったが、特権階級意識のようなものを持って育ったように思う。少なくとも親族は私の才能に期待していた。しかし、才能が無いことは私自身が一番良く知っていた。中学の同級生には東大に行った奴が何人かいるが、そういう人を見るにつけ、私が努力するなど無駄でしかないと思った。二度とない青春時代は受験勉強ではなく遊びに使いたかった。

また、体も弱かった。いつ死ぬかわからないのだから今を楽しもう。刹那的な青春だった。少しの努力で優秀程度の成績ならとれただろう。しかし、優秀では満足できなかった。卓越でなければ普通以下と同じだ。そういう感覚がどこかにあった。

高校時代には大学生と遊んでいた。大学時代には町のギャンブラーと遊んでいた。ギャンブラーは憧れの職業だったが、資質的に無理だと思った。バブル前の明るい時代だった。特別な才能を見出せない私は、生きるためにはサラリーマンしかないと思った。一般サラリーマンになるということは、私にとっては決断であり、転落だとも感じていた。

私は穏やかで温厚な性格。ちょっとユーモアが過剰なところもあった。ある上司は、君は気分のいい時と悪い時がハッキリしているね、と言った。躁鬱気質。そうだったかもしれない。テンションの高い時期と、暗い時期がハッキリしていたようにも思う。

ちょうど30歳の手前頃だろうか。現代思想に興味を持った。1990年代のことだ。私は本を読み漁った。そんな中で、おかしな妄想が生まれた。ノストラダムスが予言した世紀末の大王とは私のことだ、と。1999年、私は世界的な名著の筆者として君臨するだろう。いわばホッブズの「リヴァイアサン」のような政治哲学の名著を書くだろうと。しかし、いっこうにその努力をせず、1999年は近づいてきた。この妄想の背景には、「私は卓越していなければならない」という家族から授かった信念(ビリーフ)があったのではないだろうか。

それが正しくない信念だと言うことは簡単だ。しかし、信念の正しい、正しくないという判断は微妙である。結果が出れば、どのような信念でも正当化されてしまうからだ。DNAの問題はわからないが、私の思考と行動を狂わせたものが「卓越への意思あるいは執着」だったことは間違いないと思う。それにしても、もう少し現実を客観的に見ることは出来なかったのだろうか。この果てしない乖離が「躁うつ病」という病気を生んだように思えてならない。