会社のパーティーにOBとして出席している夢を見た。私はプロジェクト・マネージャー時代の功績に対し喝采を受けていた。それはそうだろう。完走率30%とも言われたインターネットの黎明期に、すべてのプロジェクトを成功させたのだから。しかし、「メンバーの誰もが満足していたわけではない」という批判の声が上がった。

私は反論した。「私のプロジェクトでは、悪い点、嫌な事を報告しなくてはなりません。それをマネージャーに隠してはいけない。それはルールのようなものです。プロジェクトでは問題が発生したり、顧客とトラブルが起こることもあります。嫌な気分になることもあるでしょう。しかし、目的のためにどうするかを考えるのが私の役目なのです。プロジェクトとは、そういうものです」

これを聴いていた外国人女性が英語で私の発言をフォローした。誰かが、またプロジェクト・マネージャーをやって欲しいと言った。私は興味が無いと断った。

夢は次の場面に移り、プロ野球選手と話をしている。良い選手を集めておきながら、なぜ、あのチームは弱いのかと聞かれた。「監督がダメだからでしょう。選手の長所をほめるだけで、欠点を見ていない。試合では欠点ばかりが目立ってしまう」と私は答えた。

それにしても何故、今頃こんな夢を見たのだろうか。思えば、華の時代だった。これがある役員の嫉妬を買ったのだ。私はパワハラと言っても良い左遷にあい、そして躁うつ病を発病した。

別に恨んではいない。私は浮かれていたのだ。ちょっと冷や水を浴びせるつもりだったのかもしれない。しかし、私自身、こういう形になるとは想像していなかった。あの左遷が無ければ、私は過労死していたかもしれない。メンバーには休みを取らせていたが、私自身は残業と休日出勤の山だった。苦しくはなく、むしろ楽しかった。仕事に憑りつかれていたかのようだ。

ある内科医は、私が躁うつ病と診断されてからの10年を無駄な時間だと言った。会社も通院も辞めて、人生の勝負をしろと言った。あなたは見なくて良い世界を見た。ビジネスの舞台を目指しなさいとも言った。とても医者の発言とは思えないが、事実である。きっと、ご本人は愛情から言ったとでもおっしゃるのだろうが、私は二度とその内科に行かなかった。

ビジネスの世界が世界の表舞台で、それほどに素晴らしいのだろうか? 私は病気をして、いろいろな世の中を見ることができた。今、思うこと。それは、人生はプロジェクトではない、ということだろう。