昨日の夜8時から、今日の11時まで寝た。15時間睡眠。途中、朝8時に目がさめたがお腹が空いていなかったのでそのまま寝た。起きてテレビをつけると大雨のニュースをやっていた。

昔、鬱で入院している時、朝寝てると起こされた。寝るなと言われた。生活のリズムが、交感神経と副交感神経のリズムが大事なのだと言う。こういう教科書的な考え方に嫌悪感があるのは困ったものだ。元気な老人を見るにつけ、良く自己管理されているのだなと感じる。そして、私には無理だなとも思う。

昼過ぎ、知り合いのカウンセラーと電話で話をした。私はいろいろな可能性を見ないようにしているのだなと思った。そして、一瞬だが、いっそう断薬して何かをしようかという誘惑に駆られた。

節約して、引きこもって、なにもせず1日を過ごす。そんな日々に何の意味があるだろう。どう考えても私らしくない。「意味」。人間は意味を求める動物だ。病的なくらいに、意味について考える。生きている意味を見つけるために、神という概念まで持ち出すし、宇宙を語ったりする人もいる。大袈裟だと思う。

「気が向けば」という言い方がある。部屋の片づけも、気が向けばやろうと思う。今は、いろいろなことに気が向かない。心的エネルギーが落ちている。あるいは薬で落とされている。慣れてきたとはいえ、リスパダール3mgは重い。デパケンR800mgも意味がわからない。

書店で「無縁社会」という本を見かけた。私の周囲が、親族を含めて急速に無縁化しているのを感じる。「すべり台社会」という言葉が頭をよぎる。落ち出したら止まらない。それが日本社会なのだと言う。孤独というよりも孤立。誰も助けてはくれない。それどころか、逃げるように私から離れて行く。

寝ている時が一番楽しい。だから、1日15時間も寝るのだ。しかし、こんな生活が良いわけがないと、どこかで思っている。割り切れていない。思考の整理が必要だ。しかし、それにも気が向かない。困ったことだ。