メビー・ラック BLOG~今も明日もLucky Life~

あなた様とあなた様の大切な存在が 今も明日もLucky Lifeを送れますように

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2016年12月

本日は大晦日。
2016年最後の日となりました。

本ブログをお読みになって頂いている皆様方におかれましては、どんな一日をお過ごしになっておられるのでしょうか。
愛するご家族・ペット様・ご友人・恋人・知人・ご友人との穏やかな時間を過ごされていることを、心よりお祈り申し上げます。

さて。
おかげさまで、本年もたくさんの飼い主様方・ペット様方との出逢いがございました。
感動・よろこび・愛おしさ・うれしさなどを共有させて頂いた出来事に巡り合えたこと――
その反対に、かなしみ・憤り・不審・嘆き・不甲斐なさなどを抱かざるを追えない出来事に直面したこと――

私にとっては、それらすべての場面がご縁に導かれたものだと信じられます。
それらすべての場面が貴重な経験となりました。

このブログを綴っている今現在、メビー・ラックの『ペットホテル』には多数のペット様がおくつろぎ中です。
『ペットシッター』・『シニアペット様ヘルパー』で伺っているお宅でも、数々のペット様のお世話を承っております。

店内に目を渡せば、ペット様用の『お正月おせち』の調理・配送などに精を出しているスタッフがおります。
クリスマスから続く『迷子ペット様捜索』で、寒空の下、昼夜・早朝・深夜問わず、迷子ペット様を必死に捜し続けているスタッフもおります。

私たちメビー・ラックのスタッフ一同は、それらすべてに対して誠心誠意に向き合うことで、”今”を生きています。
立ち上げの頃から変わらずに、飼い主様方・ペット様方のよろこびに繋がることをモットーに歩んでいます。

そうしていると、うれしいことに、心がほっこりとするものを授かります。
それは、飼い主様方の優しいお気持ちを頂戴することです。

詳細はまたの機会でお伝えさせて頂くつもりではございますが、その一例をご紹介すれば。
私たちスタッフが寒さで体調を崩さないようにと、素敵なブランケットをプレゼントしてくれた飼い主様がいらっしゃいました。
忙しさで食事がままならないだろうと、私たちスタッフに食べ物を差し入れてくれた飼い主様もいらっしゃいました。
以前にメビー・ラックの『ペットホテル』をご利用頂いていた飼い主様と犬様が、せっかくの休暇にもかかわらず、わざわざ遠方から会いに来てくださいました。

そのようなあたたかなお気遣いに、私たちはただただ胸がいっぱいです。
”今”を”今”らしく生きてきて良かったと、心から思えます。

何度お伝えしても足りないのは承知の上ですが。
今一度、このブログを借りて、感謝の念を綴らせて頂きます。
ありがとうございました。

2017年もまた、”今”に繋がるすべてのことに感謝できる自分でいられるように精進して参る所存ですので、メビー・ラックのスタッフ共々、どうぞよろしくお願い致します。

飼い主様方とペット様方が残り僅かな2016年を、あらたに迎える2017年を、健康でお過ごしになられますように。

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉
メビー・ラック代表 岡村・スタッフ一同

そんなある日の深夜に捜索をしている最中のことでした。
人気のない公園付近に面する路地に、一台の不審なバンが停車していたのです。

抜き足差し足で近寄って耳をすますと、バンの中から、複数いると思われる猫様の鳴き声が聞こえてきました。
一大事を察知した私は、辺りを見回しました。
すると、しばらくして、帽子を目深に被った一人のやせ細った男がバンに近寄ってきました。

咄嗟に、男が歩いてきた方向とは反対側の車のかげに隠れて、私は息を殺しました。
そのまま覗き込み、男の行動を窺っていると、その右手に捕獲器を持っていることに気づきました。
捕獲器の中には、恐怖に怯えてうずくまる猫様の姿を確認できました。

私は男に気づかれないように隠れ周りながら、引き続き様子を注視していました。

なんのために、こんなことを……。
気づけば、私の全身は緊張で強張っていました。

ただ、緊張しているのは私だけではなかったようです。
男もまぶたを全開にしながら、忍ぶような仕草でバンのバックドアを開き、捕獲器をそそくさと積み込みました。
それから再びバックドアを閉めると、踵を返し、またも夜道に紛れていきました。

あとをつけて目的を問いただすべきか……。
もう少しこの場で様子を見続けるべきか……。
捕らわれている猫様たちを逃がすことを先行するべきか……。

男とは入れ替わりでバンのバックドア前まで回り込み迷っていると、カシャンという金属音が闇夜に弾けました。
それと共に、日本語とは違う言葉と発音が発せられました。
やせ細った男が去っていった先と同じ方向です。

そちらに向けて凝視していると、先ほど目撃したやせ細った男とは別の大柄な男が、私の視界に入りました。
男は両手に捕獲器を携えていて、その中には、それぞれ一匹ずつの猫様が捕らえられています。

私は先ほどと同じく、男に気づかれないように隠れ周りながら考えを巡らせました。

これは、明らかに迷子猫様の捕獲ではない……。
目的は定かではないが、おそらくは、公園で手あたり次第に猫様を捕獲しているに違いない!
私が捜索を行っている迷子猫様が、この男たちが仕掛けている捕獲器にもしも入ってしまったら大変だ!!!

私は先ず、バンの中に積み込まれている捕獲器の確認を急ぐことに決めました。
なぜならば、すでに捕らわれの身になっているかもしれないからです。

しかしながら。
バンの中の捕獲器を確認するためには、男が再びバンから離れるのを待たなければなりません。

はやく、立ち去ってくれ……。

男に見つからないように祈っている、まさにその時でした。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉

飼い猫様の窃盗 2』の文末に書いたことを砕いて単純化するならば、選択の基準はいつも”愛しい存在”におくべきだということです。

”愛しい存在”を傷つける行為には何一つ良いことはなく、誰にとっても生産性はありません。
件の事件を起こした業者の男のような悪意に満ちた人々が、一刻も早くそのことに気づき・目覚め・悟り・進化・向上し実践していくことが、このような辛い出来事を無くす唯一の手段といっても過言ではないでしょう。

自分本位の基準で己の正当性や正義を掲げることは、ややもすれば、それと相対する敵を作ることに繋がりがちです。
だからこそ、”愛しい存在”に基準をおくべきだと私は存じます。

その考えに倣う時、忘れてはならないことがあります。
それは、自分にとって”愛しい存在”からすれば、己もまた”愛しい存在”であるということです。

それを自覚すれば、尚更に自分自身を大切にしなくてはなりません。
”愛しい存在”の相手が人であろうが、犬様であろうが、猫様であろうが、小動物様であろうが、命ある”愛しい存在”のために、より良く生きるべきなのです。
ひいては、それが自分自身のためにも有意義であるからです。

このブログを読んでおられる今、傍にいてくれる”愛しい存在”を、その手で触れてみてください。
その温もりは確かに生きています。
それを感じるあなた様も確かに生きています。

そんな心地の良い時間を過ごせる今日に感謝を覚えるのは、誰にとっても難しいことではないはずです。

さて。
件の事件を知って想うことと注意喚起を、最後にもう一つ付け加えさせて頂きます。
それは前回ブログで申し上げた、

『”このような事件は現代日本では起こらないことである”と油断して、見過ごしてしまわないようにすること』

についてです。

すでに述べたように、私たち現代日本人は犬様や猫様を食す習慣を持ち合わせていません。
よって、食用としての売却を目的とした盗難被害に遭う確率は決して高くはないでしょう。

ですが――

必ずしも、安心・安全だといいきれない私がいます。

その根拠となる経験は、数年前に遡ります。
とある地域で迷子猫様捜索を行っている際の聞き込みで、良からぬ噂を耳にしたことがありました。

その噂の内容は、捜索を行っている近所で、”最近、急に野良猫の姿を見なくなった”というものでした。
それを複数人の方々が口にするので、飼い主様は自分の飼い猫様の身が心配で心配で、とうとう体調を崩してしまい、入院を余儀なくされました。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉
 

誰かの愛すべき存在である飼い猫様を窃盗し、己の欲望のままに私腹を肥やした業者の男は、その行いの報いを受けることでしょう。
窃盗の被害に遭った飼い主様方の怒り・かなしみ・恨みのすべてを背負う人生が、これから先に待っているのです。

人間は誰もが、人生のどの局面であっても選択の自由が自分自身にあるため、時には過ちを選ぶことがあるかもしれません。
また、その時々でより良い選択をしたつもりでいたのに、後になって考えが変わり、”本当にこれで良かったのだろうか”と後悔することもあると存じます。

逆に、悔いが残る選択をしたつもりでいたけれども、後になって、”あれで良かったんだ”と肯定的に捉えられることもないわけではありません。

飼い猫様の窃盗 1』から綴り続けている私見が、件の事件とどう関係があるのかと首を傾げる方もいると存じます。
しかしながら、大いに関係する出来事だと私は感じるのです。

理由としましては、なにがしかの選択を迫られた際の基準をどこにおくのか、というこです。
この事件を起こした業者の男が、仮に金や職に困っていて今回の事件に手を染めたとすると、己の苦境から逃れるために、猫様の命を利用したわけです。
猫様の命を軽んじたその行動のどこをとっても、”この選択で良かった”と肯定的になれる要素は微塵も見当たりません。

因果応報に照らせば。
当然の帰結として、この事件を起こした業者の男は今後、かけがえのない存在を”愛すること”と、その相手から”愛されること”の機会に恵まれない可能性があります。
もしもそういった機会に恵まれたとしても、今度はそれを誰かに奪われて失う羽目になるのを、この業者の男は経験するかもしれません。

この期に至って申し上げても後の祭りですが。
この業者の男が欲望のままに私腹を肥やすことを最大目的とせず、窃盗のターゲットに定めた猫様の命、およびその猫様の飼い主様の気持ちに寄り添って考えることを基準としていれば、まかり間違っても、今回の事件は起こらなかったことでしょう。

これまでの歴史が示している通り、多分に自己中心的な基準からは、なかなかポジティブな結果がうまれにくいこと・ネガティブなスパイラルに陥ることを、”今”初めて知る人間はこの現代にいないはずです。
数えきれないほどの犠牲・涙・過ち・後悔を記憶に刻みながら、進化・向上・気づき・悟り・目覚めを経て”今”がある以上、基準をどこにおくべきかはもはや明確だと存じます。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉
 

『たとえ離れていても』シリーズの途中ですが――
対岸の火事だと無視できない事件を、先日のニュースで聞き及んだので、本日は、それにまつわるブログを書かせて頂きたいと存じます。

件の事件は中国四川省成都で起きたもので、11月下旬に、ある業者の男が動物保護センターに摘発されたそうです。

なんでも、その業者の男は動物愛好家を自称し、何十年にも渡って捨て猫の世話をしていると語っていたらしいのですが……。
その実は、都市部や農村で手あたり次第に猫様を捕獲した後に解体し、その肉をウサギ様の肉と偽って飲食店などに売り捌いていたとのこと。
解体された猫様の数は、日におよそ100匹にも渡るとか……。
処分場には水死させられた猫様と冷凍された猫様が確認され、合計1トンにも及ぶ量だというから言葉を失います。

また、発見された多くの猫様には首輪が付けられていたそうです。
つまり、誰かに飼われている猫様だと推定されます。
中には高価な種の猫様もおり、それらは、業者の男自らが飼育した後、解体・売却、または己で食していたといいます。

この業者の男が犯した罪は、愚行以外のなにものでもありません。
その想いは、当ブログをお読みになって頂いている方々も同様のことだと存じます。
日頃、飼い主様各位から充分に愛されている犬様や猫様のお世話を承っている私たちとしても、この上なく胸を痛める次第です。

気をつけて頂きたいのは、”このような事件は現代日本では起こらないことである”と油断して、見過ごしてしまわないようにすることです。

中国や韓国をはじめとする世界各地の一部の人々とは違って、私たち現代日本人は犬様や猫様を食す習慣を持ち合わせていません。

誤解を招かないように付け足せば。
それぞれの文化に、むやみやたらと難癖をつける気はありませんし、だからといって、もろ手を挙げて賛同する気もないのが、正直な感想です。

古来、”命をいただく”ことで私たちは生きてきて、”命を繋ぐ”ことを繰り返してきた結果、”今”があります。
それは紛れもない事実です。
それと同時に、遥か彼方の昔に比べれば、私たち人間は様々な面において、進化・向上・気づき・悟り・目覚めをしていることもまた事実です。

私的な考えを申し上げるとしたら。
すべての経験を糧にして、純粋な心に照らしながら余すことなく向き合えば、”今どう生きるか”が自ずと見えてくるはずだと信じています。
”命をいただく”ことに感謝の念を忘れず、”命を繋ぐ”ことに背を向けない生き方を、”今”、私は見ているのです。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉

 

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