クローン製造した愛犬様を欲しがるエゴの裏で、道具としてひたすら出産させられる”代理母犬”たちの苦しみに目を向けられない人物は、真の犬様好きといえるのだろうか。
自分さえ満足すれば、その陰で苦痛を味わい、出産という道具として利用されるメス犬様たちのことは、どうでも良いというのか。

自分の愛犬様の複製が手に入るならば、悲惨な実情には目を瞑れる――そういう人間だけが、クローン製造の正当性に理解を示せるのだろう。

ご参考までに。
とある記事によると、愛犬様のクローン製造依頼をした人物が、こんなことをいっていたらしい。

「クローン技術があれば、望めば望むだけ犬をこの世に留めておけます。科学の素晴らしい成果です」

私は、同意しかねる。
ペット様の”命”と暮らすことは即ち、ペット様の”生”を尊重することだと考える。
その果てにやがて訪れるペット様の”死”という悲しみをも尊重し、受け入れることから逃げようとは思わない。

同時に、ペット様の”命”と暮らしたよろこびの瞬間瞬間は紛れもなく事実なのだから、それを、複製で補おうとは思わない。
”代理母犬”として利用されるメス犬様たちの存在を知れば、尚更である。

確かなことは、一つだ。
どんな”命”も、唯一の”命”である。

そんな当たり前のことをあらためて教えてくれるのは、メビー・ラックのご利用で知り合った飼い主様方やペット様たちだ。

これまでメビー・ラックでは、様々な病を患っているペット様たちのお世話を承ってきた。
今現在も、そういったペット様たちのお世話を承っている。

彼らに対しどんな治療をして、それをいつまで続けるのかについては、それぞれの飼い主様の意思と選択にかかっている。
結果的に、最愛のペット様が天国に旅立つことになってしまったケースも知っている。

それでも、私にはいえることがある。
私たちメビー・ラックがお世話を承ってきたペット様たちは、各々の飼い主様方から確かに愛されていたということだ。
愛するペット様が天国に旅立った今でも、その愛は少しも色褪せていない。

ある飼い主様は、愛犬様の身体の自由がきかなくなってしまっても、せめて清潔さを保てるようにと、当方にトリミングをご依頼なさった。
ある飼い主様は、愛犬様が自分の脚で立てなくなっても、せめて散歩に出してやりたいと願い、カートを利用してのお散歩代行を当方にご依頼なさった。
若い頃からほかの犬様と触れ合うことが大好きだった愛犬様がシニア期を迎えたが、年齢を理由にそういった機会を奪いたくないと、愛犬様のデイケア保育をご依頼なさる飼い主様がいらっしゃる。
シニア期を迎えた犬様たちだけではない。
若い犬様たちであっても、自分の都合で愛犬様に留守番を強いたくはないと、デイケア保育をご依頼なさる飼い主様も多い。

そんなふうに自分に対して惜しげもなく愛情を注いでくれた飼い主様に対し、それぞれのペット様たちは感謝を伝えて続けている。
天国に旅立ったペット様たちであっても、今も尚、飼い主様に感謝をし続けている。
行方不明になったままのペット様も、その生死にかかわらず、一生懸命に捜してくれた飼い主様に対して同様の想いを抱いているはずだ。
その声にちゃんと耳を傾けている飼い主様たちは、最愛のペット様のクローン製造なぞ望まないだろう。

繰り返す。
確かなことは、一つだ。
どんな”命”も、唯一の”命”である。

〈了〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉