あらゆる事故を未然に防ぐことや危険を回避することに考えが及ばない飼い主様は、”犬様想いの良い飼い主”ではないだけに止まらず、”他人に対しても良い行いをする人間ではない”といえよう。
過去ブログ『なにも見えない 前編』で書いた、一定の時刻になると井の頭恩賜公園の西園エリアに集まってくる飼い主様集団は、その最たる人物たちである。

この件で勘違いしてほしくないのは、他人に怪我を負わせてしまうかもしれないというリスク回避を怠り、平然とノーリードで犬様を遊ばせる飼い主様だけのことを指しているわけではない、ということだ。
その集団に属しているすべての人物が、同じように”犬様想いの良い飼い主”ではないし、”他人に対しても良い行いをする人間ではない”といえる。

上記のように書くと、

「同じ集団内にいるが、自分は犬様をノーリード状態にしていない」

と主張する飼い主様がいるであろう。

だがしかし、である。
第三者から見れば、その主張は免罪符替わりにはならない。
犬様をノーリード状態で遊ばせている飼い主様の振る舞いに対して、

「あらゆる事故を未然に防ぐことや危険を回避するために、ノーリード状態で犬を遊ばせるのは止めましょう」
「井の頭恩賜公園の西園エリアは公共の場なのだから、周りの人への配慮と自分の犬の安全を第一に考えなければいけないのではありませんか」

というような忠告または指摘をしないでいるからだ。

ひょっとしたら、ノーリード状態で犬様を遊ばせている人物は、その集団の中でのリーダー格なのかもしれない。
だからほかの人物たちは下手に忠告をして仲間外れになることを恐れ、見て見ぬふりをしているのかもしれない。
あるいは、本当はノーリード状態で犬様を遊ばせるのに反対の立場だが、リーダー格の人物やその腰巾着たちに反撃されるのが嫌で、表面上だけは笑顔で取り繕っているのかもしれない。

いずれにせよ、だ。
きつい言い方になるが、それらは結局、自己保身に過ぎない。
自分の立場を守ることと引き換えに、もしかしたら他人が怪我を負ってしまうかもしれないと分かっていても尚、ノーリード状態で犬様を遊ばせることに目を瞑るのはいかがなものか。
自分は本当にそれでいいのか――どうか自問自答してみてほしい。

ところで。
井の頭恩賜公園の西園エリアには、当該飼い主様集団以外にも、”犬様想いの良い飼い主”ではないし、”他人に対しても良い行いをする人間ではない”といえる飼い主様が現れる。
その人物こそが、過去ブログ『なにも見えない 前編』の文頭で書いた、残念且つ非常識な飼い主様のことである。

〈続く〉

あなた様とあなた様の大切な存在が
今も明日もLucky Lifeを送れますように

富山桃吉