非はてな村民として、はてな村反省会に行ってきました。実際にハックルさんを目の前にすると、言外から伝わってくるものが多すぎました。恐らくustream視聴だったら最後まで集中して聞くこともなかったと思いますが、フィジカルな場で聞くということは、周囲のリアクションも含めて全てがエンターテイメントでした。特に「外弁慶」なハックルさんらしいリップサービスも満載で、この人は根っからのエンターテイナーなんだなと素朴に感じました。とにかくお客さんに対する律儀すぎるサービス精神は、ある種の美学のようにも思えました。


私自身は、はてな村でぼや騒ぎがあったら一応覗いておこうくらいの観測態度なのですが、ハックルさんの話には具体的なはてなidがバンバン出てきて、ウォッチャーとしての完成度の高さも惜しみなく披露していました。四、五時間駐在していることもあったというエピソードから、完全に廃人の匂いを感じましたが、絡んでくる人たちの傾向を掴むためには常にチェックを入れることも必要なのかなと思うなど。

正直、私はこれまでハックルさんに対して、「またはてブ集めの釣りエントリを書いている」「どうしてこんなに承認欲求が満たさないのだろう」「釣り針デケェ…」などの印象を抱いていました。継続的に行動を追っていたわけではないので、断片的なエントリのつまみ食いにすぎなかったのですが、今日、本人が一つひとつ文脈にそって真意を説明してくれたので、腑に落ちる部分も多かったです。ただ、相手は言葉を扱うプロなので、どこまで話を真に受けてよいのかは怪しいわけですが。

「釣ろうと思っているのではない」という言葉は本心だと思うのですが、「承認欲求はない」という言葉は疑問に思いました。というのも、「自分は天才だ。そしてそれをみんなにわかってほしい。」というのは、承認欲求以外の何者でもないように思えたからです。「自分は天才の自覚がありながら、努力家でもある」という発言もしていましたが、その「努力」とは、「自分が天才であることを周りに認知させるための努力」であり、結局全ての労力はそこに注がれている印象を受けました。

ちきりんさんをダブルスタンダードと批判していて、私もそれには大いに賛同するのですが、ハックルさん自身も「承認欲求はないという体で承認欲求充足に走る」という逆説的な状態なのではないかなと思うなど。ただ、ちきりんさんが「自分のアタマで考えよう」と言いながら、実は啓蒙色も出しているところは、少し疑問に感じているところだったりしました。

あと、「自分は頭がいいと言うのは、ボルトが足が速いというのと同じなのに、なぜか叩かれる」という旨の発言をしていましたが、そこは比較対象として適切なのでしょうか。ご自身が言及していたように、「頭がいい」というのは共通の尺度で測れないので、「直感でそう思う」と言われてもなかなか説得力に欠けます。プライド云々の話になっていましたが、それ以前に純粋に疑問というか、マジキチ判定を受けても文句は言えない要素をご自身が抱えているのは事実なのではないかと思う次第です。


話を聞いてるうちに、ネットの言動だけを通して見ていたハックルさんの印象はジェットコースターのようにグイングインと変化していきました。途中、自身の生真面目さや正直さを語るところでは、「人間味のある人なんだなぁ」と思わせたとおもいきや、「自分は天才だ」という下りでは、「やはりホンモノ臭がする」という印象を与えます。

そのホンモノっぽさはキャラクターであると言っていたのですが、そこはお客を前にすると外弁慶っぷりを発揮するプロのエンターテイナーとしての意識的/無意識的な技術のなせる技なのでしょうか。「もしドラをバカにする奴は大体だめな奴」みたいな、いかにも観客が喜びそうな言葉が体に染み付いているというか。ノブさん、はてな、近藤さん、小飼弾さんなどなど、とりあえずdisれるところは激しくdisっておこうみたいな正攻法のプロレスの作法でした。

人を批判する時も、「あの話合いは中継されてたんだから、盛り上げないと面白くない」、「どっちが勝ったか観客に判断を委ねるような討論は良くない」などの発言から、いかに自分でオチをつけるか、いかにうまくネタばらしをするかといった部分に執着を見せていたように思えました。40までほとんど嘘をついてこなかったと自身を振り返っていましたが、生真面目さは話しぶりからも十分に伝わってきました。


そして、個人的に気になったのは、「自身が関わっていない案件のはてなの揉め事で、最近気になったものはありますか?」という質問に対して、うーんとしばらく唸り続けていたことでした。他の質問は独壇場を許すくらいの饒舌さだった一方で、急にもにょられたのでどうしたのかなと思ったのですが、

結局、半径5m以内のこと以外は興味ないのかな

と思った次第です。
ほかのはてなーやツイ民のこともよく見てるのですが、よく見てるのはやはり自分のエントリに対しての反応が中心でした。よく見てるどころの話ではなく、見すぎているというようにさえ感じました。そして、追いかけて分析に入ると。
リアルの話でも、「「デパ地下が嫌い」という女は、ロハスアピールをしている」というのは、なるほどと膝を打ちたくなる痛快さがありました。身も蓋もないですが、人心掌握術とも言うべく何かを習得し、実践しながらまたその経験値を貯めていくというかなり俗人離れした活動をされているようです。
全体的にメタレベルで話されることが多くて、元ネタを知らないと真意が掴めないことも多かったですが、逆にそれは「ハックルさんがはてブを一つのゲームとして認識している」ことに繋がっているのかなと思いました。ブクマ集めゲームのプレイヤーがいて、目的ははてブ集めなので、実際の具体的な一つひとつのエントリの内容は大して重要ではないというように。もちろん、各議論のフェーズにおいては、その議論の対象となっている題材は重要な議題になっているわけですが、今日の話だと、方法論の美しさやトータルで見た時の面白さのほうに比重が偏っているように感じました。そして、そのゲームとしてのはてブ集めや議論を通して、人間の揺れ動く心理を観察して分析することが最終目標である、というような感じでしょうか。


今日挙がっていたidの人たちも、ハックルさんのプレーするゲームの一構成要素にさせられている感が出ているように思いました。 話を聞けば聞くほど掴めない人だなと思いましたが、それは多面性というよりも、どこまでがキャラクターでどこまでが本心の部分なのかを判断することの困難さに起因するように思います。ハックルさんの上杉隆論はなるほどと唸る部分もある一方で、じゃあハックルさんはどうなのだろうと疑問は膨らむばかりです。能面のような表情なわけでもなく、ガチガチに殻にこもってるわけでもなく、かといって心からの本音であるとも思えず。

はてなーの人だと、また全然異なる感想を持つように思います。ただ、村の外から見る一人としては、こんな見え方をしたよ、というだけで。今のネットってぬるヲタには厳しく、つまらない世界になっているところがあります。「ゲームが好き」と言っても、「どのジャンルのどのタイトルが好きか」ということまで表明しないといけなくて、その中のコミュニティに入っていったとしても、コアゲーマーを頂点とするヒエラルヒーが存在していて、「ゲーセンにあるゲーム一般が何となく好きです!」みたいなスタンスだと仲間を見つけることも難しかったり。それはゲーム以外の分野でも同様で、とにかく趣味嗜好が細分化され、その細分化された中でも深化できない人ははじかれていくという按配です。


そんな中、はてな村は日本語が読めて、ある程度の国語力があれば誰でも楽しめる場所になっていると思います。難しい批評本とか、現代思想の本とか読めなくても、はてななら雑多な議論が展開されています。今は雑多と言えるほど話題性のあるトピックに多様性があるとは言いがたいですが、とりあえず村の外からでも話がわかる程度にハイコン化していない話題も多々あります。議論好きな人は、私のようにはてなidがなくても、はてな村のあれやこれやを楽しめるのではないかと思います。