先日ある経営者の方から呼ばれた。そこで聞いた話だ。
この方はある人からパソコンを購入したり、Excelでの計算表などを作成してもらったなどの付き合いが5,6回あったとの事。
とある日、その人が家に尋ねてきたそうだ。彼は「お金の無心」に来たそうである。
親しき仲でもお金の貸し借りは難しいものである。「お金は貸したら戻ってこないものとして考えろ」などという事はよく言われる事である。ましてや、この経営者とこのパソコンを生業とする者とは、数回の付き合いしかないのである。
経営者はきっぱりと断ったそうである。しかし、それを聞くと今度は、「誰かお金を貸してくれる人を紹介して下さい」と言われたそうである。
それに対して経営者も「何で数回の付き合いしかない君に人を紹介しないといけないのか?それは保証人になれということなのか?」と憤慨したそうだ。そして、「もう来るな!」と言って、縁を切ったそうである。
その場にいたわけではないので、これが正確なやり取りなのかは分からないが、多額のお金を借りに来たという事は事実であろう。
他人からお金を借りようとするのはよっぽどの事であろう。本来ならば、金融機関を始めとする公的機関などで正式な申請、審査を経て、借入契約を締結すればよいわけだし、もしくは本当に親身になってくれる親兄弟から借りるのが実際だろう。しかし、そうとはできない何かしらの事情があったとは推測できる。
しかし、そうであったとしても、多くもない付き合いの他人から多額の金額を借りようとするのは何か勘違い、ミスを犯している。お金のやり繰りをするのが経営だとしたら、基本的にその人は経営者としては不適格かもしれない。
この業界は、決して多くの収益が望めるものではない。ではなぜ、私がこの仕事をしているのか?それは一にも二にもそこに「人との出会い」があるからである。人に自分が知りえた情報、知識を話すことが好きであり、もてる技術を発揮できる場を作りたいからである。もちろん力不足な点は多々あり、日々精進なのである。しかし、それにより、自分が生涯を通じて成長し続ける事ができるから、自分はこの仕事を選択するのである。
本来のパソコン教室としての責務。それを見誤り、それを勘違いし、単なる金儲けとしてこの仕事に参入する者が後を絶たないが、実際は数年で撤退・または規模の縮小を余儀なくされている実例が多い。そして、それに付随し、突飛な行動をする経営者も散見される。
最後に付け加えるが、同業の事を書くと、それを見た者から「妬み」「恨み」「単なる悪口」から書いているものだと受けとられるかもしれない。本音で言うと別に他人の成否は気にする性格ではないので、どうなろうがしったことではない。では、私がなぜこのような事を書くのか?それは一言で言えば「危機感」である。一部の者の行動からパソコン教室に携わる者、全体のイメージの評価が下がる事は忍びないからである。
人が習いに来て、本当に自分が知り得たい情報・技能を得る。それが、教室で達成させることが、本来の役割だと理解している。
この方はある人からパソコンを購入したり、Excelでの計算表などを作成してもらったなどの付き合いが5,6回あったとの事。
とある日、その人が家に尋ねてきたそうだ。彼は「お金の無心」に来たそうである。
親しき仲でもお金の貸し借りは難しいものである。「お金は貸したら戻ってこないものとして考えろ」などという事はよく言われる事である。ましてや、この経営者とこのパソコンを生業とする者とは、数回の付き合いしかないのである。
経営者はきっぱりと断ったそうである。しかし、それを聞くと今度は、「誰かお金を貸してくれる人を紹介して下さい」と言われたそうである。
それに対して経営者も「何で数回の付き合いしかない君に人を紹介しないといけないのか?それは保証人になれということなのか?」と憤慨したそうだ。そして、「もう来るな!」と言って、縁を切ったそうである。
その場にいたわけではないので、これが正確なやり取りなのかは分からないが、多額のお金を借りに来たという事は事実であろう。
他人からお金を借りようとするのはよっぽどの事であろう。本来ならば、金融機関を始めとする公的機関などで正式な申請、審査を経て、借入契約を締結すればよいわけだし、もしくは本当に親身になってくれる親兄弟から借りるのが実際だろう。しかし、そうとはできない何かしらの事情があったとは推測できる。
しかし、そうであったとしても、多くもない付き合いの他人から多額の金額を借りようとするのは何か勘違い、ミスを犯している。お金のやり繰りをするのが経営だとしたら、基本的にその人は経営者としては不適格かもしれない。
この業界は、決して多くの収益が望めるものではない。ではなぜ、私がこの仕事をしているのか?それは一にも二にもそこに「人との出会い」があるからである。人に自分が知りえた情報、知識を話すことが好きであり、もてる技術を発揮できる場を作りたいからである。もちろん力不足な点は多々あり、日々精進なのである。しかし、それにより、自分が生涯を通じて成長し続ける事ができるから、自分はこの仕事を選択するのである。
本来のパソコン教室としての責務。それを見誤り、それを勘違いし、単なる金儲けとしてこの仕事に参入する者が後を絶たないが、実際は数年で撤退・または規模の縮小を余儀なくされている実例が多い。そして、それに付随し、突飛な行動をする経営者も散見される。
最後に付け加えるが、同業の事を書くと、それを見た者から「妬み」「恨み」「単なる悪口」から書いているものだと受けとられるかもしれない。本音で言うと別に他人の成否は気にする性格ではないので、どうなろうがしったことではない。では、私がなぜこのような事を書くのか?それは一言で言えば「危機感」である。一部の者の行動からパソコン教室に携わる者、全体のイメージの評価が下がる事は忍びないからである。
人が習いに来て、本当に自分が知り得たい情報・技能を得る。それが、教室で達成させることが、本来の役割だと理解している。
