随想 吉祥寺の森から

世の平和を願い、緑深い、ここ吉祥寺のことなど・・・

ライプツィヒ・聖ニコライ教会 ユルゲン・ヴォルフ

b5a622f4.jpg 今でこそスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタイン、ヤマハといったフォルテピアノが広く用いられているが、かつて教会音楽の伴奏と言えば、オルガンやハープシコード(チェンバロ)などが主であった。今でも古楽として専攻する人もいるが、手がける人は少ない。日本ではとりわけ少ない。
 
 大バッハも活躍したドイツ。ドイツでバッハに影響を受けていない教会はないといってよいが、特にバッハにゆかりある教会の一つがライプツィヒにある聖ニコライ教会。今、この教会で楽長を務めているオルガニスト、チェンバロ奏者がユルゲン・ヴォルフである。英語では、Jurgen Wolf、Juergen Wolfと表記される。本来はuの上にドイツ語のウムラウト記号がつくので、ウとオの中間的な発音になる。

 ニコライ教会のオルガンの修復にも取り組み、彼の働きもありポルシェがその資金を出したことは有名である。

 彼が来日し、コンサートを予定している。場所は、聖ヶ丘教会。日本基督教団議長を務めている山北宣久牧師が主任を務める。吉祥寺教会の吉岡康子牧師(現、青山学院女子短大准教授。宗教主任)はこの聖ヶ丘教会出身である。

 歌い手として参加している青木洋也(カウンターテノール)はこの聖ヶ丘教会所属のプロ歌手。東京芸大で古楽を専攻した。東京少年少女合唱隊出身。

 オルガンリサイタル
 2009年12月8日(火) 19:00開演
 日本基督教団 聖ヶ丘教会(渋谷駅西口 歩10分) 渋谷区 南平台町9−14

 オルガン:ユルゲン・ヴォルフ
 カウンターテナー:青木洋也
 リコーダー:高橋明日香

 J.S.バッハ/ファンタジー ト長調 BWV572
 ケルル/カンツォーナ ニ短調、かっこうによるカプリッチョ
 G.F.ヘンデル/ソナタ ヘ長調 HWV369

 〔チケット〕全席自由 4000円
 〔チケット取扱い〕
  CNプレイガイド TEL 0570-08-999
  東京古典楽器センター TEL 03-3952-5515
  東京芸術劇場チケットサービス TEL 03-5985-1707

 〔ご予約・お問合せ〕オフィスアルシュ TEL 03-3320-2274

 ユルゲン・ヴォルフ 詳細

 メルゲントハイムに生まれる。ヴュルツブルクおよびハイデルベルクでパイプオルガンと音楽学を専攻、オルガン製作に従事、その後セルジュ・チェリビダッケの下で指揮学を学ぶ。ウィーンにてプロテスタント教会音楽学を優秀な成績で修了する。

 学生時代より、古典作品の演奏に焦点をあて、特にバッハ音楽の演奏に取り組む。1992 年に「Magister artium(芸術修士)」取得。数多くの講習やプライベート・レッスンを積み、経験を重ねる。1993 年に聖ニコライ教会の合唱指揮者およびオルガニストとしてライプツィヒへ。

 聖ニコライ教会での職務を行う傍ら、作曲家として創作活動に励み(1999 年,バイロイトの作曲コンクール「Geistliches Lied(宗教的歌曲)」にて最優秀賞受賞)、アンサンブルやオーケストラの客員指揮者として活動(日本テレマン協会,ウプサラ大学カンマーコア等)。世界各地で開催されるマスター・コースにてパイプオルガンおよびチェンバロの客員教員を務め、ラジオ、テレビ、CD 収録も豊富で特にライプツィヒのゲヴァントハウス・オーケストラとの共演が多い。

 指揮者としてのコンサート活動は、日本,アメリカ,ヨーロッパ各国、世界的に展開。ニコライ教会のパイプオルガンの復元に対して中心となって活動。彼の尽力により,ポルシェ社がオルガン復元のメイン・スポンサーとして参加。熱心な活動が実り,世界でも有数のオルガンとして復元に至る。

 2006年より、ライプツィヒ・シティ・フェスティバルのオープン・エア最終コンサートの指揮者として『カルミナ・ブラーナ』、ベートーベン『交響曲第9番』、リチャード・ワーグナー・オープン・エア・プログラムの演奏に参加。2008 年にライプツィヒ・フェスティバル・オーケストラを設立。

アウラ 無料オープンコンサート

16d30718.jpg ア・カペラの5人組女声アンサンブル、アウラ。吉祥寺の武蔵野公会堂で歌ったこともあり、来月からは福音ルーテル教会や宗次ホールなどでクリスマスコンサートを行う予定になっている。

 本日、そのアウラが無料のオープンコンサートを行う。新アルバムからトッカータやフーガなどとともに、クリスマスソングも盛り込まれる。銀行のロビー内部とはいえ、響きの良い場所であり、また、1時間ほどのみっちりとした内容になる。

 TWILIGHT CONCERT
 11/20(金) 開演18:15(1時間ほどの演奏)
 三井住友銀行 東京営業部ロビー内
 東京都千代田区丸の内1−3−2 永代通り沿い正面玄関

 入場無料
 
 三井住友銀行 東京営業部 03−3282−9117

東洋からの風の便り 「ヴィオロン」

ee1f53c9.jpg 写真は「東洋からの風の便り」執筆者である「ヴィオロン」女史が入れ込んでいるウォッチマン・ニー(Watchman Nee)。1903年、中国生まれのキリスト教徒、教会指導者。メソジストの家庭に生まれ、20世紀初頭の中国キリスト教社会で活躍。後にそれを脅威に感じた共産党政府により投獄され、晩年の20年間を牢獄で過ごす。1972年にそのまま逝去。

 http://en.wikipedia.org/wiki/Watchman_Nee

 以下、「ヴィオロン」が手がけたもの。

東洋からの風の便り(現在、閲覧不可の扱いにされている)
 http://exorientelux.blog.shinobi.jp

東洋からの風の便り? 
 http://exorienteetlux.blog.shinobi.jp


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 書くかどうか迷ったが、本人の暴走が止まらないことと、このブログの読者の中にも「ヴィオロン」や「ルーク=Dr.Luke(帝京平成大、唐沢治)」のことをあれこれ書き込む人がいて誤解を広げているようであるので、やむを得ず必要最小限、説明しておくことにしたい。

 「ヴィオロン」というペンネームの女性がいる。匿名の人物であるが、かつて日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に在籍していたプロテスタント信徒であることは自身で記していた。信仰論や神学について、旺盛な執筆活動を続けている。彼女はつい最近、大きな考えの変化を経験し、それまで公開していた文章を全て閲覧不可の状態に変更した。これらには教会の腐敗、不祥事、堕落について多く独自の考えが述べられていたが、最近、彼女は光の中で神を直接見たという大きな心変わりを経験し、これらつい先日まで自らで考え、公に述べていた文章を全て消している。

 「ヴィオロン」はアッセンブリーズの村上密と対立し、村上密を厳しく非難する文章(「カルト監視機構」という名の秘密警察の設立について(06/03))を書き、それについて村上密から反論されている。
 
 http://maranatha.exblog.jp/10635543/

 この村上の文章にも書かれている通り、「ヴィオロン」はキングダムフェローシップ唐沢治(ドクター・ルーク)と親交を持つ。そのことは唐沢のブログにも記載されている。

 10日ほど前、彼女からのメールを受け取った。それは、
  
 http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/51884112.html
 2009年3月26日 「沖縄 トランスフォーメーション・グロース」

 に「ヴィオロン」の名で書き込んだコメントを消して欲しいという依頼であった。しかし、そこには非常に思い上がった上に自己中心的な、彼女が経験した「回心」とその後の心変わりについての理屈が並べられてあった。市井の社会で求められる良識からは外れた文面であった。

 また、彼女ががらりと立場を変えて非難し始めた私や独裁カルト牧師の被害者信徒たちのことについて記した最新の投稿を熟読した後、私は彼女にこれらあなたが非難している人物の中には明らかに私が含まれていると読み取れるがその認識で良いのかと問いただす返事を送ったところ、彼女は私に対して真理の御霊に全てを問い尋ねよと言い、非難の対象が私であることを書き送ってきたのであった。一度、自分の口から出た言葉は後から消すことができないということがわかっていない。もし、それがネット上のものではなく紙媒体の印刷物であれば不可能である。

 最新の彼女のご意見によれば、

 「自分に力があると思い込んで、自惚れてい」る 

 「己の力により頼んで闘おうとする無力で愚かな戦士」

 「己の魂と肉により頼んで、問題解決しようとして、失敗し、恥辱をこうむる」

 「イエスの十字架を、・・・経験としては、自分とは全く関係ないものと思ってい」る

 「たとえ全力を振り絞って闘ったとしても、十字架の死を経由しない、生まれながらの古き人の方法を用いて闘っている限り、・・・遅かれ早かれ敗北が待っているのだけ」

 「本能的に自分を信頼しており、・・・堕落によって汚されている」

 「神の導きを待たずして、自分勝手な考えを実行」


  
 のが私や抗議の声を上げた被害者信徒らになるとのことである。


 他にも「自分の恨みがましい感情だけを延々と訴え続ける「被害者」の立場にはもう立てない」として、

 
 「自分が従事している仕事が、絶対善だと信じるあまり、世間では当たり前の常識や、他人の心への当たり前の配慮さえ、忘れています。自分を義とみなし、高慢になり、自己反省能力を失った挙句、カルト化してしまった教会の牧師や信徒達とまるで同じように、他人の人生を軽々しく扱い、人を辱めるような行いに慣れきった下劣な人間に成り下がってしまっている」


 「彼らは悪事と闘うための材料になりそうなものならば、自分と一切関係ない人の人生であれ、誰かの持ち物であれ、何でも、自分の望みのままに、引っ張り出して、世間に公開できると考えており、浅ましいまでに次々と非難の標的を探します。それが正しい行動であると信じ、実際には、まるで三流のジャーナリストのような低俗な行いに自分が従事していることに少しも気づいていません。」


 「キリスト教界の不正を追求する仕事に熱中している人たちが、どれほどまでに、信仰をなくしてしまっているかを。」


 「彼らはただ自分自身しか見えておらず、キリストのことを、もはや完全に忘れてしまっている」


 「信仰という点から見て、彼らとカルト化した教会との間に何の違いがあるでしょう?」


 「カルトと闘うことを・・・その仕事を自己実現の手段として利用している人たち」


 「神を冒涜している人々には、すでに御言葉によって、裁きが定められている」

 
 「今現在、クリスチャンを名乗っている人々のうち、かなり多くの人たちが、キリストの十字架を捨ててしまっている」

 
 「まるで姦淫の女を石打にして殺そうとした殺気立った群集のようになっている人たち」

  
 「悪事を犯した人々を次々と引っ張り出して、断罪しながら、自分自身もまた罪人であるという点を、完全に忘れ去っている人たち」


 「自分は少しもイエスに従って生きておらず、キリストの香りを放ってもいない」 


 「この国の不誠実なクリスチャンが神の御前に犯した恐るべき冒涜」


 「キリスト教界の悪事だけを糾弾し続け、キリストご自身に目を向けない」


 「カルトと闘う人生は、無意味」


 「人間の訴える正義や、社会改革、告発や闘争の中にはいかなる正義も」ない


 「十字架の贖いを否定」


 「互いに訴え合い、己を義として闘争に突き進むだけのむなしい活動」



 と断じている。この彼女に対し、このように私や被害者信徒らを匿名に隠れたまま冒涜するのであればそれは許されないことであり、被害者のことまでまであれこれブログで否定することは辞めるようにと伝えた。彼女自身が黙することは自由だが、他の信徒の選択を否定することは、あなた自身のためにもならないと。

 ところが、彼女はその後も訳の分からぬ妄想的な珍説を次々に書き連ねていくことになる。私は彼女に対して無責任な匿名の冒涜者に対しては非常に厳しい対応をとるとあらかじめ念を押して伝えている。それにも拘わらず、被害者信徒への誹謗中傷、冒涜の非難という暴走を止めないということであるならば、それは彼女自身の選択であり自分で撒いた種を自ら刈り取ることになる。

 以下、彼女がかつて書いていた旧ブログの目次や内容の概略である。現在の彼女の新ブログの文章内容と比べればいかに彼女の考えが劇的に変化したかがわかるのではないかと思われる。

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ニッポンキリスト教界の病理を考察する記事の目次 (11/03)
東洋からの風の便り(続編)について (07/05)
引越しの予告 (07/02)
石を投げる時、石を拾う時(07/01)
クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(終) (06/26)
完全な恵みの中で (06/24)
雨の横浜へ (06/23)
十字架のかげをいかで離れん(06/19)
誇るなら、弱さを誇ろう (06/18)
カルト被害者のためにお祈りください(06/17)
ジョン・バニヤン著『天路暦程』より抜粋(2)(06/16)
教会とは何か (06/14)
沖縄クリスチャン戦争を終わらせよ(続) (06/14)
沖縄クリスチャン戦争を終わらせよ (06/13)
ジョン・バニヤン著『天路暦程』より抜粋(06/12)
キリスト教界のカルト化を防ぐために真に必要なことは何か(06/11)
空の鳥も憩うほどに… (06/09)
バッハ・コレギウム・ジャパンを聴いて(06/07)
「カルト監視機構」という名の秘密警察の設立について(06/03)
禁欲主義の誤りについて (06/03)
カインとアベルの捧げ物 (06/03)
幼な子のように… (05/31)
阿蘇への旅を終えて(05/30)
クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か?(4)(05/25)
クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か?(3)(05/25)



 ニッポンキリスト教界の病理を考察する記事の目次

 今日、ニッポンキリスト教界には、非聖書的で、誤った教えや活動が、多数、入り込んで来ており、キリスト教界全体が福音を見失って、カルト化へと向かっています。そのことについて、このブログでは、読者と共に、聖書と照らし合わせながら、詳しく、批判的に論じて来ました。
 
 ニッポンキリスト教界は今、近寄るべきでない、大変に危険な場所になっています。そこでは多くの信徒が傷つけられ、人生を狂わされ、破滅させられています。以下の7項目にまとめた記事やコメント内容を参考に、教界の活動がいかなる危険性を持つか、一人でも多くの方に気づいていただければと思います。

 なお、このブログは終了していますが、「東洋からの風の便り?」にて議論を続行しています。雑感の記事の目次は別途まとめる予定です。


1)ニッポンキリスト教界という名の非キリスト教

1.大衆が作り出す幻としての偶像崇拝宗教
…ニッポンキリスト教界は、十字架を失い、今や「擬似キリスト教的セルフ教」となっている。そこでは、神から遠ざかり、孤独や無力の不安を抱えたクリスチャン大衆が、自己保存を求めて、自分で自分を救うシステムを終わりなく作り出している。キリスト教界から打ち出される弟子訓練等の、各種の人類救済プログラムは、人が自分で自分を救うための、決して成功することない計画である。

2.偶像崇拝が大衆にもたらす偶像との一体化願望
…ビュン事件を含め、なぜ牧師の性的不品行が起こるのか。その理由としてお読み下さい。


2)原罪についての考察

1.聖書に見る生活苦と男女不平等の起源
…聖書によれば、この世は人間の堕落のために呪われた場所となったのであり、生きる限り、人間の苦労は終わらない。そこで、バベルの塔の昔から、この世に大規模な人類の幸福社会を打ちたてようとする全ての計画は、決して実現しない。にも関わらず、リバイバル運動を含め、今日、地上に神の国を打ち立てるべく推進される擬似キリスト教的プログラムには、どんな将来が待っているのだろうか。

2.『クロイツェル・ソナタ』に見る音楽によるマインド・コントロールの危険
…カルト化した教会では、信徒に対するマインド・コントロールが行われている。だが、マインド・コントロールはどのようにして行われるのだろうか。最も無害で美しく見えるもの、音楽や、芸術なども、その強力な手段になり得る。


3)アメリカのプロテスタントのキリスト教界の危険性について

1.システムによって神の国を作ろうとすることの危険
…イエスは、神の御国は見える形で来るものではない、と言われたにも関わらず、今日、キリスト教界には、人工的な方法論を駆使することによって、目に見える形で、大規模な神の国を地上に建設するために、様々なプログラムが終わりなく生み出されている。(リバイバル運動、弟子訓練、セル・チャーチ等。)それらは全て恐るべき将来を運命づけられている。

2.米国キリスト教界における異常事態
…イラク戦争以来、国家政策に同調するようになったアメリカのプロテスタントの教界が、現在、大寒難時代の到来を宣言し、イスラエルを神の国と同一視し、キリストの再臨を人為的に引き起こそうとするかのような危険な政策に走っていることを指摘。


4)偽預言者たちを警戒せよ!

1.個人預言という名の占いについて
…今日、「個人預言」を聞いたがために、人生を狂わさせれたクリスチャンが多数存在する。「個人預言」とは一体、何なのか、それには聖書的根拠があるのか。神から来たのでない預言とはどのようなものかを考察。

2.肉を喜ばせる預言の特徴
…神から来たのでない預言は、聞いた者の肉を喜ばせ、彼の心を謙遜でなく、高ぶりへと導く。偽りの預言を見抜くために必要なことは何か。

3.預言を売り物にするミニストリーの誤り
…代価を取って預言を売り物にする「個人預言」のミニストリーは聖書に基づかない占いである。

4.偽預言者に対する厳しい裁き
…真の預言者は、預言の成就について自ら責任を負う。平和についての預言が、成就しなければ、預言した者が偽り者であることの証明となる。無責任な偽預言を繰り返し、信徒の人生を狂わせている者たちには、どんな未来が約束されているのだろうか。

付録
「キリスト教会に広がる疫病としての『霊の戦い』」
…筆者が所属していた教会で起こった偽りの「預言」について。


5)カルト被害者救済活動を警戒せよ!

1.カルトはアンチカルトと同一である
…キリスト教界のカルト化が深まるにつれて、裁判等によって、カルトを防止しようとする被害者救済活動があたかも「正義の味方」であるかのように注目を浴びる。だが、この救済活動には、果たして正義があるのだろうか。

2.偽預言者をゲストに招く教会
…アッセンブリー京都教会は、カルト被害者救済活動の拠点として全国に有名である。だが、最近、この教会でまるで被害者の訴えを無視するかのような矛盾した活動が行われたのはなぜなのだろうか。

3.カルト監視機構という名の秘密警察の設立について
…カルト被害者救済活動の拠点であったアッセンブリー京都教会は、カルト監視機構なるものの設立を予定して活動していた。しかし、このカルト監視機構とは、要するに、カルト防止に名を借りただけの、キリスト教界全体に対する抑圧機関であることを本記事にて指摘、批判しした。
(カルト監視機構の設立は現在、中止されている。しかし、同種のプロジェクトが再び起こらないかどうか、警戒が必要である。)

4.キリスト教界のカルト化を防ぐために真に必要なことは何か
…教会のカルト化を防ぐことができるのは裁判ではない。イエスの十字架、そして罪の悔い改めに立ち戻ることこそ、教会をカルト化から救う道である。裁判や、この世の諸力を通じて、カルト化を防止する運動は、聖書に基づいていないため、未来がない。


6)教会成長論という名の異端について

1.教会成長論というむさぼりの教え   
…教会成長論の影響を受けた東京キリストの教会はなぜ崩壊したのか。教会成長論とは、教会をカルト化させ、信徒から救いを奪い、教会を崩壊させる誤った教えであることをシリーズで指摘する。

2.偽牧師、偽教師、偽預言者への対処法
…偽預言者や偽教師を警戒せよ、彼らから離れなさい、と聖書は教えている。これらの人々に出会った時、私たちはどう対処すれば良いのか。

3.教会成長論が生む牧師への個人崇拝
…手束正昭著、『教会成長の勘所』を見本として分析しながら、教会成長論の教えの本質とは、イエス・キリストを否定し、牧師がキリストに成り代わり、信徒に自分を神のようにあがめることを求める教えるものであることを明らかにする。

4.教会成長論という強盗の教え(1)
…イエス・キリストを否定する牧師とは、羊の門を通らないでやって来る強盗であり、教会を盗む者である。そのような者は、教会を私物化する教えを公然と説く。その集大成が、教会成長論である。

5.教会成長論という強盗の教え(2)
…強盗である偽牧師が教会を支配するようになると、信徒は偽牧師を栄光の中に押し上げるための下僕とされてしまう。信徒を公然と牧師のための雑用係、使用人に貶めることを認めているのが、教会成長論である。

6.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(1)
…牧師や牧師夫人を、信徒が「霊の父」、「霊の母」として敬うことは聖書的なのだろうか。キリスト教は父性原理ばかりが過剰であるため、人間性に欠けており、母性原理を補わなければ、この先やっていけないという指摘があるが、そのような説に対して、クリスチャンは耳を貸す必要があるのだろうか。

7.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(2)
…手束正昭氏は『教会成長の勘所』において、キリスト教に母性原理を補う必要から、聖霊を「母なるもの」ととらえる説を打ち出した。しかし、これは従来の三位一体の正統な解釈を破壊する異端である。

8.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(3)
…手束正昭氏が早くから唱えていた「養子論的キリスト論」の本質とは、イエス・キリストは聖霊によらなければ神の子ではなかった(イエスは聖霊によって神の養子に引き上げられた)とする異端である。この説は異端ネストリウス派を現代に復興しようとする試みである。

9.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(4)
…クリスチャンはイエスを信じて神の子とされているのであって、神の「養子」なのではない。そのことを聖書に基づいて再確認しよう。また、手束氏が唱えている「聖霊による人間の新創造」とは、十字架によらずに、人間の変容を唱えるものであり、非聖書的教えである。

10.クリスチャンは神の子か、それとも神の養子か(終)
…教会成長論の分析のまとめ。教会成長論とは、要するに、十字架を通さず、人が牧師を崇拝するよう求める教えであり、これを信じることはイエス・キリストの否定につながり、必ず、信徒に救いを失わせる。クリスチャンは神の養子や、私生児などではなく、正統な神の子とされている貴いアイデンティティを忘れてはいけない。


7)沖縄キリスト教の抱える病的問題

1.沖縄クリスチャン戦争を終わらせよ

2.沖縄クリスチャン戦争を終わらせよ(続)

…沖縄の教会は、日本の諸教会のうちで、とりわけ、偽牧師の活動の盛んな地域である。ニッポンキリスト教界の病が最も大規模に集中している場所であると言える。だが、そこでは、カルト化した教会によって、信徒が食い物にされているのみならず、カルトを防止するという名目で、被害者救済活動を繰り広げる人々によっても、信徒が二重に食い物にされ、信徒の争奪戦が起こっている。沖縄は今まさに、二つの敵対する勢力が激しく衝突する戦場のようになっている。

榊山清志のライブチャーチ 英語、ポルトガル語に

f64320ab.JPG 暴力とセクハラ、拝金によって大きな不祥事を引き起こし今も独裁カルト教会を運営している榊山清志のライブチャーチ。事件が公になって裁判で事実が明らかになって以降、日本人の信徒数が大幅に減っている。1000人を超える礼拝出席者がいた時代が幻だったかのように思っていることであろう。

 榊山の拠点、浜松は、いくつものメーカーが工場などを構える工業地帯であり、それゆえ、日系ブラジル人やフィリピン人などの出稼ぎがかなり多い。榊山とこの「教会」の悪評は地元で轟いており、新しく日本人の信徒を獲得することはかなり難しい。そうしたこともあって、最近のHCCは英語、ポルトガル語に注力している。インターネットでの放映にも翻訳がつくようになっている。まだ、たどたどしくこなれていない翻訳だが、なりふり構わず教勢の凋落に歯止めをかけたいと考えているようである。

 英語、ポルトガル語の在住者たちは榊山ファミリーがいかにあくどい歴史を積み重ねてきたかについてほとんど知らない。だれであれ、新しくあの独裁カルト空間に突っ込んでいって被害を受けることは避けなければいけない。地元の商工会議所や市役所、労働組合、商店会など多くの組織を通じてHCCには近づかないようにと警戒を呼びかけてあげてほしいと思う。

宗教法人ハレルヤコミュニティーチャーチ(HCC) ライブチャーチ浜松
主任牧師:榊山清志
〒433-8109 静岡県浜松市中区花川町351  TEL 053-436-1444
http://hcc-family.com

mixiでHCC関係のコミュニティー
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3879296
http://mixi.jp/view_community.pl?id=284506

鈴木康央、榊山城治(長男、伝道師)、榊山百合香(長女)の婿など、HCCの一部幹部らはmixiで活動している。

ソウェト・ゴスペル・クワイア

d8748508.jpg 南アフリカ出身の聖歌隊、ソウェト・ゴスペルクワイアが来日予定である。2年連続でグラミー賞を受賞しており、世界的な人気も高い。

 クリスマス・ゴスペル2009 〜ソウェト・ゴスペル・クワイア〜 2009年12月11日 (金) 〜 2009年12月20日 (日)
 会場は都内6カ所、および所沢、横須賀、川口。チケット代は7000円前後と少し高い。
 
 http://tate.jp/sgc/

 色鮮やかな衣装と、パワフルで美しいハーモニーは世界中から絶賛されている。人類とゴスペルのルーツ、アフリカの大地と魂を感じさせる歌声は、生で聴くと迫力満点であると言われる。
 
歌っている様子 http://nagusame.dtiblog.com/blog-entry-10.html

 特に私はこの発声練習をしている様子が興味深かった。
 http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=qeWAqchNHsY

 ■ ソウェト・ゴスペル・クワイアとは?
 2002年、結成。瞬く間に数々の賞に輝き、セリーヌ・ディオン、ダイアナ・ロス、QUEENのブライアン・メイなど多くの有名アーティストから絶賛を浴びる。また、本年度アカデミー賞授賞式では、南アフリカ出身のアーティストとしては初めてパフォーマンスを披露するという快挙を成し遂げた。
 ゴスペルのルーツ、アフリカの大地と魂を感じさせる彼らの歌声に、今まで体験したことのないゴスペルの世界が広がる。


 主催 テイト・コーポレーション / 03-3402-9977

 ※ 開場時間は開演時間の45分前。演奏は約1時間40分

会場

東京都 :ティアラこうとう
埼玉県 :川口リリア・メインホール
神奈川県 :よこすか芸術劇場
埼玉県 :所沢市民文化センター ミューズアークホール
東京都 :なかのZERO 大ホール
東京都 :すみだトリフォニーホール
東京都 :渋谷C.C.Lemonホール
東京都 :府中の森芸術劇場 どりーむホール
東京都 :JCB HALL (東京ドームシティ内)

山北宣久議長 小沢一郎に抗議

b95d5c42.jpg 左から、峯野龍弘(ウェスレリアンホーリネス)、山北宣久(日本基督教団)、大川従道(単立・大和CC)。


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 民主党の幹事長、小沢一郎がキリスト教について排他的な宗教であるといった発言をしたことについて、日本キリスト教連合会(山北宣久委員長)は15日、発言撤回を求める文書を送っている。抗議文は11日付で出され、

 「キリスト教に対するこの程度の認識で、責任政党の幹事長が務まるのか危惧する」

 10日、金剛峯寺(和歌山県高野町)で全日本仏教会会長の松長有慶・高野山真言宗管長と小沢が会談した後、記者団に
 
 「キリスト教文明は非常に排他的で、独善的な宗教だと私は思っている・・・キリスト教よりましだが、イスラム教も排他的だ」

 欧米社会の行き詰まりがキリスト教を背景とした文明の姿を示しているといった話をした。
 
 小沢は旧田中派出身、自民党幹事長時代から一貫してどうしようもない金まみれ政治家であり、つい先日も西松建設違法献金事件があったように汚い議員の筆頭格。内容的にもあまりムキになって反論するほどの談話ではなかったように思う。意図的に無視する静けさが適切とさえ言えるくらいのものであった。

 実際、キリスト教文明が排他的だという指摘は、一部の教派にはぴたり当てはまっている事実であり、イラク戦争で熱狂したどこかの国の教会、信徒に典型的に見て取ることができる。また、他にも古今東西、今に至るまで世界中に植民地を広げ、侵略の無法を行った歴史は否定しようがない。全教派に共通に背負った歴史である。

 一方で、この抗議文を出した山北宣久(日本基督教団議長、聖ヶ丘教会主任)本人はどうであるかといえば、2つの民事裁判で敗訴が確定した粟津安和(熊本白川教会)のセクハラや不動産争い事件、手束正昭(高砂教会)の異端肯定、戦争告白否定、教区負担金支払拒否事件について、除名勧告・処分など何らの適切な対応をとらずに自ら「調査」までしながら野放しにしている情けない教団議長。同時にプロテスタント宣教150周年記念大会開催や、教団への代表者派遣争い、沖縄への支援金支払い半額打ち切り争いなどで沖縄教区と猛烈な対立を生んでいる。金東圭ヨハン早稲田キリスト教会)や大川従道(大和カルバリーチャペル)、峯野龍弘(淀橋教会)ら独裁カルト牧師やかつて教団を侮辱して独立した牧師らと親交を持ち、継続的に共同で礼拝やイベントを今も行っている。

 自分の好み(親しい大川や峯野との交流)は押し通し、敵対する会員(沖縄教区や北村慈郎ら)は処分で応酬し突き放す。厄介な不祥事(粟津、手束ら)には蓋をして放置。彼自身が排他的で独善的だと非難されてやむを得ない振る舞いばかり続けており、小沢に対する「抗議」にも信頼が欠け、力がない。



 以下、ウェブサイト上で公開された抗議文全文。

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民主党幹事長 小沢一郎殿



 貴職は11月10日「全日本仏教会」松長会長との会談後「キリスト教文明は非常に排他的で、独善的な宗教だと思っている。排他的なキリスト教を背景にした文明は欧米社会の行き詰っている姿そのものだ」と記者団に語ったと報道されています。



 この貴職の発言は、キリスト教に対する一面的理解に基づく、それこそ「排他的」で「独善的」な発言であり、日本の責任政党幹事長が世界人口の約3分の1のキリスト者がいる国際社会に向けて発言した言葉として、その見識を深く疑わざるを得ません。



 「汝の隣人を愛せよ」と説き、生命を捧げてすべての人のために仕え切ったイエス・キリストを救い主と信じるキリスト教は民族・国境・思想等のあらゆる差異をこえて平和の実現のため努力しています。



 本連合会も教派教団を越えて一つなる歩みを重ね、日本宗教連盟傘下にあって「全日本仏教会」とも協力して広く差別偏見からくる排他性と戦っています。



 そうした働きを否定し、キリスト教を排他的と決め付ける言葉に抗議し、撤回を強く要求します。


2009年11月11日 
日本キリスト教連合会 
委員長 山北宣久

匿名でしかものを言えない牧師

847a75e8.JPG クリスチャン新聞2009年11月1日号に、

 10月18日付2面『卞夫妻と教団、関連会社を提訴』記事を読んで 〜「露骨な性被害表現は不適切」


 という「オピニオン」の意見が掲載されている。ある匿名の牧師二人が寄せたものであるという。新聞の担当である根田編集長はあるいは本名を知っているかもしれない。

 こそこそと匿名の陰に隠れた立場でだけ偉そうに公的な発言をしようとする者がいる。牧師や司祭はある意味で、政治家よりも公的な存在者。政策どころか、究極の真理、全的救済を担う聖職者であり、弁護士や医師などと同じく守秘義務も認められている。匿名でしかものが言えない牧師などさしたる意味はない。事件やできごとについて意見を求められてノーコメントで逃げ回っているような人物に牧師の資格はなく、ごく初歩的な段階で宗教者失格と言われてもしかたない。
 
 以下、クリスチャン新聞のオピニオン欄、その全文である。彼ら二人の匿名投稿者は初歩的な水準で事実もわかっていない。超党派の牧師が連名で卞を厳しく責任追及したこともわかっておらず、卞が一度は土下座して赦しを請おうとしたものの直後から一転して白を切り始め、強く被害者信徒らを拒絶して愚弄、片っ端から敵対者の信徒、部下の牧師・伝道師を解雇、除名していった事実も知らないのであろう。だからこそ、ここまで踏み込んだ事実の陳述を敢えて行う必要があったに他ならない。

 しかもそれは限度を超えた「表現が下卑」てなどいない内容であり、週間ポストやアサヒ芸能の記事と同一に並べて受け取っているならばそのように考えるこの二人の「牧師」の感覚が根本的にどうかしている。新聞に事実を公表した被害者女性信徒によって「御名が汚される」などと宣うに至っては論外であろう。
 
 同じ事は浜松のハレルヤコミュニティチャーチ・ライブチャーチ、榊山清志事件でもそうだった。事実を知らない、知ろうともしないおめでたい「牧師」たちがぞろぞろとうんざりするほど登場したものである。本田弘慈、本田弘道、毛戸健二、吉井寛昌、大川従道・・・。全く目も当てられない。これらうち誰一人、榊山事件が決着した今も、被害者に対して直接の謝罪、悔い改めを行った人物がいない

 言い方は悪いが、日本の新興プロテスタントは良識外れの巣窟。世間知らずも甚だしく、なぜ、ここまで市井の世界に通用しない人たちが、市民社会の規範意識が鈍磨した人たちが増殖してしまったか、暗澹たる思いに沈む。できの悪い学級委員のようなこの投稿をクリスチャン新聞に寄せた牧師二人をご存じの方がいらっしゃれば、その名を教えていただきたくお願い申し上げる。

 
*********


 10月18日号2面に載った「ビュン夫妻と教団、関連会社を提訴」の記事について、適切でないと感じ、残念に思うところがありました。それは、記事の終わりの部分にある、被害事実として挙げられている行為の部分です。

 私の意見は、「手を捕まれて服の上から・・・」などといった表現は不適切であり、そこまで表現する必要はないと思います。キリスト教紙としてもふさわしくないと思います。なぜなら、クリスチャン新聞は新聞ではあっても一般紙とは違って、その最終目的は神の栄光を現すことであり、聖書の倫理基準に基づいた内容でなければならないと思うからです。だから当然、記事内容は読者の徳を高めるものでなければならないはずです。

 その点上記の表現は少しも徳を高めないばかりか、多くの人々につまずきを与えるのではないでしょうか。事実を性格に伝えることだけが報道の責任ではないはずですし、そこまで表現しなくても十分に意を伝えることができると思います。

 また、この事件は提訴されたばかりであり、事実(真実)が何であるかはわからないわけですから、最終的に被告が無実ということもありうるわけです。そうなれば、この記事は被告の名誉を甚だしく傷つけるものになってしまいます。

 このように考えるとき、今回のような表現は、公正な立場からの報道というよりも、この事件を一つの立場から見ての偏った報道のように思われます。

 キリスト教会の不祥事が相次いで起こっているこのような時だからこそ、慎重で冷静な判断と節度が必要ではないでしょうか。クリスチャンはみな主の御名が崇められることをこそ願い少しでも御名が汚されることは願わないはずです。

 ◇

 今回のビュン師に関する記事はちょっといただけないと思いました。あまりにも露骨で表現が下卑ていると思います。クリスチャンらしからぬ表現です。これでは下品な週刊誌がこれでもかこでもかとニュースを装って男性読者の性欲をあおっているような印象を受けてしまいます。たとえ事実であったとしても、クリスチャンのメディアは読者の徳が高められ、主に栄光を帰すことが目的だと思います。けしからんということのインパクトを狙ったと思いますが、逆効果だと思います。




 ◆ 編集者から(根田祥一=本誌編集長)

 2人の牧師から右記のようなご意見をいただきました。記事を書いた私自身にも躊躇があり、被害事実の列挙は外そうかと迷いました。しかし、裁判の提訴は問題が司法という公の場に出されたことを意味します。訴えの内容をできるだけ性格に伝える必要があります。

 提訴の段階なので、記事が原告側の主張を表していることは自明です。被告側が全面的に争う構えであることも、併せて伝えました。判決の際には、どのような結論であれ、やはりできるだけ公正に伝えます。
 
 2人の投稿者は、表現が「キリスト教メディアとしてふさわしくない」というご意見ですが、訴えの内容をぼかしてしまうと、「キリスト教は身内の恥を隠すのか」という疑念を招きかねず、『主の栄光』につながらないのではないでしょうか。(根田祥一=本誌編集長)

日本ペンテコステ親交会

4c8e5f0a.jpg

 日本ペンテコステ親交会http://www.jpf21c.org)という組織がある。日本の聖霊派、カリスマ派などペンテコステ系の教団所属教会や、その傾向を持つ単立教会などが集まって設立された。来年、2月、つま恋のヤマハリゾート(静岡県掛川市)で大々的に教役者大会のイベントを開催する。

 http://www.jpf21c.org/kousi2010.htm

 その告知広告がクリスチャン新聞11月15日号に大きく掲載された。だが、そのテーマと実行委員長の名は悪い冗談以外の何物でもない。

 実行委員長 村上好伸(カリスチャペル代表主任牧師)
 テーマ:  健全な教会の回復と成長・教職者と信徒リーダーを建て上げる

 村上はあの悪名高い「大教会主任牧師フォーラム」を通じて、儀間盛夫(沖縄,ORC)、榊山清志(浜松,HCC)、大川従道(大和CC)、尾山令仁、大橋秀夫(JCGI)ら並みいる独裁カルト牧師と親交を持ち、自身も超がつく独裁カルト教会に君臨する人物。つい先日、反旗を翻した支教会の前田榮三牧師夫妻を解雇、除名したばかり。
 
 http://www.christiantoday.co.jp/main/mission-news-762.html

村上についてはこちらもご参照下さい。
 http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/52014878.html

 このイベントの講師には、万代栄嗣、大久保みどり、小坂忠など不祥事、不品行の問題牧師がずらり並ぶ。村上や万代、小坂が講師で「健全な教会の回復と成長」のテーマを掲げるというその大胆な「気概」に驚かされる。クリスチャン新聞には広告主の選別、チェック能力に問題があるようである。

高砂教会 手束正昭の教区負担金未納問題

14830b9c.jpg 日本基督教団・高砂教会 手束正昭の教区負担金未納問題。以下、「ある教会」とは、聖霊刷新協議会代表、自由主義史観の牧師、手束正昭が率いる日本基督教団・高砂教会のことである。高砂教会には関西有数の信徒数と財政規模があり、負担金の金額が大きかったが、これを今年になって手束が教区総会にて一方的に支払い拒否を表明。教団にはそのまま離脱せず留まりたいという虫の良い考えを出していた。
 
 手束は日本基督教団の教会として留まるに3つの大きな問題を抱えている。

 1. 教団の公式な戦争告白を完全に否定している。
 2. 異端のネストリウス派信仰を牧会に取り入れている。
 3. 教区負担金を一方的に拒否して未納している。
 
 これに加えて、儀間盛夫、天野弘昌、奥山実ら独裁カルト牧師、およびそれらと親交を持ち続ける牧師との交流を切らないという問題もある。

 これまで教団は、無制限配餐を行う北村慈郎牧師に退任勧告をするなど、厳しい対応をとっている事案がある。それにも拘わらず、それと全く均衡がとれないのが手束正昭問題、および粟津安和問題(九州教区・熊本白川教会)である。なぜ、このような教団牧師としては許し難い無法者を、教団議長、山北宣久牧師(聖ヶ丘教会)が除名勧告しないのか、甚だしく疑問に思う。

手束正昭については以下のコラムもご参照下さい。
 
http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/51973720.html
http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/51892426.html



*****

兵庫教区経常会計2008年度決算
2009年度予算について

財務部委員長 二宮満雄

2009年5月17日(日)と18日(月)の2日間にわたって開催された第63回・「合同」後40回兵庫教区定期総会では、2008年度決算報告と2009年度予算審議に異例とも言える時間を割いて検討がなされました。それは、ある教会の2年にわたる負担金未納によって将来された経常会計の混乱によるものと言えます。08年度決算では、教区負担金において3.836.000円未納が発生し、前年度赤字を補填するために財政再建資金と過年度会計から、合計で3,6000,000円を繰入れたにも拘わらず、最終的には2,332,856円の赤字決算となりました。この影響を受けて、09年度予算は各部・各委員会の予算を大幅に削減せざるを得ませんでした。予算縮小は委員会活動にこれから影響してくるのではないかと案じていますが、手持ち資金の流動性を有効に利用しつつ、補正予算等の対応で乗り切りたいと考えております。多くの教会・伝道所が早期納付などご協力いただいておりますことに心から感謝いたします。教区負担金未収分については、三役、常置委員会、未収金問題小委員会を中心にして、それぞれの教会と丁寧な会話を重ねて回収努力を払ってまいる所存です。また経費使用に就きましても、郵便物の一括配送や送金手数料の節減等、細かなところまで注意して、その削減に努めてまいります。ご協力のほどお願い申し上げます。

VERA祭 東京女子大学

2eeaa545.jpg 北米プロテスタント系のミッションスクールである東京女子大学。吉祥寺東町の北端とキャンパスが接している。VERA祭という名で開催される学園祭が今日と明日、行われている。

 http://56vera.web.fc2.com
 
 56回VERA祭は『Smile much! more!!』というテーマのもと、11月14日・15日に開催することになりました。私たちVERA祭実行委員会はこの『Smile much! more!!』をテーマ、目標としています。「Smile」には、嬉しくてつい笑顔になってしまうという意味があります。一方、同じ笑うという意味の英語「Lough」は、可笑しくて笑うという意味です。
同じ笑うでも私たちは「Smile」を目指し、VERA祭に来場するすべての方がつい笑顔になってしまうような、喜び・発見に満ち溢れたVERA祭を創り上げていきたいと考えております。


◆トークショー 八嶋智人
11月14日(土)開演17:00
場所:講堂

◆トークショー 木下優樹菜
11月15日(日) 開演17:00
場所:講堂
チケット500円(学内・当日)

◆ミスター・ミスコン
11月15日(日)13:40〜16:50
本館前特設ステージにて(雨天時:23101教室)

「西荻窪駅」より歩12分 あるいは「吉祥寺駅行き」関東バスで「女子大前」下車
「吉祥寺駅」より歩20分、あるいは「西荻窪行き」関東バスで「女子大前」下車

 東京都杉並区善福寺2-6-1

消えてゆく地方路線

32e08885.JPG 戦後、ほぼ一貫して続いた自民党政権が終わり、鳩山首相の民主党に政権が交代。直後に国連で二酸化炭素削減25%を目標に据える演説があった。これは大英断とも無謀な暴論とも言われているが、これを後者にしてしまえば鳩山政権のビッグプレーになる。かかる費用、投資を考えず、片っ端からやれることをやりきってしまえば、これらは物理的に不可能な数値ではない。その一つの選択肢に公共輸送、中でも鉄道網の飛躍的な整備にあることは論を待たない。

 今週は合計14時間の集中講座を受けるため、遙々、長野駅まで。新幹線あさまは感動の速さであり、弾丸特急が東京から長野まで連れて行ってくれた。朝7時52分に大宮を出発すると8時54分に長野駅。電車賃は高いが,
吉祥寺から何と2時間かからない。

 終わってからの帰路、真っ暗になってしまったが、善光寺下駅から地元のローカル線、長野電鉄に乗って長野駅に帰ってきた。この路線には東京圏でかつて使われていた古い車両が払い下げられて使用されており、私が乗った車両はかつて東急電鉄で使われていたもの。他にも小田急ロマンスカーの旧車両なども走っている。京王井の頭線の旧旧車両と同型の車両も長野駅で佇んでいて感動した。これは独自発注したかつての車両であるが、ドアが1枚扉の3ドア編成。えんじ色のレトロな印象の特急車両であった。特急とはいえ、特急料金は大人100円(子ども50円)。温泉地の終点、湯田中駅まで走るものであった。

 途中、信州中野駅から飯山市の方向へ、木島駅に向かう路線が支線としてあったが、平成14年に廃止されていた。さらにしなの鉄道の屋代駅にまで南へ下って繋がる支線、屋代線も廃止したくて検討を何度も重ねているが、長野県や関係の3自治体が揃って存続を要請し続けて廃止に踏み切れない、と駅員が教えてくれた。屋代線は大変な赤字路線であり、

 「存続をっていうなら、少しは補助金くれるとかしてくれないととても続けられないんだよね・・・。」

 これは本心だろう。長野電鉄はぎりぎりの努力をしていることが施設や設備を概観するだけでも良くわかる。
 
 これ以外にもこの20年で、とりわけこの10年で廃止されてしまった地方路線は非常に多く存在する。一家に一台ではなく一人に一台になったマイカー全盛の地方市町村。電車は見捨てられてしまった。

 25%削減を実現するならば、すでに廃線になってしまった全路線の復活を目指す位があって良いはずである。鉄道網が使われないのは、ダイヤが少なすぎることと、駅間の距離が短く設定されていないことによる。近時、新型路面電車(LRT)の技術革新が飛躍的に進歩を遂げている。すでにJR東日本は小淵沢駅ー小諸駅間の小海線においてディーゼルエンジンとバッテリーモーターのハイブリッド車両を実用化している。また、川崎重工業は「SWIMO」と名付けられたバッテリーだけで駆動する2両編成の路面電車を開発。昨年冬に札幌で試験運転を終わらせ、アメリカの40都市で「グリーンニューディール」に合わせて整備が計画されているLRTを売り込む予定になっている。すでに川崎重工はアメリカに車両製造工場を持っており、雇用もアメリカで確保されるため現地の入札に参加しやすいポジションを確立済みである。

 モーター・ディーゼルのハイブリッド車両や電池モーター車両は、電化されていない区間であっても走る上に、大規模な変電所設備を必要としない。2両編成であれば車掌も不要。廉価に運行が可能になる路線として、例え単線でも良いから維持、復活させてほしいと思う。現在の不況は長く続く。中国やインド、ロシアなどの急進で燃料高騰は避けられない。近い将来、必ず崩れる。そうなってから大慌てしても手遅れである。

セルゲイ・ラフマニノフ 「晩祷」 アリルイヤ合唱団

4ba88058.JPG 吉祥寺東町に隣接し、ムーバス東循環路線のバス停がある立教女学院。その目と鼻の先にある教会がマーガレット教会。こちらはコンクリート建築であり、女学院内の木造建築、マーガレット礼拝堂とは異なる。最寄り駅は井の頭線の三鷹台駅北口5分。マーガレット教会で、東方正教会の音楽を歌う合唱団がコンサートを開く。

 「晩祷」 全曲演奏会
 
 アリルイヤ合唱団

 http://alliluiiachorus.web.fc2.com
 
 日時:11月21日(土)13:30会場、14:00開園
 日本聖公会 聖マーガレット教会(京王井の頭線、三鷹台駅)

 

卞在昌事件 被害者の証言

48acfaa1.bmp * 毎年恒例で出かけている、ハレルヤコミュニティーチャーチ浜松教会(ライブチャーチ浜松)の代表、榊山清志牧師とともに祝祷する卞在昌。

卞の国際福音キリスト教会、アガペーチャペルなどの「教会」で行われていたセクハラについて、被害者の証言が紹介されている。

 教会内でのセクハラ:被害者の証言
 http://rihabirikoara.jugem.jp/?eid=1270

******

Aさんは、カルト化教会の牧師宅で共同生活をしていました。
あるとき、教会に講師が来られました。
講師の牧師は、「父の愛の回復」について説教とミニストリーをしました。

「父の愛の回復」の説教では、まず、最初に、「牧師は霊的な父である」という話をされました。
そして「霊的な父」なので、「子供の最善を願って牧会・指導をするのが父の愛である」と語りました。
そして、「その霊的父に対して、疑い、怒り、不満を持った出来事、一つ一つの罪を具体的に告白して、赦しを得なさい」というメッセージへと進んでいきました。

神様は、父親と子供の愛の関係の回復を願っていると強調されました。

そして、一人一人、個人的に神と人の前に告白するように、そして、父からの赦しを受け取り、従順な子供として、霊の親子関係を回復するようにすすめられました。

一人が進み出て、牧師の前に行きました。
講師と、牧師と、進み出た信徒が輪になって、信徒の告白を聞きました。
涙を流しながらの告白・そして許しの宣言がありました。

そのようにして、次々と信徒が「告白」をしました。
Aさんも、その一人でした。牧師からの叱責に対して、不満を持った事、父の愛を無視したことを告白しました。

礼拝の最後になって、講師が言いました。
「私は、こうやって、父親の愛の修復を、娘たちが体験できる働きをしています。時には、その娘たちに、マッサージを頼む事があります。娘としてマッサージをする行為の中で、神様は、失われていた父親の愛情を、娘が受け取れるようにされるからです。そうやって、多くの、父に愛されなかった娘たちの癒しを経験してきました。」

その講師は、その日、牧師宅のゲストルームに宿泊しました。

翌日、牧師は不在でした。
その時に、Aさんは、スタッフから呼び出されました。

「講師の先生が呼んでおられます。すぐに行ってください。」

牧師が不在の為、牧師に確認はできない状態で、Aさんは急いでゲストルームへ行きました。
大切な教会のお客様に、お仕えしないといけないと、急いでゲストルームへ行きました。

ゲストルームでは、講師の牧師がベッドに横になっていました。
そして、Aさんに言いました。

「娘よ。マッサージをしてくれないか?」

Aさんは、昨日の説教や悔い改め、父の愛の回復について思い出しました。
そして、これも、癒しのミニストリーの一環かもしれないと思いました。

講師は言いました。
「私の言ったとおりにしてください」

講師は仰向けに寝ていました。

「娘よ。私の胸の上に座りなさい。そして、ひざは、私の手のひらに乗せなさい」

Aさんは、どうして、マッサージをするのに、講師の上に馬乗りになる必要があるのか混乱しました。躊躇していると、講師は強い口調で言いました。「私のいうとおりにしなさい」

Aさんは、大切な教会のお客様の機嫌を損ねてはいけない、いわれたとおりにマッサージをしないと失礼だと思いました。「馬乗りになるなんて、変態じゃないか」という考え方をする自分が、変態の思考をしているのだと、悔い改め、頭を真っ白にして、従いました。

講師の両手は、上にあげられており、講師の右の手のひらは、右耳の横辺りに、左の手のひらは、左の耳辺りにありました。

講師の胸の上に馬乗りになって、ひざを講師の手のひらに乗せると、とても、不自然な姿勢で、しかも不安定でした。姿勢を保つ事ができないので、Aさんはひざを手のひらから、はずそうとすると「私の指示通りにしなさい」と強い口調で言われました。あまりにも不安定な体勢なので、ひざでたつような姿勢になろうとすると、

「胸の上に座るようにと言っただろう!!!!」と強い口調で言われ、
Aさんは、非常に不安定な体勢であっても、講師の指示に従いました。

講師は言いました。

「両手をまっすぐに伸ばしなさい。ひじを曲げてはいけない。そして、私の額を強く押しなさい」

Aさんは、指示されたとおりにしました。

講師は、強い口調で命令しました。
「もっと強く!もっと強く!」

Aさんは、講師の頭が壊れるのかと思うくらい、力いっぱい、押しました。

講師は、強い口調で言いました。
「もっと、強く押しなさい!!!」

Aさんは、それ以上の力は出せなかったので、泣き声で訴えました。「これで精一杯です」

それでも、講師は言いました。
「もっと、強く!!!」
「押しなさい」

Aさんが強く押すと、座っている腰が胸から離れました。

すると講師は強い口調で言いました。

「胸からお尻が離れてはいけないと言っただろう!!!!」
「私が言うとおりにしなさい!!!」

Aさんは、今まで、見たことも、聞いたことも、やったこともない姿勢でマッサージをしながら、
混乱し、でも、講師の強い口調に怯えながら、指示に従いました。
「これは、いったい何だろう??」
そう思いながらも、講師に従わないといけない、お客様にお仕えしないといけない、
怒らせてはいけない、牧師に恥をかかせてはいけない

そう思いながら、全力の力を込めて、講師の額を、指示されるとおりに押し続けました。
押しても、押しても、

「もっと力を入れて!!」と強く言われるので、
半分泣きながら額を押し続けました。

そして、「もっと強く!」「もっと力をいれて!」といわれる声と、
自分の半泣きの声を、ゲストルームの外を通りかかった人が聞いたら、
中で何が起こっていると考えるだろうと思いました。

しばらく、それが続いてから、
講師は「もうよい。降りなさい」と言いました。

降りたAさんを、講師はお姫様抱っこをして、抱えあげて、
「父の愛を受け取りなさい」と言いました。
そして「もう、行ってよい」といわれたので、急いで、部屋から出て行きました。

脱会後、Aさんは、この出来事はセクハラだと気がつきました。
思い出すたびに、気持ちが悪くなります。
そして、異常な出来事なので、思い出して苦しい時にも相談できず、
涙を流しています。

11月21日(土) 午後 卞在昌事件 セミナー

adf77bd4.JPG サラン教会から派遣された長老派の韓国人牧師、卞在昌(ビョン・ジェチャン)が、独裁的に支配した自身の国際福音キリスト教会グループにおいて、不正会計と性的加害を行った事件について、被害者の会(FOE)がお茶の水でセミナーを開く。

 11月21日(土) 午後1時30分〜4時30分
 お茶の水 クリスチャン・センター 4階 415号室

 セミナー 「支配と力からの解放」

 性的虐待や暴力を受けた人たちは、どのように心が縛られるのか、また、そこからどのように回復していくのか

対象   

被害を受けた方とその家族の方、及び、国際福音キリスト教会に所属したことのある方とその関係者。120分のセミナーと30分の質疑応答。

講師

栗原 加代美 (女性・人権支援センター ステップ 理事長)
重富 優子  (女性・人権支援センター ステップ スタッフ)

無料 (会場にて献金を受け付けます)


<お申し込みについて>         
 参加を希望される方は11月16日(月) までに下記の内容をFOE事務局(info(atmark)foe414.net)まで連絡。
   ・氏 名 (ふりがなもお願いします)
   ・連絡先 (eメールおよび電話番号)
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